(社説)トランプ氏銃撃 政治暴力の連鎖を断て

社説

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 米国の歴史に重苦しい流血の一章が、また新たに刻まれた。多くの有権者が集まった大統領選挙の集会で、前大統領が銃撃されて負傷し、複数の市民が死傷した。

 トランプ氏の演説中に銃声が響く映像は世界に衝撃を与えた。耳を負傷したとみられる。早期の回復を祈る。

 20歳の男性容疑者は射殺された。事件の詳細はまだ不明だが、選挙運動中の候補者が言論で支持を訴える場を狙った犯行は、民主主義の根幹を揺るがす暴挙であり、断じて容認できない。

 バイデン大統領が「このような暴力の居場所は、米国にはない」と断じたのは当然だ。

 米国では政治家を狙った事件がたびたび起きてきた。ケネディ大統領が暗殺された1960年代には、弟の上院議員もまた、大統領選の演説直後に射殺されている。

 各種調査によると、政治的動機に基づく暴力犯罪は70年代をピークに沈静傾向にあったが、近年再び増えているという。とくにトランプ氏が大統領選で当選した2016年以降に顕著だという。

 20年の前回大統領選後、敗北したトランプ氏の支持者が連邦議会を襲撃した。人種差別やジェンダー人工妊娠中絶など、社会を分断する個々の問題をめぐっても、市民の間で衝突が頻発している。

 主要機関による昨年の世論調査では、自分の信じる「より良い社会」につながるならば、暴力は「容認しうる」との回答が約2割もあった。米社会の緊張は、すでに危険水域に達していたといえよう。

 この点で、前回大統領選の結果を認めず、憎悪をあおってきたトランプ氏の責任もまた重いと言わざるをえない。根拠のない陰謀論を語り、「報復」を示唆する言動が国民の分裂を深めたことを自省すべきだろう。

 バイデン氏は事件後、国民に結束を呼びかけるとともにトランプ氏に見舞いの電話をかけた。先月の両者の討論会は中傷の応酬に堕したが、これを機に理性的な政策論争に転換すべきだ。

 近年、米社会は「内戦寸前」と揶揄(やゆ)されてきたが、危機は現実に迫っている。内向きの政争が対外的な威信を傷つけている現実を直視し、足元の分断と社会不安を鎮める努力こそが必要だ。

 論じられるべき点には、米国の積年の病である銃器の問題も含まれる。成人の3人に1人が銃を持つ社会では、政治家も市民も安全が保障されるはずもない。今回の事件とともに、過去の数々の米国の悲劇が教える教訓である。

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