傭兵やその代理人にとって、情報収集ほど重要なことはない。情報を集めれば情勢が見えてくる。情勢が見えれば、どう身を振ればいいのかが自ずとわかってくる。どこに付いたら利益が出るのか、どこに付いたら勝てるのか、何よりどこに付いたら生き残れるのか。
それは腕の有る無しに関わらず、絶対に把握していなければならない事柄だ。腕があっても頭が無ければ、傭兵稼業は成り立たないのだ。
だからウォルターは情報を集める。621を生き残らせるために。その上で彼が自分の目的を達成できるように。
今日も今日とて企業や解放戦線などの動向にアンテナを張り、僅かな漏れも逃さない。ルビコンに法律は無く、故に無法でアンテナを建てても罰せられることはない。気付かれれば大問題だが、気付かれなければ問題無し。そうやってウォルターは、企業相手ですらある程度の深度まで情報を吸い出せるようにしている。だから、
「アーキバスのコーラル輸送ヘリが襲撃された、か……」
企業の一番の狙いは勿論集積コーラルである。しかし、ルビコン各所ではそれ以外にも少量のコーラル湧出が起きていて、当然企業はそうしたコーラルにも手を付けている。
アーキバスはそうして回収したコーラルをヨルゲン燃料基地に貯蔵していたのだが、最近になってそれを研究所に輸送しようとしたらしい。そしてその瞬間を狙われたようだ。空輸ヘリは全滅させられ、解析に回すはずだったコーラルは全て焼失したという。
「ベイラムの仕業か? いや……決めつけるのは早計か」
今のベイラムとアーキバスは、アイスワームに対処するために同盟を組もうと動いている。そのため、大規模な対立はお互い避けるような動きを見せている。些末な小競り合いこそ相変わらず続けているが、大隊レベルで武力衝突するような事態はどちらも回避したいはずだ。
「であるならば、ベイラムがやった可能性は低い。一体誰が……」
ウォルターはこの件に関して、
「……情報深度を上げるべきか」
より詳細な情報を得るのは危険を伴う。しかし、ウォルターの勘はそうしてでもこの件について知るべきだと主張していた。
ピピピピッ! ピピピピッ!
「! 着信……誰からだ?」
そんな時、突然ウォルターが携帯していた通信端末が受信のアラームを鳴らした。
「差出人は……エアだと? 緊急の連絡か?」
エアは基本的に対面でのコミュニケーションを好み、同じ拠点にいる間は余程のことがない限り対面での会話で情報交換しようとする。
そんなエアが同じ拠点にいるはずのウォルターに通信で連絡してきた。これは何か緊急の案件に違いない。そう判断したウォルターは急いで端末を取り、耳に当てる。
「エア、どうした……なんだと!?」
果たしてそれは、普段冷静なウォルターが目を見開くほどの緊急案件だった。
◆◆◆◆◆◆
車椅子に座った少年がいた。彼は手すりに掴まり、ゆっくりと車椅子から立った。その脚は震えているが、しかし確かに床を捉えている。
少年は目を瞑り、大きく息を吸って吐いた。表情を引き締め、瞳に覚悟が宿る。そして、手すりからゆっくりと手を離した。
「……!」
それを見ていた車椅子が息を呑む。車椅子が見守る中、少年は自分の脚だけで立っていた。手すりに頼らず、自分の力だけで自重を支える。それは殆どの人間にとって当たり前にできることであるが、しかしこの少年にとってはそうではなかった。それを遂に成し遂げたのだ。
だが少年の表情は晴れない。だって、ここからが本番なのだ。より一層の覚悟を心に、歯を食いしばる。
そして少年は一歩を踏み出した。よろめきながらもゆっくりと、しっかりと。一歩、また一歩。自分の脚だけで前に進んでいく。少年の歩みはまだ不安定だったが、それでも確実に前へ進んでいた。
「凄い……! レイヴン、凄いです!! ちゃんと、歩けています!!」
少年は微笑みながら、頭を少し上げた。下じゃなくて、前を見る。脚を見る必要は、きっともう無い。少しずつ歩くことに慣れていく。一歩踏むたび自信が湧いてきて、彼の脚はより頼りになっていく。
「レイヴン……!!!」
