陰謀論に特効薬はないという論文

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「クリスマスのディナータイムを台無しにすることなく、『トカゲ人間の陰謀論者になった親戚』と会話する方法」

夏休みに久々の帰省をしたら両親や親戚が、あるいは親しかった友人が、すっかり陰謀論者になっていたという経験を持つ人は少なくないだろう。それは世界中の「あるある」エピソードとなっている。英語圏では冬になると「クリスマスのディナータイムを台無しにすることなく、『トカゲ人間の陰謀論者になった親戚』と会話する方法」などといったタイトルの記事も増える。

また昨今では「どのようなタイプの人が陰謀論に陥りやすいのか」「人が陰謀論を信じてしまう生活的な要因にはどのようなものがあるのか」といった内容の研究論文が発表される機会も多い。そして「あなたの大切な人を陰謀論の世界から連れ戻す方法」についても、様々な見解やアイディアが語られてきた。しかし本当に効果的で実戦的でお手軽な対処法が実在していたら、世界は現在のような状況にはなっていなかっただろう。

今回は、米国で最も古い科学雑誌のひとつ「Scientific American」のオンライン版に掲載されたStephanie Pappas氏の記事を紹介したい。少々古い記事だが(2023年4月掲載)、いくつかの具体的な指摘や注意点が示されている。それは陰謀論によって引き起こされるお盆シーズンの家庭崩壊、あるいは友情の終焉を防ぐためのヒントになるかもしれない。

特効薬はない

残念ながら、この記事は冒頭から「陰謀論の落とし穴に落ちた人を、そこから救い出すための有効な方法は(現在のところ)ほとんどない」という見解を示しており、その根拠としてアイルランドのコーク大学Cian O’Mahony氏が発表した新しい研究結果を紹介している。

Mahony氏の研究チームは、過去に発表された様々な「陰謀論に関する研究論文」を見なおし研究したうえで、「陰謀論に対抗するための一般的な戦略はいずれも、ほとんど人の信念を変えることができない」という結論を導き出した。

最も効果のない手法

たとえば「プライミング(目的とは直接的に関係のない特定の刺激や情報を利用して、人の考え方を変えようとする)」と呼ばれる介入法がある。わざと読みづらいフォントで文章を読ませ、「文章の内容を理解するための労力」を増やすことにより、分析的な思考を相手に促すなどの手法だ。それらは有効だったものの、少しの効果しか得られないことが示された。

事実のみを根拠として陰謀論に反論する戦略も、わずかな効果しかないことが確認された。ちなみに、陰謀論の信奉者と議論をするうえで最も効果がなかったのは「相手の共感性に訴えかける」もの、そして「相手の信奉を嘲笑する」ものだったという。

自分にとって大切な誰かが陰謀論に陥ったとき、多くの人は、相手の語っている陰謀論の誤りを事実ベースで指摘し、荒唐無稽さを笑い、さらに「あなたがこの陰謀論を信じると、こんな悪影響が出てしまう」「私はあなたを心配している」と感情に訴えながら説得しようとするだろう。彼らの研究によれば、まさしくそれらは徒労に帰す可能性が高い。

有効な「予防」

彼らのチームが有効だと評価したのは、陰謀論の予防に関する研究だった。つまり事前に「あなたは(近い将来)このような内容の陰謀論を耳にする可能性がありますよ」と警告し、その陰謀論への反論を示しておく手法だ。それは中等度〜高度に陰謀論への信奉を低下させる効果があることが分かった。事後の対応に勤しむよりも「予防」に注力するほうが望ましい、ということになる。

予防の問題点

しかし、この手法は裏目に出る可能性も指摘されている。陰謀説を流布する側が、その特定的な予防プランに警戒して「予防への予防」を取り入れた場合には効果がなくなってしまう。ややこしいので、ここでは陰謀論を単純なデマに置き換えて説明したい。

たとえば「今年の八月、日本中の店からトイレットペーパーが消える、いますぐ買い占めろ」というデマが発生したとする。そのデマを自分の両親が聞いてしまう前に「最近、トイレットペーパーがなくなるというデマが流れているよ」と注意を促し、それが間違いだと分かる根拠(たとえば現在の紙生産が安定している事実を示した数字など)を教えておくことは有効だ。家族や友人だけでなく、メディアもデマの拡散防止に貢献することができるだろう。

しかしデマを流す側が、その介入を特定的に認識し、警戒した場合は厄介なことになる。「きっとあなたは近い将来、このグラフを提示され、現在の紙生産は安定していると説明され、『トイレットペーパーが市場から消えることは有り得ない』という嘘の主張を聞かされるでしょう。これは捏造されたデータです。市民を騙すことで利益を得る人たちが、このインチキなグラフを拡散しています」などといったフレーズを追加してデマを流すようになる。これにより、予防的な介入方法は一気に効力を失う。むしろかえって逆効果になってしまう可能性もあるだろう。

地道な努力

結局、彼らが「最も効果が高い」と分析したのは、科学と疑似科学を見分けるために行なわれた教育だった。具体的には、大学で3人の講師が3ヵ月間に渡り「人間の認識や論理における誤りを理解できるようにするための、批判的思考のスキル」を学生に教えたというものだ。つまり専門家による適切な教育が、最大の護身術だった。

それは新しい特効薬や銀の弾丸ではない。労力と時間が大きく費やされる地味な手段だ。まるで「健康を保つには、バランスの良い食事と適度の運動、そして規則正しい睡眠が重要です」と説かれるような、あまり楽しくない結論だと感じる向きもあるだろう。

しかし教育を通して思考力を鍛える訓練は、特定の陰謀論だけを払拭するものではない。どんな陰謀論にも陥りにくい人間を作る堅実な対策で、万能薬のような効果が得られるだろう。長期的に考えるなら、確実な成果に期待できる唯一の対策と言えるのかもしれない。年老いた自分の両親に対し、それを実践できるのかどうかは別として。

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この記事を書いた人

江添佳代子、miyajima、一田和樹

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