四度目の鴉   作:Astley

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 更新が遅れて申し訳ございません。最近DLCが発表された某ゲームに今更ながら興味を持ち、買ってみたところ見事にハマってしまってかなり遅くなりました。ルビコンどこ? ここ?


31:意地っ張り

「いくぞぉぉぉおおお!!!! 野良犬ぅぅぅううう!!!」

 

 雄たけびと共に突撃してくるヘッドブリンガーに対し、621は冷静に後ろへブーストを吹かして距離を保つ。

 

(アセンブルが変わってる……!)

 

 ヘッドブリンガーの武装が、いつもの見慣れた構成と違う。左手と右肩は相変わらずMG-014 LUDLOW(マシンガン)BML-G1/P20MLT-04(4連装ミサイル)のままだが、右手がLR-036 CURTIS(軽リニアライフル)からSG-026 HALDEMAN(軽ショットガン)に、左肩がSI-27: SU-R8(パルスシールド)からPB-033M ASHMEAD(パイルバンカー)に変わっている。

 総じて、中・遠距離の対処能力を低下させた代わりに、近距離での制圧力を大幅に強化したアセンブルと言えよう。

 

(特にパイルバンカーは危険だ。ACでさえ、フルチャージのあれを食らったら一撃で死にかねない)

 

 故に621は、全力で引き撃ちに徹することに決めた。相手はあのイグアス。アイスワーム戦では見事な近接戦闘を見せつけてくれた。そんな相手が振るうパイルバンカーなど、間合いに入ることすら許されない。

 後方にブーストを吹かし、まずはリニアライフルとミサイルで牽制射撃。この程度の射撃に当たってくれるとは思わないが、しかし避けさせること自体に意味がある。

 回避のために横へ動けば、その分だけ接近されるまでの時間を稼げる。今は、とにかく近づけさせないのが正解のはずだ。

 

「ハッ! この程度の豆鉄砲!」

 

「――!」

 

 しかし、イグアスは迫る飛翔体に対して、一切の回避行動を取らなかった。ただ両腕を身体(機体)の前でクロスさせて、そのまま直進するだけ。腕が被弾による衝撃を吸収し、ヘッドブリンガーの速度は微塵も落ちない。

 まさか回避よりも接近を優先するとは。人間である以上、高速で自分に向かってくる物体に対しては反射的に恐怖を抱かざるを得ないだろうに。それを完膚なきまでに押さえ付けて猛進してくるのは、完全に予想外──

 

(いや、この周回のイグアスならそれくらいやって当然だ!)

 

 三度目までの知識がノイズになっていたが、それを振り払う。目の前のイグアスは、最早あの臆病者ではない。死の恐怖を一切抱かない、勇敢な猛者なのだ。

 

「だけど、その勇敢さが命取りだ」

 

 避けないということは、弾を当て放題ということだ。撃って止まらないなら、スタッガーになるまで撃ち込むだけのこと。自分に向かって一直線に突撃するACなど、621でなくとも外さない。

 

「チィッ! 鬱陶しいんだよ、野良犬!」

 

 イグアスも反撃にショットガンとマシンガン、そしてミサイルを放つ。だが、621も回避よりも後退を優先する。

 ショットガンもマシンガンも、有効射程は長くない。この距離であれば、どちらも有効打にはなり得ない。だから無視。

 ミサイルは無視できないので、ライフルで撃ち落とす。イグアスが放った四発のミサイルを、ちょうど四発の弾丸で撃ち抜いていく。

 お互いに被弾の嵩む鬼ごっことなったが、有利なのは621の方だ。射程の関係でイグアスの射撃は殆どが跳弾されてしまっているのに対し、621の射撃は確実にヘッドブリンガーの装甲を削っている。当然、ヘッドブリンガーには少なくない衝撃が蓄積しているはずだ。

 

(とはいえ、彼我の距離は確実に詰められつつある。ここでスタッガーを取って、振り出しに戻す!)

 

 621は、足を止めないようにこれまで撃たなかったグレネードを、ここで構える。ヘッドブリンガーは、ここまでにライフルとミサイルをそれぞれざっと一マガジン分くらいは撃ち込まれている。

 621の計算が正しければ、グレネードでスタッガーを取れる範囲にあるはずだ。

 足を止めて構え。ヘッドブリンガーを視界の中心に収める。

 

(流石にグレネードなら回避を……しない?)

 

 刹那の最中。限界まで引き伸ばされた時間の中で、イグアスの動きを分析する。そこには、如何なる回避の兆候も見られない。

 

(馬鹿なのか? アイツは?)

 

 一切の容赦なく、621はグレネードを撃ち込んだ。イグアスは相変わらず腕で榴弾を受け、ヘッドブリンガーは爆炎に包まれる。これでヘッドブリンガーはスタッガーに──

 

(あめ)え!」

 

「っ!! なんで!?」

 

──なっていない。ヘッドブリンガーは微塵も速度を落とすことなく爆炎から飛び出し、そしてその左手はパイルバンカーに持ち変えられていた。

 

「死ね! 野良犬!」

 

「くっ!」

 

 621は、引き絞られたヘッドブリンガーの左手に意識を集中する。あれを食らえば最悪一撃死だ。絶対に食らうわけにはいかない。

 

「だから甘えっつってんだろ!」

 

「があっ!?」

 

 放たれたのは、パイルバンカーではなく蹴り。意識外からの一撃はLEAPER4に直撃し、たたらを踏ませた。

 たたらを踏んだ先にあるのは、壁。LEAPER4は壁にぶつかり、621は背後から感じられる衝撃で、否応なく危機感を煽られる。いつの間にか、621は壁に追い詰められていた。

 

「死ね!」

 

 イグアスはパイルバンカーに炸薬を装填し、そのままコアの中央を目掛けて左ストレート。同時に、炸薬を発破させ、鉄杭を射出。

 

「っ! まだっ!」

 

 621は、反射的に左足から力を抜き、そちらに倒れ込む。イグアスの一撃はギリギリで中央のコックピットブロックを逸れ、人間で言うところの鎖骨に当たる部位を深々と抉った。高速で射出された鉄杭はコアを抉るだけでは飽き足らず、そのまま貫通して6連ミサイルを串刺しにする。

 

「クソッ!」

 

 621は咄嗟にミサイルをパージし、倒れ込んだ勢いのままローリングする。鋼鉄の巨人が床を転げ回り、けたたましい轟音が響き渡る。ミサイルを杭に置き去りにしたまま、621はイグアスと距離を取ることに成功した。

 

「これでも食らってろ!」

 

