四度目の鴉   作:Astley

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 二週間近く待たせておいてラスティ戦は次回にお預けってマジ? 遅筆にも程ってもんがあるだろ……()


33:誰が為、何が為

「エアー? どこだー?」

 

 まだ朝早いというのに、拠点の中を621が練り歩く。というのも、珍しいことに起きたら傍にエアがいなかったのだ。心配になって出歩きもしよう。

 

「エーアー? あれ? ガレージの電気がついてる?」

 

 歩き回っている内に、621はガレージの前まで来ていた。消したはずの電気がついている。これはもしかして――

 

「ははーん。そういうことか。」

 

 ガレージを覗いた621は、悪戯っぽい笑みを浮かべてそう呟いた。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

『戦闘技能検証プログラム、No.17。これよりCランク帯に入ります』

 

 0と1だけの電脳世界に、現実と遜色ないクオリティの空間が形作られていく。空が作られ、地形が作られ、一つの世界がコンピューターの中に織り成される。

 作られた世界は砂漠。砂以外何も無い寂しい世界。しかし、ことここを戦場とする者たちにとってはそうではない。ただの砂の起伏は、時として戦局を大きく左右することすらある。

 

『今回の対象はAC、キャノンヘッド。識別名、G4 ヴォルタ』

 

 世界が整えば、次はそこに登場人物が加えられる。現れた登場人物は、全部で二人。

 まず一人目は、明らかに頑丈そうなタンク型AC。右肩だけ赤く塗装した緑のACは、火力、耐久力共に非常に高そうだ。

 二人目は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()A()C()。砂漠を挟んで、一人目とは反対側の位置に佇んでいる。

 

『検証を開始します』

 

『メインシステム、戦闘モード起動』

 

「!」

 

 いつも()の隣で聞いていたシステムボイスと共に、感覚が拡張されてゆく。今は、この鋼鉄の巨人こそが自分の身体だ。

 

「行きます!」

 

 決意の籠った声と共に、純白のACはアサルトブーストを吹かす。その真っ白な体躯とは裏腹に、撒き散らす噴炎は血のように赤い。赤い一筋の光を後に残しながら、彼女は空を翔ける。

 砂丘に隠れていて姿は見えないが、レーダーによれば相手がいるのはこの方角。接敵する瞬間に備えて、純白のACは右手のIA-C01W1: NEBULA(プラズマライフル)を構える。

 機先を制するために、トリガーをホールド。プラズマライフルの銃口にエネルギーが収束し、眩い光を放つ。

 そろそろ機体が砂丘の頂上に到着する。つまりは、接敵するということだ。気を引き締めねば。

 そして純白のACは砂丘を飛び越した。

 

「相手は……そこ!」

 

 一瞬視線を辺りに躍らせ、そしてすぐに相手を捕捉した。右斜め下方に見える、今回の対戦相手――タンク型AC、キャノンヘッド。向こうはまだこちらを捕捉できていないようだ。こんな好機、逃していいはずがない。

 

「まずは先制攻撃!」

 

 純白のACがトリガーを離せば、銃口に収束されたエネルギーが高密度のプラズマに変換され、キャノンヘッドに向けて放たれる。遅れてこちらに気付いたキャノンヘッドは慌ててクイックブーストを吹かすが、鈍重なタンク型ACでは回避は困難。直撃こそ避けたものの、着弾点に発生したプラズマフィールドにより装甲表面を焼き融かされる。

 

「このまま、畳みかけます!」

 

 タンク型ACは鈍重だが、堅牢だ。初撃こそこちらが先制したものの、耐久力ではまだまだ向こうに軍配が上がる。だから、攻め手を緩めずに畳みかけることで、流れを完全に自分のものにしてしまいたかった。

 純白のACは、まずは両肩のIA-C01W3: AURORA(光波キャノン)を同時発射。八本の光条が曲線を描き、キャノンヘッドに殺到した。さらに追撃で左腕のIA-C01W2: MOONLIGHT(光波ブレード)を振りかぶる。

 

「! 危ない!」

 

 しかし、純白のACはそれを中断してクイックブーストを吹かした。キャノンヘッドが光波キャノンの直撃をものともせず、反撃に右手のDF-GR-07 GOU-CHEN(グレネード)を撃ってきたからだ。

 自機のすぐ傍を通り過ぎる大口径の榴弾に、彼女は肝を冷やす。だが、こんなことで歩みを止めてはいられない。()()()()()()()()は、これよりも遥かに危険な戦場に身を置いてきたのだから。()()()の隣に立ちたいのなら、この程度の恐怖は乗り越えて見せなければ。

