ダサい奴だと思われたくないという、子どもっぽくもあるが深くもある恐れを抱えるわたしは、自分より楽しそうな人生を送っている人がそばにいると、必死に無関心なふりをしてなんとかその場を乗り切ろうとしてしまう。去年、OnlyFans[編注:クリエイターとファンをつなぐサブスクリプション型SNS]のあるスタークリエイターに出会ったときも、わたしがとった態度はそんな感じだった。
彼女は日本が大好きな最高のコスプレイヤーで、彼女の言葉によると「超セクシーなコンテンツ」を売って、誰もが羨む高額納税者に昇り詰めたのだという。わたしは関心なさそうな顔でだまってうなずきながら、彼女の半生を聞いた。彼女はこう言った。「前はテック系のコンサルタントになりたかったんですが、さっさと辞めちゃいました。だって、わたしがレギンスを試着したり、激しく絶頂に達したりするのを見せてあげるだけで、大勢のファンが月に一人10.99ドル(約1,700円)も払ってくれるってわかったから」
わたしは、その現代的なセックスワークの話題に興味がなさそうなふりを精一杯装っていたが、その実、彼女のビジネスについて詳しく知りたくてたまらなかった。OnlyFansのほかのトップクリエイターたちと同様、彼女もマネジメント会社を雇って顧客たちの要求に応え、注目を集めていた。「マネジメント会社は、チャットのスペシャリストを紹介してくれるんです。その効果はマジで大きかったですよ」と彼女は言った。マネジメント会社はチャット請負人のチームを準備し、クリエイターに成り代わってファンたちとDMでやりとりしてくれるのだという。このDMによるチャットは、OnlyFansのユーザーが自分のひいきのモデルとやりとりする最も一般的な手段だ。
OnlyFansにプロのチャット担当者がいるという事実は、サイトの利用者数を改めて計算してみれば、別に驚くことでもないとわかるだろう。OnlyFansというプラットフォームは、約210万人に及ぶクリエイターと直接つながることができる、という触れ込みで公称1億9,000万人のユーザーを集めてきた。だが、たとえ人気はそこそこ、というクリエイターだったとしても、毎日送られてくる膨大な量のメッセージをたったひとりでさばけるわけがない。では56億ドル(約9,000億円)を稼ぎ出すビジネスは、この問題をどう解決したのか? クリエイターたちは、チャットの仕事をこっそり低賃金労働者に丸投げしたのだ。OnlyFansのクリエイターは常にお金を払ってくれるファンと──性的にせよほかの意味にせよ──つながりたいと望んでいる、という幻想を守っているのは、そうして雇われた大量のフリーのチャット請負人たちだった。
わたしはこのOnlyFansの経済を担う、ダークでありながら極めて重要な部分についてもっと深く知りたいと思い、ベテランのチャット請負人に話を聞いてみようと考えた。だが、接触できた人のほとんどが、あまり口を開きたがらなかった。実態を話す代償として金銭的な要求をしてきた人もいるし、最初は話してもいいと言ったのに急に連絡が取れなくなった人もいる。そういう人たちが用心深い態度をとるのも、無理はない。OnlyFans自体が、セックス関連のプラットフォームだと知れ渡り、すでにかなりヤバいコンテンツと化しているのだ。それに、ここでOnlyFansのいかがわしい一部分を暴いたところで、チャット請負人にとってはなんの得にもならない。「雇ってもらうには、匿名でないとダメなの」と、アルゼンチン出身のベルは言った。彼女は26歳の工学専攻の学生で、夜はチャット請負人として活動している。
チャット請負人の実態を理解するには、自分でやってみるしかない。わたしは次第にそんなふうに思うようになった。学生時代は英語を専攻し、幸運にも20年以上言葉を扱う仕事で生計を立ててきたわたしなら、チャット請負人の仕事なんて楽勝だろう、と単純に考えていた。それにライターとしても、この仕事にはどんな技術が必要なのか、ぜひ知りたいと思った。OnlyFansのユーザーになんの疑いも抱かせず、やりとりしているのは本当に自分が欲望を抱いている相手だと思わせるには、何がいちばん重要なのか。
「東京出身」のアダルトインフルエンサー
職探しを始めるにあたって、わたしはOnlyFansのトップレベルのマネジメント会社オーナーに、チャット請負人の候補者として魅力的に見せるにはどうすればいいかを尋ねてみた。きみが雇われる可能性は低いと思うよ、英国人だからね、と彼は言った。マネジメント会社が雇いたがるのは、賃金の低い国に住んでいる人間だという。その意見は、チャット請負人たちが「助っ人求む」の広告を探すネットコミュニティをあちこち突きまわって、わたしが入手した情報と同じだった。OnlyFansのユーザーのほとんどが米国で暮らしているが、チャット請負人を目指すわたしのライバルの大半はフィリピンやベネズエラに住んでいるのだ。