 イグアスが杭を引き抜く前に、621はチャージリニアで6連ミサイルを狙撃した。放たれた弾丸は装甲板を貫いて、中に残っていた誘導弾に直撃する。内部で誘導弾が次々と誘爆していき、凄まじい連鎖爆発が巻き起こった。

 

「これで多少でも怯んでくれれば――」

 

「ってえなあ! 何しやがんだ野良犬ぅ!!」

 

「っ!! そんな気はしてたよ!」

 

 爆炎の中から、装甲の焼けたヘッドブリンガーが姿を表す。それなりのダメージを食らったようだが、相変わらずスタッガーに陥っている様子はない。ヘッドブリンガーはLEAPER4の姿を捕捉するなり、再びアサルトブーストを起動する。命がけの鬼ごっこの再開だ。

 

「! これは……!」

 

「エア、どうした?」

 

 そんな最中、突如エアが驚愕したかのような声を漏らした。

 

「AC、ヘッドブリンガーは……イグアスは、ACSを切っています!」

 

「ハァ!? なんだって!? あれ無しでどうやって被弾の衝撃を抑えてるんだ!?」

 

 よく知られているように、AC含めこの世界の全ての兵器にはACSと呼ばれるシステムが搭載されている。それは、自動で被弾角度を調整し、被弾による損傷及び衝撃を大幅に軽減するシステムである。

 全ての兵器に搭載されていることからもわかるように、ACSは非常に優秀なシステムである。実際、これが無ければ大半の兵器は一発二発の被弾で態勢を崩してしまい、撃墜されてしまうほどなのである。それを切っているということは、つまり――

 

(じゃあなんでこれだけ撃ち込んでるのにスタッガーしない!)

 

 迫るヘッドブリンガーに対し、621は何発もリニアライフルを当てている。しかし、一向にヘッドブリンガーはスタッガーしないし、それに心なしか一発一発で与えられるダメージが普段よりも遥かに軽いように思える。

 

「どうした野良犬! さっきから逃げてばっかだなあ!? てめえは野良犬じゃなくてチキンだったのか!?」

 

「っ!」

 

 再び近接戦の間合い。射撃で止められない以上、間合いはあっという間に詰められてしまう。

 621は、全神経を集中させてヘッドブリンガーの攻撃に備える。一度はフェイントに引っ掛かったが、次はない。こちとら四度も生きた傭兵なのだ。フェイントが通じるのは一度までだ。今もヘッドブリンガーが露骨に左腕を引き絞っているが、これは恐らく――

 

「ふんっ!!」

 

「っ! やるじゃねえか、野良犬!」

 

 不意に突き出された左腕を、621は右腕で払いのける。ヘッドブリンガーの左腕は弾かれ、パイルバンカーは明後日の方向に杭を打ち出した。続くイグアスの一手は、右足による廻し蹴り。これは左腕を縦に構えて受ける。重厚な金属音が炸裂し、二人の鼓膜を震わせた。621は腕に力を込め、足撃を振り払う。ついでに、左腕のパルスブレードを起動。振り払う動きそのままにヘッドブリンガーのコアを斬り付ける。高エネルギーパルスの刃を叩き込まれたイグアスは、その衝撃に怯む――

 

「だが、無駄だ!」

 

「!」

 

――怯むはずだ。普通のACならば。格闘攻撃が与える衝撃力は凄まじく、当たればスタッガーにならなかったとしても、一瞬動きを止めることができるはずだ。だというのに、イグアスは斬られて怯むどころか、既に反撃の左廻し蹴りを放とうとしていた。

 621は即座に後ろクイックブースト。そして蹴りを空振った隙を突いて、グレネードを発射。二発の榴弾に対して、イグアスはやはり両腕を交差させて防御する。

 着弾して爆発。そして爆炎が晴れれば、そこにいるのは平穏無事なヘッドブリンガー。やはりスタッガーはしてないし、損傷も明らかに少ない。

 

「……間違いない。そういうことか」

 

 そして、これまでの数合の打ち合いで、621はそのタネに気付いた。

 

「なるほどな。殴られ慣れてるだけのことはある」

 

「馬鹿にしてんのか?」

 

「褒めてんだよ、これでも」

 

 三度距離を取って、仕切り直す。そのついでに、621は口を開く。戦闘が始まってからずっと続いていた異常。ヘッドブリンガーだけやけに受けるダメージや衝撃が少ないということ。そのトリック。確認の意味も込めて、問い掛ける。

 

「応用してんだろ? ミシガンに扱かれた経験を」

 

「……チッ」

 

 返答は舌打ち。しかし、それこそが何よりも雄弁に621の予想が正しいことを示していた。

 

「ACSを切って()()()()()()()()()とか、とんだ化け物だよ。お前は」

 

「てめえにだけは言われたかねえ」

 

 イグアスはレッドガンに入ってからというものの、幾度となくミシガンの手によって“扱き”を受けてきた。七年もの長い歳月の間、何度も殴られ、蹴られ、投げ飛ばされてきた。その度に彼は、無意識のうちに殴打の()()()というものを身に着けていた。どうすれば楽に受けられるか。どうすれば痛みを抑えられるか。そうした技能を、彼の身体は研鑽し続けてきた。攻撃を受けるということに関して、彼の右に出るものはいないと言っても、過言ではなかろう。

 生身のイグアスが積み上げてきた経験は、機械による再現など不可能なほどに濃密なものだった。だから彼は、ACSなどよりも遥かに効率的に攻撃を受けることができる。ダメージと衝撃を分散させ、スタッガーを回避することができる。

 彼が舐め続けてきた苦渋と辛酸。それは、確かに今、彼を守る盾として顕現していた。

 

(前々からイグアスにはポテンシャル()()はあると思ってたけど……覚醒したらこうまで化けるか!)

