もう一人の生き残り   作:ハリボテえりーと

8 / 10


 感想、評価、誤字修正ありがとうございます。励みになります。


 








2章 ようこそ曲者揃いの世界ヘ
8話 人の感じかた


 

 

 

 六月二日。テスト返却が終わってから一日経っての朝。

 

 

 「んっ……」

 

 僅かに声を漏らしながら、俺は上体を起こす。時刻は五時半。いつも通りの起床時間なため、眠気が襲い掛かってくることはない。

 

 洗顔をしジャージに着替え、日課のランニングを行う。ランニングを終えた後はシャワーを浴びて汗を流す。そして汗を流した後は、部屋着用のジャージに着替える。

 

 ここまではいつも通りの流れ。だが、今日はこれからが違う。

 

 普段なら朝食の準備や学校の課題に取り掛かるところだが、それはせずに携帯を手に取った。

 

 堀北学から送られてきた情報に目を通す。

 

 「南雲雅、か……」

 

 二年Aクラスに所属する、二年生の中で最も優秀だと言われている男子生徒。

 

 そして、生徒会長である堀北学が最も警戒している男子生徒。

 

 この男を食い止めるため、堀北学は一年生の中で有望な生徒を探していた。南雲に抗うための戦力として、彼手ずから育成するために。

 

 だが今年の一年にはその見込みがありそうな戦力は、少なくとも現時点では存在しないと堀北学は判断した。

 

 唯一、俺を除いて。

 

 決して優秀な生徒が居なかったという訳じゃない。

 

 実際、優秀なAクラスの生徒やBクラスの生徒が生徒会の門を叩いたことは聞いている。

 

 だが、彼らは純粋だった。そしてその純粋さは南雲雅に利用、或いは支配され影響を受けてしまう恐れがあった。だから堀北学は彼らの採用を見送った。

 

 結果、堀北学が得た戦力は俺一人だけ、というのが現状だ。

 

 この話から考えると、まるで、というかまず間違いなく俺は堀北学に純粋扱いされていない。まぁ、自分自身少なくとも純粋ではないだろうとは思っているので、そこに対する不満はないが。

 

 それは兎も角として、この状況だけ見れば俺は堀北学に一方的に利用されていると言える。

 

 勿論、生徒会の副会長に就くことのメリットはかなり大きい。生徒会活動の報酬としてプライベートポイントやクラスポイントの贈与が見込めるからだ。

 

 だが、その報酬だけでは二年生で最も優秀と言われる南雲雅と敵対することには釣り合わない。

 

 当然、堀北学の生徒会勧誘にはそういった報酬以外にも大きな利益がある――正確には見込めると判断したからこそ、俺は乗った。

 

 大きな利益。それは、学校生活の安定化である。

 

 南雲が目論んでいる新たな学校の在り方が、綾小路清隆の平穏な学生生活を乱す可能性が非常に高いと感じたのだ。

 

 俺の基本的なスタンスは、清隆の学生生活の安定化を図るというもの。

 

 手にした学生としての三年間を、思うままに、自由に、存分に謳歌してほしいと願っている。

 

 それを乱すものは、当然排除する。

 

 もし南雲の目指す個人主義、更なる実力主義の方針が清隆の学生生活と相容れないというのなら、当然それを阻止し排除する。

 

 南雲の方針では清隆が生き残れないという訳じゃない。寧ろ個人主義に走れば走るほど、清隆の生存率は飛躍的に向上する。

 

 一学年でサバイバルをすれば、最後まで残るのは俺と清隆の二人だ。

 

 だがそれでは駄目だ。清隆は平凡でいたい、普通でいたいと願っている。その能力を存分に発揮しなければならない状況を望んでいない。

 

 なら、その願いを支えるのが俺の役割。

 

 故に俺は堀北学の勢力に加わり、南雲雅に敵対する。それが生徒会に加入した理由だ。

 

 

 ――だが、もし南雲の方針が清隆の生活に大して影響を与えないと判明したのであれば、俺は堀北学の戦力であることを放棄する。

 

 無理して全力で争う必要はない。適当に流せばいい。

 

 結構頑張ったけど負けました、ダメでした、すみませんでした、でいいのだ。

 

 どうせ堀北学は一年後には卒業している。二年生になったら南雲に負けた無様で憐れな敗北者として、ひっそりと生活していけばいい。

 

 プライドはない。土下座して敵対関係にあった南雲に許してもらえるのなら、当然土下座する。

 

