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ブレグジットは本当に悪手だったのか【無料公開中】

 ブレグジットから早3年。一部の世論調査では、「ブリグレット」(ブレグジットへの後悔)の風潮が広まりつつあることが示されており、反ブレグジット派の反撃は始まっているようだ。しかし、ブレグジットは本当に彼らが主張するほど悪手だったのだろうか。直近で可決されたルワンダ移送法案にも見られる移民問題や、経済的な観点から考える。[日本語版編集部](仏語版2024年1月号より)

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 ヨークシャー[イングランド北部]のバーンズリーからサセックス[イングランド南部]のイーストボーンまで、はたまた、トーファイン[ウェールズ]のクームブランからエアシャー[スコットランド]のキルマーノックまで、同じ人物の看板が150枚も並んだ。2023年春に見られたこの光景は、様々に変化をつけたナイジェル・ファラージ氏の渋い表情と、「ブレグジットは失敗した」(BBC、2023年5月15日放送)という彼の最新の発言を掲示したものだ。このキャンペーンは、Led by Donkeys(「ロバに導かれた」の意)という反ブレグジット活動家らにより展開され、イギリスのEU離脱に反対する人たちを喜ばせた。ボリス・ジョンソン氏が首相辞任に追い込まれてから10カ月、離脱(leave)に向けて国民投票を推進したもう1人の立役者であったファラージ氏は、まるで許しを請いに行くように見えた。残留派(remainers)は今、彼らによればイギリスを衰退に導いた2人の政治家に報復しているのだ。

 実際、経済が置かれた状況について大きな反響を呼ぶ分析が増えつつある。前イングランド銀行総裁(2013〜2023)でカナダ人のマーク・カーニー氏は2022年10月、「2016年にはドイツの経済規模の90%に値していたイギリス経済」が、今日では「70%に満たない」と述べた(1)。Financial Times紙は、「ブレグジットによる経済的打撃に関する信じられないほどの沈黙」を嘆き、EUに残留していた場合に比べてGDPが4%失われることを強く懸念している(2)。この日刊紙は、ヨーロッパおよびイギリスの経済エリートにとっての不動のバイブルだ。そして編集部も読者も、保守党の首相マーガレット・サッチャー(1979〜1990)が主導し、労働党のトニー・ブレア(1997〜2008)が推し進めたことで東へと広まった「単一市場」からの離脱をうまく受け止めることができないでいる。彼らの多くがロンドンに集まっており、そのロンドンは2016年6月23日の国民投票以降の賃金下落率がイギリス国内で最も大きい地域の1つだからだろうか(3)? いずれにせよ、同じような失意はGuardian紙でも見られる。中道左派のこの日刊紙や都市部の人々からすれば、経済や社会、社会制度に見られる様々な問題というものは、常にブレクジットのせいなのだ。

 これらの日刊紙の記事を別にすると、イギリスの経済学者らは、EUからの離脱によって生じた困難な現実を認めながらも、その程度について議論している。たとえば彼らの多くは、カーニー氏が試みたドイツ経済との比較を批判した。キングス・カレッジ・ロンドンの経済学教授であり、反ブレグジット派のジョナサン・ポーツ氏は、その計算が「不合理」だとして彼を非難する。「自国通貨建ての実質年間成長率を見れば、イギリスとドイツの2016年以降の成長率はほぼ同等と言えます」(4)

賃金の上昇

 ブレグジット派であり、Institute of Economic Affairs[イギリスの右派シンクタンク]会員でもある経済学者ジュリアン・ジェソップ氏は、国の成長力が4%失われるという主張に異議を唱える。彼が指摘するのは、仮に残留派が勝っていた場合の現在のGDPを推計する際に、2010年から2015年の成長率を基準にする手法だ。彼は次のように説明する。「この5年間は、2007年から2008年の経済危機後の反動で成長率がとても高くなっていた時期であり、さらにユーロ危機に陥っていたユーロ圏の経済に比べ、当時のイギリス経済のパフォーマンスは良好でした。直近20年の傾向と比べれば、ブレグジットによるGDPの低下はわずかなものにすぎません」。ジェソップ氏は1%だが、ポーツ氏は2.5%と推算している。