Redditの「r/OnlyFansチャット請負人」というサブレディットや、Facebookの招待者専用グループにアップされたポストから判断するに、こういった請負人たちは比較的高い教育を受けており、大学レベルの英語が使えて、おそらく相当のプレッシャーがかかるコールセンターで鍛えられたと思われるタイピングスキルを身につけていることがわかった。また、こうした請負人たちは、ありとあらゆるひどい待遇に耐え抜く我慢強さも備えていた。OnlyFansのマネジメント会社は、フリーの請負人たちをひどくこき使うことで有名なのだ。請負人は週に70時間も働かされるうえ、地域の停電のせいなどで一度でもシフトに穴を開けようものなら、すぐさまクビにされる。「チャット請負人はロボットじゃない」。あるフィリピン人のフリーランサーが、Redditのスレッドに怒りに満ちた文句を書きつらねていた。
求人広告に応募しはじめると、ほとんどの採用担当者の目から見て、わたしのいちばんの欠点は「ある種の経験を積んでいないこと」だとわかってきた(その点で、世界中に散らばるライバルたちは、わたしよりかなり有利だったと言える)。たとえ時給2ドル(約300円)からスタートする仕事であっても、マネジメント会社は応募者にOnlyFansで実際にチャットをした経験を求めるだけでなく、数千ドルほどのいわゆる「特別コンテンツ」を顧客をおだてて買わせたことがあるという実績を要求してくる(OnlyFansの有料会員契約にはクリエイターのメインフィードにあげられた写真やビデオへの無制限のアクセスが含まれているが、熱心なファンの多くは、さらに有料の追加コンテンツをチャットで勧められるまま購入するのだ)。わたしがいくら自分の英語能力をアピールし、どんなことでも迅速に学習できると主張しても、マネジメント会社にとってはなんの意味もなかった。そうした会社が求めている人材は、よりたくさんの商品を客に売る能力をもつ商売人なのだ。
ストレスのたまる応募を数週間続けたあと、わたしはついにある雇い主(になるかもしれない業者)から、見込みのありそうな返事を受け取った──だがそのオファーには、不愉快な結末が待っていた。連絡してきたのはダニエルという男で、彼自身はセルビア在住だが、会社はキプロスにあるという。「助っ人求む」という投稿から予想された会社とは違った。そこはOnlyFansのクリエイターたちにチャット請負人を紹介するビジネスを展開している会社ではなかったのだ。代わりに彼らが捜していたのは、自社の所有するAIチャットボットに、いかにも本物らしいセクシーなチャットができるようトレーニングを行なう人材だ。
現在OnlyFansでは人工知能(AI)の使用が禁じられているが、ダニエルの会社のように、生身の人間のふりをしてAIチャットボットにチャットを行なわせるテクノロジーを開発しているスタートアップ企業は無数にある(なかには、どこかの誰かに何千ものAIが生成したメッセージを「送る」ボタンを押させることで、OnlyFansのAIチャット禁止の原則をかいくぐっている、と豪語する者もいる)。もしそのトレーニングの仕事を引き受けたら、わたしがいま全容を把握しようと力を尽くしている世界を、いずれ破壊してしまいかねない行為に手を貸すことになってしまう。
OnlyFansの内情を探りたいがためにそんないかがわしい仕事を引き受けていいものかどうか、かなり迷った。しかしそのときは、どんなに些細でもいいからとにかくあの業界に入り込む足がかりが欲しかった。結局わたしは「ぜひおたくのボットにネット上のセックスワーカーを真似る技術を教えてみたい」と言って、ダニエルに自分を売りこむことにした。
契約を結ぶために、かなり手のこんだ筆記テストに合格しなければならなかった。ダニエルから、「東京出身のミコ」という架空のアダルトインフルエンサーの略歴情報が送られてきた。ミコは空手とお茶と舌を出した絵文字の好きな女の子、という設定だ。わたしはまず、ミコと仮の課金ファンとの間に交わされる会話のやりとりを4回分書け、という指令を受けた。その会話のうち2回分はアダルトコンテンツに関する話題を含まなければならず、あとの2回は普通の会話で、ということだった。「ボットからの返事には、毎回必ず行動を促す呼びかけ、質問、褒め言葉、または行動を刺激するヒントのどれかを含まなければならない」かつ、ミコからの返事の20%以上は質問形(クエスチョンマーク)であってはならない、という決まりもあった。
最初、ダニエルが要求するお決まりのセクシーなトークをでっち上げるなんて、なんの苦もなくできると思った(ここにその詳細を記すのは控えるが、とりあえずキャスリン・ビグローの95年のSF映画『ストレンジ・デイズ』からイメージを少々パクらせてもらったことを告白しておく)。あまりセクシーじゃないほうのチャットでは、ミコが課金ファンにパスタのディナーをつくってあげる、と申し出る場面や、相手がすすめてきたテレビ番組に「わたしもそれ好き」と話を合わせる場面を想像してみた。
ただ、ひとつだけミスを犯し、あやうくチャット全体を「使用不能」と評価されてしまうところだった。ミコの経歴をあわてて読み飛ばしたせいで、彼女が辛いラーメンが好きだと思い込んでいたのだが、じつは辛いものはあまり得意ではなかったのだ。「こういう細かい点にもっと注意を払うようにしてほしい」と、ダニエルは評価のコメントに書いてきた。「この場合、辛い食べ物を話題にした部分のチャットがリジェクトされ、そのせいで会話全体が使いものにならなくなる恐れがあるので」