感極まった車椅子から、嗚咽の声が漏れる。少年は歩いていた。二本の脚で確かに歩いていた。遂に、成し遂げたのだ。四度目でもできるようになった。
その実感を噛み締め、少年は笑顔を浮かべる。そして、ここまで支えてくれた
「ありがとう、エア。君のお蔭で、やっとここまで来れた」
◆◆◆◆◆◆
「621……!!」
勢いよく扉を開けて部屋に入ってきたのはウォルターだった。杖を突いた老人が出してはいけない速度を出していた気がしたが、気のせいだろう。
エアから621が歩いたということを聞いた彼は、今の仕事をほっぽり出して駆けつけてきたのだ。
「ウォルター!! 見てください! レイヴンが――!!」
「見て見て! 俺歩けるようになったよ!」
621はウォルターの前で歩いて見せた。まだ少したどたどしい歩みは、しかしかつての寝た切りだった姿を思えばあまりにも元気に満ち溢れていた。
「
「えっ、ちょっ、ウォルター?」
感極まったウォルターは、涙と嗚咽を抑えられない。涙でぐしゃぐしゃになった顔で、何度も621の名前を呼ぶ。
621が若干引いていることにも気付かず彼の下へ歩みより、そしてそのまま621を抱き締めた。
「良゛か゛っ゛た゛な゛あ゛ぁ……!」
「いや、ちょ、そこまですることじゃ……」
ウォルターに抱き締められるのは嬉しいが、あまりのテンションの違いに一周回って冷静になる。
見れば、エアも歓声とも泣き声ともつかない声を漏らし、感情を爆発させている。
(あれ……俺以外みんなテンションが振り切れてる……)
何かもう冷静とかそのレベルを通り越して呆れすら感じ始める621であった。
(でもそりゃそうか。俺にとって俺が歩けるようになるのは
思えば一度目の時の自分は、まだ情緒が十分に育っていなかったにも関わらずウォルターやエアと同じような反応をしていたような気がする。
人のことを言える立場ではない。
(そうだったな。一度目も二度目も三度目も。エアもウォルターもまるで自分のことのように喜んでくれて、本当に嬉しかった。この人たちとずっと一緒にいたいって願って、それで──)
──そんな人たちを自ら手にかけた。
「──ッ!!」
一度目ではエアを。二度目ではウォルターを。自分の手で殺した。
さっきまで浮わついていた心が急激に冷えていく。エアとウォルターは祝福ムードに夢中で気が付かない。621が歯を食いしばり、掌に爪が突き刺さるほど強く手を握っていることに。
(……大丈夫だ。四度目こそ二人を殺さなくて済むように、色々頑張ってきたんだ。だからきっと、今度こそ──)
地に足を着けた鴉は、改めて決意する。もう絶対に、大事な人たちを殺しはしない。
◆◆◆◆◆◆
『独立傭兵レイヴン。これはアーキバス本社から直々の依頼です。
貴下もご存じの通り、我が社の最高戦力であるV.I フロイトは近い将来強化手術を受ける予定となっており、現在そのための特設ラボをルビコン某所にて建造しています。
しかし、隠匿していたはずの当施設の存在に、何者かが気付いたという情報が入りました。諜報部によると、下手人は独立傭兵集団“ブランチ”に当施設の襲撃を依頼し、破壊を目論んでいるそうです。
当施設はフロイトのアキレス腱になり得るという判断から、徹底的な隠蔽工作が敷かれています。そのため、施設を出入りする人数を最小限に抑えていて、大規模な防衛部隊の展開は難しいのが現状です。そこで、貴下には当施設の防衛をして頂きたいのです。
なお、フロイトは現在別の場所で手術の準備をしています。当施設に彼はいませんので、変な気は起こさない方が良いでしょう。
本作戦では、V.IV ラスティも共に防衛に当たります。協働して敵勢力を迎撃してください。
ブリーフィングは以上です。よろしくお願いします』
ブリーフィングを聞き終えた621は、知らぬ間にとんでもないことになっていたフロイトの現状に、モニターの前であんぐりと口を開けていた。何をどう間違えたらフロイトが強化手術を受けることになるのか。どんな因果関係だ。
(ええ? フロイトが強化人間? 一体どういうこと? 急になんで? あいつ真人間に拘るタイプじゃなかったの?)
