真人間には向かないプラン   作:ikos

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今回はカーラさん視点となります




グリッド086

 

 

 シンダー・カーラにとって、RaDは思いのほか居心地のよい隠れ蓑だった。

 

 この場所を(ねぐら)にする契機となったのは、傭兵集団「ブランチ」によるコーラル再湧出情報のリークだ。これにより、長く見捨てられていたルビコンは、“ゴールドラッシュ”の渦中へと叩き込まれることになる。

 秘密裏に片づけることを目的としていた計画を破棄し、すぐにでも大きな影響力を獲得する必要があった。

 事ここに至ってしまえば、必要なのは武力だ。一から作り上げるのでは時間が足りない。RaDに目を付けたのは必然だった。

 一応の生産設備と製造能力を持ち、掌握できる程度に隙がある、酔っぱらい(ドーザー)どもの奇妙な集まり。それに潜り込み、まずは製品の改良と開発で業績を上げた。それからありとあらゆる手を使って支配層を排除し、コーラルと金をたっぷり与えられる環境を整えることで、工員と警備兵もどきの乱暴者を支配した。無論、力関係を骨身に沁み込ませる必要もあったが、長い物には巻かれるのが人間の性だ。「こいつに従えば甘い汁が吸える」と思えば、ぽっと出の女を頭上に置くのも我慢がきく。

 マフィアの女ボスめいたふるまいをするのは、苦労もあるが意外と面白く、思いのほかすぐに馴染んだ。

 ろくでなしどもは馬鹿でいい加減で享楽的だが、愛すべき、と頭につけてやってもいい程度には、気の良い奴らが多かった。

 

 “同志”たるウォルターもまた、数多の犠牲を積み重ねてルビコンへと戻ってきていた。有象無象でも数と組織力の獲得を目指したこちらとは異なり、ウォルターの“猟犬”は少数精鋭で事態を打開するためのものだ。そして、予想以上に多くの手駒を失ったにもかかわらず、急拵えな計画の進捗は順調だった。

 はたから見れば。

 久し振りに話したウォルターは、なぜか奥歯に物の挟まったような様子だった。何やら面白いことになっているようだ。

 若い女だという新しい強化人間は、これまでになく強靭かつ安定的で、あの()()の精神的な負担が随分と軽減されたようだ。他の理由で頭を痛めてはいるようだが、これまでの、魂を磨り減らすようなものとは大分違う。ここ5年ほどずっと喉を絞めるようだった呼吸が、ようやく少し、緩んだような印象だった。――本人は決して認めないだろうが。

 

 さておき、問題は現状のRaDである。

 組織そのものはドーザー集団としていつもどおりの問題だらけだが、今回のトラブルは、外部からもたらされた物だ。

 ベイラム・インダストリーが抱える主力AC部隊、レッドガンによる襲撃情報だった。

 何が目的なのやらと思っていれば、どうやらグリッド086上層区画に存在する、大陸間輸送カーゴランチャーがお目当てらしい。探らせていたチャティから報告を受けたときには思わず腹を抱えて笑い転げ、腿に煙草の灰を落としてえらい目に遭った。

 

 とにもかくにも、正気を疑う“通路(バイパス)”を利用するために、道中の石ころを蹴飛ばすつもりでいるようだ。

 盛大に歓迎してやりたいところだが、流石に少々分が悪い。安全を取って、ウォルターに猟犬の貸出を依頼した。

 そろそろ一度顔を拝んでおこうという腹もある。現状でRaDの生産能力を削ぐべきではないとウォルターも同意し、猟犬に休暇の一時中断を指示した。

 

 猟犬は二つ返事で仕事を請けたとのことだ。到着を待つ間に、こちらも()()()の準備を進めておいた。

 

 予定より10分程度早く訪れた猟犬は、早々にチンピラどもに絡まれていた。

 薄灰にオレンジと水色の、ホビーアニメに出てきそうな2脚機体だ。最初に用意してやったRaD製のものとは大きく様変わりし、見慣れないフレームが多い。特に腕は冗談のような細っこい形状だった。お高そうで繊細そうな、それはもう、頭の悪い連中に絡んでくれと言わんばかりの機体というわけだ。

