展示会におけるアンケートやヒアリングシートは顧客の情報を収集するためのツールである。これらを効果的に活用できている出展者、できてない出展者とでは、当然ながら展示会後の案件化率に差が出る。
アンケートとヒアリングシートは、それぞれに性質が異なる要素もあるが、共通している要素がある。展示会ブースにおけるコミュニケーションをBtoBのビジネスプロセスの一基点と捉えたときに、どんな考え方でアンケート・ヒアリングシートを設計すれば、その後の成果に繋げることができるのか、BtoBのコミュニケーションにおける「一般論」を展示会に持ち込む弊害と、その対策について考えてみたい。
アンケート収集・ヒアリングシートの活用は、それぞれ以下の目的であることが多い。
アプローチの段階でアンケートを行っている出展者がいる。この場合の目的はほぼリードの収集だ。コンパニオンやスタッフがノベルティをエサにしてアンケートを書いてもらったり、名刺情報をスキャナで取らせてもらっているという光景をよく目にする。
一方、接客の段階でアンケートやヒアリングシートを使う場合には、既に来場者とのコミュニケーションが始まっているので、リードの質を評価する・マーケットリサーチをするといった意味合いが強くなる。
この記事では特に後者のアンケート・ヒアリングシートを効果的に設計する方法について考えてみたいが、その前にまず展示会ブースでのコミュニケーションにおけるアンケート・ヒアリングシートの一般論が持つ課題について掘り下げよう。
BtoBの論理で展示会コミュニケーションを切り取りすぎ問題
ヒアリングシート、アンケートに共通する課題がある。それは、BtoBビジネスの一般論で展示会コミュニケーションを切り取りすぎである、という課題だ。
特に展示会での情報収集では以下の2点を重要なものと位置付けているが、重要と捉え過ぎであるがゆえに問題が発生している。
【重要と捉えられている情報】
- BANT条件
- 顧客の組織課題
BANT条件は「いま」聞くべきことなのか
よくBtoBのビジネスにおいてはBANT条件を聞き出すことが重要だということを聞かないだろうか?、実際のアンケートやヒアリングシートもBANT条件を聞き出そうとするような意図で作られているケースも見かける。しかし、展示会でのコミュニケーションでBANT条件を聞き出そうとしても、うまくヒアリングできないケースも多い。また、BANT条件をリードのランク付けに活用している場合には、さらに注意が必要となる。
BtoBのマーケティングにおいては確かに重要なのだろう。例えばホームページから問い合わせのあった顧客。これは顧客の「主体的な行動」によりホームページに辿り着いているので、「課題の形成」や「解決策の模索」といった段階まで辿り着いていることが考えられるだろう。
しかし、こと展示会においてはどうだろうか?
顧客は課題そのものに気付いていない。あるいは、気付いていたとしても大きな課題であるとは捉えられていない。そんな顧客に対してBANT条件を聞き出そうとしたところで的を射た回答は得られるだろうか?、例えば、Budget(予算)やTimeframe(導入時期)は、そもそも課題が認知されていなければ予算化もされていないので、まともな回答にはならないだろう。
アンケートを取ったときに、「導入予定はない」という回答をつけたリードは顧客ランクでは低ランクに位置することも多いだろう。しかし、課題の言語化が成されていなければこのような回答になるのは当然だが、このような顧客は必ずしも「まだまだ客」とは限らない。
出展者側の働きかけによって「課題に気付くと」それが組織内で「一気に解決すべき痛み」として認識されることだってあるだろう、いや、あるのだ。課題を認知していないからといって、押しなべて低ランク「まだまだ客」に押し込んでしまうのは不合理、もっと別の判断軸を持った方が展示会においては効果的だ。
Authority(決裁権)についても、名刺情報などからだけで判断するのは危険だ。根回し文化をもっている企業も多いなか、決裁者が導入を決めたとしても現場の反対でオジャンになるケースなど、あなたの身の回りでも頻繁に見られないだろうか?
この辺りは、より詳細に解決しているサイトが幾つもあるので解説は譲りたいが、私が伝えたいのは「あなたが取引をしたいと思っている顧客はどんな調達プロセスを持っているのか」ということを想定する大切さだ。
もちろん、「課題の形成」や「解決策の模索」といった段階にある来場者が展示会に来るパターンも多い。これらの場合BANT条件もある程度は明確になっているだろう。しかし、そもそも、BANT条件が明確に定まっているような顧客が展示会に来る意味とは何だろうか?、課題が認知されているぐらいであれば、とっくにネットでもリサーチしているだろう。そういった顧客が展示会で探している情報とは?、あなたのブースでのコミュニケーションは、そんな状態の顧客に合わせたメッセージになっている?
