いってこい実力至上主義の教室へ   作:嘴広鴻

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3-4 危険物資密輸を防げ! 実録! 高育教師24時

 

 

 

――― 平田洋介 ―――

 

 

 

「いや、綾小路くんはこの島に特別な物は何も持ち込んでいないよ」

「つまり綾小路以外の生徒は持ち込んだ、ということだな?」

 

 何だか最近の葛城くんは疑い深くなった気がする。綾小路くんの影響かな?

 そして僕も僕でこんな嘘じゃないけど真実でもないことを平気で言えるようになった気がする。これも綾小路くんの影響か。

 

 ここは僕たちDクラスがベースキャンプを置いた洞窟の入口。

 綾小路くんたちが島中を走り回って16個のスポットを確保して戻ってきてしばらくした頃、葛城くんと一之瀬さんと龍園くんというABCクラスのリーダーが揃って僕たちDクラスを訪ねてきた。何でもこの試験について色々と情報を交換したいらしい。

 情報の交換自体は構わなかったけど、さっきまで島中を走り回っていた綾小路くんには休んでもらうために僕が代わりに葛城くんたちの相手をしている。

 須藤くんと三宅くんも休憩中だし、他の皆は櫛田さんと堀北さんが中心となってベースキャンプの整備や、スポット確保の際に綾小路くんが見つけた畑に野菜を採りに行ったり、釣り竿で夕食の分の魚を釣ったりしている。

 

 今までに僕たちが手に入れた情報と葛城くんたちの話を合わせると、どうやらスポットの数は全部で20個。Dクラスが確保した16個以外では、AとBが2つずつ確保したようだった。

 龍園くんたちのCクラスは今回の試験では正攻法では挑まず、どうやらAとBに物資を売ってプライベートポイント稼ぎに徹するみたいだけど、まさかそこまで思い切った手段を取るとは思っていなかったなぁ。

 正直なところ、葛城くんと一之瀬さんがあんな冤罪を被せるようなことをしてきた龍園くんと手を組んだことに思うところはある。だけど綾小路くんの存在自体が反則と言われてしまったら返す言葉がないのも事実だ。仕方がないね。

 

 それはそれとして、確かに僕たちDクラスは色々とこの島に持ち込んではいるけど、綾小路くんがジャージの下に海パンを着込んでいたことは“持ち込んだ”という言葉の範疇じゃないし、そもそも海パンは特別な物じゃないからから嘘はついていないよね?

 

「……綾小路くんは出席番号順に並ぶ時は先頭になるし、以前のことで先生方に目を付けられている可能性が高いからね。

 綾小路くんの予想通りにこの島で特別試験が行われて、しかも荷物のチェックがあったとしたら綾小路くんが一番厳しく荷物のチェックをされるだろうから、あえて綾小路くんには何も持たせなかったんだよ」

「へー。ちなみにDクラスはどんなものを持ち込んだの?」

「色々だよ、一之瀬さん。本当にこんな試験になるかどうかはわからなかったから、そこまで本気になって準備したわけじゃない。100円ショップで揃えられる物が多いかな。

 例えば一之瀬さんも持ち込んできたっていうライターやホイッスルだけど、僕たちはホイッスルをクラスの人数分だけ持ち込んでいる」

「ハ? いくらホイッスルがそんなに大きい物じゃないとはいえ、ウエストポーチに40個も入れてきたってか?」

「いや、ウエストポーチには入れてきていないよ、龍園くん。

 僕たちが持ち込んだホイッスルはこういう細長い呼子笛タイプのものだけど、これはあらかじめ各人がたたんだ靴下の中に仕込んでおいたんだよ」

「靴下? ……なるほど。そういうことか」

「うん。今回のことで調べてみたら靴下のたたみ方にはいろいろあるようだけど、靴下って大抵のたたみ方だと立体的になるからね。長さ5センチ程度の細長い呼子笛を隠すぐらいはできるさ」

 

 もちろん他にも色々と持ち込んでいる。

 一之瀬さんたちも持ち込んできたという100円ライターや呼子笛の他に、小型ライトと電池類。キャンプで重要な水を保管できるウォータータンク。釣りをすることを考えて釣り針や釣り糸。夏だから必要ないかもしれないけど念のためにカイロ。小型のドライバーのような工具類。シリコン製の折りたためる食器類なんかだ。

 最近の100円ショップは色々と品物があるよね。

 

 持ち込み方も工夫をした。

 その……長谷部さんや佐倉さんみたいな胸の大きな女子に頼んでウエストポーチをシャツの下に隠して持ち込んだ他に、平べったい物なら男子でもシャツの下に隠せるし、持ち込みを許可される衣類の中に紛れ込ませたりした。

 衣類の中に紛れ込ませるのは例えばシャツ、パンツ、靴下なんかの下着類は1日分ごとに中の空気を抜くことのできるいわゆる旅行用の圧縮袋に分けて持ってきたんだけど、圧縮袋に入れると重さを誤魔化せるのを利用した。誤魔化せるというか、見た目と重さが釣り合わなくなるって言葉が正しいかな。

 シリコン製の食器はウチでは使わないから知らなかったけど、シリコン製だと柔らかいから折りたためる食器なんてものもあるんだね。それに圧縮袋の中は空気を抜いて固くなるから、靴下の中に入れた呼子笛とか電池みたいに硬い物でも触ったとしてもわからなくなる。