 

 内心621は冷や汗を流す。AC同士の対戦は、ある種スタッガーの取り合いという側面がある。お互いにスタッガーを取って取られて、そこに武装を叩き込んで直撃を取る。そんなAC戦において、絶対にスタッガーしないということがどれほど無法なことなのか。それは説明するまでもなくわかるだろう。

 

「手動で耐弾姿勢を取るなんて……そんなの、人間技じゃ――」

 

「壁蹴りしたりミサイル撃ち落としたりするよりは、よっぽど人間味に溢れてるさ」

 

「い、いえ、レイヴン、そういうつもりでは……」

 

「わかってるさ、エア。ちょっとした意地悪──」

 

「戦場でイチャイチャたあ、随分と余裕じゃねえか。野良犬」

 

「!」

 

 三度、接近。エアと話しながらも射撃は全弾命中させていたはずだが、最早イグアスはそれで止まるような相手ではない。弾丸は悉く押し退けられ、瞬く間に接近される。

 だがこうなることは621としても想定済みだ。二度逃げ切れなかったのだ。三度目の正直だなどと、言えるはずがない。だから621は、射撃戦よりも格闘戦に活路を見出だす。

 イグアスがパイルバンカーを構えるよりも前に、パルスブレードを起動。まず一撃、ヘッドブリンガーの頭部目掛けて刃を振るった。

 

「おわっ!?」

 

 この戦いが始まってから、初めて621が先手を取った。故に、イグアスは不意を突かれた形となる。顔面に緑白色の極光を浴びせられ、視界が真っ白に染まる。

 最早当然のようにスタッガーにはなっていないヘッドブリンガーだが、しかしその動きは完全に止まっていた。当たり前だ。操作しているのが人間である以上、突然視界を潰されて怯まないはずがない。

 これまで一度としてその動きを止めなかったヘッドブリンガーが、初めて止まった。それは、間違いなく明確な隙であった。だから621は、この隙を突いてヘッドブリンガーの背後に回る。

 

「野郎!」

 

「っ! 嘘だろ!?」

 

 しかしイグアスは、即座に身を捩って背後に蹴りを放った。それは、レッドガン隊員としての経験が為せる技か、あるいは動物的な勘がさせた所業か。とにかく、イグアスは視覚を潰されていながら、621の行動に完璧に対処してみせたのだ。

 しかし、621も負けていない。イグアスが放った蹴りは完全に予想外の一撃であったはずだが、しかし四度の人生で鍛え抜かれた反射神経は、621に考えるよりも前に防御行動を取らせていた。いつの間にか交差させていた腕がヘッドブリンガーの足を受け止め、ダメージを最小限に抑える。

 

「小癪な真似してくれんじゃねえか、野良犬!」

 

「あいにく傭兵ってのは、そういうのが売りなんでね!」

 

「躾がなってねえなあ! 飼い主様の顔を見てみたいぜ!」

 

「! そっちこそ! 一応正規軍人だろうにその言葉遣い! お前の上官様はさぞ立派な教育を施していらっしゃるんだろうなあ!」

 

「!! てめえ、ぶっ殺す!!」

 

「こっちの台詞だ!!」

 

 売り言葉に買い言葉。止まらない言葉の応酬に身をやつしながら、しかし殺意の応酬も忘れてはいない。口と同時に機体を動かし、お互いがお互いを殺さんと武器を振るう。

 三度引き絞られるヘッドブリンガーの左腕。しかし621の観察力は、それがフェイントであると言っている。本命は右手のショットガン。イグアスは必死に左手に注意を集めようとしているが、しかし右腕から溢れる殺意を隠し切れていない。実際予想通り、直後にイグアスはショットガンを向けてきた。

 

「見えてんだよ!」

 

 撃たれる前に、左手でショットガンを弾く。銃口が上に跳ね上げられ、飛び出した散弾はLEAPER4を傷つけない。

 続くイグアスの一手は、引き絞った左腕を突き出してパイルバンカーによる刺突。これは身を捩って回避する。炸薬で加速された鉄杭が、コアのすぐ横を通り過ぎる。常人なら縮み上がるような、紙一重の回避であった。

 パイルバンカーを空振った隙を突いて、621はチャージしていたリニアライフルを相手のコアに突き立てる。いくら優れた受け身が取れようとも、ゼロ距離からのチャージリニアは堪えるはずだ。

 

「野良犬が! 生意気なんだよ!」

 

「! アサルトアーマーか!」

 

 しかし、ヘッドブリンガーからパルスの奔流が溢れ出す。リニアのチャージを解除して、ここは後退――

 

「いや、賽の振りどころはここだ!」

 

 後退したところで、今のイグアス相手に射撃で与えられるダメージなど高が知れているのだ。ならば、火中の栗を拾いに行く。621が選択したのは、同じくアサルトアーマーによるカウンター。知っての通り、アサルトアーマーの撃ち合いは後手が有利だ。

 ヘッドブリンガーからパルス爆発が放たれ、一瞬遅れてLEAPER4からもパルス爆発が放たれる。高エネルギーパルスがお互いの装甲を焼き焦がし、凄まじい衝撃が機体を軋ませる。

 だが、621はパルスの乱流の中、無理矢理機体を動かしてブレードを構えた。これまで一切スタッガーしてこなかったイグアスが、アサルトアーマーでスタッガーするとは思えなかったのだ。だから、視界を遮るパルスが晴れる前に攻撃態勢に移る。

 

(! 動いている気配がする! やっぱりスタッガーにはなってない!)

 

 四度も傭兵として生きていれば、視界が潰されていても多少の状況把握くらいはできる。視覚以外の全ての感覚を総動員して、ヘッドブリンガーが動き始めているのを感じ取った。アサルトアーマーの凄まじい衝撃力すら受け切れるとは、余りにも堅牢が過ぎる。

 621は、背筋がうすら寒くなるのを感じる。それと同時に、念には念を入れてこうなることすら警戒してくれた過去の自分に感謝の念すら湧いてくる。

 

「おらっ!!」

 

「っ! があっ!?」

 

 しかし、直後に621は自分の警戒が足りていなかったことを思い知らされた。まさかイグアスの受け身が、相手に撃たれたアサルトアーマーの衝撃どころか、自分で撃ったアサルトアーマーの反動すら打ち消して、即座に動けるようになる程に優れたものだったとは。流石にそこまで予想することはできなかった。

 LEAPER4よりも先に動き出したヘッドブリンガーが、相手を蹴飛ばす。蹴られたLEAPER4は吹っ飛び、深度2の壁に叩き付けられる。

 

「ぐっ……! クッソぉ!」

 

 621は揺れる視界の中で、こちらに迫るヘッドブリンガーを捉えた。迎撃しなければ。この近距離、相手の手札は三択。パイルバンカーか、ショットガンか、あるいは再び蹴りか。ヘッドブリンガーの一挙手一投足に、全ての意識を割く。そしてイグアスが選んだ択は――

 

「さっきのお返しだ! 野良犬!」

 

「!? なっ――!!」

 

――()()()、右肩の4連装ミサイル。ロックせずに発射されたミサイルは、発射口を飛び出て真っすぐ進む。その着弾地点はLEAPER4の頭部。四発の誘導弾が弾けて飛び散り、LEAPER4の頭部を爆炎が包み込む。

 

(っ! まずい! 視界が!)

