親子の絆
とある公園の茂みの奥で、実装石の親仔がひなたぼっこをしていた。
母実装はどうやら妊娠しているらしく、お腹を愛おしそうに撫でている。
「デェ…ワタシはとっても幸せ実装デスゥ……」
彼女ら野良実装にとって“仔を産むこと”はさほど苦ではない。
しかるべき栄養と妊娠のタイミング、そして出産場所があればよいのだ。
難しいのは“育てること”ただ一つ。
非常食、捕食、糞蟲化……仔が生を全うできない要因は山ほど存在する。
群雄割拠の野良実装の中で、良い仔を持つというのは一つのステータスなのだ。
「ママ、オハナあげるテチ♪」
「……良い仔に恵まれ、そしてまた新しい仔を授かったデス。
ワタシは本当に幸せデスゥ…このお腹の仔もきっと良い仔に育つデスゥ♪」
穏やかな日々は、確かな胎教の成功を母実装に予感させていた。
『何……母親満喫してんだこのクソボケがぁ!!』
幸せに浸っていた母実装に、突如として人間の足が襲いかかった。
「デェェ!? 何するデスゥ!」
『糞蟲風情が分不相応に仔育てに妊娠だぁ? なめんじゃねーぞ……』
母実装を足蹴にしつつ、男は口汚く罵る。
その表情には静かな怒りが滲んでいた。
「ママー!」
「ママになにするテチィ!」
たまらず仔らが母を庇う。だがその圧倒的な体格の差はどうにもならない。
「やめっ……やめてほしいデスゥ! この中にはワタシの大切な仔が……!」
抵抗もむなしく、男の足はグリグリと執拗に母の腹を踏みにじっていく。
『さっき、うちの飼い実装がボロボロになって帰ってきてなぁ……。
わかるか? あぁ!? アイツの散歩コースはこの公園だ!
どーせテメェらが群れて襲ったんだろうが! 糞蟲どもが!!
大事に育ててた仔を2人も殺されてなぁ……、かわいそうに。
ショックでもう仔が産めない体になったんだとよ! 医者が言ってたよ!』
「デギッ…デ……デェェ!?」
その話を母実装が理解しているとは思えない。男自身もそう思っているだろう。
だが言わずには、ぶつけずにはいられなかったのだ。
愛する実装石を心身ともに傷つけられた悲しみ、憎しみを……。
『アイツは今後一生仔を育てる楽しみを奪われて……、
テメェらは糞みてぇな仔蟲をワラワラと産みやがる。
なんだこれは、なんだよこの理不尽は! 不条理は!!
納得できるか? できるわけがない! ああ、する気もない!』
『ならどうすればいい? 俺はどうすればいい?
…するしかねぇだろ……テメェらに復讐するしかねぇだろ!』
男は恨みがましく呟くと、仔実装二匹を捕まえ瓶の中へと突っ込んだ。
「テェーン! だしてテチー!」
「ママー! ママァー! とうめいなかべがじゃまテチィー!」
「デデェェ! ワタシの仔に何するデスゥ! 出してほしいデスゥ!」
もちろん実装石程度の力でガラス瓶が割れるはずがない。
母実装は泣き叫ぶ仔の前で、ただうろたえるばかりであった。
男はその横で淡々と穴を掘り続けていた。
「な、何をする気デスゥ……?」
『テメェにも堪能させてやるよ……仔を奪われる絶望ってやつをな!』
男はすがりつく母実装を尻目に、その瓶を地面へと埋めてしまった。
(ママァァァァッ! ママァァァ!!)
(くらいテチこわいテチィ! ママはどこテチィ!!)
反響する音と共に、瓶の飲み口からはか細い悲鳴が漏れ聞こえた。
「デェェェァァ!! ワタシの仔が死んじゃうデスゥゥ!!」
『空気孔は確保されてるから死にはしねぇよ……ただ瓶の中は真っ暗だ。
せいぜい飢えと暗闇におびえるガキに向かって叫び続けるんだな。
テメェにできるのはそれだけだ、自分の無力さでも永遠に嘆いてろ……!』
「出すデス! すぐに出すデスゥ! ワタシの仔なんデスゥ!!
