ウォルターとの交渉は平行線をたどった。
以前の会話から、自分の猟犬に対して父親めいた情を持っている男だと思っていたのだが――慇懃な態度こそ崩さないものの、取り付く島もない。食い下がるのに気力が必要だった。
《治療は段階を踏んで進める。厚意には感謝するが、ヴェスパーの首席隊長殿の手を煩わせる話ではない》
「その“段階”が知りたいんだ、ハンドラー・ウォルター。どこに頼む? それはいつだ? あいつがそう易々と撃墜されることはないだろうが、万一がある。無駄死にさせる気でもないだろう」
《……貴殿は部外者だ。伝えられるようなことはない》
「部外者なのは承知の上だ。だが、アーキバスが医療分野に強いことは知っているだろう。おそらくルビコンの中では最も、十全の治療ができる」
《よく知っている。その悪名高さも》
「……否定はしない。だが、これは
《失礼だが、V.Ⅰ。我々の間にはそれに値する信頼関係が構築できていない。治療の可否以前に、体の不自由な人間を貴殿に預けることはできない》
「……ああ、なるほど。帰さない可能性があるということか」
《そちらの執着は重々耳にしている。先程の“万一”よりも高い可能性だと思うが?》
「……否定できないのが痛いな。嫌われるようなことはしないつもりだが、拘束力のある証明手段がない」
《理解を得られたなら幸いだ。……重ねて言うが、厚意には感謝する》
「引き続き説得はさせてもらうつもりだ。できればそのうち信用してくれ。身体そのものの抜本的な治療は、かなり大掛かりなものになるだろう? 胡乱な医者に任せるのは避けたい」
《……まずは勧誘を諦めるところから始めてもらいたいものだ》
「ああ、それか。……来ないだろうとは思っているんだがな。ただの軽口だ。まあ、今後は気をつける」
- / - -
とりあえず歩けないよりはマシだろうということで、以前V.Ⅷが見つけ出してきた非侵襲型のサイバニクスユニットを送りつけておいた。オールマインドの取扱品ではなかったためか、とうとう「誤解なさっているようですが、傭兵支援システムは仲介業ではありません」と釘を差された。
ただのAIよりは多少人格に近いものを持っていることは知っていたので、こちらの戦闘データの提供と引き換えに、業務外サービスの継続を呑ませた。今のところ、他に穏当なルートがないのだ。
レイヴンからは、お礼と、代金の支払いを申し出るメッセージが入った。
ACのパーツに比べればそこまで高いものではない。苦笑しつつ金額を伝えた。
彼女の性格的に、折れるところは折れておいた方が、おそらく後々都合が良い。
「ずいぶん上機嫌だな、首席隊長」
休憩室に入ってきたⅣが、目敏く声をかけてきた。
「まあな」
「もしかして、相手はレイヴンだろうか」
「ああ。……よくわかったな?」
「わかるさ。昨日今日と端末を手放そうとしていないし、貴方をそれほど左右するのは彼女くらいだろう。……メッセージのアドレスを教えてもらえたんだな。良かったじゃないか、大きな前進だ」
「だろう。頑張ったんだ」
ちまちま打っては送り、打っては送りを繰り返しながら応えた。
そうだあれも、と思いついて再び端末を手にしたとき、Ⅳからストップが入った。
「いや……その、少し頻度が高くはないか?」
「そうか?」
前回もこんなものだったし、割と手を抜きつつ対応してくれていたのだが。
首をひねるが、Ⅳの表情は浮かない。
「そもそも、彼女からの返信は来ているのか?」
「まあ時々な」
「……メッセージのやり取りというのは、会話のラリーだろう。一方的に送り続けるのはどうかと思うんだが……。一体、どんな内容を送っているんだ?」
「大体はACの話だ」
「……ACの」
「見るか?」
見られて困るようなものでもない。
端末を差し出すと、何かものすごく色々ともの言いたげな顔をして受け取った。
そして、素で目を剥いた。
「ひゃくにじゅっ……!? 待ってくれ、連絡先を交換してからまだ二日くらいだろう!?」
「ああ、そうだが」
「送りすぎだ……! 困るを通り越して怖いぞ、これは!」
「そうか?」
非常に不満ではあったが、そう言われると聞いてみないわけにもいかない。
素直に伺いを立てることにした。
【部下に怒られた】
【送りすぎで怖がらせてるんじゃないかと】
タイミングが良かったようで、そう待つことなく返事が来た。
【特に怖くはないけど】
【全部返事がいるの?】
【いや、適当でいい】
【なら別に】
【わりと楽しく読んでる】
【斜め読みだけど、それでいいなら】
