第4話 試験/一日目

「時間です。ペンを置いてください」


 燈真は試験用に与えられた2Bの鉛筆を置いた。

 問題の束と解答用紙をそのままに、両手は膝の上に置く。

 周りには、誰もいない。燈真だけが広い試験会場の最前列にいて、一つ目娘の試験官に見守られながら問題を解いていた。彼女はこの支局を預かる長の懐刀であり、秘書である美原春子と名乗っていた。

 試験内容は一般常識問題、中学生レベルの読み書き計算、祓葬法に関する基礎基本。本当にさっきの会話でどうにかなるものだった。因数分解が出てきたことには呆れ果て、しばらく考えたが諦めて飛ばした。計算は苦手だ。どうも自分は理屈でものを考えることが苦手のようである。


「答案用紙はすぐに採点に回します。次は身体検査ですので、こちらへ」


 美原試験官は答案用紙を脇のスタッフに渡した。燈真は彼女に続いて試験会場を出て、隣の様々な機器が置いてある広い部屋に入る。

 身長測定器や体重計、視力検査装置、あとよくわからない機械……。それぞれに、スタッフがついていた。人間もいれば妖怪もいる。


「時計回りに回ってください」

「はい」


 燈真はまず身長を測った。背筋を伸ばして顎を引く。燈真には背を大きく見せたい心理が少しあり、どうにかいい結果が出てくれと思っていた。無論、十分でかいのだが。


「一八二・四センチ。大きいね、高校生だろ? 一年生だっけ」

「はい。まあ母親がデカかったんで……」

「ああ、浮奈さんね。確かに大きい女性だった」


 スタッフは犬妖怪の青年だが、母を知っているようだ。

 母は生前、一九〇センチ近くあったという。学生時代はバレー部のエースアタッカーだったらしい。高校生の全国大会の記録もあるみたいな話を、家に飾ってあるメダルの前で父が喋っていた。

 次に体重。デジタルで、体脂肪計も兼ねるハイテクなものだ。燈真がのると、体重計がギギ、と音を立てた。


「八一キロ、体脂肪率一四パーセント。うん、健康的な体型だね。だけど君、どっちかっていうとこれは痩せ気味かな」

「どういうことですか」

「君の歳でこの数字は変だよ。変わった環境にいるだろ」


 若い人間の男性である。しかし、眼鏡の奥の目は、思慮深く遠い先を見据える、そんな聡明な輝きを宿していた。

 退魔局に勤務する人間は、事務員に至るまでが三〜四等級資格を持つのが普通。中には、現役を退いてもなお事務につく者もおり、色々油断はできないと車の中で椿姫は言っていた。