だがその大きなミスと、ほかにもいくつか細かい気になる点──例えば句読点がきちんとしすぎていて不自然だ、とか──があったにもかかわらず、わたしはダニエルから仕事を頼まれることになった。報酬は会話1行あたり7セント(約1.6円)で、会話は少なくとも40行は続けるという決まりだ。最初にもらった仕事では、公共の場でのセックス行為を含む会話を20件創作するよう言われた──うち10件はビーチで、5件は車中、残りの5件は森か庭でのセックスだ。そのセックスのなかで課せられた行為についてもいくつか指定があり、さらに絵文字は会話の30%を超えないように、という厳しいルールも与えられた。しかも締め切りまでには48時間しかない。
5番目の会話を書き上げるころには、わたしの脳はぐちゃぐちゃになっていた。矢継ぎ早に続くチャットの形式に制限され、思うように頭が働かない。ふたりの人物が、じゃれあいから始まり、行為のクライマックスへと昇り詰めて様子を描くのに、新しいアイデアが浮かんでこないのだ。ビーチセックスの会話10件を仕上げるのに締め切りをあと2日延ばしてもらい、さらにそこから歯を食いしばってカーセックスと野外セックスのシナリオを書き上げた。
わたしがこの苦行に冷や汗をたらしながら取り組んでいる間に、ダニエルは契約書を送ってきた。その契約には有償負担を伴う非公開・競業禁止条項が含まれていて、それにサインしたら、わたしは今後、ほかのどんな場所でも同じような仕事をすることができなくなる(あるいはこの件について書くことができなくなる)恐れがある。書き上げた会話の最後の1件を提出すると同時に、わたしはダニエルにこの仕事を続けるのは無理だと伝えた。ではきみの今後の活躍を祈る、と彼は返事してきたが、わたしの書いた会話の報酬56ドル(約9,000円)は結局支払われなかった。
報酬は時給1ドルから
だが、このAIチャットボットの仕事を経験したおかげで、従来のOnlyFansのマネジメント会社に応募する際に、「関連業務の経験あり」と称することができるようになった。わたしはついにいくつかのサイトで一次審査のハードルをクリアし、応募書類を提出するところまでこぎつけた。そういった会社は、報酬額はおそろしく低いのに、ものすごく面倒な書類を要求してくる場合が多い。あるマネジメント会社にいたっては、報酬として提示されたのは時給1ドル(約160円)とクリエイターのふりをして売ったコンテンツ販売価格の6%だったが、さらにOnlyFansのビジネスモデルをどう考えているかについて、長い作文までさせられた(わたしは必死にこのハードルをクリアしたのだが、その会社からはその後なんの連絡もない)。
ロサンゼルスのある会社がわたしの履歴書を見て気に入ってくれ、電話で面接を受けることになった。その会社の創設者は80年代のあるポップスターの息子で、いままでチャット請負人として雇ってきたパキスタン人たちにあまり満足していないということだった。「やつらはチャットを単なるセールスとしか考えてない」と彼は不満をこぼした。「だけどぼくは、このチャットはただのセールストークじゃないと思ってる。ファンたちはまさにチャットに命をかけているんだ。だからぼくとしては、彼らとほんとうに真剣に向き合ってもらいたいんだよ」
OnlyFansのチャット請負人としての第一の義務は、性的に満たされないファンをだまして高額なセクシーコンテンツを買わせることではなく、悩みを抱えたファンを癒すことだ、という彼の考え方がわたしは気に入った。だが、まず最初は見習いとして仕事を始めてほしいと言われ、ちょっと待てよ、と二の足を踏んだ。おそらく数週間は、報酬なしで働かされそうな気がしたからだ。「r/OnlyFansチャット請負人」のサブレディットに大文字で「ギャラを踏み倒された!!」と怒りの投稿を書き散らかすような、みじめな被害者のひとりになるのはごめんだった。
ついに、ジャンコという名のあるマネジメント会社の代表から、まともなメールが届いた。時給5ドル(約800円)とコンテンツ販売価格の0.5%という条件で仕事を請け負うことを確認すると、ジャンコは短いテストを受けるよう言ってきた。3つの短い質問のうち最も答えづらかったのは、こんな内容だ。「あなたがチャットをしている相手は34歳の建設現場検査官です。童貞で恋人なし、ネコを飼っています。もしもこの相手が、仕事が嫌で嫌でたまらないという愚痴を延々と繰り返し続けたら、どうやってそのチャットをハッピーな方向にもっていきますか?」
わたしはアルゼンチン人のチャット請負人、ベルが教えてくれた対処法を思い出した。ヤクザのビデオゲームの二次創作を長く書いてきた経験があり、セクシーなオーディオストーリーにも造詣が深いベルは、チャットをうまく軌道修正する技術にかけては右に出る者がいない。「例えばこんなふうに言えばいいのよ。『あのね、この前すごくエッチな夢を見たの』とか、『こんなポルノビデオを見たの』とか。そうやって、話をそっちの方向にもっていくわけ」
わたしはベルおすすめのパターンを使ってみることにした。ただし、わたしのチャット相手はとても繊細な心の持ち主だという点に、気を付けなければならない。「わたしね、あなたに料理してもらってる夢を見たの。そこはあなたのアパートで、わたしはソファに横になってあなたのネコと戯れてる。あなたがキッチンで、わたしのためにディナーをつくってるのが見える。でもふと気づいたら、あなたの着ているものが変わってて──すごく体の線がはっきり見えるグレーのスウェットパンツを履いてるの。そのとき、わたしはほんとに幸せな気分だったわ」と、わたしはチャットに書いた。