別にそんなことない。621の勘違いである。
というかそれ以前に、フロイトの強化手術は“旧宇宙港襲撃”のブリーフィングでも言及されていたことである。最も、その時の621はラスティに夢中で全く聞こえていなかったのだが。
つまりこの件を耳にするのは実質これが初見である。困惑も一入であろう。
(まあ、依頼されたからには守るけどさ……)
一瞬ラボを襲えばここでフロイトを殺害できるのではと考えたが、ペイターも言っていた通りまだフロイトはラボにいないのだ。無意味な襲撃になるだろう。
いや、完全に無意味ではない。ラボを破壊すればフロイトの強化手術をご破算にすることができる。しかし、その行為に傭兵としての信用を失ってまでやるほどのメリットがあるかというと、やはり疑問でしかない。
これは真面目に防衛するべきだろう。621はそう判断した。
(というかそんなことはどうでもいいんだよ! この依頼、ラスティが僚機じゃねえか! こんなに早くまたラスティと一緒に戦える機会が来るなんて、明日はグレネードの雨でも降るんじゃないか?)
あまりにも物騒な想像だが、621にとってラスティとの共闘とはそれほど重いイベントなのであった。憧れの戦友と再び肩を並べられる。であるならば、依頼を受けない理由などない。
「受けよう。絶対受けよう。というか受ける……もう受けてたわ」
行動が早いのは美点か欠点か。この場合では恐らく美点なのかもしれない。
◆◆◆◆◆◆
通常モードのLEAPER4でアサルトブーストを吹かし、洞窟を駆け抜ける。指定された座標までもうすぐだ。
「こんな場所にラボを建てるなんて……珍しいですね」
指定された座標は洞窟を進んだ奥深く。殆ど手が加わっていない天然の洞窟を目にして、エアは興味深そうに呟く。
「隠蔽という観点からすれば合理的だ。天然の洞窟というものは、少ない労力で拠点化できる。工事のために機材や人員を運搬するのは存外に目立つが、これならばそういう時間を大きく減らすことができる」
ウォルターはLEAPER4のセンサーを通じて分析する。あえて洞窟の殆どを天然のまま残しておきながら、そうとは気付かれないように車両やMTは通れるような加工が施されている。使われている技法に、アーキバスの本気度が窺えた。
「確かに、これなら俺も気付けないな。でも、だったらブランチを雇った奴はどうやってここに気付いたんだ?」
621は至極当然の疑問を口にする。ラボまでの道のりを実際に走ってみて、621はその隠匿性能の高さを身を以て実感していた。ならば猶更それを発見できた相手が気になる。
「アーキバスと敵対している陣営なのは間違いないだろうが……ベイラムではないだろうな。あそこはこういう搦手には弱い」
「では、解放戦線ではないでしょうか? 実質的指導者のミドル・フラットウェルはアーキバス系列企業のシュナイダーと深い関わりがあるそうですし、その伝手でアーキバスにスパイを送り込んでいるという噂もあります。そうしたルートからラボの情報を得たという線も考えられるでしょう」
「なるほど……あり得ない話ではないな」
傭兵が依頼外の事柄を詮索するのはあまり褒められた行いではないのだが、どうせ誰も見ていないのをいいことに思い思いに詮索する。エアとウォルターは、今回の“下手人”が解放戦線である可能性が高いと踏んでいるようだった。
「いや……解放戦線じゃないと思う……」
しかし、621としてはそうでなかった。
「ほう? なぜそう思った?」
「いや、だって……自惚れかもしれないけどさ、多分下手人が解放戦線なら、襲撃の依頼は絶対俺に出すと思う」
「確かに……レイヴンほど解放戦線に味方している独立傭兵もいないですからね」
この特設ラボは、フロイトの強化手術のためのラボである。つまり、アーキバスにとっては殆ど最重要拠点と言っても差支えないだろう。
そんな場所を襲撃させるなら、最も信頼できる相手に頼むはずだ。それは、見ず知らずのブランチなどではなく、今まで実績を積み上げてきた621であるはずだ。
「だから解放戦線の線は薄いと思う」
「なるほど、一理あるな……」
ウォルターは頷く。621の推測に理論的な破綻はなく、概ね正しいように思える。ここまで自分で考えられるようになるとは。ウォルターとしては感無量であった。
「621、お前は本当に賢くなったな」
「いやいや、そんなことないって……」
LEAPER4の中で、621は頭を掻く。