 

《調子に乗んじゃねえぞ、よそ者がよォ! この“インビンシブル・ラミー”様の言うことをよく聞いておくんだなァ!》

 

 できの悪い番犬が、言うに飽き足らず手を出した。

 動作状態ではないとはいえチェーンソーを突き出されて、大人しくしているようなら傭兵ではない。

 反撃は数秒のことだった。

 突き出した腕を掴んで引くと同時に、脚部を蹴り払い、()()()()()()()()()()地面へと叩き伏せた。

 派手な音と振動が響く。目と正気を疑う行動だ。

 

(おいおい……ACSを切ったってのかい?)

 

 笑いの形に口元がひきつる。おそらくパイロット(ラミー)は、何が起きたかすら把握できていないだろう。

 そんな状況でもわかるようにか、ご親切に、メインカメラの眼の前に銃口を突きつけてやっていた。

 最下位とはいえ曲がりなりにもランカーだ。その辺のMTなら蹴散らせる程度の力はある。

 そのランカーACがあっさりと制圧されたのを目の当たりにして、凍りついたような沈黙が落ちた。

 驚愕が怒号に変わるより先に、涼やかな声が問う。

 

《……で? 誰が、誰の言うことを聞くの?》

《へへ……そ、そりゃあもちろん! 俺がアンタの言うことを聞くんでさァ!》

《そう。ありがとう、よろしく》

 

 調子の良い言葉をあっさりと受け入れ、猟犬は何事もなかったかのように挨拶をしていた。

 掌の返しようがすごいが、ラミーのこの調子の良さが良い方向に働いた。ならいいか、といった様子で、他の人間の敵意もあっさりと散る。

 それにしてもこの猟犬、随分とACの無力化に慣れているようだ。あわや荒事になるかというところで、引き金すら引かずに片付けるとは。

 噂は本当のようだ――と、目を眇めて、猟犬の様子を眺めた。

 さっきまで踏みつけていたマッドスタンプに手を貸して起こしてやり、ぐるりと周囲を見回している。お行儀のいいことだ。

 そろそろ頃合いだろう。通信回線を繋ぎ、まずは皮肉を口にした。

 

「初っ端からご挨拶だね、ドギー。うちの連中じゃあアンタを歓迎するには足りなさそうだ」

()()には()()で応えるものでしょう? ……貴方が雇い主?》

「ああ、そうだ。改めて名乗るべきかね?」

《特には。時間もないことだし、作戦を聞くわ》

 

 ご機嫌を損ねた様子でもないが、愛想のあるタイプではないようだ。

 一通りの打ち合わせを終わらせた頃、ちょうどよく斥候もどきからの報告が上がった。

 正念場だと、腹の内だけでぼやいた。

 

 

 

 

 情報通りにレッドガンの部隊が現れ、ロックを解除しておいたカタパルトから次々とグリッドへ侵入してくる。

 その無線回線は、すぐに怒号と混乱に埋め尽くされた。

 

《き、機体が――! なんだ、これは!?》

《後続部隊、止まれ! 罠だ! ……ドーザー共、待ち構えていやがったぞ!》

 

 着地地点に次々と投げ込んだのは、特製の強粘着剤爆弾(スティッキーボム)だ。爆発とともに散布された馬鹿げた量の粘着剤が、MT部隊の先鋒を丸ごと飲み込んで無力化する。

 

 まだまだ、歓迎会はここからだ。

 

 迂回してきた部隊を、これも待ち構えて、頭上から特大の爆弾をお見舞いした。混乱したところを一斉掃射で迎撃させる。死角から降り注ぐ鉛玉の雨にうろたえるかと思いきや、流石にこれは読まれていた。散開しながら着実に削ってくる。

 練度はやはり、比べ物にならない。だが、その先で橋桁ごと落としてやったのは想定外だったらしい。

 はなから落とすために作った急拵えの橋だ。三分の一ほどは落とせたかね、と笑っていると、猟犬が呆れたようにつぶやいた。

 

《すごい仕掛けだわ……。まるでビックリ箱ね》

「私としても家を壊すのは心が痛むが、やるなら派手にやらないと面白くないからね。……止めるかい、平和主義者(パシフィスト)