とっても良い仔達なんデスゥ! この仔達が……ワタシが何をしたデスゥゥ!」
母実装の絶叫を気に留めることもなく、男はその場を後にした……。
それ以来、母実装は地面に向かって叫び続けた。
「ママデスゥ! ママはここにいるデスゥ!!」
(テェェ~ン…テェェェェ~ン…おなかすいたテチィィ……)
仲間の視線も気にせずに、生活の全てを暗闇に閉じ込められた我が仔へと向けた。
「ささ……寒いデスゥ……でも、この仔達が溺れちゃうデスゥ…!」
身重の体を引きずり、時には雨風から身を呈して瓶口を守る母実装。
日に日に小さくなる仔実装の声にすすり泣きながら、何度も何度も叫んだ。
「頑張るデス、きっと助かるデス! ママはずっとここにいるデスゥ!!」
(…………テェ…)
そこには確かな“母の愛”の姿があった……。
仔実装の声が聞こえなくなった頃に、男は瓶の中身を取り出した。
『うわっ、くせぇ……』
割れた瓶底からは凄まじい悪臭と、尋常じゃない量の糞が溢れ出た。
それに包まれるようにして、無残に痩せこけた仔実装の死体が一匹。
そして…か細い威嚇を繰り返す小汚い仔実装が一匹、姿を見せた。
中で何があったかを知る術はない。が、推し量れば一目瞭然ではある。
「ヂシィィィッ! ヂィッ!? ヂャァァァァ!!」
暗闇、そして飢餓。その恐怖から来る膨大なストレスは想像に難くない。
その仔実装はすっかり精神を病み、目に映る全てに奇声を浴びせかけていた。
「ワタシ…ワタシの、大切な、かわいい仔達が……デェェ……」
変わり果てた我が仔を目にした親実装は、ただただ嘆くばかりであった。
「ヂャァァァァァッッ!!」
親実装が怯える仔に手をさしのべた瞬間だった。
これでもかとばかりに牙をむいた仔実装が、母の手に噛みついたのだ。
「デギャァァァァ!! いだいデスゥ! ママに何するデスゥ!!」
「ヂィィッ! ギッ!! ヂャァァァァァッ!!」
恐怖から来る反射行動ではない。コイツは“明確に”母を敵視しているのだ。
「ママデスゥ!! ワタシはママデスゥ!! 正気に戻るデスゥ!!」
「マヂャァァァ!! ギャァァァァッ!!」
『狙い通りの結果だな……くくく』
争う親仔を見下ろしながら、男は満足げにほほ笑んだ。
混乱状態における一定の刺激は、次第にその意味を失わせ、
“状況”そのものの象徴へと意識的に刷り込まれる。
これは心理学にある「条件付け」の応用である。
(ママデスゥ~…ママはここデスゥ~)
「ママァ! 助けてテチィ!!」
(頑張るデスゥ~……きっと助かるデスゥ~……)
「ママァ! ママァッ!! ママァァァァ!!」
何時間も何時間も暗闇で聞き続けた母の声。
それは次第に希望の象徴から苦痛そのものへと変質していったことだろう。
この仔実装にとって、既に母の声は安らぎを与えるものではなく
飢えと暗闇をもたらす恐怖の象徴と化していたのである。
男は取引をもちかける悪魔のように、うすら笑いを浮かべて語りかけた。
『さぁどうする、その糞蟲を傷だらけになって育てるか?』
「デェ……」
『それとも、腹の中にいる“良い仔”の栄養にするか?』
「デ……デェェ……!!」
その刹那…母の叫びと共に、仔実装の腹に歯が突き立てられた。
「ヂギャァァァァァァ!! ギャァァァァッッ!!」
「こうしなきゃダメなんデス! ママを……許してほしいデス!!」
母の決断は、早かった。
「マ、マ……?」
その時、腹を食いやぶられた仔実装が震える手で母の顔を撫でた。
死という極限状態が一時的に理性を取り戻させたのだろうか。
その眼はもう恐怖と敵意に彩られてはおらず、母を慕うそれになっていた。
「ママ…おなかいたいテチュ……なんでテチュ…?」
「デェ!? ち、違うデス! ワタシはオマ、オマエに……酷いことを…」
「ママァ…さみしかったテチュ…こわかったテチュゥ……」
「ゆ、許して欲しいデスゥ! ワタシを、許して……」
「でも、もうあんしんテチュ。ママに、だっこされてるテチュ……」
「そうデス! ママのだっこは安心なんデス! だから……!」
「マ、マ……だいすき…テチュ……」
その言葉を最後に、仔実装が動くことは二度となかった……。
「なんでこんな…う……? 産ま……デ…………ェ!」
ブリュゥゥゥッ!! もりもりもりっ!