「レイヴンはずっと勉強を頑張ってきましたからね。もう傭兵だけじゃなくて、オペレーターの方もできるかもしれませんね」
「いや、待って。まだ俺はそんな大層なもんじゃないから……」
褒めてくれる二人が自分と比べてどれほど賢いのか、621はそれを普段から見ているのだ。この二人を前にして、自分が賢いと思えるはずがない。
だが、褒められるのは悪い気がしない621なのであった。
「しかし、それならばブランチに依頼を出したのは結局誰なのでしょうか?」
「……さあ?」
「……わからんな」
◆◆◆◆◆◆
そろそろ指定した地点に着く。今一度アセンブルを確認。
R-ARM UNIT:
L-ARM UNIT:
R-BACK UNIT:
L-BACK UNIT:
HEAD:HC-2000/BC SHADE EYE
CORE:07-061 MIND ALPHA
ARMS:04-101 MIND ALPHA
LEGS:IB-C03L: HAL 826
BOOSTER:IB-C03B: NGI 001
FCS:FC-008 TALBOT
GENERATOR:VE-20C
EXPANSION:ASSAULT ARMOR
(よし)
特に変なアセンミスは無さそうだ。一度アイスワーム戦で
今回のアセンブルは対複数ACを想定した重量寄り高火力アセンだ。相手はあのブランチ。最上位レベルの実力者が三人も所属する傭兵集団だ。いくら僚機ありとは言え、真正面からぶつかるのは厳しい。故に、一機ずつ最速で撃破していって、連携を防ぐ。それが今回のアセンのコンセプトだ。
「俺が守るのはこっちで、向こうを戦友が守る、と……」
事前に送られていた図面を見て、配置を再確認しておく。今回防衛するラボは、出入口が二つしか存在しない。一つは今621がいる人員輸送用の通路。先にも述べた通り、この通路は殆どが天然の洞窟そのままで、狭く曲がりくねった構造になっている。
もう一つは物資や機材の搬入用の通路。向こうはこっちとは違い、全面が舗装されていてある程度の広さが確保されているらしい。そこをラスティが防衛する手筈となっている。
「アーキバスの防衛部隊は既にラボの傍まで退避して、本丸の守りを固めている」
「つまり、ここを通ろうとする奴は全部敵ってことでOK?」
「ああ、それでいい」
わかりやすくて助かる。どうせヴェスパー以外のアーキバスの戦力なんて、優れたAC乗りの前では足手纏いにしかならないのだ。ならば、最初から後ろに下がってもらっていた方がやりやすい。
「配置に付いたようだな、戦友」
「ラスティ!」
通信から聞こえてくる声に、621は露骨に嬉しそうな声を上げる。
「情報部によれば、連中はラボの人員を逃がさないよう二つの入り口を同時に攻めるつもりらしい」
「だから二手に分かれて防衛するのか」
「そういうことだ」
隠匿性を高めるための構造が仇となり、このラボは二つの出入口以外の逃げ道が存在しない。だからこそ、こういう場合は戦力を分散しなければならない。
「じゃあ俺は速攻で片付けてそっちに救援に行ってやるよ、戦友」
「言ってくれるな、戦友。こちらこそ、さっさと終わらせてそちらの援護に向かってやるつもりだったのだがな」
「じゃあ競争だな」
「先に倒せた方が救援に向かおう。期待して待っていてくれ、戦友」
通信越しに笑い合う。たった一度しか共闘していないはずなのに、そこには確かな信頼があった。
「621、敵性反応だ。急速に接近してきている」
「! そうか……戦友、悪いが雑談はまた後だ。敵が来た」
「そっちもか。私の方でも今、敵の反応を捉えた。襲撃が始まったようだな」
レーダーに赤い点が一つ。それを確認した621は、即座にACを戦闘モードに切り替える。
『メインシステム、戦闘モード起動』
敵性反応が近づくにつれて、通信に新たな声が二つ混じり始める。恐らく今回の敵、ブランチだ。オープン回線にしているのは、余裕の表れか、それとも慢心か。
「聞こえているな? シャルトルーズ。相手は恐らくヴェスパーだ。
「キング、またそうやって偉そうに……言われるまでもない。
「そう言うな。あいつが自由人なのはいつものことだろう? さっさと終わらせて、
聞こえてきたのは真面目そうな男の声と、若干気怠げな女の声。間違いない。ブランチの“一人目”、キング。及び“二人目”、シャルトルーズ。どちらもかなりの腕前であり、621とて油断はできない相手だ。この分だとシャルトルーズがこちらを、キングがラスティの側を襲撃しているのだろう。