《まさか。家主が強盗を追い払う方法にケチをつける気はないわ》

「そいつは何より。あてにしてるよ、猟犬。こっちもアンタのやり口にケチはつけないさ」

 

 特に苦渋の回答というわけでもなさそうだ。おかしなやつだと思い、くつくつと笑った。

 

《……不謹慎だけど、古いコメディ映画を思い出したわ》

「おっと。もしかして、留守番の子どもが強盗を撃退するやつかい?」

《それ》

「いいね! だったら次のはお気に召すんじゃないか?」

 

 カメラを切り替える。レッドガンの別働隊が半数ほど渡るのを待って、橋桁の片端を跳ね上げた。即席の滑り台だ。オイルもサービスしておいたので、それはもう良く滑った。

 スラップスティックな光景だと思っていたが、猟犬の反応は苦笑いだった。どうやら少し、自分の方が()()()の世界に染まりきってしまったらしい。

 そうしているうちに、ACが2機、本丸へとたどり着いてきた。

 

「さて……そろそろ出番だ、レイヴン。報酬分しっかり働いてもらおうか」

《ええ。あと、できればその呼び方で固定してくれる?》

 

 おや、と目を丸くした。そんなことを言ってきた猟犬は初めてだ。

 本当に旧式の強化手術を受けた人間なのか、疑わしくなるほどだった。悪くはない。なるほどねえと、古馴染みに共感の苦笑をこぼす。

 ただの駒として扱うには、厄介な人間だ。

 

「OK、いいだろう。まずは結果を出しな。……多分、長い付き合いになるだろうからね」

《そうありたいものだわ、カーラ》

 

 名前はちゃんと把握していたらしい。親しみのある呼びかけに、あの男の人誑しがうつったかと笑みを堪えた。

 技研時代に面倒を見ていた、鼻っ柱の強い若造どもを思い出す。渡り歩いてきた様々な組織にもこの手の若造はいた。――己自身の記憶ではなくとも、昨日のことのように思い出せる。偽りめいた懐かしさと、一種の哀愁をもって。

 

 ともあれ、感傷にかられている暇はない。

 最悪の場合は自分やチャティも出るつもりで準備を進めていた。正直なところ、単純な武力は代替がきくが、今のところ自分の代わりができる存在はいない。だから本当に最終的な手段だ。そして、今この場にそれは必要ないだろうという、奇妙な安心感があった。

 

 だがその安心感が、早々に揺らぐことになる。

 

《……え? ……あー……そう。……早々に当たりを引くとは……》

 

 レイヴンが意外そうな声を上げたかと思うと、苦々しげにこぼした。

 出鼻を挫くんじゃないよと内心でぼやく。一体何が当たりだというのか。

 

「なんだい、レイヴン。怖じ気ついたのかい?」

《気にしないで。こっちの話。……どちらも一度戦ったことはあるから、手の内はわかるわ》

 

 それにしては、含むところのありそうな様子だった。

 猟犬の持つ武器は、右手にリニアライフル、左手にスタンガン。妙な組み合わせだ。それらの武装を確かめるように動かして、不穏な声が言う。

 

《殺すつもりはないわ、最初から。……でも、まあ……()()()()とは言ってないけど》

 

 誰かの焦ったような声が聞こえた気がした。錯覚だろうか。もしかしたら、不在のはずのウォルターあたりが以心伝心で頭を抱えているのかもしれない。

 

《ねえカーラ、ものは相談なんだけれど》

「……なんだい?」

 

 軽やかな声が物騒に笑った。

 ちっとも軽やかではない、この上なく笑える内容で。

 

《――元レッドガンの下働き、欲しくはない?》

 

 

 

 

 

 

 結果を言えば、この猟犬はレッドガンのAC2機をねじ伏せた。

 相手はG4とG5、いずれもレッドガンの中堅的なAC乗りだ。そのコンビネーションと火力はかなりのものだったのだが、まるで後ろに目がついているかのように、2機を相手にしながら軽やかにいなしていく。

 

