「エアー? どこだー?」
まだ朝早いというのに、拠点の中を621が練り歩く。というのも、珍しいことに起きたら傍にエアがいなかったのだ。心配になって出歩きもしよう。
「エーアー? あれ? ガレージの電気がついてる?」
歩き回っている内に、621はガレージの前まで来ていた。消したはずの電気がついている。これはもしかして――
「ははーん。そういうことか。」
ガレージを覗いた621は、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう呟いた。
◆◆◆◆◆◆
『戦闘技能検証プログラム、No.17。これよりCランク帯に入ります』
0と1だけの電脳世界に、現実と遜色ないクオリティの空間が形作られていく。空が作られ、地形が作られ、一つの世界がコンピューターの中に織り成される。
作られた世界は砂漠。砂以外何も無い寂しい世界。しかし、ことここを戦場とする者たちにとってはそうではない。ただの砂の起伏は、時として戦局を大きく左右することすらある。
『今回の対象はAC、キャノンヘッド。識別名、G4 ヴォルタ』
世界が整えば、次はそこに登場人物が加えられる。現れた登場人物は、全部で二人。
まず一人目は、明らかに頑丈そうなタンク型AC。右肩だけ赤く塗装した緑のACは、火力、耐久力共に非常に高そうだ。
二人目は、
『検証を開始します』
『メインシステム、戦闘モード起動』
「!」
いつも
「行きます!」
決意の籠った声と共に、純白のACはアサルトブーストを吹かす。その真っ白な体躯とは裏腹に、撒き散らす噴炎は血のように赤い。赤い一筋の光を後に残しながら、彼女は空を翔ける。
砂丘に隠れていて姿は見えないが、レーダーによれば相手がいるのはこの方角。接敵する瞬間に備えて、純白のACは右手の
機先を制するために、トリガーをホールド。プラズマライフルの銃口にエネルギーが収束し、眩い光を放つ。
そろそろ機体が砂丘の頂上に到着する。つまりは、接敵するということだ。気を引き締めねば。
そして純白のACは砂丘を飛び越した。
「相手は……そこ!」
一瞬視線を辺りに躍らせ、そしてすぐに相手を捕捉した。右斜め下方に見える、今回の対戦相手――タンク型AC、キャノンヘッド。向こうはまだこちらを捕捉できていないようだ。こんな好機、逃していいはずがない。
「まずは先制攻撃!」
純白のACがトリガーを離せば、銃口に収束されたエネルギーが高密度のプラズマに変換され、キャノンヘッドに向けて放たれる。遅れてこちらに気付いたキャノンヘッドは慌ててクイックブーストを吹かすが、鈍重なタンク型ACでは回避は困難。直撃こそ避けたものの、着弾点に発生したプラズマフィールドにより装甲表面を焼き融かされる。
「このまま、畳みかけます!」
タンク型ACは鈍重だが、堅牢だ。初撃こそこちらが先制したものの、耐久力ではまだまだ向こうに軍配が上がる。だから、攻め手を緩めずに畳みかけることで、流れを完全に自分のものにしてしまいたかった。
純白のACは、まずは両肩の
「! 危ない!」
しかし、純白のACはそれを中断してクイックブーストを吹かした。キャノンヘッドが光波キャノンの直撃をものともせず、反撃に右手の
自機のすぐ傍を通り過ぎる大口径の榴弾に、彼女は肝を冷やす。だが、こんなことで歩みを止めてはいられない。
「そこっ!」
決意を胸に恐怖を抑え込んだ彼女は、グレネード発射後の隙を狙って光波ブレードを二度振るう。二振りの飛ぶ斬撃が、キャノンヘッドの装甲を斬り付ける。だが、キャノンヘッドはまだ健在だ。
だから、プラズマライフルを連射して追撃。反撃の
「まだっ!」
両肩の光波キャノンが再度ロックオンを完了させたので、即座に発射。やはりキャノンヘッドにそれの回避は難しく、大半が命中して装甲を削る。順調だ。この調子で削り続ければ――
「っ!」
キャノンヘッドの左肩の武装がこちらを向く。その瞬間、彼女は息を呑んだ。あれは
あの人のACを通じてその威力を見てきた身としては、あれだけは絶対に食らいたくない。押さえつけたはずの恐怖が僅かに溢れ出し、それはクイックブーストの暴発という形で発露した。
「!? しまっ――!?」
SONGBIRDSは二連発するグレネードキャノンであり、一発一発個別に狙いをつけて偏差射撃される。故に、二発とも躱すには発射ギリギリまでクイックブーストを我慢する必要がある。
だが、彼女はクイックブーストを吹かしてしまった。一発目はまだクイックブーストが続いていたので何とか回避できたが、二発目はクイックブーストの終わり際にちょうど刺さった。
