第926回「仁和寺一泊百万円の宿坊」

 深谷隆司の言いたい放題第926回

 「仁和寺一泊百万円の宿坊」

 連休明けの5月7日、夫婦で急に京都1泊の旅に出た。

 仁和寺で行われる和太鼓木村善幸氏のコンサートに孫の小田安希与が箏で特別出演することになったからだ。

 4年前、仁和寺が外国人富裕層を対象に一棟貸しの宿坊を一泊百万円でオープンさせ大きな話題になったが、主催者がなんとその宿坊に我々を招待してくれた。

 宿坊の名称は「松林庵」で、ゆかりのある人から譲られた歴史ある建物を改修したものだと聞いていた。だから豪華絢爛な建物を想像していたが、1階は寝室、洗面所、トイレなどが設けられ、2階は和を中心にした寛ぎの空間で、茶室の網代天井、床の間の無双窓等数寄屋風の風雅な佇まいになっていた。

 我々と小田一家、杉山氏の6人が宿泊したのだが、特別に派遣された女性が2日間つきっきりで世話をしてくれる。

 大林實温真言宗御室派宗務総長直々の案内で、五重塔を背景にした見事な庭園をめぐり、重要文化財の観音堂、国宝の金堂等を訪ね、非公開の伽藍を特別拝観させてくれた。 

 長時間の案内で、万歩計を見るとなんと一万歩を数える。家内は全行程を平気で歩いたが私は途中でダウン、間もなく87歳、すっかり高齢になったものだと自分自身あきれたものである。 

 午後4時、御室会館「梵」で早めの夕食、立派な精進料理だがお酒も出てうれしかった。

 7時から待望のコンサートで、ライトアップされた五重塔を眺めながら歩むと国宝金堂前が舞台になっている。

 150人余の観客を前にして、まず6人の僧侶の念仏に合わせて和太鼓が響く。孫の箏との共演は即興演奏で素晴らしく感動であった。部屋に帰って時間を惜しむように痛飲。

 翌朝5時に起きて6時からの金堂での勤行に参加、読経を聞きながら様々な感慨にふけった。終わると今度は外で若い僧侶たちが上げる「声明」、心身ともに「清福」であった。

 朝食は白書院から「宸殿」に進み、裏の食堂(じきどう)でいただいたが、京都で有名な「桜川」から板前が来て直接料理してくれた。

 森恭園財務部長が同席して話し相手になる。

 「修業を積んだら死を恐れなくなりますか」

 「一休さんは死にたくないと言いながら死にました」、愉快な会話で和んだ。

 仁和寺は仁和4(888)年宇多天皇が完成させ、爾来、天皇家の子弟や皇族が住職を務め、門跡寺院の筆頭として高い格式を誇ってきた。王朝文化を継承し皇室ゆかりの国宝も多く、1994年には世界遺産に登録されている。

 夕方5時から翌朝9時までは門が閉ざされるから仁和寺はほぼ貸し切り状態となる。

 「松林庵」は宿泊者のいわばベースキャンプで、全山あげての「おもてなし」を受ける。百万円は宿泊料金ではなく、世界遺産・仁和寺を貸し切り舞台にした壮大な文化体験に対する対価であることが分かった。

 コロナで外国人観光客が来なくなり、今は日本人客大歓迎だ。京都の寺社は近年観光客が減って財政難に陥っていると聞く。仁和寺のように高級宿坊を核として寺社観光に活路を見出そうとする努力に報いたいものだ。今度の私の得難い体験をぜひ多くの人に伝えたいと強く思っている。