 どちらもミサイルを備えた機体だというのに、まるで誘導が効いていないかのごとく床面へと吸い込まれるばかりだ。G4が背後からショットガンを放つ。そのときには猟犬は既に射線上におらず、滑るように円を描きながらG5へとスタンガンの針を突き刺していく。

 

 軽量機でもなく、スピードで撹乱するわけでもない。まるで未来を見ているような的確さだが、よく見ていれば、わざと()()()()()()()()()のだと気付いた。

 警戒すべきは戦車型(G4)だと判断し、意図的にそちらに背を向けて2脚(G5)へ相対し、撃てるタイミングを限定している。レッドガンの連中の焦りが手に取るかのようだった。

 おまけにつけたマッドスタンプなど、本当におまけにもならない。

 かと思いきや、華を持たせるかのように見せて囮に使うのだから、実にいい性格をしている。オーダーは一つだ。――“背後に回って斬り込め”。

 

 とはいえラミーだ。ドーザーの見本のようなやつだ。

 正面でなければいいだろうのノリなのか、脇から飛びかかったマッドスタンプへと、戦車型(G4)が砲口を向ける。

 そのとき、背中を向けていたはずの猟犬がいきなり機体を反転させた。

 距離はショットガンの間合いだった。つまりはごく至近距離。急なターゲティングに慌てた様子のG4へと、即座にリニアライフルを撃ち放つ。

 マッドスタンプのチェーンソーがタンクの装甲を削る中、慣性でまともに当たらないだろうはずの弾は、的確にカメラアイを射抜いた。

 

《やるじゃない。いい感じ》

《へっ》

 

 ラミーが照れくさげに鼻を鳴らした。その場で褒める辺り、転がし方がうまい。

 ずいぶんとまあ、余裕のあることだ。

 実際、危なげはまったくなかった。意外にも相性は悪くないようだ。それ相応の時間はかかったもののACをいずれも無力化し、RaDの連中にも手伝わせて、宣言通りにパイロットを機外へと引きずり出して見せた。

 笑える“平和主義者”だ。レッドガンにとっては悪夢だろう。

 

 なにはともあれ、困ったことになった。

 下働きとしての運用を打診されたものの、RaDは企業という体裁さえ半端な、無法者の集団だ。捕虜などマトモに扱った経験がない。

 参ったね、と苦笑しながら声をかけた。

 

「まったく、大したワン公だよ。まさか本当にやっちまうとはねえ。……おっと、約束だ。呼び名を改めようか、“レイヴン”」

《ありがとう。そちらもお疲れさま》

「で、だ。ものは相談なんだが……こいつら、身代金を要求して、解放してもいいかい?」

《傭兵と身代金……中世?》

 

 眉をひそめるように、えらく含蓄のある言葉が返ってきた。

 苦笑いのまま続ける。

 

「G1は義理堅い馬鹿だという話だ、下手をすれば取り返しに来る。あんたはどうも、そいつらの身柄を押さえておきたかったようだが……残念なことに、うちで受け持つには分が悪いね。そもそも、やると返事をした覚えはないよ。わかってるだろう?」

《そうだけど……残念だわ。いい案だと思ったのに》

「そっちで引き受けるなら引き渡すが、ウォルターがねぇ」

《面倒を見る場所も人手もないわね。さすがにアーキバスに売るわけにも――、いっ》

 

 急にうろたえた声を上げて、通信が切れた。

 三十秒ほどで、改めて繋がる。

 戻ってきたレイヴンの声は、何やら疲れていた。

 

《……とりあえず……ごめん、勝手な事を言って悪いんだけど……。今この場で、その人たちの身柄の安全を保証してくれる……?》

 

 不思議に思いながらも請け負い、部下たちに指示を飛ばした。人質を痛めつければ相応の報復がある。解放してやる以上、そんな無駄な選択肢をとるつもりはない。

 主力たるACを拿捕したことで、MTの指揮系統にも大きな影響が及んだ。反応は各々だ。撤退したり、自暴自棄とも言える抵抗をしたりと引き続き騒動に応対しているうちに、さらなる厄介事が舞い込んできた。

 それを明確に告げたのは、チャティの通信だった。

 

《――ボス、新たな侵入者を検出した》

「まったく、今日は千客万来だねえ……相手は?」

《V.Ⅰフロイト、AC ロックスミス。単機のようだ》

「……はあ!? 冗談だろう、アーキバスまで何の用だっていうんだい! あの連中がカーゴランチャーなんざ――」

 

 そこで、はたと気がついた。

 ――猟犬の貸出を了承したウォルターとの会話の中に、()()()()()を予見させるものがなかったか。あの歯切れの悪さは。()()()()()()問題がないのなら、()()は、どこからやってくる?

