おかえり ただいま
2020年10月25日
8月24日の深夜。 帰宅途中の女性・磯谷利恵さんが拉致、殺害され、岐阜山中に遺棄された惨たらしい事件である。
犯人は携帯電話のサイト“闇の職業安定所”で知り合った3人の男たち 。
互いに初対面で、出会って3日ほどの彼らは、全くの安易な思いつきで、何の関わりもない見ず知らずの女性をさらい、金を奪ったあと、ためらいなく殺したのだ。
あまりの特異性ゆえに社会に衝撃を与えたこの事件。 かれこれもう13年が経つ。
「眠る村」、「さよならテレビ」など数々のドキュメンタリー映画を制作してきた東海テレビは、事件発生以来、被害者遺族や加害者家族を長年に渡って取材してきたこの「名古屋闇サイト殺人」をテレビドラマ化。 2018年12月に「Home~闇サイト事件・娘の贈り物~」というタイトルで放送された。
そのドラマ版を改題し再構築したのが今回の映画である。
映画は前半に斉藤由貴、佐津川愛美らによる再現ドラマ、後半に被害者の母・富美子さんの姿を追ったドキュメンタリーという構成を取っている。
一応最初のうちにダメ出しをしておくと、この半ドラマ・半ドキュメンタリーという異色のスタイルは正直なところ、どちらかの手法にするべきだったのではと思うほどに、ぎこちなさを感じる。
利恵さんの幼少期から事件に遭うまでの経緯と、加害者の一人である神田死刑囚の生い立ちなどのドラマを描きながら、観る側の感情移入を誘っているが、結局後半から始まるドキュメンタリーのニュース映像、関係者の証言、裁判記録などの方が、事件の残酷さや被害者感情がより伝わることが浮き彫りになる。
当たり前だが、リアルが創作物を食ってしまい、前半のドラマは必要だったかと思わなくもない。
まあ別に、それはいいのだ。
出来不出来うんぬんよりも、この理不尽な事件について、この映画が問いかけてくることに思いをめぐらさずにはいられない。
何ゆえにこんなひどいことが起きるのか。
人間が鬼畜の側への一線を越える背景には何があるのか。
人を裁く司法とは誰のためのものか。
こういった事件が起きるたびに、いかんともしがたいこの世の歪みに我々はいつも戸惑う。
磯谷利恵さんは名古屋市内のマンションで母・富美子さん、祖母シヅさんと3人暮らし。
父親は利恵さんがまだ1歳だった時に急性白血病で亡くなっており、それ以来、富美子さんが利恵さんを女手ひとつで育ててきた。
母と娘の夢は、いつかマイホームを建てること。
大学生になった利恵さんは、漫画家になりたいという夢を母に打ち明け、大学を辞めて専門学校に行きたいのだと懇願する。
反対する富美子さんと衝突し、叔母さんに相談もしたが、「やっぱり、お母さんを独りにはできない」と夢を諦める決断をするのだった。
夫に若くして先立たれ、寂しい思いをした母にまたしても同じ目をさせるのが、どうしても忍びなかったのだ。
こうしてマイホームを建てる母と娘の共通の夢に向かって、利恵さんは地元で働きながらコツコツと貯金を始めた。
趣味の囲碁を通じて知り合ったカレシもできた。
事件はそんな矢先のことだった。
「お母さん、やっぱり家はいいね」と微笑んだ娘は、まもなくして変わり果てた姿となってしまう。
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時は遡り、1978年。 群馬県高崎市。
一人の少年が家を出て行く母親を見送っていた。
呼びかけても無言で去って行くその背中を見て、母はもう帰ってこないのだろうと少年は絶望を感じていた。
少年の名は神田司。
神田は、たまにしか家に帰ってこないトラック運転手の父に暴力を受けながら暮らしていた。
中学時代、見え見えの嘘ばかりつくことで周囲から嫌われ、いじめを受けていた神田は卒業と同時に働き出す。
しかし、群発頭痛という持病のせいで、定職に就けず、オレオレ詐欺をしながら各地を転々としていた。
2007年。 神田司、36歳。
8月21日。 闇サイトで知り合った男、川岸健治、堀慶末の2人と名古屋で対面する。
「刑務所から出てきたばかりだ」、「ヤクザやってました」、「過去に2人ほど殺して埋めたことがある」など、くだらない悪さ自慢で語り合う3人は強盗の計画を立てる。
貯金をしてそうな地味なOLを狙おうと提案したのは神田だった。
8月24日の深夜。 名古屋市千種区春里町の住宅街。
磯谷利恵さんは帰宅途中、3人の乗った車に拉致される。
愛西市の国道155号線沿いの駐車場まで向かった神田たちは、利恵さんの鞄を漁り、現金6万2000円とキャシュカード2枚を奪い、暗証番号を聞き出そうとする。
「殺すんなら殺せば」と毅然とした利恵さんに手を焼いた3人は脅したりなだめたりしながら、やっと暗証番号を聞き出した。
「2960」
そして、3人は利恵さんの首を絞め、ハンマーで頭を殴るなどして殺害。 岐阜県の端浪市内の山中に遺体を遺棄した。
その後、聞き出した暗証番号を元に、彼らは銀行のATMへ行くが、金を引き出すことはできなかった。
自分は助からないと悟った利恵さんは、せめて母に家を建ててあげるためのお金を守ろうと決意し、嘘の暗証番号を教えたのだ。
利恵さんが犯人たちに教えた暗証番号「2960」。
これはのちに、交際相手だった男性の証言から「2960」の意味が判明する。
男性は数学を研究する大学院生で、利恵さんはそんな彼に合わせてか、よく数字の語呂合わせで遊ぶのが好きだったという。