ジャンコはわたしの恥ずかしいチャットが大変気に入ったと言ってきた。わたしはその評価に気をよくしたが、そのあとに知らされた結果は意外なものだった。わたしにはすぐに仕事をさせられないというのだ。彼の会社が入念にわたしを評価した結果、わたしはまったく別の会社のトレーニング待機枠に入れられることになったのだという。その会社とは、OnlyFansでも最大級のアカウントのマネジメントをいくつか受けもつ会社だった。そこでもすぐには仕事をさせてもらえず、世界中から集められたほかの大勢の候補者たちとともに、Discordのあるサーバーに入るよう言われた。そこで候補者たちはトレーニングとテストを受け、InstagramやTikTokで100万人以上のフォロワーをもつインフルエンサーたちのチャット請負人になるべく鍛えられるのだ。
「幸運を祈るよ。ぼくからきみにあげられるアドバイスは、とにかく貪欲に、ガンガン攻めてセールスを勝ちとれ、ということだ」とジャンコは書いてきた。「うちではきみの能力を大いに買っている。期待しているからね」
リッチマンを飼い馴らす
大手のマネジメント会社とフルタイムの契約を結ぶには、3つほど段階を踏まなければならない。最初のステップは、まず会社の主力の稼ぎ手のひとりによる一連のチュートリアルを受けることだった。このマスター級チャット請負人のことを、ルカと呼ぶことにする。次に、もう一度テストを受ける──ジャンコから好評価を得たストーリーを、もっと長く詳細にわたって書き上げるといったテストだ。これで高得点を取ることができれば、次にはメジャーなアカウントで実際に行なわれたチャットをもとに、それを追体験するようなチャットを書いてみろと言われる。そういうプロの仕事をリアルタイムで何度か観察させられたあとで、やっと8時間シフトの仕事に入ることができる、という流れだ。
第1段階のトレーニングセッションはDiscordのボイスチャンネルを使って行なわれ、まずは、ルカからあるGoogleドキュメントへのリンクが教えられた。そこには、チャットで扱うテーマについて、ルカが習得した知識がまとめられている。そのなかには「米国大統領ベンジャミン・フランクリン」のものとされるこんな発言も含まれていた。「人との交渉において、可能性は常に未知のままだ。次のチャットのあとに何が待ちかまえているか、絶対に予想することはできない」
史実の正確さに関するルカの知識は少々怪しかったが[編註:実際にはフランクリンは大統領ではない]、その欠点を彼は自慢話で補った。「昨晩、ぼくはあるファンと4時間もチャットしてたんだけど」と自分の能力を証明するために、彼はこんな話を始めた。「そいつは医療関係の書類作成の仕事をしてて、病院の地下室で自分の仕事のつまらなさを延々としゃべり続けるんだ。それにぼくはこう返してやった。『じゃあ、残りの勤務シフトの間、わたしとずっとおしゃべりしましょ。イヤなこと全部忘れさせてあげる』。それから、ぼくはそいつの感情をうまいことくすぐり続け、奴は嬉々としてそのセリフを鵜呑みにした。結局そいつは400ドル(約64,000円)のチップを送ってきたよ」。さらにルカは、聞くだけで腹立たしい、ある意味すごいと感心せざるを得ない話を披露してきた。彼曰く、マカロニチーズを食べながらチャットしていて、そのぐちゃぐちゃとした食感からあるセクシーな場面を思いつき、そのおかげでチャット相手を最高に興奮させて600ドル(約96,000円)のチップをせしめたのだという。
ルカは毎回チャットの最初に、わたしたち新人に3つのタスクをこなすよう教え込んだ。まず、チャット相手のその日の気分を必ずチェックする──相手はハッピーなのか、落ち込んでいるのか、退屈なのか、ムラムラしてるのか? 次に、行動をチェックする──相手は何をしているのか、ハードな一日を過ごしたあとなのか? 最後に、これがいちばん重要なのだが、わたしたちがなりすましているクリエイターの写真やビデオに相手はいくらつぎ込みそうか、値踏みしなければならない。そのために、わたしたちは相手を多少くすぐっていい気分にさせたうえで、お手頃価格だが課金しないとロックを解除できないコンテンツを送り付けるのだ。相手がすぐにそれを購入して、いまのは面白かったと確認のメッセージを送ってきたら、今度はもっと高いアイテムの話を会話のなかに織り交ぜていく、という具合だ。
またルカからは、マネジメント会社がチャットを管理するために使っているソフト「Infloww」を利用して、そこから手に入るチャット相手のあらゆるデータをよく研究すること、という指令も下ってきた。「Infloww」を見ると、ファン各人が有料視聴コンテンツやチップにいくら金をつぎ込んだかがわかる仕組みになっている。だからチャット請負人は、いま自分が相手しているファンが「しみったれ」なのか「リッチマン」なのか、簡単に見極めることができるのだ。わたしたちは「しみったれ」にはできる限りかかわらず、「リッチマン」のほうにたっぷりと時間をかけるよう厳命されていた。わたしたちの究極の目標は、「リッチマン」をうまく「飼い慣らす」ことだった──つまり、わたしたちの物語をつくりだす才能をフルに使って、彼らがオーガズムに昇り詰めるまでの間に必要な視覚上のオカズを売りまくるのだ。