「来たか……621、シャルトルーズのAC、“アンバーオックス”は大火力のタンク型ACだ。正面衝突は避けたいところだが、この地形ではな……」
先述した通り、今回の戦場はほぼ自然のままの洞窟だ。非常に狭く、ACが動き回るには心許ない。地形的にはシャルトルーズに有利。
だがそれは621が臆する理由にはならない。アサルトブーストを起動、一気にアンバーオックスに接近する。
「敵が来る……どうせヴェスパーの誰か――!?」
こちらを視認するなり、シャルトルーズは驚愕した。621はその隙を逃さない。彼女が驚愕している間にできる限り削っておこうと、レーザーライフルにパルスガン、10連ミサイルを一斉発射した上でキックまで繰り出した。
しかし、流石に相手も凄腕の傭兵。即座に食らっていい攻撃とそうでない攻撃を判別。キックとライフルは確実にクイックブーストで回避し、避けきれないパルスガンとミサイルは装甲で受け止める。
「キング! こっちの相手はあの偽物野郎だ! アーキバスに雇われたんだ!」
「何だと!? 奴は解放戦線の紐付きじゃないのか!?」
相手は何か驚いているが、そんなことで容赦する621ではない。再びレーザーライフルとパルスガンを連射。青い光線と黄緑の光球が、群れでアンバーオックスに殺到する。
しかし、一度相手を確認している以上、シャルトルーズの対応は冷静だ。装甲の厚さではシャルトルーズに分がある以上、ダメージレースに持ち込めれば彼女の勝ちだ。だから選択したのは回避ではなく攻撃。621の攻撃を無視して、全武装を一斉発射。
アンバーオックスの武装構成は右手
ここは狭い洞窟。回避できるスペースは殆どない。光芒と榴弾の雨に対して、LEAPER4は後方に下がることしかできない。それを見てシャルトルーズは勝利を確信し――
ガァンガァン!
「ッ!!?」
――直後に驚愕した。LEAPER4は連装グレネードを発射。狙いはアンバーオックス――ではなく洞窟の天井。ほぼ天然のままの洞窟に、榴弾に耐える硬度などあるはずもない。天井が破壊されて、一瞬で崩れ落ちる。LEAPER4とアンバーオックスの間の洞窟は土砂によって塞がれ、LEAPER4を守る即席の盾となる。大量に崩れた土砂にぶち当たって、アンバーオックスの一斉射は一発たりともLEAPER4に届かない。
「こいつ、普通じゃない……!」
シャルトルーズは一気に警戒のレベルを引き上げた。
だが今ので確信する。判断力は
「だからって、いい気にならないでよ……!」
「待て! シャルトルーズ! 早まるな!」
格上の相手に臆するような人間なら、端から傭兵などやってはいない。シャルトルーズは、むしろ戦意を迸らせる。
「始めているようだな、戦友。こちらも接敵した」
「こっちの方はV.IVか! シャルトルーズ! すぐに倒してそちらに向かう! それまで持ちこたえてくれ!」
「舐めたことを言ってくれる。レイヴン、すぐそちらに向かう。大船に乗ったつもりで戦ってくれ」
通信越しに銃声やブーストの音が響く。ラスティとキングも交戦を開始したようだ。
(早くこいつを撃破してラスティの救援に向かいたいが……
LEAPER4とアンバーオックスは土砂崩れを挟んで睨み合う。しかし両方とも自分から動こうとはしない。
どちらもやろうと思えばこの土砂崩れを吹き飛ばせる。LEAPER4もアンバーオックスも、高火力の武装を使えば容易にそれができる。しかし、先に土砂崩れを吹き飛ばした場合、そうした武装を使った隙を相手の目の前で晒すことになる。だから、動けない。
(かと言ってこのまま睨み合うわけにもいかない。賭けに出るか、あるいは……)
一瞬の思考。そして最適解に至る。621は土砂崩れに向けてレーザーライフルとパルスガンを連射。その音は向こう側のシャルトルーズにも聞こえているだろう。
「隙の少ない武器で地道に開通させるつもり? レイヴンを名乗ってる癖に、随分とみみっちい手を使うんだね」
シャルトルーズは挑発するが、反応は無し。どうやら本当にこのまま地道に開通させるつもりのようだ。そう判断したシャルトルーズは、レーザーライフルと拡散レーザーキャノンをチャージ。開通したその瞬間に、最大火力で消し飛ばすつもりだ。
(V.Iに勝ったからって調子に乗るな! 解放戦線なんかに尻尾振る奴なんて、レイヴンに相応しくない! そのことを、私が教えてやる!)
