刑事弁護人が手錠をかけられて法廷から強制的に連れ出される-。そんな珍事が5月、大阪地裁で起きた。この弁護士は、法廷秩序維持法に基づく「制裁裁判」で過料3万円となったが、弁護士が制裁裁判の対象となるのは実に約40年ぶり。騒動の発端は、裁判官の禁止命令を聞き入れずに法廷での録音を続けたこと。裁判での関係者の発言は「公判調書」として記録されるが、なぜ自身のICレコーダーでの録音にこだわったのか。
弁護士は過料3万円
裁判官「録音してますか」
弁護士「答えません」
裁判官「(机の上に置いたICレコーダーの)電源を切って、しまうよう命令します」
弁護士「その根拠は」
裁判官「答える必要ありません。従わないならば退廷を命じますよ」
《弁護士は従わず、裁判官が退廷を命じる》
弁護士「(録音を禁じる)説明もないのに退廷なんて。絶対出ない」
《弁護士が警備員に抵抗したため、裁判官は拘束命令を発した。弁護士は手錠をかけられ、別の部屋に連れ出された》
5月30日に大阪地裁で開かれたストーカー規制法違反事件の第2回公判。強制退廷となった中道一政弁護士(大阪弁護士会)や制裁裁判での事実認定によると、開廷と同時にこうした〝攻防〟が始まった。
中道弁護士は約1カ月前の初公判で、この事件の被告の同意を得た上で「法廷内録音許可申請書」を提出したが、岩崎邦生裁判官は認めなかった。
理由の説明を求める中道弁護士と、それを拒む裁判官との間で押し問答が続き、実質的な審理はほとんどなく閉廷。そうした前段を経て、5月30日の第2回公判を迎えていた。
強制退廷させられた中道弁護士には、同日、制裁裁判が待っていた。
制裁裁判とは、裁判所の職務の執行を妨害した場合などに行われる。最高裁によると、対象のほとんどは被告か傍聴人で、弁護士が対象となるのは昭和60年以来だ。
過料3万円に処された中道弁護士は、決定を不服として抗告。しかし、大阪高裁は今月9日、「裁判所の措置に納得いかなかったとしても、法的手続きによらず、実力行使で抵抗することなど許されるはずがない」と退けた。中道弁護士は最高裁に特別抗告している。
「録音の必要性感じる」
なぜそこまで録音にこだわったのか。問題視するのは、審理の重要事項を記載した「公判調書」だ。
公判調書は裁判所の書記官が作成し、裁判官が内容を確認する。被告人質問や証人尋問だけでなく、公判中の裁判官や検察官の発言も詳細に記録される。
最高裁によると、調書作成のために裁判所が法廷内のやりとりを録音することもあるが、必須ではないという。
調書は信用性の高い証拠として扱われるが、中道弁護士は「基本的には信頼しているが、重要な部分が記載されていないことがときどきある」と指摘する。
実際に今回の公判でも、強制退廷になるまでの応酬が公判調書となっているが、「裁判官の重要な発言が載っていない。双方の発言を正確に書いた上で論評するべきだが、その前提が崩れている」という。
刑事訴訟法では、検察官や弁護人は、公判調書の正確性に対して異議を申し立てることができると定めている。ただ、それを検討するためにも、「公判を正確に記録した素材が必要なのは明らか。録音は異議申し立ての実効性を保障するために不可欠だ」と訴える。
公判調書は法曹界で必ずしも絶対視されているわけではないようで、別の40代の男性弁護士も「重要な発言が書かれていないことがある。尋問が判決を左右するような裁判では、正確性の担保として録音の必要性を感じる」と明かす。
変化する法廷の「常識」
法廷の秩序を維持するため、裁判官には大きな権限が与えられているが、法廷内の「常識」は、時代の流れとともに変化してきた。
今では傍聴人が手帳やノートにメモをとることは基本的に認められているが、その転機は、メモを禁じられた米国の弁護士が起こした国家賠償請求訴訟で、最高裁が平成元年、賠償請求自体は退けつつも「メモは尊重に値する」と判示したことにある。
元裁判官で法政大法科大学院の水野智幸教授(刑事訴訟法)は、今回の裁判官の判断について、「録音はプライバシー保護などの観点からマイナス面もある。誰がみても不合理な対応とはいえない以上、訴訟指揮権の範囲内と考えられる」とみる。
一方で、「もう少し丁寧な記載が必要だと感じる調書があるのも事実。弁護人が録音を求める気持ちも理解できる。これを機に運用を見直してもよいのではないか」と話している。(小川原咲)
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中道一政弁護士との主な一問一答は次の通り。
――録音について、弁護を担当した被告の意見は
「過去の別の事件で録音を試みたことを伝えると、被告に『自分の裁判でもしてほしい』と依頼された」
――過去にも録音許可を求めたことがあるのか
「昨年11~12月に4件の刑事事件で被告からの要望を受け、録音の申請をした。いずれの事件でも裁判官は理由を説明せずに不許可とし、1件では国選弁護人を解任された」
――手錠をかけられた際の心境は
「なぜ録音を認めない理由を言わないのか疑問に思いつつ、『ピカピカの新しい手錠やな。ほとんど使われていないんだろうな』と冷静に考えてもいた」
――4月20日の初公判で「法廷内録音許可申請書」を提出している。その中で何を訴えたのか
「刑事訴訟規則の録音に関する規定は、検察官や弁護人による法廷録音を原則として許可するべきものと解される。公判調書の記載の正確性について異議を申し立てることができるが、その実効性を保障するために録音は不可欠。公判調書は供述者の署名押印を要件にしておらず、高い信用性があることが前提となっている。そのような信用性は、それを支える制度があるがゆえだ」
――傍聴人にメモが許可されるきっかけとなった平成元年の最高裁判決では、「法廷は事件を審理、裁判する場で、訴訟関係人が全神経を集中すべき場」と示された
「弁護人が法廷に全神経を集中できる方法は、(メモより優れた)録音機を用いて録音すること。弁護人の録音が公正かつ円滑な訴訟の運営を妨げることは通常あり得ない」
――どうすれば録音が認められるか
「刑事訴訟規則では裁判所の許可があれば録音できることになっており、これを正しく運用すればよいだけなので、立法化を提案するつもりもない。裁判所が定めている規則なので、その運用基準は裁判所自身が明らかにするべきだ。自分の事件を誠実に対応しているだけ。受け持った裁判の記録をちゃんと持っておきたいというシンプルな発想。今後も依頼人が要望すれば録音を試みる」