 笑みがひきつるのを感じながら、レイヴンへと通信を繋いだ。

 

「レイヴン、残業だ。V.Ⅰが現れた。……まさかとは思うが、目当ては、アンタかい?」

《そうね。単機ならほぼ十割》

 

 ガッデムと叫びそうになった。神への信仰などとうに打ち棄てたというのに。

 運動会ではないのだ。なぜどいつもこいつもこの場所に集まってくる。そう思って頭を抱えているうち、いっそ笑えてきた。――なぜも何もない。芋づる式、というやつだ。

 レッドガンがここに来たからレイヴンを呼んで、レイヴンがいるからV.Ⅰがやってきた。予測していたであろうウォルターがこちらに事前情報を寄越さなかったことだけは度し難い。今度顔を合わせた際には、久々に尻のひとつでも蹴飛ばしてやろう。

 舌打ちを落として髪を掻き上げた。

 

「……追加報酬は払わないよ、レイヴン。いいね」

《ええ。悪いけど、15分だけ場所を借りるわ》

「まったく、ふざけた話だ……。修繕費の請求先はどっちだい?」

《当然の疑問ね。とりあえず折半で》

「涙が出るほどありがたいね。ただでさえ修理の手が嵩むってのに、頭が痛いったらありゃしない。せめて手付金程度に面白いものを見せてくれ」

 

 細やかな笑い声が転がった。

 こうなったら色をつけにつけて請求してやろうと腹に決めながら、懐で戦い始めた狂犬どもの戦闘を観戦することにした。ドーザーの連中はすっかり盛り上がっていて、どっちが勝つかと賭けを始めている。いつも通りのお気楽さだ。

 

 スタンガンは早々に弾が切れたらしい。あれだけ大盤振る舞いをしていればねえと思っていれば、ブレードを躱したロックスミスへと、当たり前のように投擲していた。しかも、裏手で。

 驚いたことに狙ったようで、すくい上げるような軌道を描き、頭部フレームへと強かにぶつかる。

 どっとドーザーどもが沸いた。指笛まで吹く始末だ。

 その間にレーザードローンがレイヴンの機体を狙う。――ドローンの挙動がいくつか奇妙だ。これは、とその原因に思考を巡らせる。

 

《……()()()()か! 相変わらずいい手癖だな、レイヴン!》

《当たってくれて嬉しいわ。練習した甲斐があった》

 

 どうやら、ただでさえ扱いの難しいドローンを、頭のおかしいことに個別操作しているらしい。さらに驚くことに、レイヴンは慣れた様子でそれに対応していた。どうにか避けながら、まずひとつを撃ち落とす。その隙をしっかりと見とがめて振り払われたレーザーブレードは、床を蹴るようにして回避した。威嚇するようにリニアライフルで迎え撃つ。

 ――なんの意味もない馬鹿げた戦闘だというのに、恐ろしいほどの躍動感で、2機のACがグリッド086の舞台を飛び交った。――微妙にあちこちを破壊しながら。

 どちらかが数秒後に大破しても不思議ではない。どちらも恐ろしいほどの技量だ。それをぎりぎりで躱し、あるいは受け流しながら、目まぐるしい勢いで動き回る。野次馬どもの盛り上がりも最高潮だ。

 撃って、避けて、踏み込んで――息を詰めるような攻防は、きっかり15分続いた。

 なにかアラームでも設定していたのか、宣言通りに、両者ともがそこで戦闘を切り上げる。火気を非アクティブにしたレイヴンが、腕フレームの動作を気にするような動きを見せている。大した損傷はなさそうだが、データを取りがてらメンテナンスしてやってもいいだろう。