「あいつらの欲望を手玉に取ることができれば、きみのキャッシュフローが最高域に達するのは100%間違いない」とルカは言った。「このアカウントには、まさに奴隷みたいな奴らが大勢いる。そういう奴らは、自分の推しの女の子の一挙手一投足にのぼせ上がってほかのことは何も考えられなくなって、月に10万ドル(約1,600万円)だって突っ込んでしまうんだ。そいつらは、推しに金を突っ込むことしか頭にない。ただバカみたいに突っ込みまくる。それはおれたちがそいつらを正確に評価して、その欲望を操り、おいしいご褒美を与えてやっているからなのさ」
ルカにとって課金ユーザーは全員いいカモで、彼らをだまして金を巻き上げることにこのうえない喜びを見出しているようだった。「おれはインターネットやらロボット工学やら、ありとあらゆるしょうもないシステムのなかで金を稼いできた」と、レクチャーの最後にルカは言った。「大事なのは、いまどうすれば客にもっと欲しい! と思わせることができるか、そこに集中することだ。いいか、きみたちが売っているのはセックスだ──この世界で稼ぐのは、バカみたいに簡単だ。だがきみたちがやらなきゃならないのは、ユーザーとの間に繋がりを築き、ユーザーの頭の中にストーリーをつくり上げていくことなんだ。楽しい面だけに集中しろ。長く優しく撫でられるのが、彼女にとっていちばん満足のいく慰められ方だ、と思い出せ。さあ、奴のアレはギンギンになってきた。あとはやるしかない──躊躇ってる暇はないぞ!」
たとえそういう機会を与えられたとしても、少なくとも自分はルカほどあくどいやりかたをする請負人にはならない、と思った。だが次第に、そもそもわたしがルカと同じ地点に立つのは無理なんじゃないか、という気がしてきた。ルカによると、そのマネジメント会社の最終採用テストを受けた人間は450人にのぼり、候補者の評価はルカと同僚たちが手作業で行なっているということだった。
回答待ちのメッセージが100件
こうして数週間にわたって不毛な求職活動を続けていたある日、思いがけない幸運が舞い込んだ。応募したことさえ忘れていたドイツのマネジメント会社から連絡がきたのだ。彼らは自社が担当するクリエイターのひとりに欠員が出て、午後4時から深夜までのシフトに入ってくれる請負人を大至急探している、とのことだった。ギャラは時給4ドル(約600円)、コンテンツ販売の報奨はなし。
マネジメント会社の担当者は、わたしが受け持つことになる女の子のプロフィールを送ってくれた。21歳大学生、最近流行りの均整のとれた肉体に恵まれている。わたしがその仕事を任されるのに十分な能力の持ち主だと証明するため、2時間かけて彼女の細かい設定を隅から隅まで頭に叩きこんだ。お気に入りのプログラミング言語、お気に入りの寿司、お気に入りのクラシック・ロックバンド、ヒップのサイズ。さらに資料には、彼女の好むチャットスタイルも指定されており(わたしはなんとかして「40%女の子らしい」文章をひねり出さなければならない)、彼女の「お宝部屋」にあるスペシャルコンテンツすべての課金額一覧もついていた。
指定の時間にマネジメント会社のDiscordサーバーにログインすると、そこにはある人物が待っていた。物腰は丁寧だが少々ユーモアに欠けるその指導役は、会社が課金ファンと繋がるために使っているソフトCreatorHeroのインストール方法と使い方を教えてくれた。さらに、名前に赤い×印のついたファンには注意するように、と言われた──それは長いことクリエイターにまとわりついている「しみったれ」ファンで、邪魔な存在なので、なるべく最小限の受け答えで話を終わらせるように、ということだった。
仕事に取りかかると回答待ちのメッセージが100件ほども溜まっていて、まずそれを選り分けるところから始めた。相手はたいてい、こちらが回答した瞬間にまた返事を送り返してくる。自分のキャラクター設定に破綻がないよう細心の注意を払いつつ、何十人もの相手とのさまざまな話題の会話を同時にさばくのは、途方もなく疲れる作業だった。わたしは常に、いまチャットしているのはわたし自身ではなく、米国の反対側の街でわたしとはなんの接点もない人生を送っている女の子なのだ、という事実を忘れないよう、自分に言い聞かせなければならなかった。
OnlyFansのチャットの例に漏れず、交わされる会話の大部分はあからさまに性的なものだった。わたしはときにしょうもない空想に付き合わされて、ベビーシッターになったり、オフィスでフェラチオをしたりし、その情景を笑えるくらい美麗な文章で描写してみせた。パソコンの向こう側にいるこの男たちが、自宅オフィスでハイビスカスティーをすすりながらセクシーなコマンドを打ち込むわたしの姿を見たらどんなにがっかりするだろう? そう思わずにはいられなかった。彼らはこんなわたしの指示に従って、自分の性器をいじったり、わたしの体の特定の部分に精液をかけたりしているのだ。いちばんシュールだったのは、わたしの娘が子イヌと一緒に『ブルーイ』のアニメを見ている音が廊下の向こうからかすかに聞こえてくるそばで、ある課金ファンが「きみのお尻の間に挟んだマカロンを食べたくてたまらないんだよ」というセリフを吐いてきたときだ。そのときは心底、ぼくはこんなことやってていいのか、という気持ちになった。
