128話
洞窟を出てから3日。
崖を右手に見つつ東へと走り続けると、大平原の先になだらかな山が見えた。
平原の東の端に到達したようだ。
隆起した丘や、窪んで沼になっている場所。突如現れる林。何者かが生活していた洞窟。巨大な魔物の骨。その骨を拠り所にした小鳥の魔物たち。廃村。
3日間で見た景色は多く。出会った人はいない。
成果としては、メルモの速さに合わせたとはいえ、かなり広範囲にわたってマッピングができた。
ベルサに連絡を取り、平原の東の端に到達したことを報告。
行きと同じく3日かけて、帰る。
帰りは、カエルの魔物を狩ったり、夜に影の魔物を駆除したりしつつ、気がついたことを地図に描き込んでいく。
大平原の草の背丈の差や、林の中の魔物など余白に書いておく。何の役に立つのかはわからないが、書いておいて損はないだろう。
モラレスに着いたのは平原の東の端から3日目の早朝のことだった。
宿に行くと、未だベルサは眠っていた。起きる気配はない。
メルモが、カエルの魔物のサッパリとした肉を使って、朝食を作っていると、日に焼けたアイルとセスも宿に帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま、ナオキたちはいつ帰ってきたんだ?」
アイルが朝食の匂いを嗅ぎながら聞いた。アイルは相変わらずビキニアーマーで過ごしていたらしく、かなり日に焼けている。
「ちょっと前だよ。それにしても日に焼けてるなぁ」
「ナオキたちもだぞ」
確かに、ほとんど外にいて、半袖で過ごしていたので腕は真っ黒だ。
マッピングしている時は、ツナギの上を腰で縛っていたのだ。
「手伝う?」
セスが朝食を作っているメルモに話しかけた。
「もう出来るからいいよ。セス、随分、けがしてるね。回復薬塗らなかったの?」
メルモが言うとおりセスの腕や首などに刃物で斬りつけたような傷があった。
「ああ、社長の作ったうちの回復薬はすぐ売れるから在庫なくなっちゃったんだ」
俺はアイテム袋から、塗るタイプの回復薬を取り出して、「ほら」とセスに投げた。
セスは回復薬を空中で受け取った。
「ありがとうございます」
「アイルが無茶させなかったか?」
「アイルさんは無茶なこと以外言わないですよ」
セスが愚痴る。
「何させたんだよ」
俺がアイルに聞いた。
「ん? コロシアムで戦わせただけだ」
「コロシアムを4箇所も回ったんですよ」
アイルが答えて、セスが文句を言う。
「セスは人相手に時間かけ過ぎだ。ま、良い訓練になったろう? 賞金も手に入ったし、一石二鳥だ」
「アイルさんが各コロシアムで大人気になっちゃって大変だったんですよ。一番強い魔物を倒しちゃうもんだから、どこも出入り禁止になっちゃうし」
「コロシアムの運営の連中が『もう来ないでください』って大金くれたんだから、結果的に良かっただろ?」
セスが大変だったことはわかった。
「さ、出来ましたよ」
メルモが朝食の骨付き肉とサラダを持ってきた。さらに、食卓にはアイルが奮発して買ってきたという白いパンが乗った。
「ふぁ~あ! あ、皆帰ってたのか?」
ベルサが良いタイミングで起きた。
「おはよう」
「おはよう」
ベルサも朝食の席につき、全員で食べ始める。
サッパリとした肉に甘辛い味付けが食欲を増進させ、一気に平らげてしまった。
「やっぱり、美味しいな!」
ベルサは嬉しそうに言った。ベルサは一人で何を食べていたのか聞いたら、ほとんど、パンと屋台の串焼きで過ごしていたらしい。
「さて、それじゃ、7日間の成果を報告していこうか。正直、グレートプレーンズの南側はあまり人はいなかった。洞窟に住んでいる人たちがいるくらいで、あとはずっと平原が広がっていた」
食後に俺が報告し始める。
「東端まで行ったんだろ?」
ベルサが聞いた。
「ああ、廃村や人が生活していたような跡はあったけど、ほとんど人には会わなかったよな?」
「ええ。人がいなくて、帰りは魔物を狩ったり、植物の採取とかしてました」
メルモが答えた。
「北側は町が多かった。作っている最中の町もあったよ」
「やはり、コロシアムがある町は人が多かったです」
アイルとセスが答えた。
「王都も行ったんだろ?」
ベルサが2人に聞いた。
「ああ、大きなコロシアムがあったな。それからこの国の王は隻眼の女性だよ。コロシアムに客としてきていた」