レーザーとパルスが土砂を蒸発させる音が響き続ける。恐らく、もう少しで開通する。その時が勝負――
(――音が止んだ? まだ開通してないのに、どうして――)
その瞬間、一筋の光が土砂を貫通してアンバーオックスに飛んできた。突然のことで、シャルトルーズは躱せない。
光の狙いは拡散レーザーキャノンだ。莫大なエネルギーを流し込まれ、必殺の一撃を撃たんとしていたその銃口に、青い光が寸分違わず突き刺さる。
「まずっ――!?」
撃ち抜かれたことでレーザーキャノンのエネルギーが暴走し、アンバーオックス自身を焼く青い爆発となる。爆音と共に発生した青い閃光は、勿論物理的な破壊力も大きいが、それ以上に衝撃力もかなりのもの。アンバーオックスはこの一撃でスタッガーに陥ってしまった。
621がやったことは単純。チャージレーザーライフルでギリギリぶち抜けるくらいの厚さになるまで土砂崩れを融かし、そうしたらチャージレーザーライフルで抜いて意表を突く。
621の予想通り、シャルトルーズは開通したその瞬間を狙ってレーザーキャノンをチャージしてくれていたので、それも有難く利用させてもらう。
エネルギー満載の武器は、爆弾と同じだ。銃口を撃ち抜いて内部を破壊すれば、そのエネルギーは自らを破壊する罠へと変わる。
だから今シャルトルーズはスタッガーに陥っている。そしてそれを逃すほど621は甘くない。ギリギリまで融かされ、最後にチャージレーザーで貫通させられた土砂崩れは、始めよりもかなり脆くなっている。故に、ACのアサルトブーストでも頑張れば突っ切れる。
土砂崩れを突っ切ってこちらに向かってくる漆黒のACの姿を見て、シャルトルーズは自身の敗北を悟った。
「強すぎる……どうしてレイヴンって奴は、いつもいつも――」
「落ち着け! シャルトルーズ! 偶然だ! 名前で戦えるのなら苦労はしない!」
キングが呼びかけるが、最早無駄でしかない。パルスガンが、レーザーライフルが、10連ミサイルが、連装グレネードが、蹴りが、アサルトアーマーが。LEAPER4の持てる武装全てを回し、凄まじい勢いでアンバーオックスの耐久を削っていく。
「なんなの、こいつ――」
その言葉を最期に、アンバーオックスは爆散した。
「シャルトルーズ!? 急いで脱出を――ぐうっ!?」
「戦闘中に余所見とは、感心しないな。キング」
向こうはまだ終わっていないようだ。ならばやることは一つ。
「競争は俺の勝ちだな、戦友。今からそっちに行く。獲物は残しておいてくれよ」
「フッ、冗談を。二匹も食べたら腹を壊すぞ。こいつは責任を持って、私が頂くさ」
「くっ! 企業の首輪付きの分際で! 余裕のつもりか!?」
流れてくる断片的な情報から、恐らくはラスティ優勢。この分なら本当に自分が行く前に終わるのではないか。そう621が思っていた矢先のことだった。
「広域レーダーに反応あり……621、もう一機だ。搬入口の方に向かっている」
「この反応は……ACです! レイヴン、このままだとラスティは二対一に!」
「っ! やっぱり来たか!」
ブランチの戦闘員は全部で三人。この場にいるのは二人だけ。ならば、最後の一人は遅れて現れるだろうとは思っていたが。このタイミングで来たようだ。
「戦友! 敵の増援だ! もう一機そっちに向かってる!」
「ああ、私も気付いている。これは流石に厳しい。救援を頼む」
「勿論だ戦友! 持ちこたえてくれよ!」
「私を誰だと思っている」
621は急いでアサルトブーストを吹かし、ラボの方へと向かう。ここからなら一旦ラボを経由して搬入口に向かうのが最短経路だ。
(ラスティは強い。そう簡単にはやられないはずだ。でも相手はあのレイヴンで、しかも二対一。いくらラスティでも、これは厳しい)
傭兵としての冷静な頭が、瞬時に戦友の危機を予感させる。
「待っててくれよ! 戦友!」
◆◆◆◆◆◆
「レイヴン、通信は聞こえてる……?」
舗装された地下道を、一機のACが疾走する。
「あなたの偽物がこんなところにいたなんて……因果なものね」
「レイヴン」は何も答えない。オペレーターもそれについて何か言ったりはしない。この二人は今までそうやって歩んできた。
「見せてもらいましょう。借り物の翼で、どこまで飛べるか」
そうして「鴉」は戦場に降り立つ。ラスティとキングが戦う戦場に乱入したのは、灰色のAC。
「……お待たせしました、キング」
フレームはRaD製の宙域探査用AC。しかし、頭部だけは戦闘用にカスタマイズした独自品。そのバイザーが降り、排除すべき敵を見据える。
「遅かったな、
「そうですか……彼は、それほどまでに……」
キングのAC、“アスタークラウン”と肩を並べるその機体の名前は“ナイトフォール”。搭乗者名、
「レイヴンか……なるほど。道理で、戦友は
現れた「レイヴン」を目にして、ラスティは何かに得心がいったかのように呟く。だが、考え事をしている暇はない。状況は二対一。どうしようもなくこちらが不利だ。
「行きましょう、キング。ここで偽物を仕留めるためにも、まずは
「ああ。所詮は首輪付きだ。お前の敵ではあるまいよ」
舐められている。ラスティはそれを肌で感じた。だが、怒りに任せて飛びかかるような真似はしない。
(キング単機でも手こずっていたのに、さらにもう一機とはな……戦友が来るまで、逃げ切れるかどうか……)
戦友を不安がらせまいと通信では強がっていたが、実際ラスティはキングに対してそこまで優勢に戦えているわけではない。戦況はほぼ互角で、お互いに有効打を与えられていないという状況であった。
そこに更にもう一機。しかもそれが
(なんとか時間を稼ぎ続けるしかないか!)