 国際通貨基金(IMF)によれば、確かに2023年のイギリスの経済パフォーマンスはG7内で最も悪かったが、2021年と2022年はG7内で首位を占め、2025年から2028年にはドイツ、フランス、イタリアを上回るとされている(5)。そのうえ、イギリスの国家統計局(ONS)は9月に統計の改訂を行った——2021年末のGDPは、パンデミック前の水準を1.2%下回るどころか、0.6%上回っていたのだ。この数字は、2023年6月には1.8%にまで高まった(6)。イギリス経済は、ブレグジットとコロナウイルスによって近隣諸国よりも痛手を受けたどころか、少なくとも近隣諸国と同程度にはうまく切り抜けていた。

 しかし、イギリス内の議論では、経済よりも移民問題が注目されている。残留派は、イギリスに住むEU域内市民が国外に流出することへの不安を煽っていた。ところが、コロナウイルスが流行する前の2020年2月末、イギリスで働いていた域内市民は261万人にも上った。この数字は、2019年11月に過去最多を記録した人数(266万人)に迫るもので、2016年5月の国民投票のときより30万1,600人多い。英国歳入関税庁(HMRC)によれば、投票以降、域外市民も33万4,800人増え、211万人に達している(7)

 10カ月が経過した2021年1月、EU法がイギリスで適用されなくなると、域内からの労働者数は16万4,400人減少し、域外市民は9,300人増加した。この傾向は強まり、「2022年2月に、域外市民の給与所得者数が域内市民のそれを初めて上回り、2022年12月には、前者が後者を49万7,100人上回った」とHMRCは指摘する。

 域内市民は今もなお労働者の7.7%を占めるが、9.3%を占めるようになった域外市民に数を大きく引き離されている。移民問題の専門家であるポーツ氏はこう語っている。「ブレグジット後の移民システムでは自由な往来が終わり、特定の分野で技能レベルや給与が比較的低い労働者の流入が減りました。しかし反対に、政府が決定した移民流入の自由化によって、技能レベルや給与が平均的、もしくは高い労働者の流入は増えました。つまり、長期的には経済にとって良いシステムであるように思われます。現状、移民はブレグジットの良い面だと言えるでしょう。我々経済学者でもこれほど急速で大きな変化は想定していませんでした」

 サマセットのラドストックにあるキャッスルミード養鶏場のオペレーション・マネージャー、リチャード・ニックレス氏は、それとは別の変化について説明する。パンデミック前は、場長が電話をかけるやいなやポーランド人労働者が来ていたそうだ。「常連労働者が戻ってくるまで、彼らは4カ月から6カ月ほど働いていました。彼らはとても仕事が早く、なるべく多く稼ぐため可能な限り長時間働こうとしていました。これに対し、イギリス人は必要最低限の時間しか働こうとせず、仕事もポーランド人より2〜3倍遅いのが常だったのです」(8)

 ブレグジット以降、小さな隣町にあったポーランド食料品店2軒は閉店した。「私たちは最初の1年間、この重労働を引き受けてくれる人を見つけては仕事を教え込むという、地獄のような日々を過ごしました」とニックレス氏は語る。現在、従業員25人のうちポーランド人は5人だけだと言う。他はすべてイギリス人で、その大半は周辺の村から通ってきている。そして、賃金は2020年以降25%以上も上がった。農業、漁業、林業では、1万人のEU域外市民と1万5,000人のイギリス人が、EU域内労働者の減少を数の上で補っている。全体的には、国民投票以降、国内で職を見つけたイギリス人失業者は105万人に上るとHMRCは推定している。

