
ヘルプ
<< keiringp08 のページ検索結果にもどる
このページでは http://www.idolreport.jp/ad/keirin/keiringp08/playback/1985/index.html のキャッシュを表示しています。
キャッシュとは、提携する検索エンジンが、検索結果表示用の索引を作る際に各ページの内容を保存したものです。
-> キャッシュとは?
元のページは変更されている可能性があります。現在のページ内容はこちらから確認できます。
※HTMLバージョンとして表示する際、レイアウトが崩れたり、文字が読めなくなる場合があります。ご了承ください。
Yahoo! JAPANはページ内のコンテンツとの関連はありません。

 KEIRINグランプリ1985 プレーバック中野2年ぶりV 最後に笑った 幻のグランプリの栄誉に中野浩一(30)=福岡=が輝いた。「KEIRINグランプリ85」は30日、立川競輪場の11Rで今年のベストナインによって争われた。中野は逃げる清嶋彰一ら東京トリオの4番手から豪快にまくり切って快勝、優勝賞金1000万円を獲得した。同選手のビッグレース制覇は一昨年の競輪王以来2年ぶり。滝沢正光は8着に敗れ1億円達成はならなかった。グランプリの売上高は予想をはるかに上回る12億円に達し、この日の立川も23億円を売り上げる盛況ぶりだった。 「最高の胴上げ」 2年ぶり(58年11月、競輪祭以来)に見せた王者・中野浩一の最高のドラマだった。今月1日、プロ野球オールスター大運動会(横浜)での左もも肉離れで甲子園、広島記念を欠場、完調とはいえない状況で臨んだグランプリだった。「肉離れの影響も多少はあるし調子は決してよくない」とレース前まで顔をこわばらせていた中野だったがゴール後は右手を高々と挙げてファンに応えていた。その姿はまさに“世界”を9回、制した男の勲章でもあった。
「みんなに胴上げされたことが一番うれしい。調子はよくなかったので地元ラインを崩せれば井上、佐々木君にチャンスがあると思って戦った。自分でも信じられない」大きなアクションはない。うれしさをじっとかみしめていた。
九州トリオの並びは中野が一番後ろというこれまでの常識を覆すものだった。「2人を前に置くことは前日から決めていた。好位置を確保してくれれば自力でいく作戦だった」
それにしても今さらながらレースの読み、運び方のうまさには感ぷくする。「一度尾崎君の横に出て清嶋君を迎えるつもりだった。4番手に入れたのでこれなら何とかなると思った」そして最終の2角一気のスパート。滝沢は仕掛けをあせって墓穴を掘り、尾崎も中野のスピードに負けて圏外に去り、中野の勝利は確定的になった。
「ボクが頑張っていなければ尾崎君も清嶋君も張り合いがないでしょう」後輩たちを気遣いつつまだまだトップの座は譲れないというプライドもある。(安藤義男) . |
Copyright © SPORTS NIPPON NEWSPAPERS. All Right Reserved.
Sponichi Annexに掲載の記事・写真・カット等の転載を禁じます。すべての著作権はスポーツニッポン新聞社と情報提供者に帰属します。