「バケツ放流」もうやめよう 善意の結果が悪影響、見直しへの動きも
北海道庁が今春、道の冊子「フィッシングルール2024『Rule & Manner』」に、ある制度のことを記載した。知り合いの研究者から教えてもらった。
制度は、ヤマメやニジマスなどの放流を検討する市民団体や釣り関係者に、事前に道や専門機関へ相談してもらうという内容だ。
この相談制度、道漁業管理課によると、以前からあったものの、今回改めて冊子にヤマメやニジマスという具体的な魚種名とともに明記し、利用を呼びかけたという。道内水面漁場管理委員会の杉若圭一会長は「個人の見解」とした上で、「相談制度は、義務ではなく『お願い』であるが、文字となって残るのはよいことだと考えている」と言う。
放流にさまざまなリスク
背景にあるのは、放流のリスクだ。専門家が関与した一部の事例をのぞけば、環境に大きな悪影響を及ぼす恐れがあることが知られつつある。
杉若さんの説明によると、ヤマメの放流については、本州から導入された個体と道内の各水系の個体との「交雑」が懸念されていた。また、ニジマスは元々日本にいなかった外来種で、分布を拡大させないという前提があるが、その上ですでにすんでいる川でも、病気の持ち込みなどのリスクが心配されていたという。
最近では、放流がエサやすみかの奪い合いなどの「競争」を激化させ、むしろ魚を減らしかねないとの研究結果も出ている。
放流の問題に詳しい水産研究・教育機構水産資源研究所の長谷川功・グループ長は、「どの影響を重視するかは研究者や場所によって様々だろう」とした上で「行政が放流について、具体的な魚種名も出して慎重な見解をはっきり示した意義は大きい。北海道だけの問題ではなく、全国で参考になるのではないか」と話す。
メディア報道の責任も痛感
放流のあり方を問うような動きは続く。
7月7日、日本魚類学会は「どう止める?『バケツ放流』~自己満足な放流で魚たちを減らさないために~」をテーマに市民公開講座を開いた。記者も聴いた。
「個人レベルの放流の悪影響はわかりにくいが、ほぼ確実に生じる」「市民への啓発が非常に重要」。そんな指摘や、それを裏付ける調査・研究データの発表が相次いだ。真剣に悩んだ上で放流イベントをやめたり、魚や環境に負荷をかけない形に改善したりした事例も紹介された。
メディアの責任の大きさも痛感した。今回、朝日新聞のデータベースを調べた。30年以上昔の記事も含めて、子どもたちによるニシキゴイやニジマスなどのバケツ放流が、ほほえましいイベントや環境学習として山のように報じられていた。ニジマスはもちろん、ニシキゴイも大きな悪影響が懸念されている魚だ。
自然に親しんだり、命を大切にしたりすることが目的なら、環境に悪影響を与える放流はむしろ本来の趣旨に反するとも言える。それは誰も望まない結果だろう。企画する側、参加する側、そして報道にも、見直しの動きが広がって欲しい。(小坪遊)
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- 小坪遊
- 科学みらい部兼くらし報道部次長
生物多様性
- 【視点】
メディアの自己反省も含めて、「バケツ放流」の問題点と対処方法がわかりやすく整理されている素晴らしい記事。環境問題が難しいのは、個々人の善意や意図と、生態系への影響とが結びつきにくいことだ。ときにはこのように、良かれと思ってやったことが環境には負の影響を及ぼす場合も少なくない。そこを補うのが知識であり、基礎研究の成果だ。メディアは社会と専門的知識をつなぐ血液のようなもの。こういう記事が増えると社会の「血の巡り」も良くなると思う。
…続きを読む - 【視点】
佐倉統先生が<地道な研究成果を拾い上げた記者の目配りとセンスに敬意を表したいと思う>とコメントしていますが、私も同じ意見です。自然科学系の学知の成果を一般の人々に伝えるためにはサイエンスコミュニケーションが重要になります。 <サイエンスコミュニケーションは、科学のおもしろさや科学技術(ぎじゅつ)をめぐる課題を人々へ伝え、ともに考え、意識を高めることを目指した活動です。研究成果を人々に紹介するだけでなく、その課題や研究が社会に及(およ)ぼす影響(えいきょう)をいっしょに考えて理解(りかい)を深めることが大切です。科学館や研究機関などでは、サイエンスカフェや一般(いっぱん)公開など様々な試みを行っています>(文部科学省HP)。 この記事を書いた小坪遊記者は高度なサイエンスコミュニケーション力を持っています。
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