第5話 九尾のチャーハン

 時刻は午後七時半。試験で随分と長くかかってしまった。

 というのも燈真は何も知らないまま、特例的に試験を受けさせてもらったのだ。退魔局側の準備がしっかりしていたのは良かったが、肝心の受験者が色々戸惑ったのである。

 ちなみに昼食は局内の食堂で済ませていた。椿姫と伊予はきつねうどんと月見うどん、燈真は試験に勝つというゲン担ぎでカツ丼を食べた。


 精神鑑定の心理テストをはじめ、支局長を含んだ面談は本当に辛かった。本来複数人で受けるそれを、燈真一人で受けたのだ。

 胃に穴があくとはああいう感覚を言うんだろうな、と十六歳にして学んだ。


 退魔局から出た伊予の車が、魅雲村の中心を抜ける。果樹園が広がる道を登り、北東の鬼岳に面した山麓の屋敷へ近づいていった。

 水堀に築地塀という、城郭さながらの外縁部。妖術式のセンサーを仕込んでいるという樫板と鋼板を合計四枚重ねた門がゆっくり開く。曰く、結界術式を仕込んだ門は最新鋭の対艦ミサイルに匹敵する六尾クラスの火術が直撃しても耐えられるという。ちなみに五尾で一二〇ミリクラスの戦車砲、四尾で対物ライフルに匹敵するらしい。妖怪ってのは立派な生体兵器なんだな、と思った。


「んで、七尾くらいになるとレールガンとかそんな感じの——」


 燈真は、思ったことを口にした。


「この屋敷は防衛拠点か何かか?」

「え、うん。実際魍魎が沸いたときにはこの屋敷を避難所として提供してるわよ。退魔局ができてからはそういう機会も減ったけどね、過去にもそういうことがあったらしいわよ」


 あっけなく椿姫に認められ、燈真は閉口した。


すずな、ご飯食べてるかな」

「菘ちゃん、椿姫ちゃんが帰ってこないとご飯食べないものねえ」

「菘……って、誰?」

「私の妹。人間換算で、十歳前後だけど……ちょっと、特殊な目を持ってて、その影響で精神が幼いのよ。優しくしてあげてね」

「あ……ああ。霊視とかってやつかな」

「それよりもっと凄い眼よ」


 特殊な目。瞳術どうじゅつというやつだろう。

 退魔師の中には霊視と言って、死者の思念やその場に染みついた記憶を読み取ることができる目を持つ者がいるという。

 確かに、幼いうちからそんなものが見えたりすればとてもじゃないが、健全に心を成長させるのは難しいかも知れない。


「いつもなら私がご飯を作るんだけれど、今日はひいらぎが作ってるのよ。まあ、あのひとも料理ができないわけじゃないから大丈夫だけど」


 柊。——稲尾の、柊。

 その名を聞いて、燈真はハッとした。


「稲尾、柊って……九尾の? 月白御前のことか?」

「今気づいたの? 私の容姿と苗字で気づいたと思ってた」


 あっけらかんと椿姫は言って、車庫に停められた車から降りた。燈真もシートベルトを外し、降りる。

 荷物の類は、ない。燈真が試験を受けている最中に、伊予が村の服屋で当面の衣類は買ってきたらしいが、バイト代をやりくりした漫画コレクションや、貴重なノートタブレット、そして紛失したきりのスマホは桜町に置きっぱなしだ。

 スマホに関しては警察から連絡があったらしく、後日父に荷物をまとめて送ってもらうことになっている。

 本当に着の身着のまま来てしまった。幸い、バイク免許やなんかが入った財布だけは、しっかり尻のポケットに入っているが。


「池……。鯉でもいるのかな」

「わあっ!」

「ぎゃあ!」


 車庫の前にある池に顔を覗かせていたら、池から女が飛び出してきた。

 赤毛の美女は、ケラケラ笑いながら石垣に腰掛ける。


「噂には聞いてるわ。椿姫ちゃんが婿を連れてきたって」

貝音かいねさんっ!」

「おーこわ。……私は貝音。見ての通り、人魚よ。でも、私を食べても不老不死にはなれないけどね」

「燈真です。漆宮燈真。……人魚を食べる趣味はないです」

「よかった。たまに生き血だけでもって奴がいるからさ」


 貝音と名乗った赤毛の美女は、腰から下の魚の下半身を水面から出した。上半身は、スポーツタイプの水着である。胸は大きすぎず小さすぎないサイズで、健康的な肉付きだった。

