第7回都知事選2位の石丸氏、なぜ「受け皿」に? 選対事務局長が語る理由

「受け皿」になるために 問われる野党

聞き手・小林圭

 東京都知事選挙で、既存政党から支援を受けなかった広島県安芸高田市の前市長・石丸伸二氏が次点となり、注目を集めている。知名度の高い蓮舫氏を上回る約165万票を獲得。無党派層にただよう票の「受け皿」になった。石丸氏はどうやって支持を集めたのか。陣営で選対事務局長を務めた藤川晋之助氏(70)に聞いた。

 記事後半では、2009年の民主党の政権交代から自民党の安倍1強時代を振り返り、「一般大衆は選挙に何を求めているか」について解説する藤川氏のインタビュー動画を掲載しています。

街頭200回超実施も「細かい政策言わない」

 ――なぜ石丸氏は165万以上の票を獲得できたのでしょうか。

 街頭演説を200回超やったが、特徴的なのは、細かい政策を全く言わないことだった。自己紹介を言い続けた。「小さな問題はどうでもいいんだ」といって「政治を正すんだ」という話をずっとやり続けた。それでも来る人の8、9割は「すごい」と言って帰っていく。たいして演説はうまくないし、政治の現場を知る人たちからは「中身がない」と批判ばっかりだった。だが、彼はそれを含めてわかってやっている。

 彼は「長い時間演説し、政策を主張したって、今までの政治家は政策や公約を守ったことあるのか」と言う。有権者が本気になって政策を見て、「この政策こそ必要だ」として投票するような選挙に、今は全くなっていない。

 ――政策競争ではなく、人気投票になったということですか。

 (民主党に政権交代した)2009年の衆院選では、マニフェスト(政権公約)のパンフレットを置いておくだけで100万枚があっという間になくなった。それくらい有権者が政策に関心を持っていた。しかし、民主党はマニフェストを実行せずに終わってしまった。さらに「できなくてすみません」という姿勢も取らなかった。これが今の政治不信の大きな原因だ。

 一方、その後の安倍政権は金融政策と財政政策はそれなりにやったが、成長戦略では何もできなかった。規制緩和も手をつけられなかった。その結果、自民党にも立憲民主党も投票したくないという層が確実に存在するようになった。

 ――政策を訴えても信頼されないということでしょうか。

 本来なら政策で勝負するけれど、政策で勝負しても全然意味がない。今までの有識者、政界の人たち、マスコミも含めてそういう政治のムードを作ってきてしまった。そこを直感的に理解した石丸氏だからこそ、ユーチューバーとして無党派層にアプローチするという本領を発揮できた選挙だった。

舌鋒鋭い批判も長い演説も「若い世代はへきえきしている」

 ――演説を聞きに来た人に動画を撮影、投稿してもらうという戦略が当初からあったのですか。

 自分のところだけで発信してもせいぜい10万回視聴くらいにしかならない。でも、訪れた人たちみんなが投稿するから1回の演説で100万、200万回視聴になる。石丸氏の演説は15~20分間。普通、演説を炎天下で30~40分聞いたら嫌になる。団塊の世代の人たちは蓮舫さんの舌鋒(ぜっぽう)鋭い批判を聞いて、スカッとするかもしれないが、若い世代はへきえきしている。長く演説していると「何をやっているんだろう」と疑問に思う時代だ。

 石丸氏はあまり政策を語っていなかったので、物足りないと思う人がどんどん増えて失速するのではないかと不安があったが杞憂(きゆう)だった。ネット選挙が解禁されて10年以上。ずっと「SNSで票が取れると思うな」と言い続けてきたが、ようやくネットでの発信が人を動かせる時代になった。

【動画】選挙での無党派層へのアプローチについて語る藤川晋之助氏=上田幸一撮影

今後の壁は「コントローラーの存在、いるか」

 ――投開票日の夜、テレビ出演した際に、質問に正面から答えない姿勢が目立ちました。

 今まであの手法でずっとやってきた。ヒヤヒヤしてみていますが、一部の人は「よく言ってくれた」みたいな評価をする人もいる。ハラハラさせるのがうまい。「悪名も無名に勝る」みたいなものだ。そこが尋常な人間ではない。日本維新の会も橋下徹氏(元大阪府知事)という個性の強い人がいたから伸びた。そこに松井一郎氏(前大阪府知事)というコントローラーがいたから組織として機能していた。石丸氏にはそういう人物がいない。今後はそれが大きな壁になっていくだろう。