 たたんだ靴下の中に入れた呼子笛や電池、たたんだシャツに挟んだソフトタイプのビニール製ウォータータンクや釣り針や釣り糸、食器類は意外とバレなかった。アレはあると思って探さないとわからないだろう。

 

 1人1人が持ち込める量は多いわけではないけど、クラスメイト40人……いや、綾小路くんと高円寺くんを除いた38人で分担したらかなりの量を持ち込むことができた。

 

 長谷部さんたちに持ち込んでもらったのは主に工具類のような重いものやウォータータンクの蛇口のような嵩張るものだ。特に工具なんかは耐久性のためにある程度の重さのある金属で作られているから、流石に衣類に紛れ込ませると重さでバレるかもしれなかったので、長谷部さんたちに協力をお願いした。

 後は島に上陸する前に、綾小路くんから水着を持っている者は下着代わりに着てくるようにというメールが届いていたので、結構な人数が水着も持ち込めているはずだ。

 

 それと釣り竿とか望遠鏡(単眼鏡)のような長物系。これらは携帯できる伸縮するタイプのものを、太ももの内側にゴムバンドを使って仕込むことでそれぞれ5本ずつ持ち込めている。釣りに使うリールや重りなんかも長谷部さんたちが持ち込んでくれたので、食料事情に大きく貢献してくれるだろう。

 それにしても縮めた状態だとちょっと長めのペンのようなものにしか見えないなんて、最近の釣り竿や望遠鏡って色んなものがあるんだね。これらは流石に100均では売っていなかったけど、ネットで探せば2000円程度でそこそこのものが見つけられたのでケヤキモールの店に取り寄せ注文をしてもらった。

 ただ釣り竿はベースキャンプを設置した洞窟の近くの崖の下に建てられていた小屋の中で、スポット確保の副産物として釣り道具を見つけることができたのは予想外だった。しかもその気になれば1か2ポイントでも購入できるみたいだし、苦労して持ち込んだにしては割が合わなかったかもしれない。

 一之瀬さんたちBクラスは井戸のあるスポットを確保したとのことなので、釣り竿を渡す代わりに水を分けてもらうように交渉してみようかな。

 

 それと塩やカレー粉のような調味料、シャンプー代わりに使えるらしいべビーパウダーのような粉末類も、ジップロックに入れて密閉した状態で平べったくすれば男でもシャツの下に隠して持ち込むことができた。これも多めに持ってきているので交渉材料になるかもしれない。

 お腹に貼り付けるのに使ったテーピングテープは、剝がした後も何かに使えるかもしれないので捨てずに保管してある。

 

 今回のことで災害時における避難物資を調べたけど、参考になるものがたくさんあった。

 この島に持ち込んだ物資にかかった費用の総額は10万プライベートポイントもしないだろう。持ち込んだはいいけど使い道のなかった物もそれなりにあったけど、それでも呼子笛や食器なんかは今後も使えるだろうから、そう考えるとそこまで多額な費用がかかったわけじゃない。

 しかも、その費用は綾小路くんが全て支払ってくれた。それに試験が開始されてすぐさまどう挑むかの方針を決めて、後は須藤くんと三宅くんを引き連れて井の頭さんをお姫様抱っこして島中を走り回るなど大活躍だ。

 本当に彼には頭が上がらないな。

 

 それにしても綾小路くん。長谷部さんたちに頼んで持ち込んでたパチンコ玉と、男子に隠し持ち込ませたスリングショットと投石器は何に使う気なんだい? どうして『海鳥の肉はマズいって本当かな?』なんて呟いていたんだい?

 思わずDクラスのベースキャンプに訪れた星之宮先生と話をしている綾小路くんに目を向ける。

 

 

「だから省エネモードで心拍数を落としているだけなので大丈夫ですって。さっきから同じことを何回言わせるんですか?」

「だから何を言っているのかな、キミは? どうしよう佐枝ちゃん。私、さっきから綾小路くんの言っていることを理解できない……」

「星之宮先生、冬眠中の動物は心拍数や呼吸数は平時の2割程度になって新陳代謝が落ちるから、何ヶ月も飲まず食わずで生きられるって話を聞いたことないですか?」

「そんなことは知ってるよ。知ってるけど君は人間でしょ? ……ん、人間?」

「落ち着け、知恵。変な方向に考えが向かっているし話もループしてる。

 綾小路、本当に大丈夫なんだな?」

「冬眠しているわけじゃないから大丈夫ですよ。心拍数と呼吸数も平時の6~7割程度に落としているだけです。その分だけ新陳代謝も落とせて省エネになりますからね。もちろんその逆もできますから、スポット占有で島を走り回るときには元に戻します」

「心臓の鼓動は不随筋だから、人の意思でどうこうできるものじゃないと思うんだけど?」

「これがインダスの秘法、ヨーガの呼吸です。

 ……といっても、どこぞの流派の奥義のように急激に心臓の鼓動を早めて運動能力を激的に上げるとかは無理ですし、まったくの無呼吸で長時間活動するとかはオレには無理ですよ。これでできるのは身体を動かさなくてもウォームアップの効果を出せるぐらいと、お腹が減るのを遅らせるぐらいです。

