621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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Shrouds have no pockets (4)

 

 その日の雑務はV.Ⅰに付き合っていたため、そのまま第三休憩室で片付けた。同席者の存在が気にならなくなるくらいには、良くも悪くも人の気配に慣れはじめていた。

 V.Ⅰは決裁後にめずらしく休暇を申請していた。

 明日の夜までの外出許可も同時に求めてきたので、どこかへ出掛けるつもりのようだった。それが精神安定に寄与するのなら異論はない。護衛を連れている以上、滅多なこともないだろう。

 決裁の終わった物品調達リストを確かめていたV.Ⅴホーキンスが、おや、と呟いた。

 理由はわかっていたので顔を上げることはしない。大豊核心工業集団のDF-GA-09 SHAO-WEI、ガトリングキャノンの存在だろう。

 

「……久々だねえ。まあ、今はベイラムとも休戦協定を結んでいるところだ。いつもよりは難易度がましかな」

「ええ。入手することで得られる情報は貴重ですので」

「喜んでくれるといいね」

「……そのような目的ではありませんが?」

 

 我ながら言い訳がましかったが、ホーキンスはそれ以上何も言わなかった。

 元はV.Ⅱとして先々代のV.Ⅰを支えていた男だ。色々と思うところがあるのかも知れない。

 そのとき、走る寸前のような足音が近づいてきた。扉を開けたのは意外にもV.Ⅲオキーフで、見たことがないほどの焦りを顔に出していた。

 

「スネイル、V.Ⅰは」

「休暇を取って出掛けたようですが……何かありましたか」

「シュナイダーの新型、あいつが決裁を通しているぞ。おまけにシュナイダー側が、長距離航空機まで寄越している」

「――まさか」

「遅かったか……!」

 

 事情を知らないホーキンスが、目を丸くして二人を見やる。

 ことの始まりは、アーキバス系列企業シュナイダーが満を持して打ち出してきた新型フレーム、LAMMERGEIERにあった。

 一言で言い表すなら、それは飛ぶための機体だった。――飛ぶため「だけ」の。

 装甲を限界まで削って軽量化を図った結果コアブロックを剥き出しにするという、耐久性どころか安全性をも空の彼方に全力で放り投げた設計だ。それ以外にも腕部は省略するわ頭部はカメラをつけただけの整流板だわ、正気を疑う点を挙げればきりがない。もう素直に戦闘機でも作っていろと叫びたい。

 一人や二人の変態ならまだしも、こんなものを系列企業が社として提出してきたときの絶望感を想像してもらいたい。心の底からどうかしている。

 当然ながら青筋を立てて却下したのだが、まさか、今の上官までこんな暴挙に出るとは想定していなかった。V.Ⅰの称号は呪われてでもいるのか。

 

 決裁を通したのみならず、長距離航空機の存在。

 どう考えても、ベリウス地方の支社まで乗り(あそび)に行っている。

 

「……すぐに連絡を! 引き返させなさい!」

「無駄だ、通信を完全に絶っている……あいつら、こんな行動力まで似ているとは……」

「くっ……シュナイダー社に抗議を入れます! あんな機体、一度落ちるだけでも死にかねませんよ!?」

 

 いやさすがにそれは大げさな、と口を挟んだホーキンスに図面を見せると、真顔になった。

 当然ながらシュナイダー社とは謎の通信妨害とやらで連絡が取れず、本人も捕まらない。そんな次第でアーキバス進駐拠点は大騒ぎになっていたのだが、それを引き起こした本人は、平然とした顔で翌日普通に帰ってきた。

 本人は無事だったが、連れていた護衛は死にそうな顔をしていた。

(のちに実はしっかりグレイアウトを起こしていたことが判明して、医療棟へ叩き込んで精密検査を受けさせた)

 特に上機嫌というわけでもなく、V.Ⅰはいつも通りの口調で言った。

 