 

 この距離で視覚を封じられるのは、言うまでもなく致命的だ。だから、621はすぐさま右にクイックブーストを吹かす。LEAPER4が、煙を置き去りにして右に飛ぶ。同時に621の視界が開け、そしてまず目に入ってきたのは眼前にまで迫るヘッドブリンガーだった。

 

(っ!!? 動きが読まれた!?)

 

 否、そうではない。621の優れた観察力は、すぐさま答えを導き出す。見えたのは、真横にショットガンを構えたまま突撃しているヘッドブリンガー。この射角なら、もし621が左に避けた場合、LEAPER4はショットガンの射線上に来ていたことになる。つまり、左に避けたらショットガンで、右に避けたらパイルバンカーで始末できたということだ。イグアスは、どちらに転んでもいいように動いていたのだった。

 

(イグアスらしからぬ小細工をしかけやがって!)

 

 内心悪態をつくが、状況はそれどころではない。今LEAPER4は、クイックブーストは使用直後のためリロード中。しかも地上クイックブーストなので僅かに機体が浮き上がっていて、地面を蹴ったり跳んだりしての回避はできない。つまりパイルバンカーを回避する手段がないのだ。

 

「終わりだ! 野良犬!」

 

「チッ!」

 

 621は咄嗟に右腕でコアを庇う。右腕を犠牲にしたとしても、コアに深刻な損傷を負うことは避けられないだろう。だが、それでもギリギリで致命傷は避けられるはずだ。どこまでも冷静に、生き残るために何をすべきか計算する。

 

「死ね!!」

 

 そしてパイルバンカーが突き出される。これを食らっても生き残れはするはずだ。だからこの後どう反撃すべきか――

 

「レイヴン!!」

 

 エアが叫ぶ。当たり前だ。傍から見れば、621は絶体絶命のピンチに追い込まれているのだから。そして――

 

「っっ!!?」

 

「? 動きが――」

 

――エアが叫んだその瞬間、確かにヘッドブリンガーの動きが鈍ったのを621は見た。それは一瞬の遅れだったが、しかし戦場においてその一瞬は余りにも長すぎた。

 ギリギリでLEAPER4の足が地に着き、そして621は全力で機体を横に反らす。パイルバンカーはLEAPER4を捉えることなく、その背後の壁を粉砕した。

 

(一体何が起きて……とにかく、今のうちに離脱を!)

 

 状況が読めないので、621は一旦間合いを離す。それに対し、イグアスは追撃を仕掛けてこない。明らかに集中を欠いている様子であった。

 

「クソッ! 耳鳴りが……! こんな時に!」

 

 621の疑問は、イグアスのその一言で氷解した。

 

(耳鳴り……そうだった。アイツは恐らく、不完全ながらコーラルの声が聞こえてる。だから、エアの叫びが特大の耳鳴りに聞こえた。それでさっきは精彩を欠いたんだ)

 

「レイヴン! ああ、無事で良かったあ……」

 

「ヤブ医者が! クソッ! 頭が……痛え……!」

 

 安堵するエアの声と、苦しむイグアスの怒号。それを聞いた瞬間、621の傭兵としての思考が一つの戦術に思い至る。

 

(エアにできる限り叫んでもらいながら戦えば、アイツはずっと耳鳴りに悩まされることになる。どう考えても戦いに集中できなくなる。アイツの実力は前よりもずっと高くなってるけど、それでもこれだけのハンデを負わせれば絶対勝てる)

 

 それは実行するのも難しくなく、それでいて最大限の効果が保障された策だった。621の理性が告げる。傭兵として、ウォルターの猟犬として、確実に任務を遂行するためにこの策を実行すべきだと。

 

「エア」

 

「レイヴン? 何でしょうか?」

 

 だから、621はエアに頼み込む。

 

「戦いに集中したい。できる限り、この戦いの間は喋らないでくれるか?」

 

 声を出すな、と。

 

「え? あ、はい。あなたがそれを望むなら」

 

「ごめん、本当に。エアが俺のために喋ってくれてることはわかってるのに」

 

「いえいえ! 私の方こそ! 今回は余り有効なサポートができなくて申し訳ございません! あれだけの実力者が相手だと、やはり私なんて足手纏いですよね……」

 

「いや、そう言うわけじゃなくて……本当にごめん。これが終わったら、絶対埋め合わせはするから」

 

 621は、何故だかこの策を使う気になれなかった。絶対こっちの方が楽なのに。絶対こっちの方が確実なのに。だというのに。どうしてもこの策に頼るのが嫌に感じられた。

 そうこうしている内に、イグアスが復調したようだ。

 

「チッ、運が良かったなあ、野良犬」

 

「……ああ、全くだ」

 

 機体越しでもわかる。さっきまでの調子の悪さは鳴りを潜め、また動きにキレが戻っている。もう十分に戦闘ができそうだ。ならば、休憩はここまで。

 

「次はさっきみてえには行かねえからな。今度こそ殺してやる」

 

「望むところだ」

 

 もう、邪魔は入らない。後はただ二人、勝負を決するのみ。

 

「「いくぞ!!」」

 

 それは、奇しくも全くの同時。お互いがアサルトブーストを起動し、急接近する。お互いの間合いは一瞬でゼロへと収束してゆき、そして近接戦の時間だ。

 イグアスは、今度はパイルバンカーを頭上に構えて、振り下ろさんとしている。上から叩きつけようとでもしているのだろうか。しかし、その()()を察した621は、敢えて気付いていない振りをしてそのまま接近する。

 

「死ね!」

 

 ヘッドブリンガーから、無数の鉛玉が飛ばされる。イグアスは、パイルバンカーを振り下ろさなかった。代わりに、ウェポンハンガーに懸架されたマシンガンへと即座に持ち替え、距離が近いのをいいことに出鱈目にばら撒く。

 パイルバンカーを振り上げたのは飽くまでフェイント。本命は腕とハンガーの距離を近づけて、持ち替えの隙を最小限にすることに過ぎない。実際その甲斐もあって、イグアスの持ち替えは一瞬だった。普通の傭兵ならば、間違いなく回避できなかっただろう。

 

「それは、読めてる!」

 

 だが、621は跳躍して回避していた。彼は普通ではない。これまでの戦闘の流れから、既にイグアスのフェイントの“癖”というものを理解し始めていた。

 跳躍したLEAPER4は、空中で錐揉み回転をしながらヘッドブリンガーの背後に回る。同時にパルスブレードを起動。回転の勢いそのまま刃を叩きつける。

 

「甘すぎんだよ!!」

 

 イグアスは即座にクイックターン、同時に足を振り上げて、旋回の勢いそのまま蹴りを放つ。ヘッドブリンガーの爪先が正確にLEAPER4の左腕を捉え、弾く。パルスの刃はイグアスを捉えない。