 若干の磯臭さはあるものの、妖怪とはそういうものだから燈真は気にしない。


「人魚なんて初めて見た」

「この村にいれば初めて見る妖怪だらけだよ。妖狐だって、初めてでしょ」

「言われてみれば。……? いや、初めて……じゃない気がするけどな、俺」


 燈真は腕を組んでいる椿姫を見た。彼女はどこかムスッとした顔で燈真と貝音を見やり、「妖狐はどっちかっていうとレア寄りだからね」と言った。


「じゃあ俺、屋敷に行くから。また、貝音さん」

「はいはーい。またね燈真君」


 ちゃぽん、と貝音は池に戻った。

 椿姫はまだ怒っている。


「誰が、誰の婿だっての……」

「そこまで否定しなくていいだろ。失礼だな。俺だって傷つくんだぞ」

「うるっさい。私に勝てないような男なんかに、なんで股開かなきゃいけないのよ」


 実に女妖怪らしい考えだ。

『自分より強い男じゃないと伴侶として認めない』——これは、種族差が多い妖怪の中で、比較的多くの種族に共通する女妖怪の考え方だ。

 その強さが指すのは腕っぷしに限ったことではなく、賢さや経済力、権力も含むが、なんであれ当妖怪にとって「自分より強い」と納得させねば、如何に優れた男であろうと伴侶としては認められない。

 獣妖怪はその全てではないにしろ、多くが女妖怪の尻に敷かれる旦那が多いという統計データもあるほどだ。

 椿姫と結婚する男は、さぞ苦労するだろう。自信過剰、気性が荒い肝っ玉、あとなんとなくだが、ぜったい酒豪だ。


「椿姫ちゃん、おかしなこと言ってないで、家に入りなさい」

「わかったわよ」


 椿姫が家の玄関に向かう。燈真もやれやれと思いながら、椿姫の後ろに続いた。

 尻尾がふわっふわ揺れる。言動はキツいが尻尾はモフモフなんだよなあと燈真は思う。

 きつねかわいい。燈真は素直にそう思う人種である。高校に上がってからキツネ村に連れていってもらったくらいだ(キツネ村の抱っこ体験は、高校生以上が対象なのである)。かわいい子狐を抱っこして、最高に幸せな気分になった。

 そんな燈真にしてみれば、やはり妖狐の手触りも気になる。無論、椿姫の尻尾に無断で触った日には首を落とされるくらいの覚悟をせねばならないだろうが。


 屋敷の玄関で靴を脱いだ。燈真が履いていたのはショートブーツである。ゴムソールの頑丈なもので、ディスカウントストアでさらにまけてもらったものである。それでも、五八〇〇円ほどしたが。

 隣の靴入れに靴を入れ、燈真は屋敷に上がった。


「おじゃま——」

「ただいま、でしょうが。しばらくここがあんたの家よ」

「……ただいま」


 伊予が「手、洗ってね」と廊下の途中にある洗面所を指差した。彼女もそこに入り、蛇口を捻る音を立てる。

 燈真と椿姫も洗面所へいき、交代で手洗いうがいを済ませる。


「おねえちゃんおかえりー!」


 洗面所を出ようとしたら、椿姫に小さい女の子が飛びついた。そりゃあもう、漫画のように綺麗に、吸い込まれるようにすっぽりと胸にダイブする。

 その子が菘——稲尾菘であることは、容姿から明らかだった。

 一三二センチほどの身長に、月白の毛髪と二本の尻尾。狐耳と尻尾の先端は紫色である。餅のような少し赤みがさすほっぺたを椿姫の顔に押し付け、満面の笑みで姉の帰宅を喜んでいる。横から見た椿姫の顔も、つっけんどんなそれではなく、姉として、一匹の妖狐として喜びを滲ませた優しい顔をしていた。


