第6話 試験/二日目
退魔局十七階、特殊訓練室。
そこはVRシミュレーターを内包した空間だ。妖術によるVRである。
合金装甲の壁と床が敷き詰められたそこで、半袖にハーフパンツの燈真が鞘込めされた刀を手に立っている。
「武器はそれでいいかね」
観覧室にいる支局長・久留米宗一郎がそう聞いてきた。
燈真は「はい」と言って、手にした刀を抜く。
【挿絵】https://kakuyomu.jp/users/ineine726454/news/16818093080635469762
「これ、刃潰してますよね」
「もちろん。とはいえ鉄の塊だから誤って自分を打てば、痛いではすまないぞ。……あくまで
「大丈夫です」
死亡同意書、というものを今朝初めて見たが、そのサイン自体はあっさりしたものだった。己の手で生年月日と実名、それから血判を押すだけである。実印なんて持ち出していないので、仕方ない。
燈真は鞘を捨て、二尺五寸の刀を見よう見まねで正眼に構えた。
妖術式VRシミュレーター。
その仕組みは単純で、膨大な妖力による異空間の形成——結界術の究極系である〈庭場〉の生成を行うものだ。
本来は局内の別室にある妖力貯蔵庫から妖力をみたし、先導となる術師が〈庭場〉を作るのだが、今回は伊予がいるので彼女が単独で作る。
〈庭場〉は最低でも一等級からと言われる高等技能。膨大な妖力消費と引き換えに、己が有利な地形を得られるメリット、相手を閉じ込め惑わせる心理効果がある。
とはいえ、術式自体の性能を上げる効果はない。あくまで地の利を得る程度のものだが、戦闘ではそれは馬鹿にならないアドバンテージだ。
「じゃあ、〈庭場〉を形成するわ」
「!」
視認している箇所に穴が空いた。その穴には森林が広がっており、穴が広がっていくと同時に森林の面積が増えていく。
気づけば燈真が立っている場所も穴にのまれ、土になっていた。見回せば、あたりはもう全て森の中。観覧室も、合金装甲の壁も床も見当たらない。
丸切り異なる異空間が上書きされた。燈真は驚きつつ、刀に妖力を込めた。
感情の起こりは、理不尽に対する怒り。そればかりに頼るわけにもいかないが、とにかく今は妖力を練られればそれでいい。
刀に青い妖力がまとわりついた。
「ではこれより、実技試験を開始する」
久留米の低い声が響き、燈真は奥歯を噛んだ。
直後、目の前から大きなカラスが飛んできた。それが式神であることは明らかである。ワタリガラスを思わせる巨大さだ。
燈真は刀を振って、そのカラスを叩き切った。一撃で、式神が青い粒子になって霧散する。
次に、やや上方から急降下してくるカラス。燈真は右に飛んで、刀を横薙ぎに払った。妖力が残光を引き、式神の横面をぶっ叩いて霧散させる。
続いて左側面から、低空でカラスが突っ込んできた。燈真は刀の凌ぎで嘴を受け止め、弾くと、左足でカラスの小さな頭を蹴飛ばす。
無論、咄嗟に足を妖力で覆うことはしていない。だが、妖力を練っている彼の体自体が、妖力の奔流を宿していた。カラスは宙を舞い、姿勢を正すと旋回し、再び突っ込んできた。
燈真は咄嗟にそばの木陰に隠れる。カラスが木の幹に突っ込んだ——そしてあろうことか、ドリルのように回転掘削を開始し、幹を抉り始める。
「マジかよ!」
偵察、撹乱、攻撃を兼ね備えた高性能な式神だ。術師のレベルの高さが窺える。
渾式神と違い、浄式神は術師のポテンシャルに大きく左右される式神術だ。等級は一等級か、それ以上。
燈真は慌てて屈んだ。幹を貫通したカラスが頭上を飛び抜けていき、木が悲鳴を上げて倒れる。
すぐに対策を——喧嘩で培った状況把握能力と、場当たり的な発想力が頭をめぐって脳がフル回転する。
咄嗟に足元の砂利を、左手いっぱいに掴んだ。
カラスが三度突っ込んでくる——と同時に、燈真は砂利に妖力を込め、投げ飛ばした。
さながら散弾銃のように炸裂した礫が、カラスの機動力を奪う。燈真は刀を振り上げ、そしてカラスを叩き切った。
式神術が解け、霧散。燈真は思いつきの作戦がうまく行ったことに、「よし」と快哉を叫ぶ。
その様子を見ていた久留米は、「やるな」と呟いた。
浄式神のカラスは彼のものだ。永続的に呼び出せる渾式神であるカラスの羽を借り、妖力で顕現したものである。
「次は手強いぞ」
久留米はそう言って、仕込んでいた札を作動した。
風圧が頬を撫でた。燈真は刀を正眼に、風がした方を睨む。