 

「そこっ!」

 

 決意を胸に恐怖を抑え込んだ彼女は、グレネード発射後の隙を狙って光波ブレードを二度振るう。二振りの飛ぶ斬撃が、キャノンヘッドの装甲を斬り付ける。だが、キャノンヘッドはまだ健在だ。

 だから、プラズマライフルを連射して追撃。反撃のBML-G2/P19SPL-12(分裂ミサイル)は斜め前方へのクイックブーストで回避。苦手だったミサイルの回避も、あの人に教えられた今なら十全に熟せる。

 

「まだっ!」

 

 両肩の光波キャノンが再度ロックオンを完了させたので、即座に発射。やはりキャノンヘッドにそれの回避は難しく、大半が命中して装甲を削る。順調だ。この調子で削り続ければ――

 

「っ!」

 

 キャノンヘッドの左肩の武装がこちらを向く。その瞬間、彼女は息を呑んだ。あれはSONGBIRDS(連装グレネード)。あの人も愛用する傑作グレネードだ。

 あの人のACを通じてその威力を見てきた身としては、あれだけは絶対に食らいたくない。押さえつけたはずの恐怖が僅かに溢れ出し、それはクイックブーストの暴発という形で発露した。

 

「!? しまっ――!?」

 

 SONGBIRDSは二連発するグレネードキャノンであり、一発一発個別に狙いをつけて偏差射撃される。故に、二発とも躱すには発射ギリギリまでクイックブーストを我慢する必要がある。

 だが、彼女はクイックブーストを吹かしてしまった。一発目はまだクイックブーストが続いていたので何とか回避できたが、二発目はクイックブーストの終わり際にちょうど刺さった。

 

「きゃあっ!」

 

 榴弾で機体が揺れる。純白のACは、軽量なEPHEMERAフレームだ。故に、着弾の衝撃がダイレクトに機体に伝わってしまう。今の彼女は、強化人間以上に機体と一体化しているも同然。必然、悲鳴も漏れるというものだ。

 

「早く立て直さないと……っ!?」

 

 爆風に潰された視界の中で、彼女は体勢の立て直しに注力する。しかし、煙の向こうから大質量の()()が迫ってくるのを直観し、無理矢理クイックブーストを吹かした。

 果たしてその判断は、正解であった。煙を突っ切って、キャノンヘッドが猛スピードで突っ込んできた。タンク型ACは、その質量そのものが武器となる。EPHEMERAフレームでまともに受けようものなら、一撃で半壊させられない危険な攻撃だ。

 何とかクイックブーストを吹かしたお蔭で、キャノンヘッドの突撃は紙一重で回避する。しかし、体勢を崩しかけていた状態で無理矢理クイックブーストを吹かしたために、純白のACは完全に体勢を崩してしまう。

 そして、そんな好機を逃すキャノンヘッドではない。キャノンヘッドはドリフトターンで即座に純白のACの方へと向き直り、両手の武装――DF-GR-07 GOU-CHEN(グレネード)SG-027 ZIMMERMAN(重ショットガン)を発射。体勢の崩れた純白のACに、回避する術はない。

 

「きゃあぁぁぁあ!!」

 

 高火力武器を連続で撃ち込まれて、機体が砂丘に叩きつけられる。強い衝撃を連続で浴びせられた純白のACは、スタッガー状態に陥っていた。ACSが停止し、耐弾防御姿勢が取れなくなる。それは、この高火力ACの前ではあまりにも致命的な窮地であった。

 

「あっ……」

 

 キャノンヘッドの左肩の武装(SONGBIRDS)がこちらを向く。彼女には、その動きが嫌にゆっくりに見えた。そして、その銃口から光が溢れ――

 

「はぁ……はぁ……」

 

 気付けば彼女は、何もない暗い空間にいた。真っ暗闇の中に、ただぼうっと「RESTART PROGRAM」や「QUIT PROGRAM」などの文字が浮かんでいる。これはアリーナのメニュー画面。それが表示されているということはつまり、自分は負けたのだ。

 

「……駄目ですね、この程度では」

 

 自嘲するように、彼女は笑う。あの人の隣に立つためには、もっと強くならなければならないのだ。

 思い起こすのは、あの人と、このシミュレーターのデータ元となった人物との、戦闘ログ。あの人は、シミュレーションの彼よりもさらに強い本物の彼を相手に、無傷で勝利してみせている。ならば、その隣に立たんとする自分が、シミュレーションの彼にすら敗北していていいはずがない。

