第7話 夢を託され、少年は前に進む
「浮奈君と私は先輩後輩という関係になる。浮奈君は確か、二十五で君を産んだんだったかな?」
「ええ。母さんが二十五で、父は二十六でした。その二年前に結婚しています」
「そうだったね。
退魔局の局内にいくつかある休憩スペースに腰掛け、燈真たちと支局長・久留米、その秘書官である美原は燈真をここに——村に呼びつけた理由について話していた。
フリードリンクコーナーのグラスにはアイスコーヒーが満たされ、燈真はストローでそれを啜る。くつろいだムードなのは、久留米が「肩肘張られながら昔話をする趣味はないよ」と言ったからだ。
あとは椿姫や光希はすっかりくつろいで、先ほど売店で買ってきたサンドイッチを頬張っているからというのもある。ちなみに燈真は久留米が来る前に、出来合いの海苔弁当を食べていた。
【挿絵】https://kakuyomu.jp/users/ineine726454/news/16818093080720471659
「あれは浮奈君が二十歳だから二十一年前か。私が三十六のときだね。当時この村の支局は建設の構想段階で、支局ではなく出張所があった。私の方が先輩だが、当時二等級の私に対して浮奈君は一等級。高校在学中から退魔師と兼業だったとはいえ、彼女の才覚は確かなものだった」
「椿姫もその話を知ってるんだよ……な?」
「うん。当時の私は人間で言えば十二かそこらのガキんちょだったけど、浮奈とは親友だった。浮奈は稲尾の家で修行してて、住み込みだった。当時から私は剣術命で、浮奈はそんな私に勉強を教えてくれてたっけ。教え方は上手だったわよ」
「椿姫、こう見えても学年主席だぜ。中間と期末はな」
光希がそういうと、椿姫は「こう見えてって、どう見えてんのよ」と唇を尖らせる。
「ふふ……村を背負って立つ子孫が優秀で、柊様もさぞ鼻が高いだろう。伊予殿も、そうでしょうな」
「そうですね。ちょっとお転婆ですけど、可愛いものです」
久留米が茶請けにと売店で買ってきた退魔師饅頭を頬張る。
小正月には昔から「生命や炎を象徴する色であると同時に悪霊や魑魅魍魎、不浄を祓う霊力を持つ色」といわれている「赤色」をした小豆を用いた小豆粥を食べる習わしがある。退魔師饅頭とはそれにちなんでたっぷりの小豆を用いた饅頭であり、全国の退魔局で売られている定番の土産だ。饅頭には退魔局のシンボルである五芒星と稲の模様が刻まれている。
饅頭に関しては、単に久留米が甘党なだけだから食べているというのが主だが、椿姫と光希も一つもらって、包装を破いて齧っている。
「燈真君は食べないの?」伊予が聞いてきた。
「俺甘い系のお菓子、ダメなんだよ」
燈真は断った。
甘いものは子供っぽいとか、変にカッコつけてるとかそういうのじゃなくて、本当にダメなのだ。父の再婚相手である、若さだけが取り柄の義母が味見しろと言って食わせてきた数々のゲロ甘菓子の悪夢のせいで、甘いお菓子に拒否反応が出るようになってしまった。
「……浮奈君は退魔局が年々権力者の巣窟になることを危惧する聡明な女性でね。このままいけばセクショナリズムやくだらない世襲、馬鹿げた保身で人助けが立ち行かなくなると考えていた。
当初は彼女自身が他の追随を許さぬ『最強』として君臨することを考えていたが、「私ではダメなんだ」と言っていたよ」
「どうして母さんじゃダメだったんですか? 聡明だったんですよね」
「わからない。……やがて浮奈君は孝之君と出会った。妖怪医学の研修医として来ていた彼と恋に落ち、引退を決意した。惜しむ声も多かったが、結局みんなで祝った。私も浮奈君がいなければ、今の生活はなかった」
久留米はそう言って、胸元のロケットを取り出し、その中を見せた。
写っているのは久留米と、隣に立って微笑む犬妖怪の女性。それから、恐らくは半妖だが犬妖怪の血が強く出た少女たち。成長は人間に準拠しているのか、あるいは少年期の成長の速さに人間の血でブーストがかけられているのか、女子高生に中学生、小学生の外見年齢だ。
「妻と三人の娘だ。浮奈君が妻を、魍魎から守ってくれた。その時私は、礼にと願いを聞き入れようと言った」
「それが、俺を最強に育てるため退魔局に引き入れる籍を作るってことなんですか?」
「そうだ。浮奈君は誰でもない、他ならない君に夢を託した。……重たい責任だということはわかる。私とて強制する気はない。無論浮奈君も、無理強いはしないでくれと生前言っていた」