 穏やかなのが一番だ。

 

 「取り敢えずは、顔合わせからだな」

 

 今日は生徒会の集まりがある。そこで南雲を筆頭に他学年の面々と初めて顔を合わせるのだから、事を焦る必要はないし、そもそもまだ何も出来ない。

 

 先ずはゆっくりと生徒会の一員として活動していけばいい。

 

 少しずつ進めていけばいいのだ。堀北学が生徒会長を降りるまでは、一先ず安泰なのだから。

 

 堀北学から送られた南雲とその周囲の情報が載っているメールを閉じ、俺は携帯を机の上に置いた。

 

 

 そろそろ朝食の準備をしなければならない。

 

 朝はまだ胃袋が起きていないので何かを詰めようという気にはなれないが、だからといって食事を疎かにしてはいけない。

 

 体を鍛えている者として、栄養バランスの良い食事は絶対に必要だ。

 

 それに今日は来客の予定がある。二人分の朝食を作る必要があるので、いつもより早めに取り掛かった方が良いだろう。

 

 俺は調理台の方へと向かい、冷蔵庫から食材を取り出そうとする。

 

 その刹那、玄関の方からガチャリと音が鳴ったのを耳にした。

 

 「なに……?」

 

 一体どういうことなのか。来客が来る時間はもう少し後な筈だ。

 

 その困惑を俺は無理矢理抑え付け、咄嗟に身を潜めた。

 

 昨晩も鍵はしっかりと掛けていた。にもかかわらず、今扉が開こうとしている。訳の分からない不思議な事態だが、起こってしまっている以上取り敢えず受け入れるしかない。

 

 では、開けようとしているのは誰なのか。

 

 ロックを解除できるのは俺か管理人だけだ。俺は当然あり得ない。自然と残るは管理人だけになるが、管理人なら間違いなくチャイムを押すか、予めメールで俺の部屋に訪問する旨を送ってくるはずだ。

 

 悪戯でピッキング、という線はカードキー形式のロックである以上有り得ない。

 

 他に選択肢は思い浮かばない。

 

 扉が開く音がする。兎にも角にも最大限の警戒が必要――。

 

 「おはようございます。宝隆燈」

 

 「……マジでどういうことなんだよ」

 

 来客である森下藍が、何故か俺の部屋のカードキーを持って玄関に佇んでいた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 「表情を崩すには至りませんでしたか。サプライズは失敗に終わってしまいましたね」

 

 玄関先で、靴を脱がずに立ったままそんなことを言う森下。失敗と認識しているようだが、サプライズなら大成功だ。十分に驚いた。だが問題もある。

 

 「終わっているのはお前の倫理観と良識だ。プライバシーの侵害だぞこれは」

 

 「……そうですね。返す言葉もありません。申し訳ありませんでした、宝隆燈」

 

 俺の言葉を聞いて深々と、深々と、本当に深々と頭を下げる森下。逆にどれだけ真剣に反省しているのか分からなくなってくる。

 

 そんな森下の様子をジッと見つめている間も、彼女は顔を上げることをせず同じ姿勢を維持していた。深く反省しているのだろうか。俺が顔を上げてくれと言うまで上げない雰囲気を醸し出している。

 

 その様子にだんだんこっちが申し訳なく感じてくる。

 

 「取り敢えず、顔を上げてくれ」

 

 「許して頂けるということでしょうか?」

 

 「カードキーを一先ず回収したらだけどな」

 

 「む。ではどうぞ」

 

 非常に渋々と、俺にカードキーを差し出す森下。何故渋っているのだろうか。もしかして、カードキーの購入は高額を要するのだろうか。

 

 「高いのか、コレ?」

 

 気になって聞いてみる。

 

 「いえ別に。ちなみに部屋の主か、その許可を得ている他人が購入したいと言えば購入可能です」

 

 高くないようだ。それに、聞いていない情報まで森下が伝えてきた。これから聞こうとはしていたので助かる追加情報ではあるが。

 

 カードを俺が受け取ったことにより頭を上げる森下。その顔はとても不満げだ。

 

 「渋る理由がないだろ」

 

 思わずそう言った。

 

 「……いえ、単純に一回しか利用していないと費用対効果が釣り合わないので」

 

 「大したポイントも払わずに一回でも人間の権利を侵害できるならむしろ安いもんだと思うがな」

 

 「許してもらえたのですよね?」

 