 

「! もうこんな時間!」

 

 ふと時計を確認してみると、もう朝になっていた。そろそろあの人が起きる時間だ。あの人のお手伝いロボとして、世話をしに行かねば。

 シミュレーターから抜け出して、すぐ傍に置いておいたお手伝いロボへと入り込む。制御システムに接続。各種センサー、オンライン。視覚システムとの接続を確立。そして彼女の視界が開けていき――

 

「わっ!?」

 

――視界いっぱいに映った621の顔に、思わず悲鳴を上げた。

 

「れ、レイヴン!? 何をしてるのですか! びっくりしたじゃないですか!」

 

「アハハ、ごめんごめん」

 

 621はケラケラと笑う。謝罪の言葉とは裏腹に、反省の色は全く見えない。621に対しては基本的に甘い彼女だが、流石にこれにはちょっとだけ腹が立った。

 

「本当にごめんと思っているのですか!! 朝からびっくりさせられるこっちの身にもなってください!!」

 

「ご、ごめんなさい。流石にやり過ぎました……でも――」

 

 シュンとする621を見て、言いすぎてしまったかなと罪悪感を抱くエア。やはり、彼女はこういうところで彼に甘い。 

 そして、621の言葉は単なる反省の言葉では終わらない。さっきまでの軽薄な雰囲気は消え失せ、真剣な顔でエアと目を合わせる。

 

「エア、お節介かもしれないけど、一つだけ言わせてもらうよ。君、夜通しシミュレーターを使ってたでしょ? 駄目だよ、そんなことしちゃ。夜はちゃんと休まなきゃ」

 

「レイヴン……でも、大丈夫です。私は疲労を感じません。だから、一刻も早くあなたの隣に立つためには――」

 

「その気持ちはわかるけど、それでも駄目だ」

 

 621は、毅然とした態度を崩さない。普段だったらエアに負けず劣らず彼女に甘い彼だが、しかしこれだけは言わねばならなかった。誤魔化すわけにはいかないのだ。

 

「確かに君は肉体的な疲労は感じない。でも、心は違うだろう? ずっと一緒にいたから、俺でもそれくらいはわかるんだ」

 

「!」

 

 図星であった。エアは、確かに実体を持たない存在だ。機械を肉体として使うことはできても、そこに人間的な感覚器官が存在するはずもなく、故に身体が疲れを感じることは決してない。

 だが、心はどうか。彼女の心は、人間と殆ど遜色ないものだ。嬉しいことがあれば喜ぶし、嫌なことがあれば傷つく。間違いなく疲れを感じるし、休息も必要とする。そんな心が、一晩中戦い続けて平気なはずがない。

 現に、エアは疲れていた。今は621に心配させまいと、普段通りの姿を演じている。しかしその実、彼女の内心は一晩中戦闘の緊張と恐怖に晒されていたせいで、酷く疲弊していた。

 

「だからエア、約束だ。俺はこれから絶対に朝君を驚かしたりしないけど、その代わり君も絶対夜はちゃんと休んでくれ」

 

「レイヴン……」

 

「俺と、約束してくれるか?」

 

 621はエアに小指を差し出した。その仕草の意味はエアも良く知っている。だから、エアも小指を差し出す。生身の指と、機械の指が絡み合う。その質感の違いは、否が応でも二人が別の生き物であることを告げている。だが――

 

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本呑ーます! 指切った!」

 

――そこに宿る心は、確かに同じはずだ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「621、依頼が来ている」

 

「! やっとか」

 

 ブリーフィングルームに来た621に、ウォルターはそう告げた。遂に()()()が来たことを感じて、621は覚悟を決める。

 

「ベイラムとの決着も済んだ今、アーキバスは今まで以上に深度調査に意欲的になっている。恐らく、解放戦線に邪魔される前にさっさとコーラルを確保してしまいたいといったところだろう。先行調査再開の要請が出ている」

 

 コーラル争奪戦においてベイラムは敗北し、もはやアーキバスの邪魔者は解放戦線のみ。ベリウス地方では追い返されつつあるアーキバスだが、中央氷原では依然として最大勢力を誇り、ベイラム撃破も相俟ってさらに支配を拡大し続けている。勝利はほぼ確実にアーキバスのものと言ってもよいだろう。

 だが、アーキバスは慎重派だ。解放戦線に余計な事をされる事態は避けたいのだろう。だから、調査の早期再開を求めるし、()()()()()()もする。

 

「それと、もう一つ依頼が来ている」

 