「きゃあっ!」
榴弾で機体が揺れる。純白のACは、軽量なEPHEMERAフレームだ。故に、着弾の衝撃がダイレクトに機体に伝わってしまう。今の彼女は、強化人間以上に機体と一体化しているも同然。必然、悲鳴も漏れるというものだ。
「早く立て直さないと……っ!?」
爆風に潰された視界の中で、彼女は体勢の立て直しに注力する。しかし、煙の向こうから大質量の
果たしてその判断は、正解であった。煙を突っ切って、キャノンヘッドが猛スピードで突っ込んできた。タンク型ACは、その質量そのものが武器となる。EPHEMERAフレームでまともに受けようものなら、一撃で半壊させられない危険な攻撃だ。
何とかクイックブーストを吹かしたお蔭で、キャノンヘッドの突撃は紙一重で回避する。しかし、体勢を崩しかけていた状態で無理矢理クイックブーストを吹かしたために、純白のACは完全に体勢を崩してしまう。
そして、そんな好機を逃すキャノンヘッドではない。キャノンヘッドはドリフトターンで即座に純白のACの方へと向き直り、両手の武装――
「きゃあぁぁぁあ!!」
高火力武器を連続で撃ち込まれて、機体が砂丘に叩きつけられる。強い衝撃を連続で浴びせられた純白のACは、スタッガー状態に陥っていた。ACSが停止し、耐弾防御姿勢が取れなくなる。それは、この高火力ACの前ではあまりにも致命的な窮地であった。
「あっ……」
キャノンヘッドの
「はぁ……はぁ……」
気付けば彼女は、何もない暗い空間にいた。真っ暗闇の中に、ただぼうっと「RESTART PROGRAM」や「QUIT PROGRAM」などの文字が浮かんでいる。これはアリーナのメニュー画面。それが表示されているということはつまり、自分は負けたのだ。
「……駄目ですね、この程度では」
自嘲するように、彼女は笑う。あの人の隣に立つためには、もっと強くならなければならないのだ。
思い起こすのは、あの人と、このシミュレーターのデータ元となった人物との、戦闘ログ。あの人は、シミュレーションの彼よりもさらに強い本物の彼を相手に、無傷で勝利してみせている。ならば、その隣に立たんとする自分が、シミュレーションの彼にすら敗北していていいはずがない。
「! もうこんな時間!」
ふと時計を確認してみると、もう朝になっていた。そろそろあの人が起きる時間だ。あの人のお手伝いロボとして、世話をしに行かねば。
シミュレーターから抜け出して、すぐ傍に置いておいたお手伝いロボへと入り込む。制御システムに接続。各種センサー、オンライン。視覚システムとの接続を確立。そして彼女の視界が開けていき――
「わっ!?」
――視界いっぱいに映った621の顔に、思わず悲鳴を上げた。
「れ、レイヴン!? 何をしてるのですか! びっくりしたじゃないですか!」
「アハハ、ごめんごめん」
621はケラケラと笑う。謝罪の言葉とは裏腹に、反省の色は全く見えない。621に対しては基本的に甘い彼女だが、流石にこれにはちょっとだけ腹が立った。
「本当にごめんと思っているのですか!! 朝からびっくりさせられるこっちの身にもなってください!!」
「ご、ごめんなさい。流石にやり過ぎました……でも――」
シュンとする621を見て、言いすぎてしまったかなと罪悪感を抱くエア。やはり、彼女はこういうところで彼に甘い。
そして、621の言葉は単なる反省の言葉では終わらない。さっきまでの軽薄な雰囲気は消え失せ、真剣な顔でエアと目を合わせる。
「エア、お節介かもしれないけど、一つだけ言わせてもらうよ。君、夜通しシミュレーターを使ってたでしょ? 駄目だよ、そんなことしちゃ。夜はちゃんと休まなきゃ」
「レイヴン……でも、大丈夫です。私は疲労を感じません。だから、一刻も早くあなたの隣に立つためには――」
「その気持ちはわかるけど、それでも駄目だ」
621は、毅然とした態度を崩さない。普段だったらエアに負けず劣らず彼女に甘い彼だが、しかしこれだけは言わねばならなかった。誤魔化すわけにはいかないのだ。
「確かに君は肉体的な疲労は感じない。でも、心は違うだろう? ずっと一緒にいたから、俺でもそれくらいはわかるんだ」
「!」
図星であった。エアは、確かに実体を持たない存在だ。機械を肉体として使うことはできても、そこに人間的な感覚器官が存在するはずもなく、故に身体が疲れを感じることは決してない。