母実装の秘部で軽快な音が鳴り響いた。
今わの際に正気を取り戻した仔実装は母の心に深刻な傷を刻みつけていた。
仔喰いのストレスはピークに達し、彼女の出産を過度に早めてしまったのだ。
「ワタ……仔? 産ま、れ……デェ?」
だが母実装の足元に産まれ出たものは、愛を注いだ我が仔ではなく…。
「デ……?」
不快な臭気をまき散らす、一本糞であった。
『アッハハハハ! 慣れてもないのに妊娠期に仔喰いするバカがいるかよ!』
大笑いする男を意にも介さず、母は我が仔となるはずだった“モノ”を抱きしめた。
だがそれは紛れもない“糞”であり、笑いもしなければ鳴きもしない。
母に抱かれた“糞”は、その手から空しくボトリ…とこぼれ落ちた。
「ワ……ワタシの仔が……ウンチに……」
『その通り! 瓶の守り番で相当腹を減らしてたみたいだな!
仔喰いのせいでテメェの腹ん中の糞蟲まで「エサ」と認識しちまったわけだ!
テメェが愛情注いで育てた腹の仔は、めでたくウ・ン・コとなりましたとさ!
まさに糞蟲そのものの誕生ってわけだ、ギャ~ッハハハハハァ!!』
男はひとしきり笑うと、満足そうに帰って行った。
彼はもうここには来ないだろうか、それとも虐待派として目覚めてしまうだろうか。
それは、糞を抱きしめ嘆く母には……知る由もないことであった。
母の脳裏に、走馬灯のように胎教に勤しむ日々が浮かんでは消えた。
何よりも大切な新しい家族、妹の誕生を心待ちにしていた優しい仔達。
それらは全て無慈悲に消えうせたのだ。
「もう、何もかも終わりデ……デェ?」
その時、奇跡が起こった。
「ママ…? ママテチ…?」
零れ落ちた糞の中から、かろうじて生き残った仔実装が顔を出したのだ。
「デェェ…これを……奇跡と言わずして何と言うデス……!
帰ってきたデス! 全て奪われた、ワタシの仔が返ってきたデス!!」
母はか弱く鳴く仔の前で延々と泣き続けた。それはいつか流すはずだった嬉し涙。
我が仔の幸せな未来を願う、最も純粋な親仔愛の表れであった。
「さっきからうるさい糞蟲デスゥ! なんデス、その美味そうなのは。
高貴なるワタシにふさわしいおやつデッスゥ♪ 食べさせるデス!」
「デギャァァァァ!! ワダジの仔に何ずるデジャァァ!!」
「ウンチに何言ってるデスお前は……デェ? 仔蟲入りウンチデス?
コリコリとした感触が素晴らしいハーモニーを奏でているデスゥ♪」
「ヂッ…!」
「デァァァァァン!! ワダジが何をしたデッズァァァァッ!!!!」
「ママー! ワタチたちもおいしいウンチほしいテッチィ!」
「ダメデス、せっかく奪った綺麗なお洋服が汚れちゃうデス。
ここはママに譲るデス。それが親仔愛というやつデスゥ…♪」
「テェェ…オヤコアイってむずかしいテチィ……」
【完】
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