「綺麗な機体だったし、面白かったわよ。Gがすごかったけど速かった。腕をつけたのを一台予約しておいたわ」

「……自家用車では、ないのですよ、V.Ⅰ……!」

「安心して。さすがに戦うときには乗らないから」

「当然です……!」

 

 もう怒鳴る気力も湧かない。崩れそうな膝をかろうじて手で押さえ、呻くように返した。

 淡々とした様子だったが、買ってきたと言うからには本気で気に入ったらしい。狂気の沙汰だ。

 つまりこれは、ヴェスパーの首席隊長がお墨付きを与えたということに他ならない。あまりの事態に眩暈がする。

 

「まさかとは思いますが、本格的に自殺願望でも出てきたのですか」

「今のところ自殺の予定はないわね。案外なかなか死なないな、とは思っているけど」

「……何に使うつもりなのです」

「そうね、急いでどこかに行きたいときとか。それ用に指定ポイントへの遠隔自動航行機能と、地面から搭乗するための姿勢制御をオプションで頼んでおいたわ」

「ならば小型ジェット機で十分でしょう。一体何を考えて、こんな酔狂を……」

 

 ぱちりと目を瞬かせ、V.Ⅰが首を傾げた。

 わからないのか、と不思議そうにしている。

 

「フロイトなら乗りたがると思ったから」

「……代わりに乗ってやろうとでも?」

「違うわ。自慢するの。いいでしょう、って。彼にはそれが一番きくと思うから」

 

 特に怒られるつもりもなかったのか、彼女は顔色も変えずに屋内へ足を向けた。

 どこへ向かうのかと思っていれば、どうやらこちらの執務室だ。

 技研の置き土産たるアイスワーム討伐戦、惑星封鎖機構に対する鹵獲作戦など、考えることは山ほどある。そんな中で持ち込まれたトラブルはもう十分に厄介なものだったのだが、これ以上、まだ何かあるのだろうか。

 

 護衛には外で待つように命じ、V.Ⅰが先に執務室へ入る。

 窓へ歩み寄ると、ブラインドを開けて光を入れ、窓を背にこちらを振り返った。

 

「……話があるのでしょう。何です」

「そうね。お願いがあるの、スネイル」

 

 まるで天気の話でもするかのように、なにげない口調だった。

 V.Ⅰになってから、方針の指示を除いて、何かを求めるということのなかった人間の発言だ。勝手に入手してきた今回の件はともかくとして――他に何かを、要望として口に出してきたことはない。

 眉を顰めるこちらへ、彼女は抑揚なく静かに告げた。

 

「“ファクトリー”を捨てて」

 

 ――息を飲んだ。

 オキーフの進言で、彼女には存在を秘匿していたセクションだ。把握されていたことにも、それを捨てろと迫られたことにも、動揺を隠しきれなかった。

 

「……閉鎖しろと?」

「いいえ。消し去って。人も情報も、痕跡ひとつに至るまで、すべてを」

 

 穏やかなほど淡々と告げられた言葉に、耳を疑った。

 彼女は微笑んでいた。どこか覚えのある、底の見えない空洞のような目で。

 ――それが、彼女と出会う前のフロイトが時折見せたものだと思い出したのは、随分と後だった。

 

「貴方やフロイトが何を思ってこれを作ったのかは知らないわ。興味もない。ただ、私は許容できない。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 甘い女だと思っていた。

 情に脆く、部下の損耗を減らすために己の身体を張るような、愚かしいほど「まともな」人間だと。

 その女が、今、戦闘員でもない部門の粛正を要求している。

 にわかには信じられなかった。

 

「……正気ですか、V.Ⅰ」

「ええ。手順として、先に“お願い”をしておくべきかと思ったの」

 

 開かれたブラインドの向こうから差し込む光が、女の輪郭をあやふやにする。

 微笑んでいた。

 憤りも、悲しみも、何一つ投影させない、形だけの笑みだった。

 その唇が、ゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「――できるわよね? スネイル」

 