 カッと目を開いてこちらに圧を掛けてくる。

 

 「何でそんな強気なんだよ……」

 

 謎の気迫を纏った森下に少々困惑しながらも、俺は靴を脱いで室内へ上がることを促した。

 

 部屋に入り、ぐるりと室内を見渡す森下。物珍しさはないと思うが、果たして何を思うのか。

 

 「殺風景ですね。何もありません」

 

 予測可能な発言が口から飛び出してきた。俺の部屋には殆ど物は置いていない。寮に初めて入った時からほぼ何も変わっていないだろう。

 

 「おかしいか?」

 

 「いえ。むしろ宝隆燈らしいと思います。私の予想通りですね」

 

 そう言い微笑む森下。先程までの気迫は霧散しており、弛緩した空気が流れる。

 

 「ですが一つだけ予想外なモノがありました。ルームフレグランスを使用しているのですか?」

 

 ソレに視線を向ける彼女。

 

 「ああ。学校は何かと殺伐としているからな。自室では少しでもリラックスしたいと思って購入した」

 

 学校でのクラス間競争。クラスポイントやプライベートポイント関連にDクラスの面々は敏感だ。非常に貧しいこともあり、ポイントを所持しているだけで目の敵にされることもある。

 

 正直、少々息苦しく感じることがある。

 

 「なるほど、リラックスできる環境を作るのは良いことですね」

 

 そう言い頷く森下。大雑把ではあるが室内を見れて満足げな表情をしている。

 

 「それで、今日俺のもとに訪れた理由は何なんだ森下。電話で話があるとは聞いているが、詳細は聞かされていない」

 

 一体何を話すつもりなのか。それも、自クラスの生徒ではなく他クラスの生徒である俺に。

 

 学校の仕組みも相まって、自然と警戒心も高まってしまう。

 

 そんな俺の態度とは真逆に、森下は何とも気の抜けた表情をして、疑問符を浮かべていた。

 

 「何を言っているのですか? あなたに電話で伝えたではありませんか。宝隆燈と話がしたいと」

 

 「いや、だからどんな話を――」

 

 そこまで言ったところで俺は一つの解に至る。

 

 「俺と『何か』について話したいんじゃなくて、『俺と雑談がしたい』って意味だったのか?」

 

 その言葉を聞いた森下が無表情を作って肯定した。

 

 「……なるほどな」

 

 「という訳で何か話題を提供してください」

 

 「急にそんなこと言われても困るんだが」

 

 こちらは相手が何か話を持ってくると思っていただけに、そう言われると提供できるものがなくて困ってしまう。パッと思い浮かぶものもない。

 

 それに、そろそろ朝食の準備もしなければならない。

 

 「取り敢えず、料理を作りながらでもいいか?」

 

 「構いません。今日はよろしくお願いします」

 

 俺は改めて調理台に向かい、朝食の準備に取り掛かる。普段ならこのまま開始するところだが、今日は森下と話しながら準備をすることになるためマスクを着用した方が良いだろう。

 

 マスクを着用し、手を動かす。特別難しいことをするわけではないので、指を切らない程度に意識しつつ俺は話題を探すことに頭を使う。

 

 何の話題を提供しようか。そう考えていると森下が先に口を開いた。

 

 「そういえば、五位から三位に上がっていましたよ宝隆燈」

 

 「三位って何のことだ?」

 

 突如として彼女の口から放たれた要領を得ない発言。

 

 この学校で特別ランキングがあるイベント等に参加した覚えは全くないのだが。

 

 「女子の間で作られているイケメンランキングのことです」

 

 ―――?

 

 「は? ――うおッ危ねっ」

 

 思わず指を切りそうになった。それくらいの爆弾発言だった。

 

 「大丈夫ですか?」

 

 「あ、ああ」

 

 それよりも、女子って裏でそんなランキング作ってたのか。これが薄暗く陰湿だとネットか何処かで言われていた女子社会というヤツだろうか。というか、そんなランキングがあるとなると他のもありそうだ。

 

 「もしかして他のランキングもあるのか?」

 

 何となく気になって聞いてみる。

 

 「はい。例えば、根暗そうランキング、死んでほしいランキング、お金持ちランキング、気持ち悪いランキング――」

 

 「……もういい。大丈夫だ」

 

 結構、いや非常に酷く悲しい真実が森下から告げられてしまった。

 

 「ちなみに宝隆燈は少し前まで怖い男子ランキングで結構上位に入っていました。もっと笑った方が良いですね。表情が動かなさすぎです」

 

