人質司法の闇と冤罪 大川原化工機社長「検察官と裁判官の名報じて」

聞き手・石川智也

 軍事転用可能な機器を不正輸出しようとしたとして大川原化工機の社長ら3人が逮捕・起訴され、のちに起訴が取り消された事件は、捜査の違法性だけでなく、「人質司法」の問題をあらためて浮かび上がらせた。罪を認めない場合、延々と身柄拘束を続け、自白を迫る――そんな捜査当局の姿勢だけでなく、長期の勾留を許可し続けた裁判官の判断にも批判が集まっている。

 「人質司法のもとでは冤罪(えんざい)はなくならない」と声をあげる大川原正明社長は、「だからこそジャーナリズムが検察や裁判所の権力行使を監視して」と訴える。

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「執行猶予付く」 自白誘導に誘惑も

 軍事転用可能な機器を不正輸出したという身に覚えのない容疑で私と元役員、元顧問の会社幹部3人が警視庁公安部に逮捕されたのは、2020年3月のことです。

 その1年半前に家宅捜索を受けて以来、任意の事情聴取が40回以上続いていました。横浜市内の本社から1時間以上かけて都内の警察署に出向き、毎回4時間もの聴取に臨むのは、業務への影響という意味でも大きな負担でした。「輸出した機器は規制対象外です」といくら根拠を示して説明しても、相手は聞く耳を持ちませんでした。それでも聴取に応じ続け、今から思えば根拠のない「ポケット内の所持品を全て机に出せ」「メモを取るな」という理不尽な指示にも従ったのは、きちんと説明すれば分かってくれるだろう、こんなむちゃな捜査が続くはずはない、と信じていたからです。しかし逮捕によって、かろうじて残っていた捜査機関への信頼は消え去りました。

 その後に私が味わった体験は、まさに聞いていた「人質司法」そのものでした。密室で延々と続く取り調べ、容疑を否認すると起訴後も何カ月も続く勾留、保釈をエサにした自白誘導……。

 取調官には「他2人は容疑を認めている」「弁護士の言うことが正しいとは限らない」「認めればすぐに保釈される」「有罪でも執行猶予付きだろう。罰金も数千万円で済むでしょう」「(公判で争えば)弁護士費用もかかりますよ」とほのめかされました。正直なところ、誘惑の影を感じました。早期に事態を収束させ会社経営に戻る方が得策では、と。それでも私は否認と黙秘を貫きました。

 なぜかって? マスコミに犯罪者扱いで大きく報道されたからですよ。警察のリークでしょうが、居並んだ報道陣にさらし者のように連行写真を撮られて……。我々のような中小企業が無実の罪状を認めた途端、社員全員が悪者になり、会社はつぶれ、技術も失われる。これは闘わなければならない、と誓いました。

元顧問は「被告人」のまま帰らぬ人に

 東京拘置所での勾留中は、体調を保つことに専念しました。といっても独居房の中を歩くことは禁じられていたので、屋外での運動やラジオ体操で筋肉を維持するしかない。楽しみは週2回の入浴だけです。下着一枚で廊下を歩くのは屈辱でしたが。裁判所での勾留手続きや検事の取り調べの際、手錠と腰縄をかけられると、本当に自分が「犯罪者」になった気分でした。

 せいぜい2カ月程度の勾留だと思っていましたが、結局11カ月。保釈請求に検察が「罪証隠滅の恐れあり」などと反対し、東京地裁も却下し続けました。年末年始も拘置所で過ごし、6回目の請求でようやく保釈されました。一緒に逮捕された元顧問の相嶋静夫さんは、がんの進行がわかっても保釈が認められず、迅速な治療を受けられぬまま「被告人」として亡くなりました。ご遺族は、勾留中に病状が悪化し衰弱した相嶋さんに「命が大切なんだから、検察の言うとおり供述して」と訴えたらしいです。まさに捜査機関の思惑通りのことが起きたわけです。健康や命まで「人質」にとる刑事司法のあり方に、強い憤りを覚えます。

 相嶋さんが亡くなったのは、私と元役員の保釈2日後でした。私たちは会社関係者との接触をいっさい禁じられていたため、勾留の執行一時停止で入院していた相嶋さんを見舞うことも、通夜や葬儀に参列し線香を手向けることも、できませんでした。すべての嫌疑が晴れた後、酒好きだった相嶋さんと、警察や検察のひどさをさかなに一杯やりたかったのに……。

 ようやく出社できたのは、東京地検が初公判直前に起訴を取り消した後の21年8月。逮捕されてから1年5カ月が経っていました。新規取引先から敬遠され、社の売り上げは半分近くまで減っていました。

裁判所とメディアは役割果たしているか

 なぜ人質司法がまかり通るのか。刑事訴訟法によれば本来、長期勾留はやむを得ない場合のみ許され、保釈も被告人の権利として、例外を除き認めなければならないはずです。でもそんな原則は建前で、証拠になり得るものがほぼすべて押収され、罪証隠滅や逃亡が現実的に考えられない場合でも、否認しているという理由で検察官が勾留延長を求め、裁判所がそれを認めてしまっているのが実態でしょう。

 そもそも逮捕自体が、犯罪者だと疑うに足りる相当な理由と、逃亡や罪証隠滅の恐れがなければできないはずです。取り調べへの弁護士の立ち会いも、多くの国が被疑者・被告人の権利と認めていますが、日本では、禁じる法規定などないのに、認められることはほとんどありません。だったら、ひそかに録音して身を守るしかない。今回、国と東京都を相手取った損害賠償訴訟の一審でも、元役員が任意聴取のときに録音した音声データが大きな意味を持ちました。

 裁判所が刑事司法の原則どおりの判断をしてくれないことに、私も強い失望を感じました。ただ、被告とその弁護人の立場としては、裁判官の心証を悪くしたくない一心で、批判を控えてしまうのです。

 だからこそ、メディアがきちんとチェック機能を働かせてほしい。検察や司法の権力行使を監視するのは、ジャーナリズムの役割のはずです。

 メディアが裁判官の名を報じるのは、判決の時くらいです。不祥事以外で検察官の名が出ることもほとんどない。でも、起訴や勾留請求、令状発行、保釈の判断などを国民が検証するためには、検察官や裁判官の名を報じ、緊張感をもって仕事をしてもらうという文化を定着させていく必要があるのではないでしょうか。この「実名報道」こそが大切なはずです。(聞き手・石川智也)

大川原正明さん

 おおかわら・まさあき 1949年生まれ。国と東京都に損害賠償を求めた訴訟で東京地裁は昨年、逮捕と起訴の違法性を認め賠償を命じた。現在、控訴審で係争中。

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この記事を書いた人
石川智也
オピニオン編集部

リベラリズム、立憲主義、メディア学、ジャーナリズム論