 ――今後、石丸氏はどう活動していきますか。

 来年の都議選で石丸氏の得票が多かった地域に「石丸新党」と言って候補者を出せば結構風が吹く。次期衆院選で都内に出すと比例区を含めて数議席取れる。台風の目になる可能性がある。一時的にはムードをつくって維新並みの政党なんてすぐできる。だが、集まった人たちが石丸氏に失望して崩れていく可能性もある。

 ――政策を街頭で訴えない手法は今後も通用しますか。

 この手法は1回限りだ。熱はやがて冷める。冷めた目で演説を聴いても「また同じことを」と思うだけ。石丸氏にはブレーンがいない。相談する人もいない。ブレーンを使って政策を組み立てていかないと続かない。やはり幅広い人たちに信頼される政策が必要だ。(聞き手・小林圭)

     ◇

 ふじかわ・しんのすけ 1953年生まれ。自民党議員秘書を経て大阪市議に。その後は選挙プランナー、政党事務局長などを務める。2022年に「藤川選挙戦略研究所」を設立した。かつては自民党田中派や民主党の小沢グループ、最近は東京を中心に日本維新の会の選挙サポートも担っていた。

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    藤田結子
    (社会学者)
    2024年7月13日11時58分 投稿
    【視点】

    石丸氏の陣営で選対事務局長を努めた藤川晋之助氏に話を聞いた記事です。実際に、現場の人物に取材をしたという点で価値があると思います。学術的なフィールドリサーチでも明らかにしたい現象について現場の人々に話を聞くのは鉄則です。 今回の選挙結果に関する報道をみていると、新聞を含むマスメディアは、様々な人が根拠のない推測で結果について意見を述べるふわっとした記事や議論を多く伝えているような印象を受けます。 例えば、女性たちがなぜ蓮舫氏に投票しなかったのか、20代の3~4割が石丸氏に投票したのか、その理由を知るには、ある程度の人数にインデプス・インタビューをするか、ランダムサンプリングをしてアンケートをするかしなければ、その本当の理由はわかりません。学術論文であれば、調査を用いて検証しなければ、根拠のない推論としてリジェクトされ公表されることはありません。 それなのに、どうして新聞やテレビはただの推測を次から次へと伝えてしまうのでしょうか?そのような根拠のない説を多数の人々に伝えた結果、どのような影響があるか考えての報道なのか気になります。 もちろん多様な立場の意見を伝えるのは重要ですし、論評やエッセイの役割もあります。けれども、マスメディアや社会にただよう、科学的な思考や長年積み重ねられてきた学術的な知見の軽視を危惧しています。

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    星野典久
    (朝日新聞政治部次長)
    2024年7月12日18時11分 投稿
    【解説】

    そもそも藤川氏とはどのような人物なのか。 国会議員秘書としてスタートし、大阪府内の市会議員に。国政にも挑戦しましたが果たせず、その後は政治家の秘書や政党の事務局を務めるなど、長きにわたって永田町をサバイバルしてきた人です。自民党田中派の流れを汲み、小沢一郎氏にも近く、ともに民主党で活動するなどしていました。  民主党の三宅雪子氏、日本維新の会の石井苗子氏などの議員秘書のほか、河村たかし名古屋市長率いる地方政党「減税日本」や、タリーズ・ジャパン創業者の松田公太氏やアントニオ猪木氏が参加した「日本を元気にする会」の事務局長も務めています。最近は石井氏のほかに、維新の音喜多駿政調会長や柳ケ瀬裕文総務会長、小野泰輔氏の選挙戦を仕切り、いずれも当選に導いています。選挙プランナーの草分け的存在でもあり、今活躍している三浦博史氏や松田馨氏も藤川氏の薫陶を受けています。  石丸氏の都知事選での健闘はいろいろな要因が語られていますが、このような歴戦の「参謀」が石丸氏についたことも、大きな要因の一つです。「街頭240回」のような「昭和スタイル」の選挙戦術と、ユーチューブを使った石丸氏の「令和スタイル」の選挙戦術がうまくコラボした結果でしょう。

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東京都知事選挙2024

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