戦友さえ来ればきっと勝てる。そう信じてスティールヘイズは飛んだ。
「レイヴン、相手の情報を伝えるわ。パイロット名、V.IV ラスティ。ACネーム、“スティールヘイズ”。負けるような相手ではないけど、油断だけはしないように。この後偽物との戦いも控えているのだからね」
「企業の狗め! シャルトルーズのためにも、ここで落とす!」
二機が一斉に攻勢を仕掛けてくる。キングのアスタークラウンは右手に
そしてレイヴンのナイトフォールは右手に
この二機が万全のコンビネーションで攻めてくる。キングの方に注視すると、彼はパルススクトゥムで防御を固め、その隙にレイヴンがグレネードとパイルバンカーで大ダメージを狙ってくる。
かと言ってレイヴンの方に注視すると、そちらは回避に集中して囮となり、その間にキングがリニアライフルと3連レーザーキャノンで一撃必殺を狙ってくる。まるで隙がない。
「まだ逃げ回るか! 無駄なことを!」
キングがチャージリニアで狙撃してくる。今更FCSに頼った狙撃に当たるラスティではないが、しかしその一撃は確実にラスティの注意を引く。
その隙にレイヴンがラスティの上を取り、グレネードを撃ち下ろす。クイックブーストで直撃は避けるが、地面に当たって炸裂した榴弾の爆風がスティールヘイズを焼く。
「チッ!」
クイックブーストした先にキングが待ち構えていた。アスタークラウンの3連レーザーキャノンが青い光を放っている。間違いなくチャージ済みだ。装甲の薄いスティールヘイズでは致命傷になり得る。
「何っ!?」
レーザーキャノンが発射される直前に、アスタークラウンを踏み台にして跳躍。金属がぶつかり合う重い音を響かせて、スティールヘイズがアスタークラウンの後方へと跳ぶ。当然レーザーキャノンは当たらず、明後日の方向を撃ち抜く。
だがブランチの猛攻は終わらない。跳んだラスティに対して、レイヴンは双対ミサイルを発射。三対六発のミサイルが、スティールヘイズを挟みこむように飛んで行く。横への回避は不可能。避けるには前後どちらかに動かなければならない。しかし、レイヴンがグレネードを構えているのが見える。ミサイルを避けたところを狙い撃ちにするつもりのようだ。
横に避けたらミサイル。前後に避けたらグレネード。アスタークラウンを蹴って跳んだため、スティールヘイズは天井すれすれ。つまり上にも避けられない。まさに詰み。だからラスティが選んだのは――
「まだだ!」
――下だ。咄嗟に空中でブーストを吹かして姿勢を反転し、天井に足を着ける。そのまま天井を蹴って、レイヴンの包囲網から離脱。
レイヴンがグレネードで狙いなおしてくるが、もう一度反転して床を蹴る。跳躍した先には壁。
壁を蹴ってさらに跳躍し、相手の狙いを逸らす。FCSでは絶対に狙えない動き。戦友やフロイト相手でもなければ、これを破られることはない。そうラスティは信じていた。
しかし、レイヴンは冷静だった。瞬時に、この動き相手ではFCSは役に立たないと判断。マニュアルエイムでラスティの移動先を予測、そして撃つ。
放たれた二発の榴弾は、ラスティが移動しようとした先を正確に捉えていた。
「まだ私は――!」
ラスティはなんとかブーストを吹かして無理矢理避けようとしたが、避けきれるものではない。一発は躱したが、一発がコアに直撃する。
「企業の狗がここまでやるとはな。だが終わりだ」
グレネードが直撃してよろめいたところを、キングが蹴とばす。四脚特有の回転蹴りは、よろめくスティールヘイズでは回避できない。
「死ぬわけには――!」
スタッガー。スティールヘイズは動けない。それに対し、ナイトフォールはとどめを刺さんとアサルトブーストで接近。左腕のパイルバンカーに炸薬を装填。左腕を引き絞る。ラスティには、その動きはいやにゆっくりに見えた。そしてパイルバンカーが振るわれ――
ガァァァン!!