 思いのほか若い男の声が、広域回線でぼやいた。

 

《時間切れか……。なあ、やっぱり15分は短くないか? せめてあと5分――》

《ウォルターに言って》

《もう言ってる》

《だったら、この話はおしまいね》

《お前だって物足りないだろ》

《それ以上は仕事に支障が出るって判断されたんだから、仕方ないじゃない》

 

 殺しかねない戦闘を行ったあとだというのに、気持ちの悪いほど気心の知れた会話だ。

 仲が良い、とすら感じる。

 ウォルターが話したがらなかった理由がなんとなく察せられた。だが、レギュレーションが決まっているほど常態化している異常事態だと? こんなもの、どう考えても先に話しておくべきだろう。

 猟犬に対する印象がぐるぐると重ねて引っ繰り返り、それが正なのか負なのかさえはかりかねるほどだ。

 

 猟犬。V.Ⅰ。そして捕虜たるG4とG5。

 なんともまあ、豪華な役者陣だ。始末に困る。

 

「……とりあえずは、滅茶苦茶になった(グリッド)の片付けか……。頭が痛いね。酒をかっくらってふて寝したい気分だ。確かアンタへの依頼は、防衛のための迎撃だったはずだがね、レイヴン」

《耳が痛い……》

「片付けでも手伝っていくかい? 茶のひとつくらいなら出してやるよ」

《手伝いはするわ。お茶はお気遣いなく》

《出してくれるなら飲んでいくが》

 

 横からV.Ⅰが口を挟んできた。

 予想外に乗り気だと意外に思っていれば、レイヴンが釘を差すように応じた。

 

《……私はACから降りないわよ、フロイト》

《礼儀も大事だとは思わないか、レイヴン》

《その単語、貴方の辞書に載っていたのね……。カーラ、悪いんだけど、私はまたの機会にさせてもらうわ》

 

 茶番を続ける2機に撤去する瓦礫と集積場所を指示し、やれやれとため息を吐いた。

 随分とまあ、笑えることになっているようだ。

 企業所属のランク1位。文句なしのエースパイロットが、オーバーシアーの計画の要たる猟犬に入れあげているとは――しかも、その入れあげ方がどうにも普通ではない、方向性のおかしなものとくる。

 この男の存在がこの先どんな影響を及ぼすのか、現状で予測することは難しい。探りを入れておきたいところだ。

 

 まったくもって、オーバーシアーの計画は予定外の連続だ。

 コーラル汚染がもたらす人類種生存圏の喪失危機は、今や間近に迫っていた。

 

 あれほどの人命を失った「アイビスの火」を経てなおコーラルは焼け残り、惑星の奥深くでじわじわとその数を増やしている。それらがどこに集まっていくのかはデータを集めなければ特定できず、4億6000万キロ平方メートルにも及ぶルビコンの表面積、ましてやその地中を常にくまなく観測することは容易ではない。

 本来であれば惑星封鎖機構に手を潜り込ませるのが最善手であっただろう。実際に着手された計画もあったのだが、現在は放棄されている。なぜなら、惑星封鎖機構という巨大な組織もその予算は有限で、運用を任されるAIは、コーラルの焼け残りをそれに値する脅威とは判定しなかったためだ。

 ――そして、コーラルの脅威が現実的なものとなってきた頃には、オーバーシアーの方が弱体化していた。惑星封鎖機構を操作できるほどの力は、もはや失われて久しい。

 

 半世紀だ。それほどの時間を無為に費やした。

 言いたくはない、認めたくはないが、それが実情だ。

 死んでいった人間が一番多かった。離れていった人間もそれなりにいた。それでもなお、この組織の存在が表沙汰にならなかったのは、きっと誰もが、罪という借金を背負っている気分だったからだろう。そんなものをひけらかしたい人間はそうはいない。

 目をそらしたところで利息が膨らんでいくばかりだと、理解しながら逃げ出した。それも一つの選択だ。責めるつもりはない。遠い未来や人類がどうなろうと知ったことかと言うのなら、背を向けて己の人生を謳歌すればいい。

 単純に、自分はそれができない人間だったから――正確には、やろうとしてできなかった人間だったから、こうして人生のほとんどをルビコンに費やしている。それだけの話だ。

 