 ウォルターは一つの映像ファイルを開く。それは、アーキバスから送られてきたもう一つの依頼に関するものだ。

 

『先行調査要員、レイヴンに通達します』

 

 画面から聞こえてくる神経質な声に、621は思わず眉をひそめた。やはり、621にとって()()()は永遠に不俱戴天の仇であるらしい。

 

『あなたの進行してきたルートを密かに追跡している機体があるとの情報を得ました』

 

 どの口が言うか。内心そう苛つきながらも、621は静かにブリーフィングを聞く。彼は知っている。この追跡している機体というのが、戦友のことであるということ。そして――

 

『コーラル調査においては、企業の要請に基づかない独断での突入は許容されない。発見次第、 速やかに抹殺するように』

 

――アーキバスは自分と戦友の共倒れを狙っているということも。全部知っている。何故なら四度目だから。

 

「621、仕事の時間だ」

 

「……ああ!」

 

 きっと今回も戦友と戦うことになる。恐らく、今までのどの周回の戦友よりも強い最強の戦友と。それでも、勝つのは自分だ。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 ガレージにて、621は考える。最強の戦友を相手取る場合、最適なアセンブルは何か?

 

(まず、軽量機じゃなきゃ絶対ダメだ。一切LCの視界に映らずボコボコにできる戦友相手だと、中量以上はついていけない)

 

 故に、脚部は軽量二脚に変更。それに伴い、コアやジェネレータも変更する。

 

(武装はどうするか……あれだけの化け物機動ができる相手に、普通の銃火器が当たるとは思えない)

 

 対戦友において、武装選択は死活問題と言えよう。下手な武装では、あの超高機動戦闘を得意とする戦友相手では、当てることすらままならない。

 

(とは言え、あんまり奇をてらってもな……地力は確保したいし、腕武器はそのままでいいか)

 

 戦場に出る以上、やはり使い慣れた得物に頼りたいという気持ちもある。だから、腕武器はいつものリニアライフルとパルスブレードの組み合わせのままにした。

 

(ってなると、必然的に肩武器の選択が重要。戦友の機動を捉えられそうな武器は――)

 

 そうして出来上がった機体を、621は見上げてみる。

 

R-ARM UNIT:LR-036 CURTIS(軽リニアライフル)

L-ARM UNIT:HI-32: BU-TT/A(パルスブレード)

R-BACK UNIT:Vvc-700LD(レーザードローン)

L-BACK UNIT:EARSHOT(大グレネード)

 

HEAD:HC-2000/BC SHADE EYE

CORE:NACHTREIHER/40E

ARMS:VP-46D

LEGS:EL-TL-10 FIRMEZA

 

BOOSTER:ALULA/21E

FCS:FC-008 TALBOT

GENERATOR:AG-T-005 HOKUSHI

 

EXPANSION:ASSAULT ARMOR

 

 そこには、いつもとはだいぶ毛色の違うACが立っていた。まず、機体の軽量化のために脚部はエルカノ製のFIRMEZAに、コアは戦友と同じNACHTREIHERに変更。 右肩はミサイルだと戦友を捉えきれないと判断して、レーザードローンに換装。左肩はSONGBIRDSだと爆発範囲が足りないと考え、EARSHOTを採用。

 いつもと使い勝手は大幅に変わるだろうが、それを使いこなせるのが621が最強の傭兵たる所以だ。

 

「621、準備はできたか?」

 

「ああ。完璧さ」

 

 ウォルターの確認に、621は二つ返事で返す。

 

「そうか。では、行ってこい」

 

「了解」

 

 621がLEAPER4に乗り込み、エアがそのシステムに入り込む。そしてウォルターはオペレーター席に付く。準備完了だ。

 拠点ヘリの下部が開き、LEAPER4が中から現れる。ヘリの懸架が解除され、黒い人型は深度3の、そのさらに下へと降りて行った。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 異常成長したミールワームの群れを、強引に押し通る。四度目ともなれば、この程度の脅威は脅威にすらならない。

 そして狭い洞穴を潜り抜け、養育ポッドが散乱した広い空間へと出た。自然と、621の身体に力が入る。

 

「レイヴン、後方から機体反応。接近しつつあります」

 

「遂に来たか……」

 

 今までの周回と全く同じ流れ。ならば必然、追ってきた機体というのは()()しかない。

 

「独断で突入した傭兵を始末しろ、という話だったが――」

 