 LEAPER4が着地する前にイグアスはショットガンを向ける。着地の隙を狙った一撃。今のイグアスなら、621が左右どちらにクイックブーストを吹かしたとて、それを撃ち落とせるだろう。

 

「お前もな!」

 

 だから、621は()にクイックブースト。向けられた銃口に、全力の頭突きをお見舞いする。銃口が下方に逸らされ、放たれた鉛玉は地面を抉る。

 対するイグアスは、またしても4連装ミサイルをノーロックで発射。狙いは当然LEAPER4の頭部。この距離ならば、被弾は必至――

 

「なっ!?」

 

「同じ手が二度も通じると思ったか?」

 

――というのは普通の傭兵の話だ。621は違う。四発のミサイルは、発射直後に全て爆発した。全て621が撃ち落としたのだ。このゼロに近い間合いの中で。

 しかも、621はリニアライフルの銃身が邪魔になるので、右腕を下ろしたまま手首だけを上に向けて射撃したのだ。そんな無理な体勢でこの射撃精度。イグアスの驚愕も一入だ。

 

「だがっ! ()()()さえ当ててしまえば! 勝つのは俺だ!」

 

 パイルバンカーに炸薬を装填、チャージ。必殺の一撃を叩き込まんと、左腕を引き絞る。対する621は、クイックブーストと同時に地面を蹴って、斜め前に跳ぶ。ヘッドブリンガーとすれ違うようにして背後に回った。

 

「しゃらくせえ!」

 

「!」

 

 だが、相手の癖を学んで対処するのは621だけの特権ではない。イグアスもまた、621の癖を理解し始めていた。だからこその、クイックターン。パイルバンカーを撃たずにディレイをかけ、その間にLEAPER4のいる方向に向き直る。

 

「今度こそ終わりだ!」

 

 このタイミングなら、避けようがない。チェックメイト。自身の勝利を確信したイグアスは、コックピットの中で牙を剝いた。

 

「イグアス、お前は――」

 

 それに対して621が取った行動は――

 

「見せすぎなんだよ」

 

 突然だが、621を最強の傭兵足らしめているものとは何だろうか? 操縦技術か? 判断力か? それとも絶対に諦めないその精神性か?

 

「自分の切り札を」

 

 否。全て否。彼を最強足らしめているのはその成長速度だ。今もそうであるように、相手の癖を見抜いて即座に対処する。それこそが彼の強みだ。

 だから、常人なら数十回、数百回は死ななければ勝てないような相手でも、最初の一回でその癖を掴み、勝利の道筋を見つけることができるのである。故に――

 

「だから、()()なる」

 

「っ!? その構えは!?」

 

 621は身体の前で腕を交差させる。それは、イグアスが何度もやってみせた受け身の構え。それをLEAPER4が取っていた。イグアスだからこそわかってしまう。それは形だけの猿真似などではなく、完璧な模倣であると。

 炸薬が鉄杭を打ち出し、LEAPER4を貫く。本来ならコックピットごとコアを貫いていたはずのその一撃は、しかし両腕を串刺しにした段階で止められていた。

 

「完全に理解したよ、()()のやり方と、それと――」

 

 621はヘッドブリンガーを蹴飛ばして強引に杭を抜く。今の損傷で両腕の武装が動かなくなってしまったが、それくらいは許容範囲。()()()()()()()を為すには、腕が動いてさえくれればいいのだから。

 

「――その弱点も」

 

 瞬間、LEAPER4がはヘッドブリンガーに抱きつき、そのままアサルトブーストを起動。

 

「なっ!? うぉぉぉおおお!?」

 

 突然身体にかかる凄まじいGに、イグアスの身体が悲鳴を上げる。621はそんなイグアスのことなど露知らず、ブースターの出力をぐんぐん上げていく。この後やることのためには、自機含めてAC二機を持ち上げる出力が必要なのだ。だからGで軋む身体を無視して、強引に速度を上げる。

 同時に、621はブースターの方向を制御し、上へ上へと機体を向ける。やがて二機のACは、完全に地面からその足を離した。

 

「まさか、てめえ――!」

 

「そうさ。そのまさかだよ」

 

 それでも621は、速度と角度を上げ続ける。

 

「お前の構えは飽くまで生身の喧嘩殺法で身に着けたものだ。だから、()()()()()()()ことが前提になってる」

 

 当たり前のことだが、生身の人間同士の格闘戦で、人間が空を跳ぶことなどない。生身の格闘戦は、地面に足をつけて行われるものだ。必然、そこで培われる技術も、それを前提としたものになる。

 

「だから、空中だと使えない。違うか?」

 

「っ!」

 

 それは何よりも雄弁な沈黙であった。イグアスの受け身は地面に踏ん張り、そこに衝撃を逃がせなければ成立しない。当然、空中では機能しないのだ。

 気付けば十分に速度が乗ったようだ。角度も十分に付いた。進行方向はほぼ真上。準備は万端。

 

「いっけぇぇぇえ!!」

 

「うわぁぁぁあああ!?」

 

 そして、LEAPER4がヘッドブリンガーを投げた。真上に向かって急上昇している最中に投げられたヘッドブリンガーは、その勢いのままに真っすぐ上へと飛んでいく。

 

「終わりだ」

 

 そして、621はグレネードを構えた。

 エアが分析していた通り、イグアスは自身の受け身を活かすために敢えてACSを切っていた。そして先にも説明したように、ACSを切った兵器は一発二発の被弾で態勢を崩し、撃墜されてしまう程に脆い。つまりは詰み。まさしくチェックメイトだ。

 二発の榴弾がヘッドブリンガーを捉える。たった二発の榴弾は、しかし一切の衝撃を緩和できないこの状況においては、致命の一撃にすらなり得る。

 

「っ!!? そんな!? 俺がまた、野良犬なんかに!」

 

 事実、この二発でヘッドブリンガーは機能を停止した。全く動かなくなったヘッドブリンガーが、そのままの姿勢で落ちていく。

 

「クソッ! すまねえ、みんな……クソぉッ!!」

 

「……」

 

 イグアスの慟哭を聞いて621は理解した。彼も621と同じように、負けられない理由を背負ってここに立っていたのだった。レッドガンという自分の居場所を守るために。ここを守るために散っていった勇気ある仲間たちの犠牲を無駄にしないために。

 しかし戦場は残酷だ。ヘッドブリンガーは爆発こそしていないものの、機体各所から火花を吹いていて、限界なのは誰の目にも明らかであった。動かないヘッドブリンガーは、そのまま深度2の床に落ちて、叩きつけられる。勝負は決した。

 

「……」

 

 床に倒れて動かなくなったヘッドブリンガーを、621は無言で見つめる。まさかイグアスがここまで強くなっているとは。人とコーラルの共生を為すうえで、彼は間違いなく脅威となる。ここで排除しておくべきだ。

 

「…………」

 

 唯一残った武装のグレネードを、ヘッドブリンガーに向ける。後は彼に向かって引き金を引くだけでいいのだ。それでミッションは終わり、後顧の憂いもすっぱりと消えてなくなる。いいことづくめだ。

 

「おい! どうした! 野良犬! 一思いにやれよ!」

 

「…………」

 

 本人もこう言っているのだ。撃つのを躊躇う理由がどこにある?