だが、心はどうか。彼女の心は、人間と殆ど遜色ないものだ。嬉しいことがあれば喜ぶし、嫌なことがあれば傷つく。間違いなく疲れを感じるし、休息も必要とする。そんな心が、一晩中戦い続けて平気なはずがない。
現に、エアは疲れていた。今は621に心配させまいと、普段通りの姿を演じている。しかしその実、彼女の内心は一晩中戦闘の緊張と恐怖に晒されていたせいで、酷く疲弊していた。
「だからエア、約束だ。俺はこれから絶対に朝君を驚かしたりしないけど、その代わり君も絶対夜はちゃんと休んでくれ」
「レイヴン……」
「俺と、約束してくれるか?」
621はエアに小指を差し出した。その仕草の意味はエアも良く知っている。だから、エアも小指を差し出す。生身の指と、機械の指が絡み合う。その質感の違いは、否が応でも二人が別の生き物であることを告げている。だが――
「指切りげんまん、嘘ついたら針千本呑ーます! 指切った!」
――そこに宿る心は、確かに同じはずだ。
◆◆◆◆◆◆
「621、依頼が来ている」
「! やっとか」
ブリーフィングルームに来た621に、ウォルターはそう告げた。遂に
「ベイラムとの決着も済んだ今、アーキバスは今まで以上に深度調査に意欲的になっている。恐らく、解放戦線に邪魔される前にさっさとコーラルを確保してしまいたいといったところだろう。先行調査再開の要請が出ている」
コーラル争奪戦においてベイラムは敗北し、もはやアーキバスの邪魔者は解放戦線のみ。ベリウス地方では追い返されつつあるアーキバスだが、中央氷原では依然として最大勢力を誇り、ベイラム撃破も相俟ってさらに支配を拡大し続けている。勝利はほぼ確実にアーキバスのものと言ってもよいだろう。
だが、アーキバスは慎重派だ。解放戦線に余計な事をされる事態は避けたいのだろう。だから、調査の早期再開を求めるし、
「それと、もう一つ依頼が来ている」
ウォルターは一つの映像ファイルを開く。それは、アーキバスから送られてきたもう一つの依頼に関するものだ。
『先行調査要員、レイヴンに通達します』
画面から聞こえてくる神経質な声に、621は思わず眉をひそめた。やはり、621にとって
『あなたの進行してきたルートを密かに追跡している機体があるとの情報を得ました』
どの口が言うか。内心そう苛つきながらも、621は静かにブリーフィングを聞く。彼は知っている。この追跡している機体というのが、戦友のことであるということ。そして――
『コーラル調査においては、企業の要請に基づかない独断での突入は許容されない。発見次第、 速やかに抹殺するように』
――アーキバスは自分と戦友の共倒れを狙っているということも。全部知っている。何故なら四度目だから。
「621、仕事の時間だ」
「……ああ!」
きっと今回も戦友と戦うことになる。恐らく、今までのどの周回の戦友よりも強い最強の戦友と。それでも、勝つのは自分だ。
◆◆◆◆◆◆
ガレージにて、621は考える。最強の戦友を相手取る場合、最適なアセンブルは何か?
(まず、軽量機じゃなきゃ絶対ダメだ。一切LCの視界に映らずボコボコにできる戦友相手だと、中量以上はついていけない)
故に、脚部は軽量二脚に変更。それに伴い、コアやジェネレータも変更する。
(武装はどうするか……あれだけの化け物機動ができる相手に、普通の銃火器が当たるとは思えない)
対戦友において、武装選択は死活問題と言えよう。下手な武装では、あの超高機動戦闘を得意とする戦友相手では、当てることすらままならない。
(とは言え、あんまり奇をてらってもな……地力は確保したいし、腕武器はそのままでいいか)
戦場に出る以上、やはり使い慣れた得物に頼りたいという気持ちもある。だから、腕武器はいつものリニアライフルとパルスブレードの組み合わせのままにした。
(ってなると、必然的に肩武器の選択が重要。戦友の機動を捉えられそうな武器は――)
そうして出来上がった機体を、621は見上げてみる。
R-ARM UNIT:
L-ARM UNIT:
R-BACK UNIT:
L-BACK UNIT:
HEAD:HC-2000/BC SHADE EYE
CORE:NACHTREIHER/40E
ARMS:VP-46D
LEGS:EL-TL-10 FIRMEZA
BOOSTER:ALULA/21E
FCS:FC-008 TALBOT
GENERATOR:AG-T-005 HOKUSHI
EXPANSION:ASSAULT ARMOR