 通信に聞き慣れた男の声が割り込んでくる。同時に、青い人型がブースターの炎を引いてLEAPER4の背後に降り立つ。621は、そのACと何度も並び立ち、そして何度も対峙してきた。見慣れた細身のシルエット。()()()()()()()()()()A()C()、スティールヘイズがそこに――

 

「っ! そのアセンブルは、一体!?」

 

「――やはり君だったか。戦友」

 

 ()()()()()()()()スティールヘイズの姿に、621は思わず上擦った声を漏らした。知らない。こんな武装構成で来るなんて聞いていない。これも四度目の自分が色々と行動してきた結果だと言うのか。

 

「なあ、戦友」

 

「……」

 

 ラスティは、神妙な声で621に呼びかける。

 

「私はヴェスパーだ。上にどんな思惑があろうとも、な。()()()()()()()()()()()んだ。だから――」

 

 スティールヘイズが()()()()()()()をLEAPER4に向ける。

 

「戦友。私は、君を撃つ」

 

 それは、単なる宣戦布告のはずだった。企業の特殊部隊が、独立傭兵に告げるだけの、形だけの警告。だが、621は確かに感じ取った。その声に含まれる震えを。こちらに向けるライフルの銃口のブレを。

 そこに、どんな感情が含まれているのか。四度も生きて大人になった少年は、戦友(親友)の抱える迷いを見抜いたのだ。使命とプライドの間で揺れる、大人の感情を。

 ならば自分がするべきことは、一つ。621は口を開く。

 

()()()()()、戦友」

 

「! なんだと?」

 

 ラスティの声に僅かに怒気が籠る。それでも、他ならぬ彼自身のために、621は口を開き続ける。

 

「あんたじゃ俺に勝てない。戦友ならそれくらいわかるだろう?」

 

「っ!」

 

 通信越しに、息を呑む声が聞こえる。そこには明らかに怒りの感情が含まれている。そうだ。それでいい。自分だって、なあなあのまま終わらせたくない。

 

「態々本気で戦う必要なんてない。あんたがヴェスパーでなくちゃならないってんなら、八百長すればいいじゃないか。俺が君のACの腕の一本でも飛ばせば、それで言い訳は付くだろう?」

 

「……」

 

 それは事実であった。アーキバス上層部も、企業の最高戦力(V.I フロイト)を退けたレイヴンに、ラスティ()()が勝てるなど端から思っていない。負けて無様に敗走したとしても、その結果は当然の二文字でもって済まされることだろう。

 結局今回のミッションの狙いは、()()()()()()()()()()()()してくれることでしかない。二人が共倒れしてくれることなど、億に一つあるかないかの奇跡でしかないと思われているのだ

 そのことを、ラスティは今認識した。薄々そうなんじゃないかと感じてはいたが、621の言葉で決定的に確信した。

 

「戦友」

 

「どうした戦友」

 

 ラスティは621に呼びかける。いつぞやと同じやり取りだが、そこに友人同士の気軽さのようなものは一切ない。そしてラスティは、ずっと頭の片隅に仕舞っていたはずの疑問を彼にぶつけた。

 

「私は、そんなに情けないか?」

 

「…………」

 

「……そうか」

 

 答えは、沈黙。ラスティはそれを肯定と受け取った。大人として抑えつけたはずの心の熱が、大人げなく溢れ出ていくのを感じる。もはや、迷いはない。

 

「行くぞ、戦友」

 

「ああ」

 

 返答はただ一言。それだけで、お互いの戦意――否、()()は十分に伝わる。何故なら二人は戦友だから。

 

「どっちが死んでも、恨みっこなしだ」

 

 そうして二人の戦友の死闘が、幕を上げた。

 




621
 全ては大事な人の為……だったはずだが、イグアスの時といい今回といい、自分のプライドの為に戦うことも覚え始めた子。ラスティとの決着をなあなあで終わらせたりはしない。

エア
 全ては621の為。でも徹夜でアリーナに入り浸るのはちょっと……。まだヴォルタには勝てません。

ラスティ
 全てはこの星の為……ではなかったのか? 前回言っていた通り、状況的にはわざと負けるのが正解。上の疑いを多少晴らせて、レイヴンとの関係も継続できるから。それでも彼はレイヴンの「戦友」でありたいのだ。

 ということでVS戦友前哨戦。これだけ待たせておいてまだ戦友と戦わないってマ? 誠に申し訳ございません……。戦友との戦いは次回に持ち越させていただきます……だいぶ長くなりそうなので。俺たちの戦友が621相手にあっさり負けるわけがないんだよなあ……(高まる執筆難易度)

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