 ヨーロッパで難民問題が頂点に達し、タブロイド紙もその話題で持ちきりだった2015年9月、イギリス人の56%が移民問題を最大の懸念事項としていたが、2016年の国民投票の直前にはすでに40%を下回っていた。その結果、移民排斥は離脱派の最たる動機とはならず、EU離脱後も移民排斥への関心は低下し続けた。少なくとも次に関心を呼んだのは、ゴムボートで英仏海峡を横断するビザを持たない外国人が増加し、この危機的状況を利用しようと考えた保守党政権が、これらの難民認定を求める者をルワンダに移送する計画を持ち出したときだった(9)

 2016年以降、合法的な移民があまり問題にならなくなったことについて、「[入国してくる移民の]管理が一役買ったのは明らか」だと分析するのは、シンクタンクUK in a Changing Europeのアナンド・メノン氏とソフィー・ストワーズ氏だ。「イギリス国民は、政府が入国者を決定する権限を持ったことに安心しています。移民の数が全体として減ることに賛成している有権者は多いですが、彼らの大多数は保健関連、農業、教育の分野の労働者を増やすことにも好意的なのです」

 このような受け止め方の変化についてこの2人の研究者は、就労ビザの取得条件の変更、つまり現行の最低年収2万6,200ポンド(3万500ユーロ)への変更[Brexit実施時に導入された条件]によるものだと説明する。これは、2024年春に医療および介護分野を除いて3万8,700ポンド(4万5,100ユーロ)まで引き上げられる予定だ。そしてまた、「EU域外からの移民は、イギリス北部といった困窮している都市よりも、ロンドンなど移民の存在が悪く思われない場所で暮らすようになった可能性がとても高い」と彼らは考える(10)

 不法移民に注目するあまり「政治の指導者は世論におけるこの変化の重要性を認識していなかった」と驚くのは、マンチェスター大学政治学教授ロバート・フォード氏だ。ファラージ氏も2023年5月にBBC放送で、ブレグジット後の移民システムについて「門戸はすべての人に開かれている」と表現していた。

 ファラージ氏が同インタビューでブレグジットの失敗について述べたことは波紋を呼んだが、実のところ彼の発言は、保守党が急進的自由主義への転換という公約を実現できないことに向けられたものだった。「単純なもの、たとえば法人税をご覧になればすぐにお判りになるでしょうが」、彼は続ける。「この国は企業を追い出そうとしていると言ってよいでしょう。我々は企業を管理する力を取り戻していますが、それは、EU加盟国であったとき以上に我が国の企業を統制するためなのです」。保守党で最も急進的なブレグジット派が共有する見解である。

敗者の負け惜しみ

 

 一方、多くの企業はEUへの歩み寄りを呼びかけている。5月半ば、ステランティスグループは「製造工場を長く存続させるには、イギリスはヨーロッパとの通商協定を検討する必要がある」と要請した。「イギリスにおける電気自動車の製造コストが競争力と持続性を失えば、あらゆる企業は工場を閉鎖するだろう」。同グループに続いて自動車業界は一斉に、何十万もの雇用が脅かされるだろうと主張した。ブレグジット前、賃金を抑えるために、自動車業界が他のほぼすべての業界とともにEU域内からの移民が必要だと訴えていたのとまったく同じ構図だ。

 こういった経営者からの圧力はあるが、欧州基準の多くに足並みを揃えることに繋がるであろう抜本的な再交渉の可能性は不透明だ。「私はブレグジットに賛成票を投じました」。2022年11月21日、リシ・スナク首相はイギリスの代表的な経営者団体の前で語った。「私はブレグジットを信じていますし、ブレグジットは多くのことをもたらしてくれると確信しています。すでに規制に関する自由など、莫大な効果や新たな可能性を与えてくれています」