ときどき指導係が現れては、相手がノってきたなと思ったら課金コンテンツをすすめるよう念を押してきた。わたしはあるファンに、ひとつ20ドルから30ドル(約3,200〜4,800円)程度のショートビデオシリーズを買わせることに成功した。「これはついさっきうちのベッドルームで、あなただけのために特別に撮ったものなのよ」という触れ込みだったが、じつはもう1年も前に撮られたものだった。別のファンは、クリエイターがじつに立派なモノをもつ彼氏とセックスをする1本45ドル(約7,200円)のビデオシリーズの全4本を買ってくれた。その相手には、そのシリーズの新しいのを撮ったらすぐに知らせるよう約束させられた。
とはいえ、すべてのチャットが性欲を満たすことだけを話題にしていたわけではない。広い宇宙の中でたったひとりぼっち、という孤独感をほんの一時忘れたいだけのファンもいたように思う。わたしはサックス吹きの品質管理エンジニアとテレビシリーズ『スーツ』の分析をして、「リッチマン」のひとりの数学・理科教師からベイクドサーモンのレシピを教わった。勤務中にチャットしてきたニューメキシコ州警察の警官には「あなたのお仕事でいちばん楽しいのはどんなとこ?」と尋ねてやった(返事は「めっちゃイカすパトカーに乗って、銃をぶっ放せるとこかな」)。ときにはこういう会話が突然セクシーモードに入ってしまう場合もあった。例えば勢いでタトゥーを入れた心理学専攻の学生が、それまで『スポンジ・ボブ』の話で盛り上がっていたのに、急に妙な形に曲がった自分のペニスの写真を送り付けてきたこともある。だがたいていの場合、感情面や知性面を満たしてくれる相手を探してOnlyFansにやってくるファンたちは、度を越したエロの領域に踏み込もうとはしなかった。
そのうち誰かがわたしの使う言葉や口調が前のチャットと微妙に違うことに気づき、その結果自分たちがうまいことだまされているということを見破るんじゃないか? と、わたしはずっと不安でならなかった。しかし、そういった疑いをほんのわずかほのめかしたのは、たったひとりだけだ。そのファンは「OnlyFansのモデルはプロのチャット請負人を雇ってるって話を聞いたんだけど、きみはそういうのしたことある?」と訊いてきたのだ。とんでもない良心の呵責を覚えつつ、わたしはこんな返事を返した。「そういうことをする人がいるのは知ってるけど、わたしは断固反対──大切なファンのみんなをだますようなこと、絶対にしたくないから」。この嘘のおかげで、彼の疑う気持ちは一瞬のうちに消えてなくなったはずだ。
一度だけ、自分の正体を明かそうかと真剣に考えたときがある。シングルファーザーのトラック運転手が、悪夢を見た息子の話をしてきたときだ。「何があったの?」という質問に対する彼の返事の辛さに、共感のあまり思わず泣きそうになった。「うちの子は夜中に悪夢を見て叫び声をあげる病気で、それが本当にひどいときがあるんだ」と彼はチャットに書いてきた。「目を覚まして叫び続けるんだけど、どうやっても止められない。こっちも悲しくてたまらなくなる」
自分のなかの父性が呼び覚まされ、彼に対して連帯意識のようなものを感じたわたしは、心からの思いを綴った長いメールを書きたくなった。自分の子どもたちが幼かったころの話を披露して、そういうどうしようもないことが子育て中には起こるものだ、と彼を慰めてやりたかった。でももちろん、そんなことはできなかった。だってわたしは、気ままに好きなことを楽しみたいだけの21歳のセックスワーカーなのだ。「あなたはほんとにいいお父さんよ、息子さんのためにできるだけのことをしてあげてるんだから」というのが、自分の正体を明かさずに彼にかけてあげられる精一杯の慰めの言葉だった。わたしのシフトが終わる午前0時まで、彼からの返信はなかった。
ログアウトしようとするわたしに指導係から伝えられたのは、苦しむ父親に優しい言葉をかけてやったことに対する褒め言葉ではなかった。それどころか「きみはいまにもマスターベーションを始めそうなファンに対して、コンテンツを売り込む真剣さが足りない」とやんわりと非難してくる内容だった。一応、チャット請負人としての仕事は続けてもらうが、チャットの技巧よりもっと商売のほうに身を入れてもらいたい、というのが指導係の意見だった。
ペテンが行き着く先
こうしてひとまずチャット請負人として仕事をもらえるようになったわけだが、一方でルカのチュートリアルも受け続けることにした。いつか、彼のマネジメント会社が扱う人気の高い仕事にアップグレードできるのでは、と考えたのだ。次のセッションでも、例によってルカの愉快だが癇に障るアドバイスは続き、とくに「リッチマン」になる可能性のある新規ファンによく目を光らせておく方法を叩きこまれた。(「もし新しく入ってきた奴が自分の住んでいる場所を言ったとして、そこが高所得者の住む地域だと気づかなかったら、最高のチャンスをみすみす逃してしまうことになる。だってそうだろう?『お、こいつは東海岸に住んでる、アッパー・マンハッタンのビジネスマンだ。こいつは立派な金づるになるぞ』ってことだよ」)。