 要するに戦闘用ではなく平時用ですね」

「何だその危険な流派は?」

「でもそれぐらいなら……いいのかな?」

「まぁ、戦闘用に呼吸と思考を放棄して脳の情報処理速度を速める“黄金の八秒”ってのはありますが……」

「綾小路???」

「いや、佐枝ちゃん。100m走みたいな短距離走選手は似たようなことをしているらしいから、その“黄金の八秒”ってのはスポーツ学的にはおかしくないよ」

 

 僕は何も見ていないし聞いていない。

 いやー、腕時計で測定されていた綾小路くんの心拍数がおかしいって星之宮先生が来た時は焦ったけど、特に問題がないようでよかったよ。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「まったく。星之宮先生はしつこかったな」

「ノーコメントで」

 

 ある程度の情報交換をすると、葛城くんたちは帰っていった。

 どうやら実質的に、この試験はABC連合VSDクラスになってしまっているようだ。綾小路くんが以前からこうなることはありえると言われていたけど、実際にこうなってしまうと不安になってくる。

 だけどあらかたのスポットが占有できた以上、既にこの試験の大勢は決まったようなものだ。後はリタイア者を出さないように気をつけてサバイバル生活をしないとね。

 

「さて、それでどんな感じなんだ、平田?」

「島中を走り回って疲れているのにすまないね。この報告と相談が終わったら須藤くんと三宅くんのように休んでくれていいから。少なくとも次のスポット占有は夜中になる。それまでは休んでくれ。

 それで見ての通り、テントと仮設トイレの設置は完了したよ。テントは新しいものは購入しなかったけど、洞窟の中だから大丈夫じゃないかな。もちろん一晩様子を見て、問題があるようなら新たに購入することになっている」

「ああ、ボーナスポイントはオレたちで稼ぐ。浪費していいとまでは言わないが、必要だと思ったらケチらずに生徒の健康を優先してテントを購入してくれ」

「ありがとう。だけど、この洞窟の中だと雨風は心配しなくていいから、テントよりも枕やフロアマットとかの方がいいんじゃないか、とも思っているんだ。

 簡易トイレで貰えるビニール袋に森から採ってきた草葉を入れて、クッション代わりにならないか試してもらっているよ」

「そうだな。座ったときや寝転んだときも、地面に体温を奪われないように断熱さえしておけばそうそう身体は冷えない。それと空気を入れて膨らませたビニール袋だけでも掛け布団代わりになると思うぞ。もちろん草葉を入れられるに越したことはないが」

「それはいいね。それなら簡単に準備できる。

 でも、最低でも君たち3人。綾小路くんと三宅くんと須藤くんの分だけでも、寝るときに疲れが取れるように枕やフロアマットを購入しようと思っている。これはクラスの皆から了承を得ているよ。

 高円寺くん以外の、だけどね」

「高円寺の意見はいいだろ」

 

 何しろ綾小路くんたちが確保したスポットの数は16。

 これだけの数のスポットを1日に3回も島中を走り回って確保しなければならないとなると、綾小路くんたちの疲労はとてつもないものになるだろう。

 綾小路くんたちが戻ってくる前に試作した、簡易トイレで支給されるビニール袋に草葉を入れたクッションの上で横になって休憩している須藤くんと三宅くんを見る。彼らの疲労はまだ大丈夫だろう。少なくとも今日明日は。

 しかし、それ以降はわからない。特に1日3回の確保では避けることができない、夜中に島中を走り回る際の疲労がどうなるかが不安だ。

 でも彼らが頑張ってくれればスポット16ヶ所×18回更新で、合計288ポイントものボーナスポイントを得られるかもしれないんだ。彼らのために物資を購入することに反対する人はいなかった。

 

 綾小路くんに運ばれて島中を移動していた井の頭さんも疲れてしまったようだ。いくら自分の足で走らなかったとはいえ、1時間以上もお姫様抱っこされて運ばれていたら疲れるのも仕方がないだろう。振動が凄いだろうし。

 井の頭さんは顔を隠していたのだからその気になれば王さんのような体型の似た人と交代することもできるけど、どちらにしろ女子には体力的にツラいことになる。綾小路くんの提案通り、外村くんには早めに予備のジャージと草木を入れたビニール袋で作るダミー人形を作ってもらうことにしよう。

 しかし、井の頭さんは大丈夫だろうか? クッションに座って休憩しているけど、綾小路くんにお姫様抱っこをされてた感触を思い出すかのようにたまに頬に手を当ててウットリとしてる。

 綾小路くんのカモフラージュ用彼女が増えるのかな? まぁ、クラスの女子は上級生に強引なナンパでもされたら綾小路くんの名前をだしていいってことになっているし、彼女が増えたとしても今とそう大した違いはないか。

 

 今のところ購入したのは仮設トイレ(20ポイント)のみ。

 そして購入することを、購入する可能性があることを考えているのは栄養食とミネラルウォーターの40人分1食セット(10ポイント)、調理器具(5ポイント)、仮設シャワー(20ポイント)orウォーターシャワー(5ポイント)。後はテント(10ポイント)、枕やフロアマットのような小物だけど、小物は購入しても合計で10ポイントぐらいだろう。

 色々と島に持ち込めているのが功を奏しているね。

 

 調理器具で5ポイント、か。

 ……刃物の持ち込みも認めるべきだったのだろうか?