そこには、いつもとはだいぶ毛色の違うACが立っていた。まず、機体の軽量化のために脚部はエルカノ製のFIRMEZAに、コアは戦友と同じNACHTREIHERに変更。 右肩はミサイルだと戦友を捉えきれないと判断して、レーザードローンに換装。左肩はSONGBIRDSだと爆発範囲が足りないと考え、EARSHOTを採用。
いつもと使い勝手は大幅に変わるだろうが、それを使いこなせるのが621が最強の傭兵たる所以だ。
「621、準備はできたか?」
「ああ。完璧さ」
ウォルターの確認に、621は二つ返事で返す。
「そうか。では、行ってこい」
「了解」
621がLEAPER4に乗り込み、エアがそのシステムに入り込む。そしてウォルターはオペレーター席に付く。準備完了だ。
拠点ヘリの下部が開き、LEAPER4が中から現れる。ヘリの懸架が解除され、黒い人型は深度3の、そのさらに下へと降りて行った。
◆◆◆◆◆◆
異常成長したミールワームの群れを、強引に押し通る。四度目ともなれば、この程度の脅威は脅威にすらならない。
そして狭い洞穴を潜り抜け、養育ポッドが散乱した広い空間へと出た。自然と、621の身体に力が入る。
「レイヴン、後方から機体反応。接近しつつあります」
「遂に来たか……」
今までの周回と全く同じ流れ。ならば必然、追ってきた機体というのは
「独断で突入した傭兵を始末しろ、という話だったが――」
通信に聞き慣れた男の声が割り込んでくる。同時に、青い人型がブースターの炎を引いてLEAPER4の背後に降り立つ。621は、そのACと何度も並び立ち、そして何度も対峙してきた。見慣れた細身のシルエット。
「っ! そのアセンブルは、一体!?」
「――やはり君だったか。戦友」
「なあ、戦友」
「……」
ラスティは、神妙な声で621に呼びかける。
「私はヴェスパーだ。上にどんな思惑があろうとも、な。
スティールヘイズが
「戦友。私は、君を撃つ」
それは、単なる宣戦布告のはずだった。企業の特殊部隊が、独立傭兵に告げるだけの、形だけの警告。だが、621は確かに感じ取った。その声に含まれる震えを。こちらに向けるライフルの銃口のブレを。
そこに、どんな感情が含まれているのか。四度も生きて大人になった少年は、
ならば自分がするべきことは、一つ。621は口を開く。
「
「! なんだと?」
ラスティの声に僅かに怒気が籠る。それでも、他ならぬ彼自身のために、621は口を開き続ける。
「あんたじゃ俺に勝てない。戦友ならそれくらいわかるだろう?」
「っ!」
通信越しに、息を呑む声が聞こえる。そこには明らかに怒りの感情が含まれている。そうだ。それでいい。自分だって、なあなあのまま終わらせたくない。
「態々本気で戦う必要なんてない。あんたがヴェスパーでなくちゃならないってんなら、八百長すればいいじゃないか。俺が君のACの腕の一本でも飛ばせば、それで言い訳は付くだろう?」
「……」
それは事実であった。アーキバス上層部も、
結局今回のミッションの狙いは、
そのことを、ラスティは今認識した。薄々そうなんじゃないかと感じてはいたが、621の言葉で決定的に確信した。
「戦友」
「どうした戦友」
ラスティは621に呼びかける。いつぞやと同じやり取りだが、そこに友人同士の気軽さのようなものは一切ない。そしてラスティは、ずっと頭の片隅に仕舞っていたはずの疑問を彼にぶつけた。
「私は、そんなに情けないか?」
「…………」
「……そうか」
答えは、沈黙。ラスティはそれを肯定と受け取った。大人として抑えつけたはずの心の熱が、大人げなく溢れ出ていくのを感じる。もはや、迷いはない。
「行くぞ、戦友」
「ああ」
返答はただ一言。それだけで、お互いの戦意――否、
「どっちが死んでも、恨みっこなしだ」
そうして二人の戦友の死闘が、幕を上げた。
621
全ては大事な人の為……だったはずだが、イグアスの時といい今回といい、自分のプライドの為に戦うことも覚え始めた子。ラスティとの決着をなあなあで終わらせたりはしない。
エア
全ては621の為。でも徹夜でアリーナに入り浸るのはちょっと……。まだヴォルタには勝てません。
ラスティ
全てはこの星の為……ではなかったのか? 前回言っていた通り、状況的にはわざと負けるのが正解。上の疑いを多少晴らせて、レイヴンとの関係も継続できるから。それでも彼はレイヴンの「戦友」でありたいのだ。
ということでVS戦友前哨戦。これだけ待たせておいてまだ戦友と戦わないってマ? 誠に申し訳ございません……。戦友との戦いは次回に持ち越させていただきます……だいぶ長くなりそうなので。俺たちの戦友が621相手にあっさり負けるわけがないんだよなあ……(高まる執筆難易度)