男性は検察官から「2960」のことを聞いてピンときたのだという。
「2960」:『にくむわ』
翌日の午後に、川岸健治が自首する。
自首した理由は「死刑になりたくないから」。 何をかいわんやである。
その川岸の自首により、さらに翌日には神田司、堀慶末が逮捕される。
大の男が3人がかりで女一人を手にかけるというクズの極みの所業。
お金ほしさに何の恨みも落ち度もない人間を虫けらのように殺すという、人の命をあまりに軽々しく見ている冷血漢どもの薄ら寒さ。
「人を殺すのは血を吸っている蚊を叩いて殺したのと同じで罪悪感を感じない」、「やってしまったのは仕方がない」と言い放った神田司。
「死にたくない」と懇願する被害者の頭にハンマーを何度も振り下ろし、顔面をガムテープでグルグル巻きにして首を絞めた堀慶末。
被害者の死に対して「運が悪かった」と他人事のように言い、死刑怖さに自首し、「生きて償いたい」と自分の命だけは大事な川岸健治。
こんな外道どもなど死刑になっても良さそうなものだが、強盗殺人の判例では被害者が一人の場合だと無期懲役が妥当とされているのだそうだ。
このことからも、刑法がいかに加害者寄りでできているかが分かる。
妙な人数ルールの設定など、殺された側の遺族にとっては馬鹿げた話であり、たまったもんではない。
チャップリンの映画で「一人殺せば殺人者で、百万人殺せば英雄だ」というセリフが出てくるが、日本の刑法は逆のようだ。
一人殺した人間は、二人殺した人間に比べればまだマシな奴だと認定されるらしい。
富美子さんは3人全員の極刑を訴えるために街頭に立ち、署名活動をし続けた。
事件から1年後の2008年に名古屋地裁で初公判。
2009年3月に一審判決。
神田と堀に死刑。 川岸には無期懲役。
しかし3人は判決を不服として控訴。
2011年、二審で堀が無期懲役に減刑され、これは最高裁で確定する。
会見の席で富美子さんは「利恵ちゃん、お母さんは何もやってあげられなかった」と悔し涙にくれた。
その後、堀慶末に過去に起こしていた強盗殺人と強盗殺人未遂の余罪が発覚。
堀はこれらの2件の裁判で死刑の判決が出て確定している。
2015年、神田司に死刑が執行される。
「死刑制度」は日本が成熟した法治国家であるための最後の砦だ。
死刑がなくなればこの国は腐る。
この「闇サイト殺人事件」の、発覚から逮捕に至るまでの速さの要因が、川岸の自首の「死刑になりたくないから」というきっかけならば、死刑制度の存在が効果的だったということだ。
死刑の是非についてよく耳にするフレーズ。 「人の命を奪うことは許されないと言いながら、国家権力が人の命を奪っていいのか」
ああ、いいともさ。 それでいいのだよ。
そういう理屈を言い出したら裁判さえも要らなくなるよ。
我々は、犯罪を犯したら刑罰を受けるのだという“契約”を国家と交わしており、その覚悟の上で己を律しながら暮らしている。
なんびとにも自分の命を脅かされないという権利を保有しつつも、一線を越えた者はその権利を放棄したものと見なしていいのだ。
この国に死刑制度があるのは子供でも知っている。 それを承知で人の命を蹂躙した者は、甘んじてルールを受け入れますと言明したのだ。 遠慮なく罰してこそが社会正義というものだ。
「死刑にしてしまえ」と言う者だって、命を軽んじていないのかと問われるかも知れないが、「命を軽んじた罪人」の命は軽いと言わざるを得ない。
罪を犯した者の命は被害者と等価であるなんてことは絶対にない。
どんな事件でも災害でも記憶が風化されてしまうのが、当事者遺族の辛いところだ。
日本国民全員に遺族感情を共有しろというのもしんどいことであるが、ある意味、外にいる我々にできることは、様々な事件や事故、災害のニュースから教訓を学び取ること以外にない。
被害者に向き合っているとは言えない法律のドライさとはなんだろうか。
オフ会感覚で人を殺せる感情が芽生える温床のある社会とはなんだろうか。
控訴を取り下げて死刑を受け入れた神田。 余罪を隠してまで最後まで死刑に抗う堀。 共犯者のことも被害者のことも眼中にない我が身かわいさだけの川岸。
罪を犯した者のケジメの付け方も、人間の業が浮かび上がり、命の罪と罰はまだこれからも社会に思い命題を投げかけてくるであろう。
富美子さんは言う。
「加害者のことを考えて生活するよりも、娘のことを考えて暮らしている方が楽しい」
なるほどな、と思う。
心の中で生きていくのは利恵さんだけでいい。
映画の中で、神田司の不遇な少年時代から、持病のせいで定職に就けなかった境遇が描かれる。
被害者・加害者と一応フェアな感覚で語ったのかも知れぬが、なぜダークサイドに振りきったのかのポイントが抜けていれば意味はない。 堀や川岸の過去も語られない。
個々の事情は異なるが、いじめ、虐待、障害や持病、人間関係、生活苦など、しんどいモノを背負った人は世にゴマンといる。
多少性格はひねくれるかも知れないが、それでも人様の人生を狂わす罪科にまで手を染めないのは、残された人間の心、人を信じて愛せる心がそうさせるからだ。
誰からも愛されなかった、愛されることを知らずに生きてきた者は人間の心を失うのも容易いのだろうか。
「愛情がある人が周りにいれば・・・」と神田の少年時代を知る近所の人はこぼす。
母親につないでもらった手のぬくもりを覚えてるだろうか。
私たちはそのぬくもりに誓う。 自分の強さを持つことを。
その愛情の力を信じている。
「賢人のお言葉」
孟子