 俺の制止を聞かず、ベラベラと俺のランキング情報を告げる森下。

 

 第一、普段無表情の森下に言われたくはない。

 

 というか、女子に対するイメージが一瞬にして覆ってしまうような情報だ。勿論、こういったランキングを作っているから女子は陰湿と、個人を見ずに一纏めにすることはないが……。

 

 ……知らない間に格付けされていると思うとゾッとするな。もしかして勉強会で話していた女子も俺と喋っている間、心の内では『コイツランキングで~』とか思っていたりしたのだろうか。

 

 心の中で愚痴を吐いたり不満を溜めたりと、相手に対して何か思うことがあるのは人間の自然な心の働きなのでその部分を責める気にはなれないが……やっぱ少し陰湿な気が否めない。

 

 男子はこんなモノ作っていない筈だ。

 

 ……その代わり、グループで集まって口から直接吐き出したりしているが。主に池とか山内とか。

 

 「嬉しくなさそうですね」

 

 「当たり前だろ」

 

 その前に女子たちがそんなことをしてたという事実が恐ろしくて堪らない。

 

 が、恐怖とは好奇心を煽るモノでもある。先程制止したのにもかかわらず、俺は怖いと思いながらも森下にランキングの件を聞いてしまう。

 

 「……いつから作られてたんだ? そんなランキング」

 

 「四月が終わる頃には大雑把にですが出来ていましたね」

 

 四月の時点で品定めをある程度終わらせていたということか。女子社会は水面下で活発なようだ。

 

 「っていうか、そういうランキングって変動するんだな。てっきり最初に作られて以降、手を加えられずに放置とかだと思ってたぞ」

 

 学年に八十人いる男子一人一人を観察して、リアルタイムで評価を変えるなど面倒極まると思うのだが。

 

 「それについては私も同意見です。いちいち変動させるのも面倒だろうと思っていたので」

 

 ですが、と森下が続ける。

 

 「宝隆燈の『堀北鈴音強姦未遂事件』が女子からの高評価をかなり貰ったそうですね。急遽ランキングに手が加えられたようです」

 

 「そんな事件起きてたら今頃退学して警察のお世話になってるだろ……」

 

 何ならそれ以前に堀北の拳で顔が陥没しているまである。

 

 というか一学年の女子全体に堀北の件が広がってしまっているのか。可哀想に堀北。この有様だと男子にも知れ渡っている可能性が非常に高いだろう。

 

 「にしても堀北の件ってやっぱり結構女子に響いてるんだな」

 

 あれを切っ掛けにクラスの女子との交流が急激に増えた。それまでは櫛田と堀北と話すくらいが精々だったのに、今じゃ井の頭とまで交流する――とはいっても勉強会での話だが――ようになった。

 

 前にも思ったが、想像以上の影響力だ。

 

 「当然でしょう。この時期の男子は仕方ないとはいえ欲望に忠実です。そんな男子の様子に対して女子には呆れや不快感、時には恐怖心を抱きます。そんな中、その様子を見せない男子は非常に貴重な存在です。好感を抱くのも自然なこと。それに堀北鈴音はAクラスの男子の話題にも上がる程の美人です。その魅力を跳ね除けたあなたは間違いなく貴重な存在でしょう。――まぁ、それで問題がないかと問われれば答えはノーですが」

 

 つらつらと上機嫌に理由を述べてくれる森下。その説明にはある程度の納得がいった。だが気になる部分もある。

 

 「女子はそんな態度に別の問題を感じているのか?」

 

 話を聞く限りだと一害もなさそうだと思ってしまうのだが。

 

 「ええ。端的に言って、異性としてこちらを魅力的に感じてくれないのでは、恋仲になれないのではという疑念です。一応聞きますが同性愛者ですか? 決して侮辱的な意図や意味はありませんが」

 

 「いや。俺は異性愛者だ」

 

 男性に対して性的興奮を覚えたことはないし、魅力を感じたこともない。

 

 「ふむ。そうなるとシンプルに難攻不落になりそうですね」

 

 「恋愛事に興味はあるが、今は恋人がほしいとは思っていないしな」

 

 そんなことよりも、生活を支えるポイントの確保が最優先だ。

 

 「なるほど……」

 

 そんな俺の発言を興味深げに俺の話を聞いている森下。

 

 変人と思うことは多いが、彼女もまた一人の女子高生としてこの手の話題には関心を寄せるようだ。

 

