第2回性別変更に診断書は必要? 専門医の指摘「本来は自身が決めること」
性別を変更する際に、「性腺を摘出する手術は不要」という判断を最高裁が示した。性別適合手術を担ったり、性同一性障害の診断にあたったりする医師らが参加する「GID学会」の理事長で、岡山大の中塚幹也教授(産婦人科)に受け止めや、今後の課題などを聞いた。
――性別を変更するための手術とはどういう手術ですか。
「性別適合手術には、性腺を摘出するための手術と、性器の外観を似せるための手術の二つがあります。2003年に成立した性別の取り扱いに関する特例法には、『生殖腺がないことまたは生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること』と、『他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること』と書かれています。普通に読めば、卵巣や精巣を切除する手術が必要です」
「ただ、閉経した人は生殖腺の機能を欠いていると考えられます。実際に閉経したトランス男性(出生時の性別は女性で、男性として社会生活を送るトランスジェンダー)が外来に来られることもあって、手術しなくても性別を変えられる可能性があると話してきました。抗がん剤治療で生殖機能がなくなる人もいます。自然に妊娠ができない状態であれば、生殖能力を欠いていると考えることが妥当ととらえています」
――世界では、性別変更の要件に性別適合手術を求めない国が増えています。
「トランスジェンダーの中には、手術を希望する人も、希望しない人もいます。国連や世界保健機関(WHO)は手術を求めていません。GID学会も手術要件については撤廃を求めています」
「国内でも、性腺を摘出しなくてもよいということになれば、大きな前進です。性腺を摘出するかどうかは大変重い決断です。手術も必要とせず、体を傷つけなくても性別変更ができることが理想です」
――これまで、国内で性別適合手術はどのように進められてきたのでしょうか。
「ブルーボーイ事件と呼ばれていますが、1960年代に3人のトランス女性の求めに応じて、産婦人科医が性別適合手術をして優生保護法違反で有罪となった事件があります。判決は、手術の前には、精神医学や心理学的な検査をするなど、十分な診察や検査、検討が必要だと指摘しました」
「その後、性腺を摘出するだけではなく、希望の性別の性器に似せるといった形成外科が関与するような、現在の性別適合手術が行われるようになったのは90年代からです。2018年には性別適合手術の保険適用が始まりました」
――保険適用で手術の件数は増えたのでしょうか。
「保険を使って手術をするのは難しい状況が続いています。手術後には変更後の性別に合わせた性ホルモン剤を投与する必要があります。ただ、性別を変更する前に変更後の性ホルモンを使うのは適用外となり、自費診療になります。性ホルモン剤で身体が変化したうえで、望む性での生活をしてもらってそれが順調なのか、性ホルモン剤が体質に合わないことはないのか、その確認をする目的もあり、手術前に使うことが一般的です。保険診療と自費診療を併用する『混合診療』となってしまい、手術も保険が使えなくなってしまうことが課題になっています」
――今後、性別変更に手術が不要となった場合、医療の分野で変化はありますか。
「生殖機能が残っているため、トランス男性が子どもを産むケースが起こりやすくなると思います。医療界として、どう受け止めるのか、考えておく必要はあります。ただ、現代の生殖補助医療では、卵巣を切除していても子宮が残っていれば、他人の卵子を提供してもらって子どもを産むことは、技術的に可能です。無精子症と診断されていても、精巣内から精子を取り出すTESEという技術もあり、妊娠を可能にする医療技術が広がっています。特例法が成立した03年の段階でも、様々な生殖医療の技術がありましたが、そのことをあまり考慮せずに法律がつくられました。特例法は、様々な考え方に配慮した形で、性別変更にあたって、子どもがいないこと(現在は未成年の子どもがいないこと)や生殖機能を欠いた状態であることなど「五つの要件」がついた妥協の産物でしたので、今後は医療の変化も想定して見直す必要があります」
「また、手術を希望している人も少なくないのが現状です。せっかく保険適用されましたが、保険で手術ができていません。性別変更に手術が必要なくなるとしても、手術を希望している人が保険でできる制度は整えていく必要があります」
――性別の変更に、医学的な診断は必要なくなるのでしょうか。
「ここは難しいです。現在、性別適合手術を受けるためには、2人の医師が性同一性障害であることを診断する必要があります。個人的には、将来は性別の変更に診断はいらない社会になってほしいと思っています。世界的には、性別の変更に医師の診断はいらない国もあります。本来は自身が決めることですが、精神科医と話をしながら自身で確認しながら決めていくことで適切な判断ができるという意味はあります。それでも、手術を受けて戸籍上の性別を変更した人の中には、そのことを後悔する人もごくわずかにいます。医師の診断書だけで判断するのはすごく危険で、判断した医師にも大きなリスクが伴います。最終的には、医師が診断書を書かなくてもいいことが理想ですが、社会の理解が得られるようになるまでどうするかということは、考えないといけないのだと思います」
――今後、社会の理解が進むために必要なことは何ですか。
「今まで通り、トランス女性の場合、手術をして見た目も女性的になっている人であれば浴場でも女性風呂に入ることもあると思います。手術をしていない人でも、女性ホルモンを使っているトランス女性であれば、勃起もほとんどしませんし、浴場によっては隠しながら入ると思います。性別を偽って性犯罪をする人が増えるなどの心配の声もありますが、そういう人は昔からいましたし、しっかり取り締まればいいだけの話ではないでしょうか」
「手術が保険適用になったとき、ようやく医療として認められたと我々が思っていても、保険適用に対する非難の声もあり、両方の意味で理解が深まった契機にはなりました。今回も様々な意見が出ると思いますが、我々も、一つ一つの不安を払拭(ふっしょく)していくため、説明ができるように作業を進めていきます」(聞き手・後藤一也)
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