と、このように顧客の検討プロセスにおいて、今がどの段階なのかを突き詰めていくと、必ずしもあなたのブースが発しているメッセージと求めている顧客像が一致していないこともある。メッセージは課題が言語化されていない顧客向けに発しているのに、顧客のランク分けは課題が言語化されている来場者を高く設定している、これは「集めたい顧客像」に対して発している「メッセージ」がズレている典型的な例だ。
だから、アンケート・ヒアリングシートを作る前に、あなたが「どんな顧客と出会いたいのか」を最初に深掘りしていく必要がある。そして、アンケート・ヒアリングシートとは、その顧客像に合致する来場者なのかどうかを知ることができる設計であることが重要だ。
あなたが、「BANT条件が定まっている顧客」と出会いたいのであれば、BANT条件をアンケートの重要項目と考えればよい。しかし、顧客像 が異なるのであれば、それに対応した質問を設計しなければならないのだ。
目の前の来場者の行動可能性に目が向いていない
もう一つ、大きな課題を見過ごしているケースが多い。それは、組織の課題を収集しようとし、組織に対して製品・サービスの導入を促すという一般的なBtoBのビジネスプロセスが重視されるなかで、目の前にいる来場者個人に目が向いていないという問題だ。
展示会をきっかけにして、来場者の組織に対してアプローチをかけていく。しかし、あくまでもその「来場者」が基点となったコミュニケーションがベースとなることも忘れてはいけない。組織に行動可能性があっても、個人に行動可能性がなければ、その個人でビジネスは止まってしまう。もちろんBtoBのビジネスは組織の論理の影響を個人が受けやすいものではあるが、イコールではない。
個人の行動可能性が高くとも組織の行動可能性が低ければ案件化には至らない。これは理解できる、よくあるケースだ。担当者がやる気になって自社の製品導入を社内に説いてまわったものの、社内の反応はイマイチで結局案件化しない。これはイメージしやすいだろう。
しかし、組織の行動可能性が「本来は高い」はずなのに個人の行動可能性が低いせいで、組織に対してあなたの製品・サービスは影響を及ぼすに至っていない。こんなケースは想像できていだろうか。そして、こんなケースは「例外」とは言えず案外多いのではないだろうか。
例えば、ある来場者の課題を想像してみよう。その来場者の組織はある課題を抱えている。その課題に対して組織の別部署の関係者はヤイヤイ言うが、来場者自身にはもっと優先順位の高いタスクがある。という場合、出展者が「〇〇に課題を抱えていますか?」と問いかけたときに「確かに別部署が〇〇は課題だと言ってたなぁ」とは思うだろう。
このような顧客の場合、接客していてもそれなりに手応えを感じるはずだ。しかし、展示会後にアプローチをかけても「なしのつぶて」というケースに心当たりはないだろうか。あんなに会話が盛り上がったのに、つれないのね、期待させるだけさせて捨てるなんてやめてほしいわ、とキャラも変わって謎の世界に浸ってしまう・・・
これは、来場者自身にもっと優先度の高いタスクがあり、来場者自身は課題を大きく評価しいていなかったからだ。つまり、「組織の課題」と「来場者の問題」が結びついていない状態だったのだ。
個人に行動可能性がないと、せっかく渡した資料も他の資料の山に埋もれ、優先順位の高いモノから捌いていった結果、気付けばゴミ箱に投下されている。あるいは、せっかく収集したメールアドレスも、メルマガを即座に配信停止されてしまう。これは個人の行動可能性が低かったという状況から起こるものだろう。
展示会におけるヒアリングのフレームワークはBtoBのコミュニケーションを基本にしている。しかし、BANT条件に代表されるこれらの行動原理は「個人の行動可能性」に目を向けてはいない。これをアンケートで取得するのは工夫が必要で難しい。容易に知ることができるのは、やはり接客を介したコミュニケーションだ。だから、展示会のヒアリングは「個人の行動可能性」も知ることができると、組織の行動可能性と個人の行動可能性のミスマッチを起こさない。
言うまでもなく、あなたが出会いたい顧客は「個人の行動可能性」と「組織の行動可能性」の双方が高い顧客だろう。