 

 

「でも綾小路くん。アッチはそれとなく匂わせてきたけど、本当に葛城くんたちはリーダーを指名してくるのかな?」

「五分五分だな。あるとしたら3クラスがオレと須藤と三宅をそれぞれ指名してくることだが、それもあの3クラスの中で裏切るクラスがあるかもしれない」

「囚人のジレンマ、だっけ? 裏切った方が得をするって考え方」

「今回の場合は裏切った方が損をしないって感じだな。

 裏切らない場合は自クラスが担当するリーダー指名が当たったら勝ちだが、裏切る場合は自クラスが担当するリーダー指名が当たったら負けになる。だから囚人のジレンマよりモンティ・ホール問題の方が適切か?」

 

 葛城くんたち3クラスが、綾小路くんと須藤くんと三宅くんの3人のうちの誰かがリーダーだと考えている場合のことを想定しよう。

 ABCクラスが3人をそれぞれ指定する。この場合、彼らは3分の1の確率でリーダー指名に成功して50ポイント獲得し、3分の2の確率でリーダー指名に失敗して50ポイントを失う。自クラスの期待値としては約マイナス17ポイントか。そしてDクラスは絶対にリーダーを指名されて50ポイントとボーナスポイントを失う。

 だけど、彼らのうち裏切って指名をしなかったクラスがいた場合、裏切ったクラスは何もない。50ポイントを獲得しないし失いもしない。要するに自クラスの期待値としてはプラスマイナス0ポイント。だけど他2クラスから指名されるDクラスは3分の2の確率でリーダーを指名されて50ポイントとボーナスポイントを失う。

 

 要するに裏切らない場合は『自クラス担当のリーダー指名が当たりますように』と願うことになるんだけど、裏切った場合は『自クラス担当のリーダー指名が当たりませんように』って願うことになるわけだね。

 裏切らずに3分の1の確率を願うか、裏切って3分の2の確率を願うかのどちらかだったら、後者を選ぶ可能性は否定できない。

 

 しかも井の頭さんがリーダーだった場合を加味すると、更に状況は悪くなる。もし裏切ったせいでDクラスのリーダーを当てることができなくとも、井の頭さんがリーダーだったから当てられなかったと言い張ることで他クラスからの追及は避けられるだろう。

 なのでDクラスへのダメージを優先して考えるなら前者だけど、自クラスのことだけを考えて後者を選ぶ可能性は否定できない。そしてもし3クラス全てが同じくそう考えたら、僕たちのリーダーは指名されないことになる。

 

 現に先ほど綾小路くんがこのことを葛城くんたちに教え、そういう理由でDクラスのリーダーは指名されることはないと思っていると言ったところ、最終日のリーダー指名の際はABCクラスが1ヶ所に集まって、ちゃんとリーダーを指名することを互いのクラスが監視し合うことを彼らは提案しあっていた。

 どうやらABC連合にさっそくヒビが入りかけたらしい。

 

「まぁ、リーダーの須藤には最終日の点呼前に、滑って転んで頭を打って意識を失って数秒で意識を取り戻したけど脳へのダメージを考えて安静にさせるためにリタイアしてもらう予定だから、リーダーを当てられる可能性はないんだけどな」

 

 シチュエーションが無駄に長いよ。

 確かにそれならリーダーがリタイアする正当な理由になるんだろうけどさ。

 

「……その場合、須藤くんには本当に転んでもらわなくてもいいんだよね?」

「それは必要ないだろ。転んだところを見たって証言する生徒がいれば、何しろ打ったことにするのは頭だ。実際に怪我はなくても学校としては拒否できないだろう」

「それならいいけど……」

「もしくは亀を見つけてきて、鳥が亀を運んでいる最中に空からウッカリ亀を落として須藤の頭に直撃した、ってシチュエーションでもいいぞ」

「いないでしょ、そんな運の悪い人」

「いたよ。古代ギリシャ人で」

「いたのっ!?」

「真実かどうかはわからんが、そういう伝説を持っている三大悲劇詩人は実在する。

 そのシチュエーションを採用するなら、須藤には『犯人は真鳩』ってダイイングメッセージを残してもらおうか」

「真嶋先生が怒るよ」

 

 鳩と嶋。一瞬迷うって。

 

「まぁ、流石にこんな離れ島だとミシシッピアカミミガメも進出していないだろうから、亀を捕まえるのは難しいだろうけどな。海亀はもっと無理だし。

 とりあえず須藤にリタイアしてもらう予定なのは、他の皆にはまだ秘密で頼む。情勢がどうなるかはまだ不明だ。

 後の問題はABCのリーダーを指名するか。指名するにしても龍園に月20万払ってABのリーダー指名をさせるか、だな」

 

 マニュアルを一読しただけでリーダー交代のことを思い付いた綾小路くんは凄いけど、龍園くんもまた凄いことを考えつくものだ。まさかリーダーの指名権を売るとはね。

 でも月20万は要するに50クラスポイント分のプライベートポイントってことだから、ボーナスポイントを稼げるとわかっている以上、他クラスへの借りのようなものを作るのはどうかと思う。指名するなら龍園くんに指名させるよりも、素直に僕たちで指名した方がいいと思うな。

 

「普通なら他クラスもリーダー交代を思い付くだろうから“しない”の一択なんだが、リーダー交代のことは平田もなかなか思い付かなかったみたいだし、葛城たちもあの様子だと今のところは思い付いていなさそうなんだよな。だからそれで迷ってる」

