第7話 撃発
セダンが朽ちた自動車整備工場に隣接する、現在も稼働中の機械部品工場の側に止まった。
嶺慈たちは車から素早く降りて、目的地へ急ぐ。あたりは工場街ということで往来はない。部品工場の大型機械が作動する大きな音が響いているだけだ。三交代制なのか、夜勤の連中が働いているらしい。工場には光が煌々と灯っており、嶺慈はその光で隣の整備工場が薄ぼんやりと照らされているのを確認した。
これだけ大きな音なら、多少暴れても勘付かれることはないだろう。それに、親人の一党連中も音を誤魔化すための結界術を使っているに違いない。実際廃工場の敷地に入ると、ヒトの喋り声なんかが聞こえてきた。
嶺慈たちは廃工場の窓から、中を伺った。
そこには五人ほどの、異形の人型がいる。獣の特徴を持ったものや、角を持ったもの、緑色の肌の者が電気カンテラに照らされ、何かを一心不乱に貪っている。
「人間を喰ってるわね」
円禍がそう指摘した。
人間愛護が聞いて呆れる現場だ。やつらは害のある人間を駆除したと正義の味方気取りでいうのだろうが、やっていることはこちらと変わらない。
影法師にとっての悪人はその範囲が広いだけで、いずれにしても人間側にとっては言い迷惑の独善的な行いなのだから。
嶺慈は拳銃を抜いた。シリンダーには実弾は入っていないが、妖力を弾に変換する機構が備えられている。
「お姉様、初撃を任せてもらえますか」
「お好きにどうぞ」
凛が勝ち誇った顔を、嶺慈に向けた。こんなところで張り合うなよと呆れながら、しっしと手を振る。
彼女は身軽な身のこなしで廃工場の裏手に回り、こちらとは逆方向の窓の向こうで弓を構えた。破魔札を巻いた矢を番え、それをろくに狙いもつけていないんじゃないかというような速度で放つ。
空気を切り裂いた矢が、犬の獣人めいたアヤカシの胸の毛皮を貫いた。
「敵襲だ!」「くそっ、どこからだ!」「陰陽師か!?」
「いくわよ」
円禍が窓を飛び越え、中に突入。慈闇もナイフを抜いて、駆け出した。
嶺慈は援護射撃。敵が慌てて武器を掴む中、嶺慈は手前の緑肌の鬼——オークに狙いを定め、射撃。乾いた銃声が響き、四〇口径の青い妖力弾が頑強な皮膚を打つ。
弾丸は表皮に食い込むが、筋肉に弾かれてしまう。嶺慈は舌打ちしつつも射撃。オークがこちらに気づいて、鉄パイプを手に走ってきた。
「やばいっ」
嶺慈は咄嗟に周囲を見渡す。廃材、パイプ、聞こえてくる蒸気音——嶺慈は廃工場のボイラーが作動していることを察し、オークの側の配管を撃った。
「ぐあああっ!」
吹き出した一七〇度に達する高圧蒸気がオークを焼いた。悲鳴を上げながら転げ回り、やがてそいつがビクッビクッと痙攣し始める。
人間なら熱で肺を焼かれ、あるいは激痛でショック死だろうが、アヤカシはこの程度では死なない。オークはしぶとく立ち上がり、蒸し焼きにされた皮膚をべろりと垂れ下げながら歩いてくる。
「このクソガキ、喰い殺すぞ!」
「っ……!」
嶺慈はおもわず怯んだ。拳銃の狙いがブレ、弾丸がオークの剥き出しの大頬骨筋を抉って滑っていく。
「目を狙いなさい!」
戦っている円禍にそう言われ、嶺慈はハッとして焼かれて緩慢な動きのオークの右目を狙う。銃なんてゲームや映画でしか知らないが、人並みにエアガンで遊んだこともある。ミリオタな同級生から、いろいろ教えられたのだ。
フォームやなんかはプロが見れば下手くそだろうが、狙い方はわかる。リアサイトとフロントサイトを重ね、フロントサイトの凸部分に相手を乗せる感覚で狙い、撃つのだ。
「がっ、ああああああ!」
放たれた弾丸はオークの右目を穿ち、潰した。
頭を抑えて昏倒したオークに、嶺慈は窓を越えて中に入り、至近距離から発砲。心臓に三発、頭に五発叩き込むとオークは激しく痙攣し、失禁、脱糞。ピクッピクッと手足を振るわせ、完全に死んだ。
ほっと息をつく間も無く、敵の悲鳴が響いた。
慈闇がナイフを素早く振るって猫又の喉を掻き切り、返す一太刀で心臓を抉っている。華麗な連撃は彼女に返り血を浴びさせることなくあっという間に決まった。
これで三人——円禍が無手で鬼の女に挑みかかった。
素早く腕を伸ばし、相手が構えた拳を巻き取ってベクトルを逸らし、内側に巻き込んで逸らす。つんのめるように姿勢を崩した女の顔面に円禍の拳が炸裂した。
短い悲鳴が上がり、彼女は脇腹と鳩尾に打撃、すかさず背後に回って守りが効かなくなった首に腕を回し、素早く相手の首を捻り、へし折った。
いっそ芸術的とすら言える破壊劇。円禍は無言で、残った一人を睨んだ。
「…………」
そいつはローブで顔を隠した人物だった。背格好は若い男だ。百七十センチあるかないかの上背に、全体的に細身な体格。
行動は、あっという間。
ローブの男は何かを地面に転がした。それは、円筒缶——円禍が、「フラッシュバン!」と叫んだ。
直後、凄まじい爆発音と閃光が炸裂。嶺慈は光を真正面から浴びて、一気に流し込まれた爆発的な光に視界を奪われた。おまけに、脳をぶん殴られたような爆音と圧力衝撃波が駆け抜け、鼓膜の奥がガンガン鳴っている。
「ぐ……ぁ……」
ぐわんぐわん揺れる視界、吐き気を催す最悪な気分。嶺慈は地面に手をついて、なんとか意識を現実に繋ぎ止めた。
ややあって見当識を取り戻した嶺慈は、周りを確認した。
仲間たちは無事だ。
しかし敵は——、
「ちっ、逃した」
円禍が舌打ちし、周囲にくまなく視線を投げかける。だが、どうやら歴戦の影法師の目にも痕跡を残さぬ鮮やかな逃亡だったらしい。
慈闇が「ま、しゃーないわね。四人始末できただけよしとしましょう」と言った。
駆け寄ってきた凛が「お姉様、ご無事ですか」と円禍に寄り添う。
「平気よ。嶺慈、大丈夫?」
「ああ、平気だ。まだなんかキンキン鳴ってる気がするけど……まあ、大丈夫」
円禍が気遣わしく嶺慈の頬を撫でた。凛が、まるで鬼のような目つきで嶺慈を睨む。慈闇はヒュウと口笛を鳴らした。
「何はともあれ仕事は終わり。清掃チームに連絡して、現場を引き継ぎましょう」
そう言って、円禍はスマホを取り出して紫電物流事務所に連絡した。二、三何かを言い合い、符牒のような単語を組み合わせて連絡する。
四人はその後十分ほど待機し、やってきた清掃チームのバンと入れ替わりに、現場を去るのだった。
しかしあのローブ——あいつは、何者だったのだろうか。
そればかりが気になる仕事だったなと、嶺慈は車の助手席で思った。
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