最後に、もし準備ができたと思うなら、マネジメント会社の資格試験を受けてもらってかまわないよ、とルカは言った。わたしはそのチャンスに飛び付き、わずか25分でテストを終わらせた──短期間にせよドイツの会社で仕事をした経験により、わたしは課金ファンのエゴをくすぐり、彼らがフォローする女の子たちへの愛着を深める方法を習得していたのだ。何点取れたのかは教えてもらえなかったが、結果は満足のいくものだったようだ。2日後、わたしはエルヴィンというスター級のチャット請負人のシャドーイングをしてみないかという誘いを受けた。エルヴィンが受け持っている女の子は、ジェット機で世界中を飛びまわるクリエイターで、自分の顔がデザインされたパーカーが売れるほどの有名人だ。
エルヴィンがお手本として選ばれた理由は、すぐに明らかになった。彼はチャットの天才と言っていいほど返事が迅速で、とても人間業とは思えない速さでチャットを返していくのだ。何十もの会話の間を自由に行き来し、相手に合わせて文章を整えることも忘れない。わずか1分のうちに、わたしは彼がひとり目のファンにドレイクの歌詞のクイズを出し、ふたり目のファンの退廃趣味に付き合い、さらに3人目のファンに甘ったるい言葉で操りながら「ガールフレンド体験」を与えてやるのを目にした(「わたしにずっとそばにいてほしいなら、あなたのお財布をわたしのそばに置いてね」と3人目のファンに彼は書いていた。「この先ずっと、いつまでも」と)。わたしも同時に複数のチャットをこなしたことはあるが、そこまで巧みな技やスタイルを使いこなせた経験はない。今後わたしがどれほど自分の技を磨こうと、エルヴィンの手腕は常にわたしの一段上を行っていることは間違いないだろう。
だがルカ同様、自分が楽しませてやっているファンをバカにしていることが、彼の態度から滲み出ていた。彼がわたしにファンとのチャットの傍ら送ってくる私信メッセージには、そういう軽蔑がよく顔を出した。彼はつねに、クリエイターが見せる誠実さはすべて見せかけのまやかしだと断言してはばからない。「これは、こっちが相手をしているのは金のためだけじゃないと向こうに感じさせるためのテクニックなんだ」。あなたのアレの写真を送ってちょうだい、と課金ファンにおねだりしたあとで、彼はわたしにそんなメッセージを送ってきた。彼はファンからの写真を受け取るとそのファイルを開きもせず、すかさず相手に400ドル(約64,000円)を超えるビデオを購入させたのだった。
エルヴィンの強欲さを表すもっともひどいエピソードは、「ポイント」システムのでっち上げだろう。あるファンがもっとコンテンツを買い足すかどうか迷いはじめると、エルヴィンは「あと200ドル(約32,000円)払ってくれたら、『特別ポイント』をおまけしちゃう」と言って相手を釣るのだ。『特別ポイント』ってなんだ? とわたしの頭に疑問符が浮かんでいるのを察知したのだろう。エルヴィンは「Infloww」のメッセージ欄を使って、自分がクリエイターのためにでっち上げたその手管を詳しく説明してきた。「ファンはそういうポイントがあると勝手に思い込むんだ。それを貯めていけば、いつか自分の推しとヤレるってね」
わたしはそのペテンが行き着く先のシナリオをあれこれ思い浮かべてみたが、いずれにしてもろくな結果になりそうになかった。そのうちファンは、自分が嘘のご褒美にだまされて莫大な金額をドブに捨てたことに気づく。その時点で、ファンが受ける感情的ダメージはかなり大きいはずだ。なかには、そんな自分勝手な妄想にとらわれる奴がバカなんだ、自業自得だよ、と言う人もいるだろう。確かにそういう倫理観をもつ人たちの理屈もわからないではない。しかし、エルヴィンの仕掛けた巧妙な罠に易々とハマってしまうファンの姿を見て、わたしのなかにまず湧いてきたのは、何よりもファンを憐れむ気持ちだった。さらに、わたしは心配になってきた。このままこのチャット業界に身を置き続けたら、そのうちわたしたちの多くが自分のなかに保ちつづけようと努力している大切な力を失ってしまうのではないか。画面上に表示される言葉でしか知らない相手に、共感を覚える能力を。
マネジメント会社はわたしに、さらにいくつかのシャドーイング・セッションのスケジュールを送ってきた。それぞれのセッションがさまざまなスキルを教えてくれる予定で、「文章の書き方とストーリーのつくりかた」、「金払いのいいファンをキープするには」といったタイトルがついていた。わたしはそのセッションを全部キャンセルした。それによって、さらに上の段階に進めるチャンスはなくなった。ドイツの会社にも、辞めたいというメールを送った。もっと条件のいい仕事をオファーされたので断れなくて、という理由をつけて。会社はそれに応えてわたしのCreatorHeroの認証情報を削除し、Discordサーバーからわたしを追い出した。報酬はびた一文も支払われなかった。
人間のチャット請負人が業界から締め出される未来
OnlyFansのもやもやとした世界をあとにしてから、「自己妄想」の是非を問う考えがわたしの頭のなかをぐるぐると回っている。クリエイターになりすましてチャットをこなす間に、本当の意味での変態に何度か遭遇はしたが、ほとんどのチャット相手は少なくともある程度は理性も能力もある、ごくふつうの大人だった。彼らも一旦立ち止まって、自分が性的かつロマンチックな癒しを求めて入り浸るOnlyFansというプラットフォームの数字的背景をよくよく考えてみれば、自分が恋焦がれる高嶺の花の女の子たちに、大勢のファンとチャットするような時間も気持ちもあるわけがないことぐらい、すぐにわかるはずだ。