「普通ならそう簡単にリーダー交代なんて思い付かないよ……」

 

 試験開始直後、綾小路くんと僕と櫛田さんと堀北さんの4人だけで少し話し合ったけど、リーダー交代のことを思い付いたの綾小路くんだけでしょ。

 リーダー交代を思い付かなかった僕たちとは微妙に会話の前提がズレていたから、綾小路くんの真意を理解するまで苦労したよ。

 

「まるでオレを普通じゃないように……いや、だからこそ当初のオレ1人でスポット巡りをする予定だったのをやめて、ABCにリーダー指名を外させることができるかもしれないってことで須藤や三宅たちと一緒にスポット巡りをしているわけだしな。

 もちろん今のままでもリーダー指名を外させることができるかもしれないが……それとも別にちょっと小細工をするか?」

「別の小細工?」

「ああ、須藤をリタイアさせる関係上、どうしてもマイナス30ポイントは避けられない。

 それならいっそのこと、最終日の点呼30分前ぐらいに須藤が滑って転んで頭を打って意識を失って数秒で意識を取り戻したけど脳へのダメージを考えて安静にさせるためにリタイアさせたってことをABCクラスに伝えて、リーダー交代のことを教えることでリーダー指名をやめさせる。

 だけど実際には須藤をリタイアさせない。

 これだとABCがリーダー指名を外してマイナス50ポイントになることはないが、そもそも最終日までにリーダー交代のことを思い付いたら指名はしてこないからな。ならいっそのこと須藤のリタイアのマイナス30ポイントを回避するために、全クラスがリーダー交代するような状況に持っていく」

「ABCへダメージを与えることよりも、Dクラスへのダメージをなくすこと優先するわけか。

 ……悪くはないと思うけど、龍園くんの反応が気になるね。

 普通ならリーダーを交代できることがわかったらリーダー指名をしないとは思うけど、Cクラスはどうせ0ポイントだ。リーダー指名をしないことにメリットはない。そして須藤くんの名前をだしたことに不審に思って、だからこそ須藤くんをリーダー指名することはありえると思う。

 いや、誰の名前を出したとしても、3分の1の確率でリーダー指名されるかもしれないというのは危険だと思うよ」

「そうなんだよなぁ。たかだか30ポイントのために、ボーナスポイント全てを失う可能性を残しておくのはやっぱり危険か。須藤のリタイアの30ポイントは必要経費と割り切るべきだな。

 他にも最終日近くにリーダー交代のことを教えて、龍園のリーダー指名権利売買を根底から崩してABC連合を崩壊させる、ってのもあるが、クラスポイントのダメージより優先させるかは微妙だな。

 別の策としてはDクラスのリーダー指名をさせるために……山内を使う」

「使うって……どんな風に?」

「まずポイントでデジカメを購入して、キーカードに記されたリーダー名の写真を撮影する。そしてそれを山内にABCに売りに行かせる。

 山内の裏切りの理由としてはオレへの反感だな。カモフラージュとはいえ山内が憧れていた桔梗たちと付き合うことになったり、50億なんて大金を手に入れたのに山内には一銭も渡さない。だからオレへの腹いせと金稼ぎのために裏切ったことにする。

 もちろん最終的に須藤はリタイアさせるからABCのリーダー指名は失敗となるがな。

 ABCから貰ったプライベートポイントは自分のものにしていいって言えば、山内も張り切って嘘をつくだろ」

「そ、それは……」

 

 5月1日の山内くんの様子を知っている葛城くんは騙せそうだね。

 いや、でも最近の山内くんは落ち着いてきたし、櫛田さんから今までのように気安く話しかけてもらいたいからって勉強頑張っているみたいだし、そんな山内くんの評判を落とすようなことはしない方が……。

 

「それこそ龍園くんを騙せるとは思えない、かな? それにそういうことをしたら一之瀬さんも嫌悪感を抱くだろうし、今後のことを考えたらちょっとね……」

「龍園相手は山内じゃ無理か。

 ……一応、この作戦の成功失敗に関係なく、他クラスを騙そうとした山内は他クラスから警戒されることになるだろうから、今後は山内がクラスを裏切り難くなるというメリットもあるぞ」

 

 もしかしてそっちが主目的?

 本当に山内くんを信用していないんだね。

 

「しかし、自分で動かずに他人に策を実行させるというのは難しいな。自分が相手取るなら相手の力量は理解できるつもりなんだが、第三者同士の争いとなると塩梅がよくわからない」

「まだ初日だよ。今の時点で結論は出さなくていいじゃないか。2~3日ぐらい様子を見てから改めて考えよう。

 それともし他のクラスのリーダーを指名するのなら、Cクラスのリーダーを暴くことに注力した方がいいと思う。葛城くんの話からすると、AとBは僕たちの真似をして複数人でキーカードを持つことでリーダーを当てられない対策をしているようだ。僕たちがやっといてなんだけど、あの方法を取られるとリーダーを当てることは容易いことじゃない。

 だけどCクラスは龍園くんか、Bクラスに居候することになったっていう伊吹さんのどちらかだ。こちらの方が当てられる確率は高いと思うよ」

「どうだろうなぁ。Cクラスはスポットの占有をしていないらしいからキーカードを必要としていない。下手したらキーカードを燃やすなりして証拠隠滅しているんじゃないか?