そらみろ、と胸を張ってⅣに会話を見せると、片手で両目を抑えて天井を仰いだ。どんな反応だ。
「……いや、いいんだ。ACフリーク同士で交流を深めるというのなら、間違っていない……」
「そうか」
「だがこれは、年頃の男女の遣り取りではないと思わないか。発展性がないが、本当にいいんだな?」
浮かれてすっかり忘れていた。
顔に出ていたのだろう。Ⅳが重々しく頷く。
「“会話”をするんだ、首席隊長。現状に甘んじるつもりでないのなら」
「……会話……」
「ああ」
これは会話じゃなかったのか、と衝撃を受けた。
前回のレイヴンとの会話はほぼ8割方こんな感じだったので、思わぬ方向からの駄目出しだった。今までほとんど会話をしてこなかったことになってしまう。
4番はしかつめらしい顔で続けた。
「会話は相手のことを知るための手段で、同時に、自分のことを知ってもらうためのコミュニケーションだ。少しずつでも進めたほうがいい」
「そうは言ってもな……。何を聞けばいいんだ?」
「些細なことからでいいさ。好きなもの、好きな色、趣味は何か、兄弟はいるのか、故郷や両親との思い出は? どんな子供時代だった? ――すべてが相手を構成する要素だ。気にならないわけがないだろう?」
ものの見事に知らないことだらけだった。聞いたことがなければ、多分聞かれたこともない。
こんな生業だ。過去を捨てがちな環境下だとはいえ、ひょっとして前回の自分たちは、恋人同士というには、ちょっと色々足りていなかったのだろうか。
腕を組んで考え込んだ。
「女誑しは言うことが違うな……。そうやって口説いているのか。参考にさせてもらう」
「人聞きの悪い。ただの一般論だが、まあ、初歩的なところから始めてみると良い。好きな色が分かれば、プレゼント選びにも役立つだろうな」
まじまじと、無駄に端正なつくりの顔を眺めた。
そんなところにスムーズに繋げるとは、息をするように誑し込む男だ。
「すごいな、お前。いっそ尊敬する」
「……褒められている気がしないのはなぜだろう」
「女に刺されたときは申告しろ、見舞金くらい出してやる」
とりあえず、素直に好きな色を聞いてみた。
少し経って、オレンジ系、という返事が来た。
……知らなかった。
というか、「系」というのは何だ。オレンジではないのか。
したり顔のV.Ⅳから男女の色覚差についてのレクチャーを受けながら、とりあえず情報をインプットした。
- / - -
その日の出撃情報は深夜だった。
例によって例のごとく、無断出撃で繰り出した。段々と勘もいい具合に効いてきていて、なんとなくそろそろではないかという予感が働く頃合いになっている。
目はしっかり冴えていたが、少しばかり強化人間の睡眠管理デバイスが羨ましくも思えた。本人たちの談だと、便利ではあるもののそう良いものではないとの話だったが。
遅れて届いた追加情報では、どうやらベイラムの捕虜収容所に殴り込みをかけているらしい。依頼主はおそらく解放戦線だ。アーキバスはこの手の依頼に至る敗戦を喫していないし、記憶にもない。
たしか前回も、解放戦線の捕虜の救出作戦が行われていたはずだ。G2と戦闘になっていたので覚えている。
そこでふと、違和感に気づいた。
――ずいぶんと時間帯が遅い。前回のレイヴンの帰投時間から逆算すると、作戦開始は日没後でこそあれ、深夜ではなかったはずだ。日付が変わる前には帰っていた。
それだけではない。先日戦ったG4も、確か、前回は「壁越え」に失敗して死亡していたはずだ。
奇妙な話だった。バタフライ・エフェクトと言うには、関係性がずいぶん遠い。
考えを巡らせているうちに現場へ着いた。
警備部隊は退けたようだが、レッドガンG2「ディープダウン」と交戦中のようだ。護衛対象のヘリがそれなりに損傷している。
少しばかり考えて、レイヴンへ通信を入れた。
「いい夜だな、レイヴン。手を貸すか?」
迷うような間があった。それでも、どこか苦さのある声が応じてくる。
《……そうね、お願い。こちらはヘリの防衛に専念するわ》
「ああ、任せろ」
《IFF応答なし……いや、その機体! AC「ロックスミス」――ランク1、V.Ⅰフロイトか……! なぜここに!?》
「人違いだ。ただのフォロワーだと思ってくれ」
《……どんな遊びかは知らんが……ヴェスパーが解放戦線と組むとは、さすがに少々、想定外だな……!》
「人違いだ。まあ、別に組んだわけでもないんだが」
ミサイルとリニアライフルの重量2脚だ。距離を取って