 決して誤魔化さないこと。これが、優れた退魔師と対峙するときの常識らしい。ちょっとしたつまらない嘘など、退魔師には丸わかりだという。


「健康的な生活でこの数字なら、僕も両手をあげたんだがね……っと、小言は嫌だったね。次は視力検査だ」

「はい……いえ、ありがとうございます」


 こんなふうに大人から心配されたことなんてなかったので、不思議な気持ちだった。

 大人とは利益と利己主義、打算で行動するエコノミックアニマルだとばかり思っていたが——この一日で、そのイメージが随分壊れていく。


 視力検査を行い、燈真はその裸眼視力が三・〇であることが明らかとなった。

 日本人でいい視力と言えば、一・〇や一・五。二・〇もあれば自慢できるくらいだ。

 燈真はこの見え方が普通なのでなんとも思わなかったが、どうやら相当目がいいらしい。

 次は肺活量である。


「君、このスパイロメーターは知ってる?」

「学校と病院で何度か」

「なら大丈夫ね。じゃ、鼻を塞ぐから」


 化け狸の女性スタッフだ。煌めくような美女というわけではないが、ハキハキ喋って活力的で、生命力に溢れた女性である。

 ——魍魎は、マイナスの感情から生まれる。ならば、退魔師やそれを支える局員はポジティブに振る舞えるような生活やマインドフルネスを心がけているんだろうか。


「マウスピースを咥えて、息を吐き出す。何度か練習するからね」

「はい」


 このスパイロメーター測定器を使った肺活量検査は、慣れないと正しい結果が出せない。そのため、測定の際には何度か練習をする。

 女性は燈真が息を吐き出す間に「まだまだいけるからねー」「もうちょっといけるよー」と掛け声をかけ、肺の中身を絞り出させていく。

 拷問じゃないかこれ、と思いながら練習をし、何度目かでようやく本番となった。

 結果は、


「わっ、すごい。九五〇〇ml。プロアスリート並みの数字よ、これ」

「そうなんすね。体動かすのは昔から得意なんで、まあ……」

「君は実戦派ね。じゃあ次は、血液検査と妖力の性質検査」


 女性に背中をぽんぽん叩かれて、燈真はスツールから立ち上がった。

 血液検査。……、正直、注射は嫌いである。

 検査員は白衣の男性だった。化け狸である。狸たちは人間社会への進出が早かった種族と言われ、本州で最も見る妖怪と言われている。

 だがおっとりしていてぽやっとした可愛らしい狸にこんなことを言っちゃ悪いが、この男に限ってマッドサイエンティストに思えるのは何故だろうか。


「君が私に何を思ったのかはわかるが、安心したまえ。元燦月さんげつ市民病院の外科医だ。おかしな真似はしない」


 燦月市とは燈真が住んでいた桜町を内包する、裡辺地方に二つある百万都市の一つだ。

 病院勤めの医師——エリート街道まっしぐらだったのに、なんでここへ来たのだろうか。


「好きな方の腕を出して。アルコールにアレルギーは?」

「ありません」


 男はアルコールのシートで燈真の肘の内、その外側辺りを拭った。ベルトで二の腕をしめ、「親指を握り込んで」と言い、血管の辺りを見定める。燈真は脂肪が少ないので(ダイエットしたわけではなく、摂取量が少ないだけだ)血管はわかりやすく浮かんでいる。


「あまり力まなくていいぞ。怖いならよそを見てなさい」

「よそ見てる方が余計に怖いんです」

「そうか。心配するな、一瞬だ」


 手早く、男は針を刺した。すぐにシリンダーを引き、血を吸い出す。


「手の力を抜いて。……痺れたりは?」

「しないです。……あの、血で妖力の性質がわかるんですか?」

「いや、この血液検査はただの健康診断の一貫に過ぎない。その他、もろもろも含むがね。あとは、血液情報を登録して輸血用のクローン血液をストックしておくくらいだ」

「クローン血液って?」

「吸血鬼たちの会社が作った培養された医療用人工血液だよ。退魔局が臨床試験を担当している」

「大丈夫なんすか」

「心配するな、吸血鬼になったりしない。我々とてチェックくらい入れるさ。そのための医療チームだ」


 血液検査が終わった。男は血を検査別に分けたシリンダーに入れ替えていき、手のひらでそれをコロコロ回したりしつつ立てかける。別のスタッフがそれを回収し、カーテンに区切られたスペースに持っていった。


「さて、妖力検査だ。稲尾二等の連絡によれば、彼女が相対した蜘蛛型魍魎には手傷が見られた。……君、心当たりは」

「……そういや、鉄パイプで顔面をぶん殴った」

「……口腔部の損傷、なるほど、報告と合致するね」


 あえてどこに傷があったのかを明かさず、燈真に言わせて事実の確認をしたのだろう。医者、というだけでなく、その個妖こじんとしても頭の回転が良い方なのかもしれない。


「魍魎は妖力を纏った攻撃でなければ傷つかない。よしんば爆弾で吹き飛ばそうと、無傷の状態まで一瞬で再生する。警察や軍隊ではどうにもならないから、我々が必須とされる所以だね。稲尾二等が目撃した傷は、おそらく妖力による損傷。君は妖力を放つことが、既にできる」

「実感が……ないんですけど」

「ヘソ、その少し下のあたり。君は、はらわたが煮え繰り返る、という慣用表現を体験したことは?」

「あります」


 男は頷いた。


「それこそが、妖力の発露だ。様々な感情を火種とする妖力の錬成は、怒りがトリガーであることがほとんどのきっかけだと言われていてね。……これ、持って」


 燈真は札を一枚、握らされた。


「なんすかこれ——ぶっ」


 次の瞬間、燈真は男に平手で殴られた。


「何しやがる!」

「すまない。だが、説明したら行動を納得してしまうから。札を見てごらん」

「なんだと……こういうの労災とかそういうのが——つめてっ」


 燈真は右手に感じた湿っぽさに、冷静になった。

 札が濡れているのだ。


「水、だね。五行属性の水が、君の妖力の性質だよ」

「水? 怒りっぽい俺らしくないな」

「いや、意外と会っていると私は思う。烈火の如く怒った割に、もう気持ちを切り替えているじゃないか。水に流したように」

「あ……」


 男はクーラーボックスから小さな氷嚢を取り出し、燈真の頬に当てさせた。


「検査のためとはいえ殴ってすまない。……そうだ、属性が水だからと言って、水を出せるというわけじゃない。今水が出たのは、札が検査用のものだったからだよ」

「ああ……いや、別に。理由があったんなら、いいです。謝ってもらえたし、それ以上は……」

「うん……。一旦、外に出て。尿検査もするからね。昨日、マスターベーションはしてないかい?」

「そこまで猿じゃないって!」

「いや悪いね。精子が混ざったかもってあとで悶々とするよりずっといいだろう。……それから脳波の測定、MRIなども行う。その後は精神鑑定もあるからね」


 燈真はゲェ、と思った。


「精神鑑定……」

「見たところ君は普通の少年だから、普通にしてればいいよ。一日おいて、実戦形式のテストとなるからね」

「そっちはまだ自信がある」


 燈真ははっきりと言い切った。

 男は頷いて、


「じゃあ、行きたまえ。美原女子は待つのも待たせるのも嫌いだからね」


 燈真は「ありがとうございました」と頭を下げて、検査室を出ていった。


 その後言われた通り様々な検査を行い、クタクタになって待合室でお茶をしていた椿姫たちと合流するのだった。

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