我々ヴェスパー部隊がアーキバスの保有するルビコン3での拠点確保を終えてしばらく経った頃だ。
同時期にルビコン3へ潜入したベイラム社も拠点の確保を終えて同社のAC部隊レッドガンを中心に解放戦線に対して攻撃を行っていた。
それは我々ヴェスパーも同じく、アーキバス社からの指示で勢力圏の確保を行っている。
ベイラム社同様に奴らの拠点の一つ『壁』へ侵攻する為にも解放戦線の戦力は削ぐ必要があるだろう。
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現在、私ことラスティはヴェスパー6のメーテルリンクとヴェスパー9のローズネイルと共に少女フェアリーの育成に勤しんでいた。
何分にも彼女は調整槽から出たばかりの右も左も分からない状態。
ある程度の理解力とAC操縦に関しては問題ないが…
今回の議題に上げるとすれば、彼女の日常動作に関する事だろう。
「さてとフェアリーちゃん、これは何か判る?」
「…?」
ローズネイルがフェアリーに手渡したのはファイバーゼリー飲料のパウチ。
フェアリーも初めて見た様子で興味津々に眺めていた。
彼女は外見年齢に似合わず、その中身は幼子と大差ないと思われる。
「本当に物珍しそうに見るわね?」
「全くと言っていい程に情緒教育がなされていないのだろう。」
育成担当になったローズネイルとメーテルリンクはフェアリーの環境に落胆している。
フェアリーが完全なAC用の生体パーツであった事を示すかの様に生活感に欠けているのだ。
あの調整槽である程度の生命維持をしACでの戦闘をメインとする事を前提に生み出されたのだろう。
だからこそフェアリーの生活感が欠けているのも頷ける。
「流石にシャワーとか衛生面はメーテルリンクちゃん任せになっちゃうけど。」
「デリケートな事だ…流石に男性には任せられん。」
メーテルリンクの言う通り、フェアリーはシャワーの使い方から衣服の着脱の概念すら理解していない。
流石の彼女も拙いと思い、フェアリーに今後の活動に必要な日常動作を教え込んだ。
シャワーの使い方から下着の必要性にAC搭乗時に着用する対Gスーツの着脱までを一から全部である。
下着に関しては使い方が分からず、ショーツを頭に被りそうになった位に酷いモノだったらしい。
彼女自身も使い方を教えれば、すぐに覚えるのでそこまで大変ではなかったとの事。
その為、衛生面以外の食事や文化に関してはローズネイルとラスティが教える事となった。
「そうそう、根元を持ってから蓋を外して…」
続いてローズネイルが食事の仕方をフェアリーに教えていた。
最初こそ口元を汚したりカトラリーの使い方が分からずに手づかみで食べてしまっていたが、今ではきちんと使いこなしている。
今はパウチや袋包装された食品の開け方を説明していた。
流石にレーションセットの使い方や食べ方は理解していたが、通常の食事の仕方が分からないと言う状況。
ローズネイルもメーテルリンクと同様にフェアリーの生みの親に対して怒りを覚えていた。
「この子は本当に戦う為の道具として生み出されたのが…辛い。」
「アタシもメーテルリンクちゃんと同じく…この子の親が生きていたらはっ倒したい位よ。」
「それは自分も同じだ。」
ラスティも二人の意見に同意した。
フェアリーは何も知らないまま戦う事だけを想定して生み出された。
人としての尊厳すら与えらずに…
自分達は望んで強化人間となり戦場に出ている。
彼女は自らの意思で戦場に立っている訳ではない。
それしか生き方を知らないからだ。
他の理由を持たせてやってもいいだろうと思う位に…
「お兄ちゃん?」
「どうした?」
「怒ってる?」
「大丈夫、怒ってないよ。」
「ん。」
ゼリー飲料を飲み干したフェアリーに話しかけられたラスティ。
どうやら、機嫌が悪いと判ったのか心配されたらしい。
ラスティはフェアリーの頭を撫でながら大丈夫だと優しく告げた。
「フェアリー、食事が終わったら演習に出るぞ。」
「戦うの?」
「いや、スネイル副長から別の武装のテストをして欲しいと頼まれているんだ。」
「ん、分かった。」
フェアリーの特殊AC…ティンカーベルの性能テストも随時調査を行っている。
高機動を生かした戦法を得意とするティンカーベルは取り回しの重い武器だと持ち前の移動力が落ちてしまう。
その為、高出力のEN武装をメインとした軽量型の武装を換装させテストを行っていた。
ティンカーベルのジェネレーターもそれらに対応する為に一般のACよりも出力が桁違いらしい。
戦場に出る回数が指で数える程度の彼女には経験を積ませなければならない。
例の壁越えに備えて威力偵察に出撃させると通達があった。
「うちの副長もフェアリーちゃんに厳しいんだから…」
「だが、経験が少ない以上…彼女が生き残るにはこうするしかない。」
本社からの通達でフェアリーはヴェスパー部隊に配属。
彼女自身も本社との契約も済ませており、事実上アーキバス社の所持品となっている。
戦えなくなれば、真っ先に本社の研究施設に移送され研究材料として扱われるだろう。
そんな結末にさせる訳もいかない。
「フェアリー、覚える事にやる事がいっぱいあるが辛くないか?」
「ん、平気…覚えると…皆、喜ぶから。」
ラスティの問いに対してたどたどしく話すフェアリー。
家族の喜ぶ顔とはヴェスパー部隊の皆を指す。
フェアリーにとってヴェスパー部隊が帰る場所と化している。
「スネイル…小父さん達は、間違えると怒るけど…出来ると、優しい。」
「あら、あのむっつりな副長がねぇ…」
「フェアリー、出来て当然の事しかスネイル副長はお前に課していないぞ?」
「うん。」
ローズネイルの発言に顔を顰めるメーテルリンク。
メーテルリンクはフェアリーに出来て当然の事だと話す。
それはAC乗りなら出来て当たり前の操縦技術や対応知識の事を示している。
フェアリーは生まれながらにAC乗りに必要な操縦技術と知識を詰め込まれていた。
後は実戦経験を多く積む事で立派な兵士になるだろうと隊長達も期待している。
「フェアリー、ある程度の言語が理解出来たなら次は敬語を覚えよう。」
「うん。」
これから更に数日後…
フェアリーは最初の偵察任務でトラブルに巻き込まれ、行方不明となってしまったのだ。
=続=