 

 

 

 小器用なAC2機が片付けに参加したことで、収拾は思ったよりも早くついた。

 ぶちまけた強粘着剤の除去が一番厄介だった。溶かすよりも削り取って終わらせるかと思っていたのだが、作業を割り当てられた奴らが悲鳴を上げている。ブロックごと作り直すほうが早そうだ。

 

 意外にもV.Ⅰは、大した文句も垂れずに作業を手伝った。

 暇人というわけでも、真面目な粋狂者というわけでもなさそうだ。目的があってのことだろう。宣言通りに茶を入れてやると呼びつければ、あっさりと受け入れて、ドーザー共の群れの中に生身で乗り込んできた。

 レイヴンがどうしても降りてこなかったことにだけは、文句を言っていたが。

 

 排除を目論むのなら、最大のチャンスだ。

 何も不審なことはない。不法者集団に喧嘩を売った人間が、報復に遭って命を落とすことなどめずらしくもない。

 それをわかっているのかいないのか、顔を合わせたV.Ⅰは、飄々とした様子だった。

 

 ごく普通の男だ。年齢は二十代半ばから後半ほどか。鍛えてはいるが実用の範囲で、ドーザーならともかく、軍人の中に並べれば目立たない方だろう。

 殺そうと思えば、殺せる。

 

「ようこそ、V.Ⅰフロイト。私がRaDの現代表、シンダー・カーラだ。……片付けをご苦労だったね。約束どおり歓迎するよ」

「歓迎してもらえるならありがたい。毒は盛らないでもらえるか?」

 

 上段に構えた挨拶に顔色を変えることはなく、ごく普通に応じてくる。

 面白い。ルージュを引いた唇の端を吊り上げて、笑みを作り、目を眇めた。

 

「……なかなかいい度胸と面構えをしているじゃあないか。悪くないね」

「ああ、煙草(それ)も遠慮してくれたら助かる」

「注文の多い客だね!」

 

 舌打ちして煙草を収めた。椅子を勧め、茶を用意してきたチャティに礼を言う。

 茶は昔の上司から影響を受けた無糖のグリーン・ティだ。テーブルの上に等間隔に置かれたカップは、なにもロシアンルーレットをやらせるつもりではない。先に選ばせた上で、こちらが先に口をつけた。

 独特な渋みと風味が舌を楽しませる。一息ついて、話を切り出した。

 

「さて……わざわざ乗り込んできたんだ、V.Ⅰ。面白い茶飲み話でもしてもらえるんだろう?」

「茶飲み話か」

 

 カップを置いたV.Ⅰが首を捻った。

 まさか、本気で何も考えていなかったのか。

 

「そういえば、先日は部下が世話になった。あのハンドミサイルは面白いな」

「ああ、そういえばヴェスパーの注文を受けたね。……うん? もしかして、アンタが『吹っ飛ばしたい上司』かい」

 

 指さして訊ねれば、そうだなとあっさり頷いた。怒りの閾値が高いタイプなのだろうか。まったく頓着した様子がない。

 怒りと喜びは人間を図る定規だ。どう切り崩すかと考えながら、熱い茶に息を吹きかけた。

 

「ところで、技研時代の論文を探しているんだが、コーラル絡みで何かいいのを知らないか?」

 

 危うく、茶を噴くところだった。

 無理矢理に嚥下して、思い切り顔をしかめる。ごほ、と一度咳き込み、喉の違和感に唸った。

 

「……おいおい……聞く相手を間違えてないか? そっちの研究機関で探しな、V.Ⅰ」

「こちらでは出そうにないやつだ。コーラル汚染の実態について調べたい」

 

 立て続けに予想外の発言が飛び出てきた。

 白を切るか、それとも――いや、判断するには早計が過ぎる。

 

「それはまあ、企業は興味を持たない部分だろうが……一介の武器商人に訊ねる話じゃないだろう。ご期待に添えられそうにはないね」

「そうか? それにしては、手広く“観測”を行っているようだが。アーキバスの資源探査チームを上回る内容だ」

「そりゃあうちだってコーラルは欲しい。不思議に思われる方が不思議だね」

「そうだな。うちの情報部門もそう判断したようだ」

 

 それを信じていないことを隠しもしない。食えない男だ。

 表面上は涼しい顔を保ちながらも、じわりと汗が滲む。

 ――何を知っている? 何が目的だ?