 

「イグアス」

 

 思い出されるのは、やはりアイスワーム戦。共にアイスワームの顔面を殴ったとき、ともにアイスワームの爆発から逃げたとき、戦いが終わってひと段落したとき。その時に感じた、あの初めての感情は何だったのか。621にはわからない。だけど――

 

「これで貸し二つだ。じゃあな」

 

「なっ!?」

 

――その感情を大切に思っている自分がいるということだけは、わかっていた。だから、621はグレネードを下ろした。ヘッドブリンガーを放置して、深度3へ繋がる隔壁へと歩き出す。

 

「っ! ふざけんじゃねえぞ! てめえ! 野良犬の分際で人様に情けをかけようってのか!? ざっけんな! 余計なお世話だ!」

 

「……まだ貸しも返してもらってないのに、殺せるわけないだろ。傭兵ってのは損得勘定に厳しいんだ」

 

「何だよそれ! 馬鹿にしてんのか!? おい! 野良犬! どこに行きやがる!」

 

 尚も吠え続けるイグアスを無視して、621は進む。最早自分でも何をしているのかわからなくなっていた。きっと、この後ウォルターやエアに叱られてしまうだろう。そう思ってなお、どうしてもイグアスを討つ気にはなれなかった。

 

「待ちやがれ! 野良犬! スカしてんじゃねえぞ! おい!」

 

「……」

 

 LEAPER4が隔壁をくぐり、そして隔壁が閉じる。もうイグアスの声も聞こえない。

 

「レイヴン、あれで良かったのですか?」

 

「……ごめん」

 

 開口一番、621は謝罪した。自分でも、これが傭兵としてあり得ない行動であることはわかっていた。

 

「責めているわけではありません。あなたがそれでいいと思ったのなら、きっとそれが一番なんだと思います」

 

「……何だよそれ」

 

「信頼しているのです。私は、今までずっとあなたを傍で見てきたのですから」

 

 エアは、それこそ文字通りにずっと621と共に過ごしてきたのだ。だから、彼がどれだけ考えて戦場に臨んでいるのかを知っている。

 選んで殺すことは、そんなに上等なことではないのかもしれない。だけど、彼の選択ならば、信じたいし尊重したい。それが彼女の偽らざる想いであった。

 

「きっとウォルターも同じだと思います。だから、今は休みましょう」

 

「……うん。そうだね」

 

 エアにそう言われて、初めてミッションが終わったのだという実感が湧いてくる。麻痺していた疲労感が息を吹き返し、身体が急激に怠くなってくる。

 

「エア」

 

「何でしょう?」

 

「いつもありがとう」

 

「フフ。ええ、こちらこそ」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「しかし、見るだけでイグアスの受け身を学習してしまうなんて、本当にあなたは強いですね」

 

「いや、ああは言ったけど、今の俺だとこの受け身を維持できるのは三秒くらいが限界だと思う。やっぱ凄えよ、イグアスは」

 

「……三秒も衝撃をゼロにできるなら、十分では?」

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 暗号通信開始。

 

『やあ、ウォルター。突然連絡して悪いね』

 

「随分と急じゃないか、カーラ。こっちは今忙しいのだがな」

 

『らしいね。聞いたよ、あのビジターがG5を見逃したらしいじゃないか』

 

「ああ。機体は破壊したから言い訳は立ったが、第二隊長の奴がこれ幸いと噛みついてきやがってな。お蔭で余計な労力を割く羽目になった」

 

『そう言う割には、随分と嬉しそうじゃないか。ええ? ウォルター?』

 

「……そうか?」

 

『ああ、そうさ。大方、ビジターが人並みの感情を持って嬉しいってところなんだろう?』

 

「まあ、そうだな。その通りだ。あいつにも殺したくないと思える友人ができたんだ。それは、素直に祝福すべきことだ。傭兵としては間違っているのだろうが、人間としては大正解だ」

 

『全くアンタの親バカには参ったね。構いすぎて嫌われないよう気を付けな?』

 

「俺は621の親ではない」

 

『ブレないねえ……。だけどウォルター、わかってるのかい』

 

「ああ。コーラルが絡むと死人が増える。もし621が友人を殺さざるを得ない場面が来たら、まあその時は俺がなんとかしよう。そこは安心してくれ」

 

『言ってることふわっふわじゃないの。安心できる要素ゼロだぞ?』

 

「……すまない」

 

『いいってことよ。ビジターが可愛いのはアタシも一緒だ。気持ちよく終われるよう、取り計らってやろうじゃないか』

 

「本当に何から何まですまない。ありがとう」

 

『だからいいって言ってるじゃないか。……ああ、それと今回急に連絡させてもらった“理由”についてなんだが』

 

「そうだったな。本題に入ってくれ」

 

『朗報だ、ウォルター。人とコーラルの共生……その手段が見つかった』

 

「! それは本当なのか!」

 

『落ち着けウォルター。そんなに顔をモニターに近づけるな。アタシに老人の顔をアップで観察する趣味はない』

 

「す、すまない。それで、その手段というのは?」

 

『コーラルエンボディ』

 

「あれは無理という話じゃなかったのか?」

 

『ところがどっこい、集積コーラル全部に()()をできるだけの()が見つかった』

 

「本当なのか? 推定コーラル量は既に莫大な数に上っている。それに、エンゲブレト坑道の件もある。実際のコーラルの量は、恐らく俺たちの予想を超えている。それでも()()()だけの()があるというのか?」

 

『論より証拠だ。今データを送る。見てくれ』

 

「……! これは!」

 

『ドルマヤンのクソジジイに言われてザイレムを再調査したんだ。それで見つかったのが()()さ』

 

「惑星間入植船……そういう船があることは知っていたが、まさかザイレムがそうとはな……」

 

