今こそ各地で改革の波動を起こそう(樋渡啓祐・前佐賀県武雄市長インタビュー)
首長向け自治体経営情報誌『首長マガジン』第2号の巻頭インタビューを掲載します。第2号では改革をテーマに多くの首長および首長経験者にお話を伺っていますが、巻頭を飾ったのは樋渡啓祐前佐賀県武雄市長でした。現職時代には次々と新機軸を打ち出し、自治体改革の先頭で旗を振っていましたが、退任後も八面六臂の活躍をされています。樋渡前市長からさまざまな秘話や秘訣を聞き出しました。
地域の理想を実現できる首長はアーティスト
―今回は、樋渡さんの市長としての自治体経営経験において、どのようにして困難を乗り越えられてきたのか、具体的には市民病院の民間移譲やCCCと連携したツタヤ図書館などの尖った政策をどこまで計算の中でやってこられたのか、それらがどういう形で結実したか、あるいはしなかったのか。こうした点を掘り下げさせていただけたらと思います。
樋渡啓祐前佐賀県武雄市長(以下「樋渡」) 今日はせっかく谷畑さんが来てくれたので、他では話していない初めての話をしますね。
―とりわけ菅野編集長は「失敗談」が大好物ですので(笑)、よろしくお願いします。
樋渡 武雄市立図書館の利用者はもうすぐ1千万人になるんですよ。よく最初のコンセプトは?って聞かれるんですよね。でも、あるわけないじゃないですか。
あれはね、もう「失敗隠し」ですよ、初めて言いますけど。僕その前に今の市長さん(小松政現武雄市長)が秘書課長だったとき、その彼に、どこでも自由に本が閲覧できる電子図書館を推進するって宣言して。もう12年ぐらい前、Kindleが出る前の話ですね。
自ら進んで瀬戸際に追い込まれ、ダメなら目先を変える
樋渡 それで予算2千万の調査費を立てても全然芳しいプランが出てこないわけですよ。まずい、もうこれは失敗だって。そのときには、佐賀新聞も薄々分かってて、議会が始まるときには共産党もそれに気づいているだろう。図書館ヤバいぞと思って切羽詰まってたわけです。僕は市民病院の民間移譲で21億円の住民訴訟を起こされてたし、これはまた住民訴訟好きオヤジが来るぞって。そのときに、(テレビ東京の)「カンブリア宮殿」 をたまたま見て。これはもういろんなとこで言っていますけど、あ!(このアイディアなら)帳消しになると思った。打算なんです。
―樋渡さんが書いた図書館についての本には、それって・・・。
樋渡 本には書いてないですよ、この話は。せっかく今日はお見えになったし。もうそれが本当の舞台裏ですよ。
―いや、それはクソ面白い話です(笑)。
樋渡 いや、だって失敗談でって言うから。俺、結構素直なんだな(笑)。
やっぱ人間って切羽詰まると、アンテナが高くなるっていうのに気づいたよね。もう俺、次の選挙で落とされると思ったもん。
―必死にどうやって打開しようかっていうスイッチが入ったんですね。
樋渡 いや、打開じゃないな。どうごまかそうか!どうやって掘った穴をスコップで埋めるかっていう。
―辻褄を合わせるか。
樋渡 そうそう。そうすると、視点がこっちに行くわけでしょ。だから結構センセーショナルにツタヤだとかスターバックスだとか、もう来年にはオープンだ!とか。電子図書館を見せないために。臭いものに蓋ですよ。行政じゃ無理でしょ。それが政治。
―この話を読者はどう活かせばよいでしょうか。
樋渡 だから、むしろ自分から瀬戸際に追い込まれることですよ。瀬戸際こそ僕は火事場の馬鹿力が出るって思っていて。そのときに僕が言えるのはね、失敗と同じ路線で返すんじゃなくて、もう全く別に置き換えると。で、蓋をする。パカって。
―確かに攻めてきている人たちの視線をそらすって我々よくやりますよね。
樋渡 だからその政治的思考が読者に伝わればいいなと思いますよね。
がっぷり四つに組んでしまうと、こっちのエネルギーをかなり消耗させられてしまう。やっぱりそこはいなした上で、できれば自分に都合の良いルールに変える。
―ルールっていうと条例とか?
樋渡 そうじゃなくてさっきのみたいに、電子図書館から指定管理者制度にスイッチしたわけですよ。主導権は譲らない。
―なるほど。失敗のリスクを恐れずに、まず進んでみて、それでダメならルールを変える、と。
樋渡 そうそう、そこはもう徹底的に進んだ方がいいでしょ。で、にっちもさっちもいかなくなったら、蓋をする!
―その蓋の仕方をもっと、ノウハウとして教えてほしいんですが、どういうことを意識されている?
樋渡 もうそのルールは捨てる。例えば、やればやるほどおかしいとは思うけど、著作権の問題だとか電子図書館のルールってすごく難しいんですよね。それは袋小路に入ってみないとその難しさって分からないわけです。だとしたら、その電子図書館というテーマからどう目をそらさせるか。
「制度」を知れば百戦危うからず
樋渡 ルールを変えるっていうその前に、「ツタヤと組むんだ、良いじゃん」って、風を吹かせちゃうんですよ。さらに風を吹かせるためにどうするかっていうと、この場合「指定管理者制度」っていうルールを作って乗っかるわけです。多くの首長がそれをできないのは制度と紐付いてないから。
―知識がないから?