 消すべきか、という思いが再び頭をもたげる。

 

「“灰かぶり(シンダー)”を名乗っているんだ、それなりに伝手はあるだろう。礼はする」

 

 それは用意された逃げ道で、はっきりとした譲歩だった。

 敵対するつもりはないと言いたいらしい。しれっとした様子に苦笑いを浮かべ、腕と脚を組んだ。

 無性に煙草が吸いたい気分だ。

 

「……期待はしないでもらいたいが、一応聞いておこうか。何が知りたいって?」

「ざっくり言うなら、『コーラルの危険性について』か」

「目的は?」

「保身だな。火薬庫に飛び込む以上、引き際は把握したい」

「引き際、ねえ。どんな危険があろうが、アーキバスがそんな選択肢を取るとは思えないが……」

 

 そもそもが、この男に「保身」などという小賢しい真似ができるのだろうか。

 単身で、それも生身で交渉に乗り込んでくるなど、その時点でリスクにリターンが見合っていない。ついでだろうがなんだろうが正気を疑う話だ。

 少し考えて、踏み込んでみることにした。

 

「もしコーラルが危険だとわかったら、どうするつもりなんだい? 尻尾を巻いてルビコンから逃げ出すか?」

「それも選択肢のひとつだな」

「……どうも、ウォルターの猟犬を(さら)っていきそうな雰囲気に思えるが……」

「素直に攫われてくれるなら話は早いんだが。見ただろう、あれ。強情にもほどがある」

 

 苦り切った顔に、目を丸くした。

 ――なるほど、あの坊やが対応に難渋するわけだ。

 

「振られ済みってわけかい?」

「ウォルターの仕事を途中で投げ出させるのは無理だろうな。……今は応えられない、って、振った台詞じゃないと思わないか」

「はッ、そいつは傑作だ! 同情するよ、V.Ⅰ。なんともまあ、とびきり性質(たち)の悪い女に惚れたもんだね」

「まったくだ。俺にとっては一番いい女だから、余計にたちが悪い」

 

 これは惚気だろうか。うっかりそう受け取りそうになったが、この連中は先ほどまでグリッドを破壊しつつ殺し合っていたのだった。微笑ましいなどと思うのは明らかな気の迷いだ。

 ふう、と息を吐き出し、頬杖をついて首を傾げた。

 

「その様子だと、ウォルターには相当疎まれてるね? ……対価次第では手を貸すが」

「本当か?」

 

 ぱっと表情を明るくして、身を乗り出す。随分な食いつきように、どうにも苦笑が浮かんだ。

 ――だが、得体の知れなさは相変わらずだ。

 この男は、ウォルターとこちらの繋がりを前提として話している。技研のこともそうだ。下手をすると、オーバーシアーの存在すら把握しているかも知れない。

 その上で、それらを「大したことではない」と判断しているのならば――とんでもない道楽者だ。危険すぎる。

 

 だが、利用価値は大きく、利用できる目処もある。むしろ本人がそれをアピールしている。

 現時点で、敵対するのは得策ではない。

 

「アンタに恩を売るのは悪くないからね。……さて、そろそろ頃合いだ。レイヴンの修理も終わった頃だろうさ」

 

 そうして本日はお引き取りいただくべく、連れ立ってロックスミスのところへ戻ると、予想外の光景があった。

 ラミーが、猟犬のAC(ノーデンス)の前に陣取っていたのだ。

 それがまた、なんだかとても和気藹々とした様子で談笑していたものだから――これはまずいねえ、と横目でV.Ⅰの様子をうかがった。

 つかつかと歩み寄ったV.Ⅰが、キャットウォークからラミーを蹴落とす。

 悲鳴が落ちていき、ぎょっとして受け止めたレイヴンが咎めるようなことを言って、その場はすっかり騒乱に包まれた。

 

 もう帰れお前ら、と、心底思った。

 

 

 

 


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