 それに龍園の他に残っているのは伊吹だけだと龍園は言っていたらしいが、それが本当なのかはわからない。石崎、小宮、近藤辺りを潜ませているかもしれないな。特にあの5人は、船にいる坂上先生と顔を合わせ難いだろうし」

「確かにそうだね。となると、やっぱりリーダー当ては難しいかな?」

「オレに考えはあるが、実際のところは当てられたらラッキー、ぐらいの意気込みでいいだろう。

 ただし、ABCがリーダー交代のことを思い付かないように、Dクラスはリーダー指名のためにリーダーを暴こうとしている、という行動は見せておこう。ギリースーツの作成具合は?」

「余分に持ってきておいた釣り糸を網状に編んで、その網に草葉を取り付ける形で作ってもらっているよ、外村くんに」

「外村大活躍だな」

「それはそうなんだけど……ねぇ、綾小路くん。“リノ”って人に心当たりあるかな?」

「“リノ”? 昨日、外村と三宅を紹介したのがG(ゴールド)P(プレジャー)グループの倉吉理乃(リノ)社長だったが……どうかしたのか?」

「外村くんがね。どうしてそんなに張り切ってるのかって聞いてみたら『理乃様は、全てが最高』って答えになってない答えを、恍惚とした顔で答えられてね」

「……ちょっと三宅から昨日のパーティーの様子を聞いてくる」

 

 僕は無力だ。あの外村くんに何も言えなかった。

 

 ガンギマリしている外村くんは正直怖いよ。

 いや、ただでさえ5月から少し真面目になってた外村くんが、更に真面目になってたようだからそれ自体は別に悪いことじゃないんだけど、あの様子だと放置しておいたら外村くんの将来に致命的なことになりそうな予感がヒシヒシとしてくるんだよ。

 

 

 

――――――――――――

 

 

 

「茶柱先生、高円寺くんが滑って転んで頭を打って意識を失って数秒で意識を取り戻したけど脳へのダメージを考えて安静にするためにリタイアします」

「??? ……ひ、平田。もう一回頼む?」

 

 綾小路くんたちの夜中のスポット巡りが終了した後、職員用のテントの中で仕事をしていたらしい茶柱先生を呼び出して、高円寺くんのリタイアを告げた。

 

「高円寺くんが滑って転んで頭を打って意識を失って数秒で意識を取り戻したけど脳へのダメージを考えて安静にするためにリタイアします」

「お、おう……?」

「では丁重に運んでくれたまえ、ティーチャー。何しろ私は怪我人なのでねぇ」

「……担架を用意するから待っていろ」

「うむ、待たされようじゃないか」

 

 クッションにふんぞり返っている高円寺くんが茶柱先生にそう言い放つ。茶柱先生はそんな高円寺くんにイラつくよりも、僕の言ったシチュエーションを飲み込む方に大変そうだ。首を傾げながら応援を無線で呼びだしている。

 それにしてもシチュエーションが長すぎて、先生に申告する際に噛みそうになってしまう。須藤くんのリタイアのときは綾小路くんに任せよう。

 

 それとあの名目でリタイアを宣言した高円寺くんに担架を用意されるということは、彼は急病人として扱われているということだ。つまりあの名目でなら“正当な理由無くリーダーを変更することは出来ない”の“正当な理由”として扱われることを意味している。

 よし、これで最終日に須藤くんがリタイアしようとしたけどリタイアできなかった、なんて事態が起こらないのが確定した。リーダーが指名されてボーナスポイントが無効化される可能性はゼロだ。

 高円寺くんのリタイアのマイナス30ポイントは痛いけど、ボーナスポイントが無効化される可能性を残しておくよりは良い結果だ。

 

「それでは私は一足先にバカンスに戻らせてもらうよ、清隆」

「ああ。船に戻ったら頼む、高円寺」

「契約は守るので安心したまえ。私はやりたくないことなどは決してするつもりはないが、それでも対価が支払われるというのなら話は別だ。

 アンダーマウント社の真の支配者を紹介してくれるというのなら、これからは君に協力するのはやぶさかではない。もちろん限度はあるが、今回のお願い程度なら構わないさ。

 それにしても……クックック、“山下”さんとは随分とそのまま過ぎやしないかね?」

 

 それにしても綾小路くんと高円寺くんの関係はいまいちよくわからない。

 

 綾小路くんと高円寺くんは、Dクラスの男子の中で総合的に考えると最も実力の高い2人だと言える。

 運動では須藤くん、学業では幸村くんと他にも優れている男子はいるけど、総合的な能力と考えるなら綾小路くんと高円寺くんだろう。女子からは僕が3番目に凄いとされることもあるけど、実際のところ僕と彼ら2人との間にはかなりの差があると思う。

 そんな2人だけどあまり接点はなく体育の時間に競い合うぐらいで、言い方は悪いけど普段は丁重な無視というのが当てはまると思う。お互いに嫌悪しているわけではなさそうなんだけどね。

 高円寺くんは特にそうだけど綾小路くんも自分ルールで動くタイプだから、その自分ルールにお互い則って“話しても無駄”と割り切っているのかもしれない。

 

 そんな高円寺くんだけど、5月1日のSシステムの詳細を知らされてから態度を変えていなかったのに、綾小路くんが50億プライベートポイントを手に入れてからは少し変わった。