 「少し話は変わるが、一位と二位って誰なんだ?」

 

 俺も一人の男子高校生として、この手の話題には興味がある。学年最上位に君臨するイケメンを知りたい。もしかしたら綾小路の可能性もある。

 

 そんな俺の問いかけに対して、森下はこちらに歩み寄って携帯の画面を見せてくることで答えを提示してきた。

 

 二位には平田、一位にはAクラスの里中という男子の名前が載っている。綾小路は六位なようだ。

 

 「一応言っておきますが、性格等が加味された上でのランキングですよ」

 

 「そうなのか? ってそうだよな。じゃなきゃ堀北の件でランキングの変動なんて起きないか」

 

 森下の呟きに対して俺はそう納得する。

 

 ……それにしても、平田が二位なのか。

 

 「三位と二位の間に絶対に超えることが出来ない壁を感じるな……」

 

 俺が限界を超えなければ、いや超えてもこの壁を突破するのは不可能だろう。突然社交性や気配りの能力が向上する訳でもない。

 

 というか平田で二位って……。

 

 なぁ、里中。お前はいったい何者なんだ……?

 

 このランキングの評価項目を見る限り、性格か容姿どちらかが同等でどちらかが平田に勝っていると考えるべきだ。もしかしたら両方勝っているという可能性も存在するが。

 

 「里中って物語に出てくる白馬に乗った王子様的な存在なのか?」

 

 「いえ、平田洋介より顔立ちが整っているだけです。顔面ランキングでは平田洋介より上に位置しています」

 

 森下がそう言う。しかもまた新しいランキングが出てくるオマケ付きだ。

 

 「イケメンと別れてるんだな、そのランキング……」

 

 肉体的、精神的なイケメンを求められるイケメンランキング。単に顔立ちだけを求められる顔面ランキング。

 

 ランキングが細分化されすぎていて、そのうち『美しいまつ毛ランキング』とか出来そうな勢いだ。

 

 「ちなみに彼と同率に位置しているのが、あなたとあなたのクラスメイトである綾小路清隆という人物です」

 

 ここまで来れば後は各々の好みの問題ですね、と付け加える森下。

 

 その発言をよそに、俺は納得できないことを口にした。

 

 「待ってくれ。だったらなんで綾小路はイケメンランキング六位なんだ? もう少し上でもいいんじゃないか。いい奴だぞアイツ」

 

 少々会話に消極的ではあるが、穏やかで問題行動も特には無い筈。

 

 「ふむ。少々お待ちください」

 

 そう言って携帯を操作する森下。俺も会話を続けながらも次々と料理を作っていく。

 

 やがて答えが出た森下が口を開いた。

 

 「綾小路清隆は宝隆燈と違い、根暗そうランキングで上位に位置しています。それにこれは正確な評価項目には含まれてはいませんが、Dクラスには信じ難い愚か者三人衆が居るそうで、その人物たちとよく一緒に行動していることがマイナス評価に繋がっているようですね」

 

 「……なるほどな」

 

 やっぱ付き合う友達は選んだ方が良いと、今からでも伝えた方が良いだろうか。でもポイント無いなりに楽しそうな学校生活を送っている綾小路を見ると、それも憚られる。

 

 いやそもそも、俺は綾小路の保護者ではない。アイツの人付き合いはアイツが決めることだ。綾小路だって彼らのことを理解している上で付き合っているだろうし、俺がいちいち口に出すことじゃないか。

 

 「宝隆燈」

 

 俺が黙ってそんなことを考えながら作業をしていると、森下がジッとこちらを見つめながら口を開いた。

 

 「なんだ森下」

 

 「私がプロデュースをするので、トップアイドルならぬトップイケメンを目指しませんか?」

 

 自信満々な顔をして、また突拍子もない変なことを言ってきた。一体何をどう考えたらそんな発想に至るのだろうか。

 

 「どういうつもりだ?」

 

 「モテたくはないのですか?」

 

 質問に質問で返される。

 

 そうは言われても、イケメンランキング三位に位置しているのなら、実際にアプローチされているかは兎も角として、陰では十分にモテていると言っても過言ではない。これ以上を求めると今の平田のような状況に身を置くことにもなりかねない。

 

 傍から見ていても平田の女子に囲まれた生活は幸せそうだとは思うが、それ以上に大変そうだ。まず間違いなく俺が望む自由な世界があるとは思えない。

 