樋渡 そう、知識がないから。僕、すぐに「あ、指定管理者制度だ」と思ったもん。この制度の“肝”っていうのは目的外使用でツタヤを稼がせるってこと。つまり“肝”というのは(制度の)目的との相性。スターバックスで稼がせる、ツタヤ書店で稼がせる、というね。
だから首長は制度を熟知する必要がある。じゃないと職員に響かないから。彼らは制度で言ってるわけですよ。パッションだけじゃ駄目なんです。
―総務省での経験が生きているということもありますか。
樋渡 それもありますね。あとはプラットフォームをつくることが大好きなんです。
―例えば民間から首長になって理念を掲げてビジョンを掲げて、今は制度に詳しくないみたいな人がいたら、どう対処したらいいと思いますか。行政のルールとか制度はあんまり詳しくないけども、改革していきたいんだみたいな首長がいたら。
樋渡 それは勉強するしかない。だって想いだけでは何ともならないわけなんで。まずはルールを理解した上で、ルールを変更させないと政治ではないわけ。ただ単に闇雲におかしいおかしいと言ってるんだったら、語弊があるけど共産党と一緒で、ただ批判することだけになってしまう。
そうじゃなくて、首長は全部を預かって責任を取らなきゃならない。だから、そのルールを理解し、変更する能力を持たなくちゃ。
そっくりマネするロールモデルを持つ
樋渡 それから僕はもっとモデルを持つべきだと思うんです。
―自分が目指す首長のロールモデルですか。
樋渡 うん。二つあってね、一つは、俺は谷畑になるんだとか。あるいは樋渡になるんだって自分に近いモデルを持つってこと。例えば(泉房穂前)明石市長になるんだとかさ。
二つ目は、その方がどうされてるのかを真似しちゃえば良いと。僕はむしろ弟子入りしますもん。
もうこれだけ首長がいるわけで、OB・OGがいるわけじゃないですか。
―その辺りの皆さんの経験をどうすれば現職の皆さんに移植できるかなと模索していますが。首長の経験は非常に貴重なので。
樋渡 だからそれは寝食共にするってことですよ。僕だってNHKの集金をやっていた時はね、最初全く稼げなかったんですよ。上から目線だしさ、もう生意気だしね。だけど僕をスカウトした百瀬さんっていう人は、もう徹底的に受信料を取るわけですよ。どうやったら彼みたいに取れるんだろうと思ったときに考えたのは、この人と「寝食を共にすることだ」って。それで僕は住み込みでやりましたもん。彼のマンションに。そしたらもうフィジカルに分かるわけですよ。
―どんどん吸収して。
樋渡 だってあの当時ホントに百瀬さんのそっくりさんだったもん、マジで完コピです。僕は鈴木宗男さんとやったときもずっと一緒。彼が発する言葉とかも聞かなくても分かるようになったもんね。お風呂では背中も流しましたし、もう前も後ろも(笑)。
―政治家になってからもそのスタイルは?
樋渡 変わらないです。本当にいい人だなと思ったらずっと一緒にいますもんね。僕は思うのですが、首長が良くなるのが一番近道なんですよ。日本が良くなるね。
―本当にそう思います。
樋渡 でしょ?そしたら、良いと思った人に弟子入りすれば良いの。私も面倒見ますよ。
―本当に?(笑)。実は『首長マガジン』で訴えていきたいことって、「首長が元気になれば日本も元気になる」っていうことなんですよ。
樋渡 うん。元気な自治体に変えられる変えられる。だって今一番影響力が首長に与えられているじゃないですか。もう変え続けてるもんね。
―そのためにはロールモデルを持って真似をしろと。
樋渡 だからもう弟子入り制度ですよ。飛び込んで寝食共にせぇと。そしたら波動が分かるから。なんでこの人はこんなに人気があるんだとかさ。南砺の田中(幹夫)市長のところとか。
―足しげく通って、みたいな。
僕は職員が全員反対することはやってました
樋渡 ここまではマクロの意味で、もう一つ、ミクロの意味で言うと、例えばああいう図書館をやりたいって言ったときに、みんな視察に来るんですよ。でもその表層部分しか見ないわけ。もし僕が真似しようと思ったら、「これはどういうシステムやプラットフォームで動かした?どういう人事配置した?」て考える。でも誰もそんなこと聞かないもん。
「365日やってるんですか!朝9時から夜9時まですごいですねえ!」とだけ言って、すぐ帰っちゃう(笑)。
―見に行っても「結局自分たちはできない」と。
樋渡 そう。本当に真似できる人は、これどういう「回し」をしてるんですかっていう話になる。滋賀県市長会で視察に来たとき、谷畑さんだけはそう訊いたもんね。そうすると「指定管理者制度だ」ってなるわけですよ。僕、総務省時代に指定管理者制度を作ったチームにいたんですよ、たまたま。もう裏も表も右も左も分かるわけですよ。だから僕は普通にできたんだけど、それがもし分からなかったら、そこで制度を勉強すればいいんですよ。ただ単に指定管理者制度の上っ面を勉強したってね、それだけでは身につかないんです。でもあの図書館というのは、指定管理者制度の目的外使用が肝で、そのことを押さえて、その制度の限界も含めポイントを絞って勉強する。森羅万象を勉強するっていうのじゃなくて。
何かトピックがあった場合に、例えば僕が市民病院を民間移譲しようとしたときに、事務方は独法化しろだの、やれ公営企業法の全適しろだ、一部適用しろだの言うわけ。普通の人だったら独法化しようかなって思っちゃうけれども、僕はどれもうまくいかないって思ったもん。選択肢を自分で勉強して、じゃあ民間移譲にするぞっていう。一番ドラスティックな案にしたわけですよね。それもプラットフォームなわけですよ。
―職員の言うこととは「どうも違うぞ」というとき、首長は独りじゃないですか。そのとき、誰かに相談は?
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