 選択肢は無いも同然だった。一切の研究記録と成果を捨てる必要がある。それができなければ、おそらく彼女は、アーキバスごとすべてを焼き払うだろう。

 それを止めうる戦力は、もう、どこにもいない。

 考えたのは数秒だった。――まだこの時点で捨てられる戦力ではない。交渉も欺瞞も使えない。既に独自の情報網を持っている相手に、それは通用しない。

 唾を飲み込み、かき集めた平静さで眼鏡を押さえた。

 

「……いいでしょう。要求を呑みます、V.Ⅰ」

「よかった。ありがとう」

 

 こんなにも綺麗に微笑む女だっただろうか。

 初めて、恐ろしさを覚えた。それは紛れもなく恐怖だった。

 このまま彼女を重用していていいのか――なにか、決定的なものを見落としてはいないかと。

 狂うことはないと思っていた。だが、狂っていないのなら、これは何だ。

 

 凶兆(レイヴン)

 破滅をもたらすもの。

 ――それは、何にとっての。

 

 

 

***

 

 

 

 一度生まれた(ひず)みは元には戻らない。

 ベルグレイブ要塞攻略よりもさらに多くの人員を()()で失うことになり、上層部からは苛烈な叱責を受けた。それに応対したV.Ⅰは殊勝な顔で、いつも通りの応答を繰り返していた。

 顔色一つ変えずに。

 メーテルリンクさえ異常に気付かないほど、何の影響も外には出さずに。

 

 

 

 

「スネイル閣下! お待ちください……!」

 

 ブリーフィングルームを出てすぐ、メーテルリンクが追い縋るように声をかけてきた。

 すっかり青褪めた顔が翻意を迫っている。

 

「なぜです、V.Ⅰを対アイスワーム戦に投入など……! G1と共同作戦をとらせるというのですか!?」

「それが何か?」

「今のV.Ⅰには酷です、ご再考ください!」

「……おかしなことを。あれが復讐心でも抱えているように見えますか」

「……それは……ですが、何もV.Ⅰである必要はないはずです。場合によっては、私でも……!」

「それを決めるのは戦域指揮官たる私の仕事です。分をわきまえなさい、V.Ⅵ」

 

 ぐっと唇を結んだメーテルリンクが、視線を落とす。

 拳を握りしめ、震える息を吐いた。

 

「……最近の貴方は、少しおかしい……何があったというのです、スネイル……!」

「私情を挟むのはおやめなさい。必要なことを必要に応じて判断しているのみです。この作戦にはV.Ⅰの投入が最適と判断した。それだけのことです」

 

 我ながら白々しい言い分だった。ただ、嫌がらせや意趣返しで決めた話でもない。

 “レイヴン”は、今やアーキバスにとっての脅威だった。

 もう誰一人、単独では彼女を止めることができないという意味で、明らかに度を超えた力を持っていた。最近の作戦では――慎重を期した作戦通りに進めたとはいえ――エンフォーサーと無人機MTを相手にさえ、ほとんど破損もなく打ち勝ったほどだ。重用しすぎて見えなくなっていた限界を把握したいというのが、最も大きな理由だった。

 無論、ACに乗せなければ問題のない脅威だ。生身の彼女はただの女であると、十分に理解している。排除するだけならいつでもできる。

 だが、それはヴェスパーの士気と戦力を大きく下げるだろう。よほどでなければ選べない手段であり、まだ、その時期ではない。

 急ぐ必要があった。破綻の時は近い。

 そのために使い潰すことになったとしても、目的地までの道を拓くことは可能だろう。

 

「……今頃、新型兵器(スタンニードルランチャー)を使えると喜んでいるところでしょう。止めたいというなら本人に言いなさい、あれが辞退するというのであれば一考します」

「……わかりました。失礼します」

 

 感情を押し殺した声で応じ、メーテルリンクが踵を返す。

 眼鏡の弦を押さえ、自然と寄る眉間の皺にため息を飲み込んだ。

 