――その直前に、けたたましい金属音と共にナイトフォールが吹き飛ばされた。ラスティの視界に、目の前まで迫ってきていたはずのパイルバンカーはなく、代わりに映るのは唯一無二の戦友。
「すまない、戦友! 遅くなった!」
赤い目を光らせる漆黒の人型。LEAPER4がそこにいた。
「戦友! 来てくれたか!」
ラスティが歓喜の声を上げる。漸く反撃の時間が来たのだ。
「あれが、シャルトルーズをやった――!」
「ええ。強化人間C4-621。レイヴンの名を騙る傭兵。ACネーム、“LEAPER4”」
二組のACが距離を空けて睨み合う。一方にはLEAPER4とスティールヘイズ。もう一方にはナイトフォールとアスタークラウン。お互いがお互いに抱く最大級の警戒心は、この戦場に僅かばかりの停滞の時間を生む。睨み合ったまま誰も動かず、何も発しない。
そんな沈黙の中で、レイヴンのオペレーターは語りかけた。
「強化人間C4-621。あなたはそれほどの力を持ちながら、なぜ解放戦線に肩入れするのですか?」
「は?」
突然の質問に、621は面食らう。
「あなたには自由の空を飛べるだけの翼がある。なのに、なぜ一勢力に加担するのです? 背景を求めるのは、臆病者の――」
「臆病だと?」
オペレーターの声が遮られる。621の声には、抑えきれない怒気が滲み出ていた。俺がどんな考えで彼らに加担しているのか知ろうともしないくせに。自由に憧れ、しかしそれの本質を理解できない彼らには、621の覚悟などわかるはずがない。
「地に足着けてるって言って欲しいな。飛びっぱなしの足切り鴉め」
自分に今ある精一杯の語彙で、相手を罵倒する。四度も生きて薄々勘付いていたが、やはり自分はこいつらとは絶対に相容れない。
「……そうですか。やはり、あなたにレイヴンの名は相応しくない。ここで、その名を返してもらいます」
その宣言を開始のゴングとして、四機が動き出す。戦闘再開。ここに、第二ラウンドが始まった。
輸送ヘリ襲撃
あのポンコツが全機撃墜できた種は次回明かします。
ウォルター
621は四度生きて歩けるようになることを四度経験してますが、多分四度とも同じ反応をしているであろう人。
エア
あえて人物の名前を書かずに姿だけを書く演出をすると、車椅子呼ばわりになってしまう悲劇のヒロイン。
621
知恵をつけ、自分の脚で立てるようになった鴉。相変わらず戦闘中だけIQが急上昇するが、それはそれとして通常時のIQもそれなりになりました。
ラスティ
流石に二対一は危なかったが、ギリギリで621に助けられた戦友。ブランチは自由好き好き集団なので、(表向き)企業の狗な彼は割とブランチの面々に見下されてます。次回、反撃の時。
シャルトルーズ
閉所でタンクという古の最強戦術を使ったが、621には届かなかった。空戦タンクじゃなくてガチタンだったら勝て……はしなくても、一発も当てられずに死亡することはなかったかも。
キング
621がシャルトルーズと戦っている間は戦闘描写が省略され、いざ戦闘描写が描かれたらラスティに踏み台にされる多分今回一番不遇な人。
真レイヴン
なんでこの人スティールヘイズ相手に普通にマニュアルエイム置きグレネード決めてんの?
レイヴンオペレーター
相変わらずのポエム女。そんなポエミーな語り口調だから621にセリフ遮られるんやで。
ということでVSブランチ(一回戦)。まずはシャルトルーズが脱落。弱くはないけど621相手では実力不足でした。
次回は第二回戦。戦友コンビVSブランチのタッグバトルが始まります。