強かった母がこぼした「つらい」　震災後２カ月で転院３回、関連死に認定

　
　能登半島地震による災害関連死として、石川県が新たに氏名を公表した2人の死者。地震でつないだ命はその後の苦しみに耐えられなかった。輪島市河井町の浦寿美恵さん＝当時（88）＝は家屋の下敷きとなって骨折で入院し、2カ月で3回の転院を余儀なくされた末、持病の結核後遺症が悪化し亡くなった。息苦しさにもだえる姿を目の当たりにした遺族は涙ぐむ。「楽に死なせてあげたかった」　（高橋雪花）

　「助けてえ、動かれん、痛い」。地震直後、長女大家（おいえ）智子さん（63）が電話口で耳にしたのは、全壊した自宅の下敷きになった、1人暮らしの母の悲痛な声だった。腰と胸、背中の3カ所を骨折していた。智子さんの夫芳春さん（68）が市内の自宅から駆けつけ、ほこりが舞う中でがれきから救出。救急車を呼んだが来ず、隣家で夜を明かした。

　浦さんは若い頃に結核で肺の片方を失い、息苦しさを抱えていた。1月2日、息が荒くなる中で、智子さん夫妻は親戚と協力して手製の担架で運び出し、車で市立輪島病院へ急いだ。すぐに入院できたが、5日に内灘町の金沢医科大病院に転院。2月13日にはさらに加賀市の病院に転院した。

　普段は愚痴ひとつこぼさず、明るく前向きだった浦さん。「つらい」。面会できない中で、智子さんに通信アプリのLINEで何度も送り続けた。

　容体が悪化し、同市医療センターに搬送されたのが2月26日。人工呼吸器をつけた浦さんは、息苦しさで体をばたつかせていた。3月4日に呼吸不全で死亡。市は「骨折し寝たきり状態で喚気不全となった」として、災害関連死に認定した。浦さんを治療した医師は、救出時に粉じんを吸った可能性を指摘したという。
　
　芳春さんは「年寄りが苦しい中で遠い病院に転院するのは負担だったと思う」と話す。氏名の公表は「お母さんの生きた証しとして、本人に敬意を表すことになる」と思い決意した。

　浦さんは智子さんを妊娠したとき、医師に結核後遺症によるリスクがあると言われても「死んでも良いから産みたい」と曲げなかった。智子さんは強かった母が耐えられなかった苦しみを思う。「母は元々『苦しまずに死にたい』と言っていた。それだけが後悔、本当に」と涙をぬぐった。
　

　
　浦さんは亡くなる間際、息苦しい中で黒いペンを懸命に動かし「ケイタイで　ケイタイで　云（い）って　ありがとう云って　みんな」と記した。お世話になった人たちに携帯電話でお礼を言ってほしいとの思いを娘に託し、旅立った。
　
　

「地震がなければ元気だったはず」

　石川県能登町鵜川の綿清嗣（わたきよし）さん＝当時（75）＝は、自宅で被災した17日後の1月18日、家族が暮らす千葉県内で息を引き取った。2週間の避難所生活による心身のストレスから心筋梗塞を発症、心破裂で亡くなったとして、災害関連死に認定された。いとこの鶴谷啓子さん（70）は「大病も患ってこなかったのに、亡くなった。地震がなければ元気だったはずなのに」と悲しんだ。

　鶴谷さんによると、綿さんは1人暮らしの自宅で被災。2階建ての自宅に大きな被害はなかったが、隣接家屋が倒壊したため、最寄りの鵜川小学校の避難所で、鶴谷さんの家族らと発災から14日まで生活をともにした。

　避難所では食欲が旺盛で鶴谷さんは「私たちが残したご飯も食べてしまうほど。体調が悪いように感じなかった」。一方、食堂内の狭い場所で寝袋に入って寝ていたこともあり「かなりストレスだったのかもしれない」と振り返る。

　綿さんは、同15日に息子や孫が暮らす千葉県船橋市に避難した。その3日後に体調を崩し、搬送先の病院で亡くなったという。鶴谷さんは「家族から連絡を受けたときは本当に驚いた」と話した。

　妹の中谷光子さん（73）＝金沢市＝によると、綿さんは関西の大学を卒業後、関東の化粧品会社に定年まで勤めた。約10年前に、両親の介護のため能登町へ1人で戻った。両親が亡くなった後も町を拠点に、年に数回は家族が暮らす船橋市に帰る生活を続けていた。

　「もの静かだったけど、温厚で家族思い。家族のために『貯金使いすぎちゃったよ』と笑っていたのが印象的」と鶴谷さん。中谷さんは「地震は天災だから仕方のないこと。家族に囲まれてみとってもらえたのは、幸せだったと思う」と思いをはせた。
　
　（広田和也）