ほんのむしタルト崩壊
「はっくしょん!」
「うわ、びっくりした」
隣を歩いていた幼なじみが突然くしゃみをしたので、俺の肩が跳ねた。
「突然っつったって今からくしゃみしますよーなんて言えないだろ」
「そうだけどなんかあるじゃん」
出そう出そう、みたいな雰囲気というか。そう言うと幼なじみは、知らなーいとそっぽを向いた。
一月の冷たい風が背中を押す。
「それにしてもはっきり『はっくしょん』って発音したね今」
「ん?あぁそうだねー」
どうでも良さそうに答えられたけど気にしない。はっくしょん、はっくしょん、とマフラーの下で呟いてみる。
「はっくしょん、はっく…しょん?はっく?はっくしょん?」
「何言ってんのお前怖い」
「いやなんか、あれが崩壊してきた」
「あれ?」
「あれ。えーっと、あぁ、なんだっけ度忘れ」
「あぁーあれだなあれ、えっと、うん、俺も度忘れした」
「ほんとに分かってんの?」
真顔でそう言って幼なじみを見やると、なんだと?と頬をつねられた。
「痛い痛い冷えてるから痛い」
「あーなんだっけ。思い出そうとすればするほど分からん」
「痛い痛い痛いです街人さん痛い」
「なんとかタント崩壊?タント?タルト?タルト崩壊?」
「あっなんかそれっぽい」
時間を置いたらすぐに浮かんでくるんだろうけど、どうしても今気になる。
手が離された頬をさすりながら考えた。タルト崩壊?なんか、もっと
「物々しい名前だったような気がする」
「タルト崩壊って可愛いな」
「アジタート……違う」
「何それ」
「激情的に」
「えろい単語?」
「それしか頭にないの?やれやれ」
「お前それすげーむかつく」
膝で背中を軽く押された。マフラーが片方落ちてきて、首筋が寒い。このやろう。
「街人街人街人かいとかいとかいとカイトカイトカイト」
「何だよもう気持ち悪い」
「街人崩壊」
「むかつく」
笑いながらマフラーを取られた。めちゃくちゃ寒いから返してほしい。
「返せ」
「嫌だ」
「返せ」
「嫌だ」
「……………」
ふふんと意地悪そうな顔をしている。同じ目に合わせてやろうと幼なじみのマフラーをほどいた。
「寒っ」
校舎の入り口でびゅうと風が吹いて、二人で身震いする。獲得したマフラーを自分の首に巻いて暖かさを確保だ。
「生暖かい………」
「暖かいでいいだろ生暖かいってなんだよこら」
そう言いながら街人も俺のマフラーを巻いた。そうするくらいなら返してくれればいいじゃないか。幼なじみはちょっと横暴だ。
校舎に足を踏み入れると、わらわらと街人に人が寄ってきた。他人の振りをしたいので俺はすーっとその場を離れる。
「うぐっ」
「教室はこっちですよ」
離れられなかった。
この幼なじみ、もとい糸田街人という人物は、無駄に顔が広いというか結構節操がないらしく、とにかくまぁよく人が集まってくるようなやつなのだ。
と言っても俺はよく知らない。なぜかというと俺は今年の春にこの首都圏の男子高校へやってきたからだ。
中学にあがろうという時急に街人の引越しが決まって、それから今年の春俺が偶然この学校に入るまで何の連絡もとっていなかったのだ。
再会した時は持っていた本を足にクリーンヒットさせるくらいに驚いた。
そして俺も街人も学校の寮に入って生活している。自宅通いと寮生の割合は半々だそうだ。
結局、街人にマフラーを掴まれたまま教室に到着した。
「お前ら何マフラー交換してんの?」
「俺は悪くないんです」
教室について早々クラスメートにつっこまれ、掴まれたままのマフラーを外してさっさとトイレに向かった。
寒い。めちゃくちゃ寒い。寒い寒い寒い寒い寒いさむいさむいさむいあーゲシュタルト崩壊してきた。
「あれ、何の話してたんだっけ」
まぁいいか。
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