燈真はコーヒーを啜った。氷が溶け、味が薄くなっている。汗をかいたグラスを触れた手を、紙ナプキンで拭ってから足の上に置く。
母が生前何を思って、己の夢を燈真に託したのかはもう確認することができない。
母は燈真が七歳の頃、交通事故で死んだ。飲酒運転のクソ野郎が、母を轢殺し、ひき肉に変えた。
今でも覚えている。飛び散った肉片、ぶちまけられた腸、破裂した胴体と、転がってきた目玉。燈真と同じ藍色をした、美しい澄んだ目が、一瞬で光を失ったあの瞬間。
「俺の母さんを轢いた男は、裁判で勝ちやがったんだ。今頃平気な顔して暮らしてる。俺が最強になれば、そういう理不尽を減らせるのか?」
「退魔局は政財界にも大きなパイプを持つ。良くも悪くもね。是正するよう強く働き掛ければ、あるいは」
「俺をハメやがったクソ野郎もだ。高校で、女子を集団でレイプしてた野郎。……
「発言力を得て、然るべき方法で弾劾すればね。言っておくが、不当な復讐をする気なら私が許さないぞ」
「そんなことしない。クソ野郎どもと同じ土俵に落っこちるつもりなんてないです」
久留米は淡々と事実を述べた。それに対し、燈真は己の考えを口にする。
「
「……なぜ浮奈君が君に夢を託したのか、……私にはわかってしまったよ」
久留米はしみじみそう言った。聞いていた椿姫たちも、真剣な顔で聞いていた。
燈真はグラスを掴み、ストローを使わずに中身を飲み干した。
「やる。俺の個人的な動機だけど、やる。俺は最強になって、間違いを正す」
椿姫がフッと微笑んだ。
「嘆くより、怒りで鼓動した方がいいわ。その途中で、他の動機を見つければいいんだから」
「ははっ、俺なんて芸術家になるために退魔師やってるしな!」
光希がそう言って、燈真の肩に腕を回した。こいつは少女のような外見なので、下手したら妙な勘違いをされるんじゃないかと心配になる。
無論、燈真にはそこまで屈折した性的趣向はない。純粋に健康的な体つきの、美味しそうにご飯を食べる女の子が好きだ。昔からそういう性癖である。
久留米は通算三つ目の饅頭に手を伸ばしかけたが、美原が「食べ過ぎです。血糖値上がると、奥様に叱られますよ」と低く忠告を投げかけ、その恐ろしく太い腕を下ろした。
代わりに、椿姫がそれをもらう。支局長相手にも遠慮がない少女である。
「漆宮君の意志は確かに確認した。では合否の正式な通達をする際に、もう一度呼び出すよ。といっても、すぐだけどね。その時は私ではなく別の職員からいろいろ説明を受けるだろうから、しっかり聞くように。必要ならボイスレコーダーやメモ帳なんかも用意するように」
「はい。伊予さん、あとでちょっと電気屋寄れるかな」
「ボイスレコーダーなら家にあるやつあげるわよ。むしろ、文房具屋さんで筆記用具買った方がいいんじゃない? メモ帳とかペンとかの方が、若い子ってこだわりありそうだし」
確かに、勉強道具にもなるし、必須だ。実際燈真は文房具は黒で揃えるというこだわりがある。髪が母ゆずりで白いから、対比になる黒にこだわるのだ。
久留米がふっと微笑んで、コーヒーを飲み干した。美原が久留米のグラスを手に取り、使用済みグラスを食洗機械に突っ込む。
「今日は話ができてよかった。……私のお気に入り、なんていうふうにやっかむ声があるかもしれないが、気にしないでくれると嬉しい。少なくともこの魅雲支局の局員はみんな君の味方だ」
「はい。……本日はお忙しい中、ありがとうございました」
「期待している、漆宮君」
久留米と力強い握手を交わし、燈真は去っていく大きな背中を見送った。
「支局長、十四時から桜町の市長並びに警察署長とのオンライン会談があります。それから十五時半からは村長との座談会が——」
「わかった、確か退魔師の巡回人員と先日の魍魎事件に関する——」
早速電子バインダーを手に仕事の話をし始めた美原と、それに素早く応じていく久留米がエレベーターに消えるまで、燈真たちはその場を動かなかった。
「よかったの、燈真」
「ああ。……俺を、俺たち家族を襲った理不尽を正す。このまま死んだら、それこそ化けて出ちまいそうだ」
燈真は己の意志を、はっきりとそう言い表して、自分が使ったグラスを手に取った。
改めて退魔師となる道を選んだ燈真は、早速その訓練と座学による知識の詰め込みを開始することになるのだった——。
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