 遅くとも2025年1月28日までに予定されている総選挙は、確かに局面を一変させるかもしれない。保守党はおそらく政権を失うだろう。昨年9月モントリオールにて、労働党党首キア・スターマー氏は、イギリスとEUの差異を広げたくないと表明した。「我々は、環境基準、労働者のための労働基準、食品基準、その他すべての撤廃を望んではいません」。それでも、総選挙で当選する未来の首相は、当初はこの状況を変えようとはしないだろう。どれほど残留派のひどい負け惜しみを聞かされようと、ブレグジットの失敗が語られようとも、世論は依然として躊躇している。Financial Times紙やGuardian紙、そしてこの2紙に倣って書かれた世界中の報道を読んで想像されるよりも、躊躇しているのだ。

トリスタン・ド・ブルボン=パルム(Tristan de Bourbon-Parme)

ジャーナリスト、著書にBoris Johnson. Un Européen contrarié, Les Pérégrines, Paris, 2021.がある。
翻訳:小畠実玖

(1) Edward Luce, «Mark Carney : “Doubling down on inequality was a surprising choice”», Financial Times, Londres, 14 octobre 2022.

(2) George Parkeret Chris Giles,«The deafening silence over Brexit’s economic fallout», Financial Times, 20 juin 2022.

(3) Iain Docherty et Donald Houston, «The UK regional economy and the uneven impacts of Brexit », UK in a Changing Europe, 30 juin 2023, https://ukandeu.ac.uk

(4) Dominic Lawson, «Britain’s economic problems have little to do with Brexit (whatever the BBC’s viral videos might say)», Daily Mail, Londres, 31 octobre 2022.

(5) Chris Giles, «UK to have slowest growth of G7 nations in 2023, says IMF », Financial Times, 19 avril 2022.

(6) John-Paul Ford Rojas, «Economists say UK economic narrative has been “revised away” after new figures show Britain bounced back from Covid two years quicker than thought », Daily Mail, 2 septembre 2023. Cf. aussi «GDP monthly estimate, UK : June 2023», Office for National Statistics (ONS), 11 août 2023, www.ons.gov.uk

(7) «UK payrolled employments by nationality, region and industry, from July 2014 to December 2022 », Her Majesty Revenue & Customs (HMRC), 23 mars 2023, www.gov.uk

(9) «Economist/Ipsos September 2015 Issues Index», 30 septembre 2015, et «Ipsos Issues Index », novembre 2023, www.ipsos.com

(10) Anand Menon et Sophie Stowers, «Immigration and public opinion – more than a numbers game ? », UK in a Changing Europe, 23 mai 2023.

(1) Edward Luce, «Mark Carney : “Doubling down on inequality was a surprising choice”», Financial Times, Londres, 14 octobre 2022.

(2) George Parkeret Chris Giles,«The deafening silence over Brexit’s economic fallout», Financial Times, 20 juin 2022.

(3) Iain Docherty et Donald Houston, «The UK regional economy and the uneven impacts of Brexit », UK in a Changing Europe, 30 juin 2023, https://ukandeu.ac.uk

(4) Dominic Lawson, «Britain’s economic problems have little to do with Brexit (whatever the BBC’s viral videos might say)», Daily Mail, Londres, 31 octobre 2022.

(5) Chris Giles, «UK to have slowest growth of G7 nations in 2023, says IMF », Financial Times, 19 avril 2022.

(6) John-Paul Ford Rojas, «Economists say UK economic narrative has been “revised away” after new figures show Britain bounced back from Covid two years quicker than thought », Daily Mail, 2 septembre 2023. Cf. aussi «GDP monthly estimate, UK : June 2023», Office for National Statistics (ONS), 11 août 2023, www.ons.gov.uk

(7) «UK payrolled employments by nationality, region and industry, from July 2014 to December 2022 », Her Majesty Revenue & Customs (HMRC), 23 mars 2023, www.gov.uk

(9) «Economist/Ipsos September 2015 Issues Index», 30 septembre 2015, et «Ipsos Issues Index », novembre 2023, www.ipsos.com

(10) Anand Menon et Sophie Stowers, «Immigration and public opinion – more than a numbers game ? », UK in a Changing Europe, 23 mai 2023.

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