鬱蒼とした木々と藪が邪魔で見えないが——なにか重たい気配がそこにあるのがわかる。
何かが来る、と思った次の瞬間、薮と木陰の向こうから小鬼が飛び出してきた。
上背は一六〇センチほどか。全体的に細身だが腹だけは不摂生が祟った中年のようにでっぷりと出ており、腕が地面につくほど長い。
短足に、醜悪な顔。そいつは魍魎——五等級、ガキだ。
「マジかよ……」
実戦形式のテストと聞いていたが、まさか実際の魍魎との戦闘を挟むなんて夢にも思っていなかった。
ガキは足を撓め、燈真に飛びかかった。
瞬時に左に飛んでタックルを回避し、起き上がる。ガキは地面に手をついて素早くターンを決め、その指と一体化した爪を振るう。
刀の刃と爪がかち合った。火花が散り、甲高い金属音が悲鳴のように響き渡る。
燈真は地面を思い切り蹴り上げ、砂と砂利を舞い上げてガキの視界を塞いだ。
にわかに緩んだ隙——燈真は大上段に刀を振り上げ、真一文字に振り下ろす。素人丸出しの斬撃——というより打撃だが、ガキの頭部に強くめり込んだ。
「ゲァッ」と悲鳴をあげたガキが、左手で頭を撫でさする。
燈真はすかさず連撃を叩き込んだ。
ガキが打ち据えられるたびに悲鳴を上げる。悲痛そうな、物悲しい悲鳴を。
——試されている。
いかに怪物とはいえ、苦しむ生物を殺せるか否か、というテストだ。
五等級という等級は、物理的に倒せると仮定した場合バットがあれば余裕というレベルである。そんなのが一体だけ——ならばまだ、式神を撃退していた方がテストになる。
今燈真に必要とされるのは、冷酷さを兼ね備えているか否かである。
燈真にだって人並みの良心くらいある。だがそれ以上に、彼は我が強い。
己の願望や目的のためならば、他人を押し除けて進んでいくだけの図太さと冷たさは、小さい頃からあった。
給食のおかわりだとか、早い者勝ちの道具選びとか。そういう些細なところから、彼は周りに比べ自分を押し通すことが多かった。
でなければ喧嘩とはいえ他人を傷つけられる神経など、持ち合わせるわけがない。
——それが、己の心をすり減らすものだと、自覚していないのだとしても。
燈真の刀が、ガキを吹き飛ばした。
明らかに抵抗力を失っている。燈真は祓葬札を持っていないのでどうにもならないが、次の瞬間どこからともなくやってきた職員が、魍魎に札を貼って祓った。
それが、試験の終わりを物語っているのは明らかである。
燈真は乱れた呼吸を整えるために深呼吸した。
職員が「お疲れ様。ナイス健闘だったね」と言って、スポーツドリンクを渡してくる。
と、〈庭場〉が解けた。森林風景が縮小していき、元の無味乾燥な訓練室に戻った。
燈真は刀に付着したガキの血液や肉片が、祓葬されると同時に消えていることに気づいた。どうやら本体から分断された部位なども、本体——おそらくは
それでも燈真は瘴気の残滓を払うように刀を血振りし、落ちていた鞘を拾って納めた。
「お疲れ様、漆宮君。一度休憩を入れよう。昨日の試験結果を含め、君の合否について話そう。……まあ、この戦闘結果と精神鑑定の結果を鑑みれば結論など出ているも同然だがね」
久留米はそう言って、マイクを切った。
燈真は職員に模造刀を返し、乱れた衣服を整えてからスポーツドリンクを飲む。緊張と疲れで相当喉が渇いていたのか、はちみつ風味のするそれを一息で五〇〇ミリ、飲み干してしまった。酸味としょっぱさの混じる、エナジードリンク的な味のそれが五臓六腑に染み渡る。
お菓子としての甘いものは好きになれないが、こういうスポーツドリンクや、食事として甘い味付けは平気だった。
燈真は職員の案内で訓練室を出る。
観覧室にから出てきた椿姫、伊予、それから他人の戦いを見たいというバディ候補の光希が外で待っていた。
「お疲れ、燈真」
光希がタオルを投げ渡してきた。ひんやりと冷えたそれで顔を拭い、「おう。なんとかしたぜ」と拳を差し出した。光希はお互いの手首を左右から押し当ててタッチし、最後に拳をぶつけ合わせる。グータッチというやつだ。本場の言い方で言えばハンドシェイクだろうか。
それを見ていた椿姫は「男ってそういうの好きね」と言いつつ、肩をすくめた。
伊予が「売店にでも行って、ちょっとつまめるもの買いましょうか」と提案する。燈真はそれに頷いて、一行は局内一階にある売店——土産屋も兼ねるそこへ足を向けるのだった。
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