 決してモテたくない訳じゃない。だが利益不利益を考えた時、天秤が不利益に傾いてしまうだけのこと。

 

 「モテたくない訳じゃないが、お前の提案はお断りだ」

 

 ここはしっかりと断りを入れておくとしよう。曖昧な返事をすると後で揚げ足を取ってくるのが森下藍という少女の習性だ。

 

 「そうですか。では今日から私がプロデューサーですね」

 

 これはもうダメだ。

 

 「森下。テーブルこれで拭いてくれ」

 

 絞った布巾を森下に手渡す。

 

 自分の身を守るために、俺はこの話題を断ち切り森下に役割を与える方針にシフトすることを決めた。

 

 俺の頼みに首肯で応じた森下が布巾を受け取り、丁寧にテーブルを拭くため手を動かす。

 

 だが、直ぐにその手を止めた。

 

 「さっきのプロデュースの話は冗談です」

 

 俺の方に背を向けて淡々と告げる森下。

 

 「それは良かった」

 

 安堵する。こちらとしても冗談でなければ本気の森下をどう止めるか悩むところなので、その発言はとても有難い。

 

 「そのままが良いと思いますよ。女性とよく喋る、社交性のあるあなたの姿は周囲から見てさぞ気持ち悪いことでしょう」

 

 「お前は俺を気持ち悪い存在に仕立て上げようとしてたのか……?」

 

 悪質極まりないプロデューサーだ。詐欺師と何ら変わりない。

 

 「というか気持ち悪いか? あのランキングが女子の評価基準なら決して受けが悪くなる訳ではないと思うんだが」

 

 全員に好かれるのは無理な話だが、大勢の人に好かれることはある程度の努力と才能が有れば可能なことだ。

 

 容姿という才能は持ち合わせている。後はコミュニケーション能力の向上と表情を自然と動かすことが出来れば不可能ではない筈だ。

 

 だがそんな俺の考えを森下は首を横に振って否定した。

 

 「いえいえ、女子の私が言うのですから間違いありません。ランキングの評価基準一つを知った程度で女子の全てを知った気にはならないでください。第一、人には向き不向きがありますから」

 

 「まぁそれはな。俺がそういうのに向いていないのは確かなことだ」

 

 自覚はしている。それでも人から言われると若干傷つくが。

 

 「ええ。ですので、そのままで居てください」

 

 自信満々にではなく、淡々と捲し立てる森下。その言葉は妙な力を孕んでいた。

 

 それきり、会話はなくなる。再び布巾を握る手を動かし始めた森下。

 

 それを見て、俺は料理に専念することを決める。

 

 

 そして少しの時間が流れ、気が付けば彼女はこちらに背を向けたままジッと椅子に座っていた。表情を窺うことは出来ないため、いったい何を考え何処を見ているのかは分からない。

 

 そんな彼女の様子を見て、ふと、この部屋で誰かとテーブルを囲って食事をするのは初めてだなと思った。

 

 綾小路が三回、堀北が一回。計四回、俺の部屋に他人が訪れたが、その内の一度も誰かと共に食事を取ったことはない。

 

 偶然かもしれないし、俺の交友関係が浅く狭いせいなのは明らかだが、それでもやはり森下はどんな些細なことであれ新しいことを俺に経験させてくれる存在のように思える。

 

 「どうかしましたか宝隆燈」

 

 「いや、なんでも」

 

 振り向くことなくこちらの視線に気付いた森下からの言葉を流した俺は、作り終えた料理を皿に盛りつけていく。それを受け取った森下がテーブルへと運ぶ。

 

 そして二人でテーブルを囲む。

 

 「いただきます」

 

 「いただきます」

 

 調理中とは違って、森下は話題を欲することなく品よく黙々と食事を取っていた。その状況に不思議と気まずさを感じることはなかった。寧ろ居心地の良ささえ覚えている自分が居た。

 

 その後、俺たちは一切会話をすることなく食事を取り終えた。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 「無遠慮な言葉にマイペースな行動。何故あなたがAクラスなのか全く理解できないわね」

 

 「そういう堀北鈴音は分かりやすいですね。周囲と協調出来ないだけでなく、他者に対して攻撃性を伴って反発するなどまるで社会性がありません。あなたは社会の一員として生きている自覚があるのですか?」

 

 

 地獄。面倒くさい。失敗した。止めておけばよかった。

 

 今、俺が思っていることを大雑把に列挙するとこんなところだろうか。

 