「女王かぁ」
「マーガレットさんに雰囲気が似ていたな」
隙がない女性ということだろうか。
「あと、軍人と吟遊詩人のギルドに絡まれましたよね?」
セスがアイルに言う。
「ああ、軍人たちに取り囲まれて私を軍に引き入れようとしてきてた。セスは……」
「僕は、吟遊詩人のギルド職員だという人に、路地裏で、水の勇者か、と聞かれました」
「そうか、なるほどな」
アイルとセスの説明にベルサが顎に手を当てて言った。
「何が、なるほどなんだ?」
アイルがベルサに聞く。
「この国の人間も、誰が本物の水の勇者かわかっていないんだ。吟遊詩人にとっては勇者がいなくちゃ次の歌が作れないから探しているんだろう。軍がアイルを引き入れようとしたのは、本物の水の勇者が不在で、単純に戦力が欲しいんだと思う」
「本物の水の勇者は、どうして姿を現さない?」
アイルが聞いた。
「次はそれを探らないとな」
ベルサが言った。
「社長? どうかしました?」
メルモが黙って聞いている俺に聞いてきた。
「いや、何か引っかかって」
「何に?」
ベルサが俺に聞いた。
「吟遊詩人たちかな? 今は国の男たちは皆、水の勇者と言われているわけだろ? だったら、その市井の人たちの恋愛を歌にすればいい。吟遊詩人たちが本物の水の勇者を探す理由は次の歌が作れないからってだけか?」
「確かに、怪しいな……」
ベルサが考え込んでしまった。
俺たち4人がマッピングをしながらわかったのは、本物の水の勇者について、この国の人たちも知らないってことと、吟遊詩人のギルドが怪しいってことか。
「ベルサは? リタの母親に会ったんだろ?」
「ああ、レミさんって明るい考古学者だよ。あとで紹介する。そうだナオキ、いくらでも水が入る水袋って作れる?」
いくらでも水が入る水袋、アイテム袋みたいなものか。
「うん作れるよ。何に使うんだ?」
「ちょっと工事で。詳しくは東の避難所で説明するよ。そろそろレミさんも行っている頃だと思うから、皆で行こう」
「うん」
そういうことになった。
食器を片付け、クリーナップをかけて洗い、アイテム袋に仕舞う。
水袋のための革はアイルが持っているらしい。魔糸のストックも十分にある。
水袋は何に使うのかわからないので、現場に行ってから作ることに。
俺たちは宿を出た。
モラレスを出て、川を渡り、ボウの小屋を通りすぎる。ボウにはあとで会えばいいだろう。
東の避難所まで着くのに、そんなに時間はかからなかった。
俺たちが避難所の丘を上ると、明るい声が聞こえてきた。
「お母さん!そんな格好で水の中に入らないで、ハハハ、冷たい!やめてよ~!」
リタだ。窪みにある池に母親であるレミさんが入っているらしい。
「きゃー!大変、大変!リタ、助けて!冷たい~!」
「おはようございまーす!」
ベルサが窪みに下りて行きながら、親子に挨拶をした。俺たちはその後を追った。
リタとレミさん親子がいる窪みには木々が生い茂っていて、木々をかき分けながら池に向かう。
池に近づくと、裸に近い恰好のおばさんが見えた。
「きゃー!どうしてどうしてどうして!今日はベルサちゃんだけじゃないの!?」
俺とセスは後ろを向いて、待つことに。
「まぁ、減るもんじゃないし、いいんだけどね!」
待っている間にもレミさんの声が聞こえる。
「改めまして、考古学者のレミです!」
少し斜めに傾いたレミさんが自己紹介をした。顔立ちはリタによく似ていて、体型はどちらかと言えば痩せている。クリーム色のシャツに、深緑色のズボン。靴は片足だけ履いているものの、もう片方は……ズボンの下に足がない?
「お母さん!足、足!」
リタが言う。
「ああ、右足つけるの忘れてた!池に入ってたから外してたのよ!」
レミさんはそう言いながら、義足を足首にはめた。
「右足のくるぶしから先がないのよ、私。でも、くるぶしから上はセクシーなの、ちょっと見る?」
レミさんがズボンをまくって、ふくらはぎを見せようとしたところを、リタが止めた。
「おはようございます、ナオキです」
「アイルです」
「セスです」
「メルモです」
全員、自己紹介した。
「これが噂の清掃駆除会社の人たちね。よろしくお願いしまーす!」
「「「「よろしくお願いしまーす!」」」」
レミさんとの初対面は、こんな感じで割りと強烈だった。