 いや、正確に言うなら綾小路くんの『学校が好き勝手やってるなら、オレも好き勝手やってもいいだろう』という考えを知ったことと、更には生徒会に入った綾小路くんが生徒会に残されていた過去の特別試験を調べ、その中の“満場一致特別試験”という特別試験の内容をクラスに告げてから、高円寺くんの態度が少し変わった気がする。

 

「あー、情緒とかセンスとかそういうのは気にしないからな、あの人」

「高円寺でもあの社長が影武者ではないかという疑いは持っていたが、まさか本当だったとはねぇ。紹介してくれる卒業後が今から待ち遠しいよ」

「流石の高円寺コンツェルンでも、ここ数年で急成長したアンダーマウント社のことは注目しているんだな。

 まぁ、この学校を出てから紹介するのは契約だから構わないんだが、その頃には表舞台に出てるかもしれないぞ、あの人」

「そのぐらいは想定の範囲内だ。構わないよ。重要なのは親交を深めるためのキッカケだ」

 

 “満場一致特別試験”。

 試験のルールはそう難しいものではない。いくつかの選択形式の題を出され、生徒が投票で選択肢を選ぶ。そしてクラスの皆が一つの答えを満場一致で選ぶまで投票はやり直される。

 過去の試験では課題を全てクリアすると50クラスポイントが得られ、制限時間内に全課題をクリアできなかったら300クラスポイントを失う。

 それはいい。

 だが問題なのは、出題の一つに“クラスメイトが1人退学になる代わりに、100クラスポイントを得る”という題があったことだ。

 

 失敗したときに失われる300クラスポイントは大きい。そして退学者をワザと出した際に得られる100クラスポイントも小さくはない。

 特に10年ほど前に行われた際は3年の学年末に行われた上に、全てのクラスのポイントの差が僅かだったこともあって、クラスの仲間よりクラスポイントを取ったクラスもあったらしい。この試験のことを聞かされたクラスの皆は、こんな厳しい試験があるのかと顔を青くして意気消沈していた。

 ……茶柱先生も何故か顔色を悪くしていたけど。

 

 そして綾小路くんはこの試験が実施されたらどうするのか。他にも絶対に退学者を出さなければならない試験があった場合はどうするのかを、今のうちからよく考えておくように言われた。

 それからだろう。山内くんの態度が見るからに真面目になって、高円寺くんも僕たちに対して歩み寄りをしてくれるようになったのは。

 この試験でも高円寺くんは最初に別行動を取ったけど、合流した際には自分が島を探索して見つけた畑を教えてくれるなどのクラスに対して役立つことをしてくれた。今までの高円寺くんだったらしなかっただろう。

 

「それにしてもよく本物を突き止めたものだね。どうやって調べたのかを聞いてもいいかね?」

「それは契約には含まれていないな。高円寺がもっと役に立ったら教えてやるよ」

「……フム、まるでキミが私より上だと言わんばかりだね。これでも私は自分自身が唯一の最高にして最強の人間であると自負しているのだが……」

「え、最強を自負ってことは、高円寺は昨日会った加納アギトさんにも勝つ自信持ってるってことか?」

「その質問は卑怯じゃないかね?」

「冗談だ。

 まぁ、キッカケを得られたのは運が良かったからなんだけどな。とあるパーティーでアンダーマウント社の太田社長と会ったとき、太田社長の様子に不信感というか疑念を抱いて、注意深く監視……もとい盗聴してたら、誰もいないところで電話してたのを盗み聞きしただけだし」

「いつの時代でもセキュリティの穴は人間、ということか。

 影武者とはいえ、IT企業の社長が情報を盗まれるとは滑稽だねぇ」

「太田社長が自分のスーツにカメラ仕込んで盗撮してたみたいだから、オレだって盗聴し返したって問題ないよなぁ?」

「オイ、担架持ってきたぞ、高円寺」

 

 そうしてギリシャ彫刻にありそうな寝そべったポーズで担架に載せられて運ばれていく高円寺くん。

 うーん、それにしても何だか雲の上の会話というか、むしろ聞いちゃいけないことを聞いてしまったような気がするね。CoocleとかtmitterとかGLEEみたいなITサービスを運営しているアンダーマウント社の社長が実は影武者だったとか、コレ喋っちゃ駄目なヤツでしょ。

 ヨシ、すぐさま綾小路くんと高円寺くんの会話の記憶を脳内から削除しよう。

 

 

 話は元に戻して、僕はこのクラスから退学者を出したくなんかない。それに中学のときのようなことなんかも二度と起こさせたりしない。

 だけど、自他ともに厳しい綾小路くんはそうは思っていないだろう。

 

 いや、思ってはいるかもしれないけど、退学の理由次第では退学する人を助けたりはしない。

 例えば誰かが定期試験で赤点を取って、退学になってしまったとしよう。

 それがテスト中に急に体調が悪くなったとかの理由だったら“最初の1回だけ”なら助けてくれると思う。だけど他の皆がちゃんと勉強してテスト対策しているのに、その人だけが勉強をサボって遊び歩いていたせいで赤点を取ってしまった、という理由だったら、綾小路くんはどんなに助けを求められても一顧だにせずに見捨てるだろう。

 綾小路くんにはそういう厳しさが、やると言ったらやる“スゴ味”がある。

 

 ただ、これは綾小路くんが冷たいとか、人間性に問題があるというわけじゃない。

 

 5月1日に綾小路くんから言われた“助けるということを簡単に考えるな”という言葉が未だに頭に残っている。

 もし、サボっていたせいで赤点を取って退学になってしまう生徒がいた場合、退学を取り消させようとするのは正しいことなのだろうか?