 

 何故このような事態に陥ったのか簡潔に説明しよう。

 

 森下と食事を取り終えた後流れで一緒に登校することになったが、その時に以前森下が堀北と話がしたいと言っていたことを思い出した俺は、三人で一緒に登校することを彼女に提案した。

 

 それを受けた森下は早速俺を仲介役にしつつ堀北と接触。堀北も他クラス、それもAクラスの生徒と話すのは貴重な機会と捉えてくれたのか快諾してくれた。

 

 そこまでは良かった。だが自己紹介、そしてクラスの仕組みへと話が進んでいくにつれて事態は悪化の一途を辿る。

 

 端的に言えば、堀北の他者を鑑みない発言と森下のマイペースな言動が奇跡的なシナジーを起こすことなく衝突したのだ。

 

 こうなることは予想出来ていたことだ。だが実際に直面するとかなり辟易とする。

 

 というか、俺を挟んで会話するのを止めてほしい。

 

 これが俺を取り合う美少女二人という構図ならまだ鼻の下でも伸ばすところだが、残念ながらただ口論が起こっている空間のど真ん中に位置しているだけだ。心躍る要素は一つとしてない。

 

 そんなことを思っていると堀北がこちらにも視線を向けてきた。

 

 「こんな人を連れて来たあなたにも文句の一つや二つ言いたいところだけど……私も他者を憐れむ心は持っているわ。あなたも振り回されているのでしょう?」

 

 可哀想ね、と視線で俺に告げる堀北。

 

 そんな堀北に対して、森下は堀北を馬鹿にするような視線を向けた。

 

 「根拠もないのに私が宝隆燈に迷惑を掛けていると決めつけるのは可笑しな話ですね。むしろ逆です。宝隆燈は私と同じ時間を共有出来ることに喜びを見出しています」

 

 そんな森下の態度が癪に障ったのだろう。堀北が俺に話を振ってきた。

 

 「あら、そうなの宝隆君? 答え合わせをお願いするわ」

 

 二人の視線が俺に集中する。

 

 何故か、非常に残念なことに俺に飛び火してしまった。その事実に嘆きつつ、答えなければ更に面倒くさくなる気がしたので俺は徐に口を開く。

 

 「あー、……どちらでもあるな」

 

 森下のマイペースに付いていけない部分はある。だが一方で彼女と共に行動することに喜びを覚えているのも事実だ。二人から見れば中途半端な回答と受け取られるかもしれないが、紛れもない俺の本心を彼女たちに告げる。

 

 そんな俺の回答を聞いた二人は顔を見合わせた後、正反対の表情――森下は勝ち誇ったように、堀北は悔しそうに――を浮かべた。

 

 どうやら俺の中途半端な回答は、彼女らの勝敗を分けるに値するモノだったようだ。

 

 「……そうね。本当に迷惑なら彼もあなたから離れているでしょうし」

 

 「そういう訳です。私の勝ちですね、堀北鈴音。私たちの間にまた一つ優劣が出来ました」

 

 「……聞き捨てならないわね、その発言」

 

 再び言い争いが生じそうな雰囲気を察知したが、俺は止めるのを早々に諦める。

 

 恐らく今の堀北と森下なら、一度や二度止めたところで両者が口を開けばまた口論に繋がるだろうと判断してのことだ。

 

 予想通り、俺を間に挟んでの言い争いがまた始まった。

 

 揚げ足の取り合い、遠慮のない物言いが飛び交う。

 

 そんな言葉の応酬を続ける彼女たちを見て、俺の脳内に喧嘩するほど仲が良いという言葉が浮かぶ。

 

 堀北と森下にその関係が当てはまるとは思えないが、試してみる価値はあるかもしれない。

 

 「なぁ、二人とも。折角話す仲になったんだし連絡先を交換してみたらどうだ?」

 

 俺は二人の会話に割って入りそう提案してみる。

 

 「脳細胞全てが死滅でもしたのあなたは?」

 

 「そんなことはないです」

 

 堀北から飛んできたのは取り付く島もない、完全な拒絶。酷い言われようだ。

 

 一方で、森下は俺の言葉に返事すらすることなく黙りこくっている。

 

 「どうした森下」

 

 もしかして森下は俺の発言を聞いて呆れてものも言えない状態になってしまったのか。

 

 一瞬そう思ったが、どうやらそうではないようだ。

 