「ただーいま。晩御飯は?」

「おねえちゃんとたべる」

「もー。じゃ、今からたべよっか」

「はーい……あれ、そっちのひとは……とうま?」


 話題がシフトしてきた燈真は、「そう。漆宮燈真。よろしく、菘」と言った。子供相手に敬語というのもおかしいので、砕けた口調だ。

 菘は「よろしくー」と言って、椿姫に下されると燈真の腹やら脇腹、胸の辺りをペチペチ叩いて値踏みするように腕を組む。

 特別な目があるから、なにか特殊な器官が発達しているんだろうか。


「わるいひとじゃないか。じゃあだいじょうぶか」


 そう言って、菘は一回だけ尻尾をくるっと回し、踵を返した。


「菘ちゃんは超がつくほど純粋な子だから、瞳術なんかに頼らなくても人の良し悪しがわかるのよ」


 伊予に耳打ちされた燈真は、俺は決していい人じゃない、と思った。しかしそれさえも、見抜かれていた。


「菘ちゃんは悪人じゃないと言ったけど、善人だとは言わなかったわ。良くも悪くも人間的、って思ったのね」

「TRPGで言えば中庸ってことか。……秩序か混沌かなら、多分秩序だろうけど……いや、ないな。気に食わない規則とかよくわからんマナーが多すぎる」

「悩む年頃よねえ。擦り合わせを手伝ってくれる友達もできるわ。燈真君は結論を出せるほど判断材料がないし、そういう歳でもないからね」

「頭じゃわかってるんだよ。でも、焦っちまう」


 燈真は今まで友達と呼べる存在がいなかった少年だ。皆燈真を恐れるかおもねるかだった。いや……一人、中学の頃にやたらひっついてきたやつもいたっけか。結局親の転勤で引っ越していったが。

 さても居間にはいると、妖怪たちがちらほらと座っていた。

 一見すると狐っぽいが、金色の体毛なだけのハクビシン系の二尾の少女(?)に、三尾の月白妖狐。背格好からして椿姫の弟、菘の兄と言ったところか。

 対面には四尾の猫又がちょこんと座って、ネットモフリックスに接続したモニターを、リモコンで操作している。

 そして上座には胡座をかいて脇息に肘を置く九尾の美女——稲尾柊がどっしり腰を落ち着けていた。


 柊はチャーハンをレンゲで口に運ぶ少年少女(だと思うが、少年っぽくもある)二人を見て、まるで慈母か女神のように微笑む。

 椿姫が猫又少女の隣に座り、菘がさらにその隣へ。おそらくは温め直したであろうチャーハンの前で手を合わせ、「いただきます」と言って、それを食べ始めた。


「燈真……だな?」

「え……はい。燈真。……です」

「ふ、敬語はいらん。色々聞きたいことはあるだろうが、まずは飯を食え。妾が腕を振るった焼き飯だ」


 燈真はこく、と頷いて、自分のチャーハンが置いてある妖狐の少年と、ハクビシン少年の間に座った。

 二人が「よろしくね」「よろー」と挨拶してきて、燈真は「よろしく。俺は漆宮燈真。二人は?」と聞いた。ついでに手を合わせ、いただきますと唱和する。

 ちなみにハクビシンの妖怪は少年だった。声が低い。あと、青い瞳孔が稲妻状になっており、特徴的なそれが雷獣であると物語っている。


「僕は竜胆りんどう。稲尾家三十四代目、長男だよ。得意な術は結界術」

「俺は尾張光希おわりみつき。退魔師兼芸術家志望。特技は木彫りだ」


 竜胆に光希。燈真は二人の名前を脳に刻みつけ、レンゲでチャーハンを掬った。

 黄金をまぶしたような粒が立つ米に、ピーマン、ニンジン、レタスの野菜とごろっとしたチャーシュー。燈真が人間であることを加味した味付けに調整され、旨い。醤油ベースの味付けで、塩胡椒で整えたシンプルなものだが、飾り気がない分ダイレクトに旨みが伝わってくる。

 付け合わせの唐揚げを一つ、丸ごと頬張った。じゅわ、と脂が染み出し、衣がざっくりふわっと破れる。弾力のある胸肉が、肉の甘い肉汁を溢れ出させた。ニンニクの香りが、鼻腔を抜ける。


「唐揚げはどうだ。口に合うかな。妖狐向けの味付けだから薄いかもしれんが」

「旨い。確かに薄味だけど、肉の旨みが……なんていうか、すげえ旨い」

「ふ……ならいい。おかわりもある、好きなだけ食え」


 みれば椿姫と菘もチャーハンを美味そうに食べていた。姉妹仲良く、椿姫は隣の猫又少女から時々村の喫茶店と思しき話題を振られて、それに応えつつ食べている。

 竜胆はほとんど完食。最後の一口を食べ切って、手を合わせて「ごちそーさま」と言って、腹を撫でていた。

 光希は少食なのか、皿自体が小さいが、彼も完食。「ごちそうさん」と言って口元をティッシュで拭っている。


 燈真は遠慮なく、二杯目をもらった。柊が微笑みながらチャーハンをよそいにいって、ついでに唐揚げも温め直して二つ乗せてくれる。

 いつぶりかの血の通った食事に、燈真は暫時神仏の実在さえ信じかけるほどに、感動するのだった。

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