『考えてみれば、アタシらより前に来た開拓者たちが何に乗ってきたのかって考えれば、このルビコンにもそれがあるのは当たり前だったんだよね。尤も、アタシはてっきりアイビスの火で焼失してるもんだと思ってたけど』

 

「これだけのサイズであれば……なるほどな。だが一つ問題がある」

 

()()のことかい?』

 

「そうだ。コーラルエンボディを為すためには、コーラルを()に接触させる必要がある。あれだけの量のコーラルだ。RaDが全勢力を使ってピストン輸送したとしても、相当な時間がかかる。それでは増殖に追いつかない。まさか()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけにも行くまいし――」

 

『そこのところは問題ない。解放戦線が全面協力を申し出てくれた。ルビコニアン全体で全力を出せば、まあ少なく見積もってひと月といったところかね』

 

「ひと月か……企業は間違いなく妨害してくるだろうな」

 

『その通り。だからコーラルエンボディを本格的に始めるためには、この星から企業勢力を全部追い出す必要がある』

 

「……壮大な仕事だな」

 

『アンタの仕事はいち早く集積コーラルに辿り着き、そこで待ち伏せして企業勢力を討滅することだ。集積コーラルに送られるのは当然企業の精鋭になる。それを全部潰せば、残りは烏合の衆。RaDと解放戦線で力を合わせれば、どうにでもなる』

 

「わかった。621にも伝えておく」

 

『ビジターには感謝しないとね。アイツのお蔭で、何とかこの星を焼かずに済みそうだ』

 

 暗号通信終了。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

「イグアス先輩! 無事ですか!」

 

 突然差し込んできた光に、思わず手で視界を遮る。次第に目が光に慣れてくると、そこには見知った部下の顔が見えた。

 

「今はここも安全ですが、いつアーキバスの部隊が来るかもわかりません! ですので先輩も避難所まで退避を!」

 

「うるせえなあ、レッド……お前の声はいちいち頭に響くんだよ」

 

 動かなくなったヘッドブリンガーのハッチを開けて、G6 レッドがイグアスの救援に来ていた。

 本当はヘッドブリンガーの緊急脱出装置までは壊れていなかったので、イグアス単体で脱出できたはずなのだが。しかし彼は、レッドが迎えに来るまでヘッドブリンガーの中で寝転んでいた。早い話が、彼は不貞腐れていたのだ。

 

「……なあレッド。今回の野良犬の侵攻で、どのくらい死んだんだ?」

 

「先輩が事前に脱出するよう指示していたお蔭で、MTの撃破数のわりには少ないです。しかし、やはり脱出が間に合わず戦死したものもいます」

 

「……そいつらの名前を教えろ」

 

「了解です。 まず、ティグリス、ユーフラテス、それから――」

 

 レッドが戦死者名簿を読み上げる。その間、イグアスはただ目を瞑って静かに聞いているだけだった。やがてレッドが全ての名前を読み上げ終えると、イグアスはゆっくりと立ち上がった。

 

「……腐ってるわけにはいかねえか」

 

「! イグアス先輩!」

 

 ACのコックピットからイグアスは這い出す。ACを失ったからなんだ。まだこちらには戦う力が残っている。戦力の過半を喪失したが、まだ四脚MTを始め、こちらはACに対抗し得る戦力を保持している。

 

「行くぞレッド。反抗作戦の準備だ」

 

「はい! 先輩!」

 

「やられっぱなしは性に合わねえ。野良犬の奴、ぶん殴ってやる」

 

「おやおや、我らが英雄さんは立ち直るのも早いですねえ」

 

「! 五花海!」

 

 ACを出た二人に歩み寄るのは、G3 五花海。

 

「鴉を討つというのなら、朗報です。鴉の快進撃に、上の無能どもも漸く危機感を持ったようでして。遂に本隊が投入されることになりました」

 

「本隊……ということは、ミシガンの野郎も来るのか?」

 

「勿論です」

 

「上の馬鹿どもが……いつもいつも、判断が遅えんだよ!」

 

 ミシガンさえいれば、あの野良犬さえどうにかなっただろうに。イグアスは無邪気にそう信じている。悔しいが、自分では野良犬に勝てなかった。だが、ミシガンならば。

 

「一度部隊を再編して、本隊と合流しましょう。深度調査は後でもできます。今は生き残ることが優先です。いいですね?」

 

 方針は決まった。ウォッチポイント・アルファを逆走し、深度1でレッドガン本隊と合流、レイヴン及びアーキバス戦力を撃滅する。深度調査はその後。

 この判断が一つの運命を変えることを、彼らはまだ知らない。

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

 

 レイヴンによるレッドガン深度調査部隊壊滅の情報は、すぐさまルビコンに知れ渡る。アーキバスはその情報を元に、そろそろ自分たちも戦力を投入すべきかと考え始める。その一方で、ルビコンの某所では――

 

「アーキバスが調査部隊の編成を始めたか。人の出入りが増えれば、当然紛れて潜り込みやすくなる。忍び込むには、この辺りが最適か」

 

 解放戦線中央氷原支部の指令室にて。帥叔、ミドル・フラットウェルは頭を悩ませていた。

 

「恐らくここからベイラムが盛り返すことはあるまい。となれば、この機に乗じてできるだけアーキバスの戦力を削っておく必要がある」

 

 解放戦線にとって、討つべきはベイラムとアーキバスの両企業だ。フラットウェルの考えでは、ベイラムの大勢は既に決しているものと見ている。レッドガン本隊を投入して巻き返しを図っているようだが、フラットウェルに言わせれば余りにも遅すぎる。放っておいても問題は無かろう。

 となれば、必然的にターゲットはアーキバスの方になってくる。独立傭兵を露払いに使うその賢い姿勢故に、アーキバスは相当な戦力を温存している。それをできるだけ消耗させなければ、解放戦線による集積コーラルの掌握は難しいだろう。

 

「恐らく送られる戦力には、番号付きも含まれるだろう。となれば、レイヴンに依頼して協働で排除するのが吉か」

 

 ベリウス地方では快勝を続けている解放戦線だが、中央氷原の方はそうではない。企業が戦力を集中しているこの地域に於いて、解放戦線に戦力的な余裕は殆どないのだ。だから、帥叔が自ら前線に立つことも考えなければならない。

 

「ベリウス地方からの増援が間に合うなら、そちらに行かせるべきなのだろうが……」

 

 “壁”とストライダーという二枚看板が健在であるため、ベリウス地方の企業勢力は殆ど追い返しつつある。だから、急ぎベリウス地方から中央氷原へと増援を送らせていた。だが、それがこのタイミングに間に合うかどうかは微妙なところだった。

 

「やはり私が――」

 

ピピピピッ!