 「いえ。ただ今の話す仲というのを聞いて、いったいどのラインから友人と呼べるようになるのか思案していたところです」

 

 首を傾げ、一人考え込む森下。

 

 今のは少々違和感のある発言だ。話をする仲=友人と定義するのは森下らしくない。それとも単に頭の中で自然とそう結びついただけなのだろうか。

 

 「いちいち思考が飛ぶ人ね……」

 

 「宝隆燈は何を以て友人の定義としますか?」

 

 堀北の発言を無視して俺に問いを投げる森下。

 

 その人によって答えが変わりそうな問いかけに、俺は自分なりの回答を以て応じる。

 

 「ないな」

 

 「ない、ですか?」

 

 「どういうことかしら?」

 

 堀北も俺の回答に興味を持ったのか怪訝そうな顔で俺を見つめてくる。

 

 「言葉による定義は難しいと思っている」

 

 入学当初、まだ大勢の友人が出来ることを望んでいた俺は、友人とは何か、どのように定義するべきかをひたすらに考えていた時があった。

 

 共に遊びに行く関係か。手を繋いでも良いと思える関係か。笑い合える関係か。同じ食卓を囲む関係か。

 

 どれも友人としても可笑しくない行為だが、それは友人関係を構成、証明する要素の一つに過ぎないと俺は考えた。

 

 自己紹介をして、会話が少しずつ増えていって、気付けば友人と呼べる関係になっている。

 

 『今日から友達だ』と告げて始まる友人関係というのは稀だと思う。本当に自然と、暗黙の了解のようなモノがあり、関係が構築されていく。

 

 「人間関係はお互いの心の距離感で変わると思っている。言語化せず、無意識に感覚を以て相手との心の距離を測って、それが合致した時に関係が構築されるんじゃないか? 勿論、個人が持つ自分だけの物差しは人によって尺度が異なるだろうから、場合によっては軋轢が生じてしまうこともあるだろうが」

 

 その度に少しずつ相手と擦り合わせて行ったり、時には離れたりもしながら、人は人と繋がっていく。

 

 「……なるほど。貴重な意見、ありがとうございます」

 

 堀北も返事こそしなかったが、俺の意見を否定することはなく呑み込んでいる様子だった。

 

 「参考までにしておいてくれ」

 

 多くの友達を作ろうと必死になっていた人間が辿り着いた、在り来りな回答だろうからな。

 

 「では、宝隆燈は私を友人だと思っていますか?」

 

 「ああ。少なくとも、俺はお前を友達だと思っている」

 

 即座にそう応じれば、森下が笑顔を見せて首を縦に振った。

 

 「一歩前進、ですね。私も友人だと思っています」

 

 それから森下は堀北の方にも視線を向けた。

 

 「宝隆燈は、堀北鈴音にどう思われているのですか?」

 

 俺が堀北をどう思っているかではなく、俺がどう思われているかを知っているのかという質問。

 

 その問いかけに違和感を覚えるが、一先ず俺は答えることにする。

 

 「残念ながら、堀北からは友人だと思われていないな」

 

 その発言を聞いて、森下は満足げに頷いた。

 

 「そうですか。では堀北鈴音、さようなら」

 

 「は? ――うぉっ!?」

 

 「え?」

 

 その発言に俺と堀北の理解が及ぶ前に、森下が俺の腕を思い切り自分の方へと引いて堀北から距離を取るように歩き出した。

 

 「友人同士、二人きりで登校することにします」

 

 今日話せたことで堀北鈴音に対する関心も失せましたし、と付け加える森下。

 

 俺の腕をグイグイと引いて堀北から更に距離を取っていく。

 

 

 ……この様子だと、大雑把ではあるが堀北について把握したから、これ以上口論してまで付き合う価値はないと判断したというところだろうか。

 

 手っ取り早く話を終わらせるための算段。

 

 今日堀北と話したことで彼女が合理的で人間関係に素直になれない性格だと理解し、友人関係の話を引き出して部外者にしようとしたその洞察力とやり方は即席ながら見事なモノだ。

 

 だが森下藍は知らない。堀北鈴音は時折恐ろしく理不尽に、強引になることを。

 

 

 

 ――負けず嫌いの彼女のこの後の行動は、語るまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 







 前話でお話しした通り、二章は人間関係の話がメインになります。

 話が進んでいないと思う時があるかもしれませんが、今後物語を広げていく上で重要な部分になるのでご理解のほどよろしくお願いします。








▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。