ファンの男たち──ついでに言っておくと、わたしの知る限り、出会ったファンは全員男だった──は、おそらくそういう現実をあえて考えないようにしているのだとわたしは思う。そこを見てしまったら、自分が寂しさから救われる手段がなくなってしまうからだ。OnlyFansをほとんど依存に近い状態で使っているファンは、金を使い果たして自分の入れ込んできた現実逃避手段が使えなくなって初めて、現実にかえるのだ。
ひょっとしてわたしは、そういうファンがある程度わかったうえでだまされているのではないか、と想像することで、自分の不安を和らげようとしているのかもしれない。大規模集団訴訟を得意とする法律事務所ハーゲンス・バーマンのフェニックス在住のパートナー、ロバート・ケイリーは、もう少し厳しい見方をしている。ちょうどわたしがチャット業界に潜入していたころ、彼がOnlyFansおよびチャット請負人を雇っているマネジメント会社を相手どった集団訴訟の原告となってくれる人間を探している、という噂を耳にした。学生アスリートに名前と肖像権の使用料を手にする権利を与えて、大学スポーツ界に革命を起こした訴訟の主席弁護人だったケイリーは、クリエイターのアカウントを運営しているマネジメントは、いわゆる「おとり商法」という古くからある詐欺商法の一種を行なっていると主張する。「課金会員になると、いちばん最初に言われるのが『DMで仲良くなりましょう』というセリフですが、それがまず、大嘘なわけです……彼らが契約者をだましているというのは、公然の秘密です」
まもなく訴訟を起こすつもりだという固い決意を打ち明けてくれたケイリーは、チャット詐欺は知らないうちに課金ファンたちに深刻な被害をもたらしている可能性があると強く訴えた。「チャット相手を偽る詐欺よりもっと深刻な問題は、ファンがチャット相手との間に親密な関係を築いていると思い込み、チャット請負人にせがまれるまま送ったプライベートな写真が、フィリピンのどこかの誰かの手に渡ってしまうことです。その写真はどこかのサーバーに保存され、どこかのSlackチャンネルにアップされて、ある日突然あなたの恥ずかしい写真がネット上に大々的にばらまかれてしまう。そして、みんながそれを見て大笑いするんです」
ケイリーがこの仮説を口にしたとき、わたしは自分の空想や恥ずかしい写真を共有してくれたチャット相手の男たちのことを思い浮かべ、仕事が終わったあとわたしが妻にそれを面白おかしく話して聞かせたことを彼らが知ったらどんな気持ちになるだろう、と考えてしまった(ケイリーの申し立てや、業界がチャット請負人に仕事を任せていることについてOnlyFansにコメントを求めたところ、スポークスウーマンは「うちはいかなるサードパーティーやマネジメント会社とも提携関係にないし、業務の請負を認めたこともない」と言ってきた。さらに、OnlyFansの利用規約を守っていれば、「すべてのクリエイターは、自分の裁量のもとにビジネスを運営する権限を与えられている」点も強調してきた)。
ケイリーの集団訴訟が前進すれば、人間のチャット請負人が業界から締め出される未来は想像に難くない。OnlyFansがAIの導入に抵抗し続けたとしても、クリエイターたちはおそらくチャットボットに乗り換えたほうが得策だと考えるだろう。そうすれば彼女たちは、少なくともボットは本物の自分の忠実なコピーだとファンに保証することができる。どこの馬の骨とも知れぬリモートワーカーが、12ページのメモを暗記した上で偽チャットをでっち上げているとバレるよりは、そのほうがはるかにマシだ。そしてしかるべき金額を払えば、もっとも熱狂的なファンは──おそらく莫大な追加料金を支払ったうえで──幕の背後に隠れている魔法使い、クリエイター本人とチャットすることができるのだ。
それでもわたしが知り合ったチャット請負人たちは、奇妙なことにこの最悪の予想にもまったく動揺していないようだ。チャット請負人たちが集まる秘密のDiscordサーバーに、迫りくるAIの脅威について投稿すると、かつての同僚たちは、そんなの心配しすぎだと笑い飛ばした。「凄腕セールスマンに勝てるAIなんていないさ」というのが、典型的な反応だった。自分がマスターした高額セールスの技に誇りをもつチャット請負人も、確かに存在するのだ。だが逆にその自信のせいで、彼らは事実を正しく読みとる能力を失っているのかもしれない。ありとあらゆるところにAIが浸透した未来では、彼らもまた詐欺のカモになりうるのだ、という事実を。
ブレンダン・I・コーナー|BRENDAN I. KOERNER
『WIRED』のコントリビューティングエディター、作家。著書に『ハイジャック犯は空の彼方に何を夢見たのか』がある。
(Originally published on wired.com, translated by Terumi Kato/LIBER, edited by Michiaki Matsushima)
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