MTを周囲に従えてひたすらに弾を撃ち込んでくる。手持ちのものを含め、タイプの異なるミサイルの大盤振る舞いでなかなか面白いが、いかんせん、MTでは盾にも囮にもならない。
蹴散らしながら懐に飛び込み、レーザーダガーで切り込んだ。
「ベイラムの流儀か? ミシガンのような作戦を取る。その機体構成なら、MTより近接型のACと組んだほうが面白いだろうに」
《生憎、面白さを基準に仕事をしているわけではないのでな!》
12連装ミサイルが唸りを上げて輸送ヘリへと伸びる。
いくつか撃ち落としておいた。まあ残りはレイヴンが対応するだろうというのは予想どおりだったが、迎撃しながらため息をついたのは予想外だった。
《仕方ないか……》
ACがプロテクションを展開する。球状に広がったパルスの膜がヘリを包み、撃ち漏らしたミサイルを受け止めた。
あれは結構高く付くからなと笑いを堪えた。どうやら今の彼女も、防衛は苦手らしい。避けるほうが楽だというのは同感だ。
その間にも攻撃は続けていた。ディープダウンの装甲の一部が弾け飛び、限界が近いことを知らせる。
《ぐ……ッ》
「たかだか捕虜数名、逃げられたところで大した影響はないだろう。面子の問題か? 命を懸けるには些細だな」
《……正論を言ってくれるものだ》
「お前とはG1と組んでいるときに戦ってみたい。退くなら追わないが、どうだ?」
《……何……?》
唖然とした様子だったが、こちらが本気であることは伝わったようだ。
唸るような声がした。
《……粋狂者め。いずれこの借りは返させて貰う》
「ああ。楽しみにしている」
勝手に決めてしまったが、レイヴンは特に口を挟まなかった。
レッドガンの撤退を確認し、解放戦線の輸送ヘリが離脱していく。
その姿をとりあえず見送っていると、ため息が聞こえた。
《……助かったわ。移動目標の護衛って、難しいものね……》
「そうだな。プロテクションを用意しておいたのはいい判断だ」
《頼らないでいられたらもっとよかったんだけど。貴方ならどうやった?》
「俺か。配下にMT部隊がいるからな、護衛はそいつらに任せてルートを先行殲滅する」
《……なるほど。私じゃ参考にできない案ね》
「ヴェスパーに来ればお前も――っと、そうだ、これは言わないようにするんだった」
《そうなの?》
「ウォルターから直接苦情が来た」
レイヴンが笑う。
どこか、いつもより覇気がない。思ったより消耗しているようだ。
「……お疲れだな。今日はやめておくか?」
訊ねると、目を瞬くような雰囲気があった。
《いいの? こんな夜中に、わざわざ来たのに?》
「お前が乗り気じゃないなら楽しめないからな」
《……ありがとう、で、いいのかしら》
「ああ。それでいい」
少し考えるような様子でレイヴンが沈黙した。
それが何だったのかは気になったが、結局言わないことにしたらしい。口にしたのは多分、別の話題だった。
《ところで、IFFを切ってるのって、何か意味があるの? バレバレだったみたいだけど》
「一応の体裁だ。……そうだ、ちょうどいい。お前の機体の名前なんだが」
《……何?》
少し空気がぴりついたのは、これが女の本名だからだ。
知っていると言えばいやがるだろう。刺激しないよう、できるだけ淡々と続けた。
「名が売れれば、あんな感じで機体名を呼ばれることも増える。変えるなら早めにしておけ」
《……そう……。……そうするわ、ありがとう》
「今のはいかにも人名だからな。どんな名前になるのか楽しみにしてる」
《……貴方の機体名、何か由来があるの?》
「いや。辞書で適当に決めた。響きが気に入ったんだ」
《なるほど……》
前の彼女はロックスミスにあやかった名前をつけていたが、さすがにそれは望めない。
素直に候補を考えた。
「お前だったら、犬とか鴉とか、その辺か?」
《犬と鴉……。ホワイトドッグとか、オールドクロウとか?》
「どちらも
《そうね。オールドクロウは――》
ふと、レイヴンが言葉の先を飲み込んだ。
聞いたほうがいい気がしたので、続きを促す。
「好きな酒か?」
《……昔、父がよく飲んでいたわ。それだけ》
「そうか。手に入ったら回す」
《またそうやって……。……物好きね》
苦笑するような気配があった。
戦闘はできなかったが、これは十分に「会話」だったのではないだろうか。少しばかり距離が縮まったような気はする。
別れ際に言われた「じゃあ、おやすみなさい」という言葉の響きが、やたらと耳に残った。
それなりに満足して拠点に戻る途中、解放戦線から通信が入った。
《V.Ⅰフロイト、こちらはルビコン解放戦線だ。我々が会話をするというのも、少し奇妙な感じだが……今回の件、協力に感謝する。独立傭兵レイヴンから、礼は貴方にと言付かった》