 もし退学を取り消すことができたとしても、そのせいで“いざとなったら誰かが助けてくれる”なんて考えを持たせてしまったら。

 そんな考えを持たせた状態のまま、進路の関係で助けてくれる誰かがいない環境に進んだとしたら。

 そうして再びサボってしまい、今度は誰も助けてくれなかったら。

 

 その人の人生はいったいどうなってしまうんだろうか?

 

 もし誰かが退学になったとしたら。

 綾小路くんがその人を助けようとしなかったら。

 綾小路くんだけでなく、クラスの他の皆も助けようとしなかったら。

 

 そんな状況になったとしても、僕はクラスメイトを助けたいと思う。

 助けたいとは思うけど、綾小路くんやクラスの他の皆が助けないようなことを仕出かした人を助けても、それは本当にその人のためになることなのだろうか?

 綾小路くんの予想では、退学になったとしても別の学校に転校する形となるらしい。転校になる理由を聞いたら僕も納得できるものだったから、ひとまずは信じることにしている。そしてもし退学処置で他の学校へ転校した場合、おそらくその人は後がないと思って、これまで以上に頑張ることになるだろう。

 だから“僕が嫌だから”という理由で助けようとしても、それはその人が更生する機会を失わせることにもなりかねない行為でしかない。

 

 僕の自己満足のために誰かの未来を犠牲にする。それは正しいことではないだろう。

 僕の感情は助けたいと思っている。だけど僕の理性はそれが本当の意味での助けにはならないということを理解してしまっている。

 

 ……実際に退学者が出た場合、僕はいったいどんな行動を取るのだろうか? 僕は僕のことがわからなくなってしまった。

 

 

「フゥ、ちょっと外の空気を吸ってくる」

 

 高円寺くんを見送った後、黒曜石で石器を作っていた綾小路くんが洞窟の外へ歩いていく。石器作りをしているところをジッと見ていた櫛田さんたちも綾小路くんを追って外に行くようだ。

 体格や綾小路くんとの関係性、特に櫛田さんと堀北さんはベースキャンプ設置でリーダーシップを発揮してくれることもあって、綾小路くんがスポット巡りに連れていったのは井の頭さんになったわけだけど、やっぱりそのことで彼女たちは不満を溜めているのだろうか?

 どうも井の頭さんを連れていく理由には納得しているらしいけど、どうやら納得する前に綾小路くんが出発してしまったことにムスッとしているように見える。

 

 ところで綾小路くん。島に持ち込むものを選ぶとき、刃物を持ってきちゃ駄目って僕ちゃんと言ったよね?

 どうして黒曜石製のアクセサリをバッグに付けてきて、それを割って刃物を作ろうとしているんだい?

 

 一緒にスポット巡りをした須藤くんと三宅くんは、いくらライトがあったといえ流石に真夜中の島を走り回るというのは精神的に疲れたらしい。帰ってきたら軽くストレッチと水分補給をしてからフロアマットに倒れ込んだ。外村くんと本堂くんが2人の足をマッサージしている。

 彼らの体力は最終日まで持つのだろうか?

 

 今日の夕食では畑から採ってきたトマトとスイカ、それと釣った魚を焼いて食べることができた。といっても、量的には足りないと感じている人が多い。夕食後は綾小路くんたちを除くと寝るだけだから、節約のために我慢することになったけど。

 明日の朝は残っているトマトとスイカ、それにトウモロコシを焼いて食べることになっている。

 タンパク質はプロテインで取れるからいいけど、炭水化物がこのままトウモロコシだけだと本格的に足りなくなってくる。島の探索を進めて新たな畑を見つけるか、それともいっそのことポイントで購入するか迷うところだね。少なくとも綾小路くんたち3人の分だけは確保しなければならない。

 

 でも大丈夫だ。綾小路くんがいるなら僕たちは勝てる。

 

 だから僕のすることは、クラスの皆が綾小路くんに見捨てられないよう、向上心を持って努力することを忘れないように皆へ注意していくこと。そのことに気をつけていれば、もし誰かが退学になったとしてもきっと綾小路くんは力を貸してくれるだろう。少なくとも1回は。

 先のことはまだわからない。何しろまだ1年生の夏休みだ。

 だけど、この夏休みまでの短い間だけでDクラスの生徒は大きく変わることができた。変わることができた皆を信じて、これからも僕のできることをやっていこう。

 

 

 

 




六助くん「大型犬? 私からすれば清隆はヒトの知能を持った蟲だね」

 ちょっと警戒されている模様。実際のところ『まぁ、いいや』で切り捨ててくるので六助くんの懸念は正しいです。
 そもそも絶命トーナメントはきよぽんたちが3年生の時に開催される予定なので、卒業する頃には健蔵さんは表に出てアンダーマウント社の社長になってるんですけどね。へけっ!


きよぽん「包丁はダメ? なら蕪木さんみたく手首に針を仕込んで……」
洋介くん「蕪木さんって誰!? その針は何に使うの!?」

 今回のことで密輸について調べましたが、色々と愉快な事例が多かったです。
 *の穴の中はもう定番なんですね。

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