個人の行動可能性を知るための方法
実は、個人の行動可能性は、ヒアリングの手法を少し工夫するだけで収集することができる。それは目の前の個人の「感情」に目を向けることだ。
「組織の課題」の段階では感情は巻き起こらない。「組織の課題」が「個人の問題」に影響を及ぼすと、そこに感情が巻き起こる。そして、ネガティブ感情が強いほど課題解決に向けた個人の行動可能性は高まる。
だから、組織課題をヒアリングすると同時に並行して発生している「個人の問題」と「感情」をヒアリングのなかで目を向けるとよいだろう。
そのネガティブ感情は、思ったとおりに物事が進まない「怒り」なのか、もうどうしようもない「諦め」なのか、なんとか状況を変えなければという「焦り」なのか。感情の種類は様々だが、この感情を拾い上げることで個人の行動可能性を探ることができる。「〇〇が課題なんですよ~」と外に向けて言いながら、内心では鼻をホジっているような人だと、個人の感情は動きが浅いはず。この場合、行動可能性は低い。
適切なヒアリングシート・アンケートを設計する方法
もし何かしらのフレームワークなどを期待しているなら申し訳ないが、ここでサンプルになるようなフォーマットを提供することはない。なぜなら、「あなたが獲得したい顧客像」に応じて、聞くべきことはまったく変わってくるからだ。これは、あなたが考えるしかない。
ネット上を検索して拾ってくることのできるフレームワークは「誰かが獲得したい顧客像」に基づいて設計されたものだ。「展示会 アンケート」で検索して引っかかるフレームワークが、あなたの獲得する顧客に該当するとも思えないし、一度そのフレームを見ると間違いなくあなたの印象は影響を受けてしまう。だから、自分で考えてほしい。
しかし、私でも考えるための道筋は提示できる。
まずは、あなたが「獲得したい顧客像」を明確にしよう。顧客組織がどのような課題を抱えているか、その課題が来場者個人にどんな問題を引き起こしているのか、課題と問題を分けて考えてみるとよい。具体的にはペルソナを設定するという手法が有効なので、以下にペルソナ設定の方法を紹介しておく。
そして、ペルソナが設定できたら、目の前の来場者がペルソナに該当するかどうかを判別する質問をアンケートやヒアリング項目のなかに組み込んでいく。このときに、来場者個人の感情に目を向けると効果的だ。感情は個人の行動可能性を測るものだ。組織の行動可能性を探るものとしてBANT条件を使うのもダメではない、しかし課題が顕在化していない顧客を獲得したいと考えるなら、BANT条件のヒアリングが機能しないことも理解しておこう。
もしできるなら、来場者のランク付けを「組織の行動可能性」と「個人の行動可能性」の二軸について、それぞれA~Dぐらいのランク付けをしてもよい。言うまでもなく、双方Aランクであれば最重要顧客だが、一方がAなのに、もう一方がDのような顧客は要注意だ。
展示会のアンケートやヒアリングにおいて避けたい状況がある。
それは、「本来は高ランクの顧客と認識されておくべき来場者だったのに、アンケートやヒアリングの設計に問題があり、低ランクの顧客と集計されてしまう」という状況だ。この結果、みすみす獲得できていたはずの顧客を取りこぼしていたとしたら、これほど勿体ないことはない。
だが、このようなステップを踏んだうえでヒアリング項目・アンケート項目が設計できれば、アンケートやヒアリングシートがビジネスプロセスの中継地点として適切に機能してくれるだろう。
展示会はBtoBのビジネスプロセスのなかの一つの基点である。そこで行動指針にすべき論理は基本的にBtoBマーケティングのルールに則って問題はない。しかし、展示会とはBtoBマーケティングのプロセスのなかでも、特にBtoCに近いコミュニケーションが行われ、その精度が重要になるタイミングであることも同時に理解しておいていただきたい。
このような「展示会」という特殊な場で、コミュニケーションをどのように設計していけばよいのかという指針を考えるためのワークシートを提供している。「伝えるべきこと」を「最も伝わる方法」で提供し、「適切なコミュニケーション」を実践する。もし、これらがうまくいっていないと感じるのなら、活用していただくとよいだろう。