「まあ、成り行きだったからな。礼を言われるのも不思議な気分だ」
苦笑の声が応じてくる。V.Ⅳに言われるまでもなく、解放戦線にとっては不倶戴天の敵というやつだ。わざわざ礼を言ってくるとは、律儀な話だった。嫌いではない。
「分け前を要求する気はないんだが、そうだな……。ついでだ、ひとつ頼みを聞いてくれないか」
《頼み?》
「ああ。レイヴンに仕事を回したときは教えてくれ。アーキバス絡みじゃない案件だけでいい」
《それは……さすがに、問題が……》
「邪魔はしないし、何だったら手伝ってもいい。報酬も不要だ。一応、別ルートで情報が入るようにはしてるんだが……依頼された時点でわかれば、こちらの都合をつけやすいからな」
《……どんな目的で、そんなことを?》
「口説いてる最中なんだ。こうでもしないと会う機会がない」
すっぱりと答えた。相手は呆気にとられた様子で、しばらく沈黙が落ちる。
やがて、戸惑うような声が応じた。
《……そう、だな。レイヴンが同意するなら……》
「断りそうだが、まあそれでいい。それと、今後連絡を入れるときは名前で頼む。さすがに所属を連呼されるのは面倒が起きそうだ」
わかった、とため息交じりの声がする。
そこには明らかな困惑が滲んでいた。
《……貴方に
「さあな。4番にでも聞いてくれ」
- / - -
拠点に戻ってACを降りるなり、スネイルが血相を変えて噛みついてきた。
わざわざ待ち構えていたらしい。
「またですか、フロイト……! これで何回目の無断出撃です!? しかも、こんな夜中にまで!! 全方位に渡って迷惑にもほどがある!」
「お前もこんな夜中まで仕事か。あいかわらず熱心だな」
「誰のせいだと思っているのです!?」
「俺か。……いや、お前のことだから、他に仕事を見つけて結局残業してるんじゃないか?」
「貴方が面倒を増やしていい理由にはなりませんが!?」
深夜だというのに元気なものだ。
ハンガー内を歩きながら、欠伸混じりに応えた。
「無断出撃の方は止めても妨害してもやめないが、まあ、そうだな……書類の処理くらいはまともにやることにするか」
「……は!? ……馬鹿な、頭でも打ちましたか……!?」
「お前に倒れられても困るからな。その代わり、レイヴン絡みの件は全部織り込んで動いてくれ」
呆然と足を止めたスネイルへ、ひらひらと後ろ手を振る。
「すまん、そろそろ眠い。他に話があるなら明日でいいか」
「……既に日付が変わっていることを理解したうえでの発言ですね、フロイト」
「よくわかったな」
「今話します」
仕方なしに振り返った。
スネイルが青筋を立てながら眼鏡を抑えている。あいかわらず血圧の高い男だ。
「本社上層部より会議への出席要請です。本日1300時より開始しますので、必ずブリーフィングルームへ来るように」
「面倒だな……。お前の方で適当にやっておいてくれ」
「今回はそうもいきません。ロックスミスを取り上げられたくなくば出席を」
「そう来たか」
「ええ。社の所有物ですからね。あれも、貴方自身も」
肩をすくめた。寝坊をしない自信はなかったが、まあ、そこまで言うなら間に合う時間にスネイルが叩き起こしに来るだろう。
ナンバー2というのも大変だな、と他人事のように考えた。
そういえば、今日戦ったG2もレッドガンのナンバー2だ。前回スネイルがいなくなったあとは色々と面倒だったのと同じように、前回のミシガンも苦労していたのだろうか。
「なあ、ミシガンは
「いきなり何です……。ええ、古巣はファーロンです。G2 ナイルによって招聘されたとの情報ですね」
なるほど、と頷く。
思えば前回のベイラムの動きには、やはりどこか奇妙さがあった。
物量での制圧を旨としているとはいえ、あれだけ堅実で地に足のついた製品を作る会社が、ああも無謀な作戦を繰り返し押し付けてくるものだろうか。
そもそもレッドガンのACは数が揃っているとは言い難い。ルビコンに投入されたのはせいぜいが20機程度で、パイロットの練度も全体的に見ると今ひとつだ。かろうじて充実していると言えるのは、総勢500機に及ぶMT部隊くらいだろう。ルビコン以外のエリアではもう少しACの比率が高かったはずだ。自社保有の戦力評価に違和感がある。
眠気を堪えながら考えを巡らせた。
オキーフあたりに投げてみれば、なにか面白いものが出てくるかもしれない。
あらためて考えるとベイラムのACが少なすぎたので、両陣営に名ありAC以外の戦力があることにしてます。