 

「! そうか、もうそんな時間か……」

 

 手元の端末がアラームを鳴らし、時間を知らせる。

 

「ハァ……」

 

 溜息を吐いて、パソコンを起動。“定例会議”の時間が来てしまったのだ。現在解放戦線は絶賛RaDと提携中。必然、両組織での意思の擦り合わせは最重要事項となる。だからこうして、定期的に会議を開いているのだ。

 

「ハァァァァァァ…………」

 

 そんなただの定例会議を前にして、フラットウェルは長い長い溜息を吐いた。胃が痛い。体調不良ということにしてサボリたい。と言うか胃痛は実際体調不良なんだから、これはサボリとは違うのでは? そんな思考がフラットウェルの頭を過るが、しかしこの会議にルビコンの未来がかかっているのだ。帥叔という立場故、逃げるわけにはいかない。

 覚悟を決めて、通信を確立する。

 

『通信は繋がったみたいだね』

 

『ああ。こちらの声は聞こえているか? フラットウェルよ』

 

「は、はい。聞こえています。帥父ドルマヤン」

 

 この会議に参加するのは三人。フラットウェルとカーラ、そしてドルマヤンだ。フラットウェルは折れそうな内心を押し殺してドルマヤンに返事をする。なぜ彼がこんなにも死にそうな心情で会議に臨んでいるのか。それは今にわかることだ。

 

『さて、では定例会議を始めよう。まずはこちらの戦況を伝えておこう』

 

『こっちでは連戦連勝で、企業の拠点もいくつか奪取し始めてる。ベリウスから企業の影が消えるのも、時間の問題だろうね』

 

 先に述べた通り、やはりベリウス地方での快進撃は凄まじい。だが、今のフラットウェルはその報告を素直に喜べない。だって、知っているのだ。()()()この後、二人がどうなるのかを。

 

『ツィイーの方はベイラムの保管庫を強襲し、そのまま接収。ダナムとラミーのコンビは、アーキバスの前線基地を襲撃してこれを壊滅』

 

『あのラミーが、ランク圏外のカスとはいえACを撃破するなんてねえ……』

 

『当然だ。誰が鍛え、誰がアセンを考えてやったと思っている』

 

 ()()()()()()が始まる兆候を掴んだフラットウェルは、その胃を縮み上がらせる。

 

『だいたい近接武器をあんな腕に搭載するなど……お前は技術力はあっても、それを活かすのが下手糞過ぎる。もっと実践的に――』

 

『その話何回蒸し返したら気が済むんだよ、ボケジジイ。大体、ACの挙動なんてデータに表れないもんなんだから、知らなかったとしても仕方がないだろう?』

 

『そんなんだからお前は私に勝てんのだ。ACに乗って前線に出ることも厭わないと言うのなら、機体挙動の確認くらいは実際にやって当然だ。パーツ換装できる兵器が、データ通りに動くわけあるまい』

 

『あー、はいはい。お宅の言いたいことは良~くわかりましたよ。そうやって自分の知ってることを他人も知ってて当然みたいな考え方するから、お前は部下や同僚にも煙たがれるんだ』

 

『なんだと!? 何を根拠にそんなことを――!』

 

『最近のツィイーやダナムのアンタを見る目に気付いてないってのかい!? アイツら、訓練の時間が近くなるといっつもわかりやすく憂鬱な顔をしてさ。本当、可哀想』

 

『貴様、私の教育を愚弄するか!』

 

『そうだって言ってんだよ!』

 

「……」

 

 画面の向こうで始まる凄まじい口喧嘩。端的に言おう。カーラとドルマヤンは、凄まじく相性が悪かった。なので、毎回毎回定例会議の度にこうして口喧嘩が始まる。以前は頑張って仲裁しようとしていたフラットウェルも、最近はこのざまだ。

 現地にいなかったことを幸運に思うべきか、それとも立場上これを聞かされることから逃れられないことを不幸に思うべきか。とにかく、フラットウェルは胃がキリキリと痛み、意識が若干遠のいていくのを感じた。

 だが、耐えろ、フラットウェル。峠を越えれば二人とも落ち着きを取り戻し、そうすれば後はササっと今後の方針を決めて終わりだ。意識を保つんだ、フラットウェル。現実逃避で意識を飛ばすのは――

 

(あれ?)

 

 そこでフラットウェルは気付いた。この感じ、いつものと違う。いつもの意識消失は、自分から奥へ奥へと引っ込んでいくような感じだが、今回のは何かに引きずられて暗い暗い底の方へと連れていかれるような感じであった。

 

『『フラットウェル!?』』

 

 二人の見る前で、フラットウェルは倒れ伏した。ただでさえ戦力や物資に乏しい解放戦線。その割り振りという激務の中で、追い打ちをかけるように同盟相手との口喧嘩。ストレスが限界に達した帥叔は、ついにその意識を手放したのだった。

 

(番号付きの排除……私じゃ無理だ……誰に頼もうかな……)

 

 どこまでも糞真面目な帥叔の最後の思考は、そんなものであったという。

 




621
 戦技「我慢」を習得。狭間の地でも大概な性能だったのに、ルビコンでは猶更だった。

イグアス
 常時我慢状態とかいうとんでもねえチート野郎。空に飛ばす以外の勝ち筋あるかコレ?

エア
 男と男の決闘から締め出される可哀そうな子。でも大丈夫。621じゃ埋め合わせを約束してくれました。

ウォルター
 今回は広域レーダーが使えないこともあって、影が薄め。でも後半は色々喋ってたから……。

カーラ
 コーラルエンボディの見通しが立って喜んでいたのもつかの間、パワハラジジイに巻き込まれてキレる。

ドルマヤン
 有能ではあるんです……ただ人格に問題があるだけで。

フラットウェル
 意識が飛びました。死んではいません。こんなんじゃヴェスパー部隊伏撃できないよ……。

 ということで31話はVSイグアスでした。遅れて本当に申し訳ない! 前書きにもあった通り、某ゲームが辞められなくて全然執筆が進みませんでした。エルデの王に、俺はなる!(反省ゼロ) 多分次回の更新も遅れます。狭間の地が俺の魂を捕らえて離さねえんだ……。
 イグアスは当初から強化予定でしたが、こんなになるのは予想外。スタッガーしないってなんだよ()
 次回は地中探査-深度3……は全部原作通りなので、三行くらいで終わらせます。なので、()()選択ミッションから。621がどちらを選ぶのか……はもう大体皆さまの予想通りですが、フラットウェルが胃痛により出撃不可となったので、当然原作からはズレます。

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