 

 

 

 はたして、V.Ⅰは何ら支障なくアイスワーム討伐をやり遂げた。

 確認した記録では、G1の独特な言い回しに軽口で応じることまでしている。こちらの内部事情など知らないのだろう、随分と気に入られた様子だった。

 

 「V.Ⅰなどというお上品ぶったシートに座らせておくには惜しい」というG1の言葉には青筋を立てたものだが、彼女の返答は「そちらこそ、転職を考えているなら相談に乗るわ」というものだった。

 どうやら帰属意識はまだ死んでいないらしい。複雑な気分だった。

 

 そして間を置かず、第1部隊のウォッチポイント投入を決めた。

 

 今度はメーテルリンクだけでなくホーキンスやオキーフも異を唱えたが、当人は淡々と受諾して準備を進めた。無論、補給支援のバックアップは充実させている。第1部隊は選りすぐりの精鋭集団であり、失うには惜しい。V.Ⅰを単機突入させる理由を作り出すことができなかったがゆえの部隊運用だ。

 指示しなくとも予想通りにV.Ⅰは単機で先行し、ベイラム戦力の屍を築いた複合エネルギー砲台「ネペンテス」をあっさりと破壊した。続く深度2では惑星封鎖機構の残存勢力からの襲撃に遭ったが、一度戦っているエンフォーサーであり、さしたる損害もなくこれを撃破。鮮やかな戦果に沸き立つ周囲を忌々しく思いながら、そのまま最深部を目指すよう指示した。

 

「あいつを排除するつもりなら、下手な細工はしない方が良い」

 

 そんなことを言ってきたのは、V.Ⅲオキーフだった。

 

「退職金を詰んで、頼み込んでルビコンから出て行ってもらえ。それが最も効率的な方法だ」

「……あれはV.Ⅰであることに固執しているはずです。応じるはずが――」

「固執しているのはそれではないだろう。それに、そろそろ自分でも限界を感じているはずだ。……使い潰そうと無茶を振るのはまだいい。搦め手はやめておけ、どんな結果を引き起こすかわからん」

「……念頭に置いておきましょう」

 

 

 ウォッチポイント・アルファの最深部へ到達し、旧技研都市を発見したと報告が入ったのは、その翌朝だった。

 

 

 

***

 

 

 

 旧技研都市は半世紀を過ぎた今なお無人機によって守られており、攻略には時間がかかる。

 第1部隊の消耗もそろそろ無視できない。ベイラムの残存勢力はV.Ⅳにより壊滅的な打撃を受けて撤退を決め、大勢は決まっている状況だ。無理をせず一度退くべきだろう。

 その判断は、結果的に正解だった。

 拠点に戻ったV.Ⅰが、高熱を出して倒れたという報告が上がったためだ。

 

 随分と持ち堪えたものだ、というのが率直な感想だった。

 

「わかりました。医療棟にて万全の治療を」

「それなのですが……ご本人が拒んでおいでで」

「何……?」

 

 頭痛を覚えた。

 そうまでして、あの部屋から離れたくないというのか。

 

「……仕方がありません。では、部屋に医師を送りなさい」

「それが……それも不要だと……」

 

 首席隊長の拒否となると、他の人間では押し切ることができまい。折悪しく、メーテルリンクは入れ替わりに技研都市へ回してしまっている。

 ため息とともに端末を置いた。

 

「まったく、手のかかる……。いいでしょう、私が同行します」

「申し訳ありません」

 

 部下はほっとした様子だった。

 部屋の前で目礼する護衛に頷いて返し、医師を伴って固く閉ざされた扉を解錠する。部屋の中は綺麗なものだった。先日見たとおり、フロイトの生前と同じく――いや、気味が悪いほどに変わらない。それなりに物は多いというのに、いっそ生活感がなく、時が止まっているかのようだ。

 遠慮していても仕方がないので、迷いなく寝室へ足を踏み入れた。

 広いベッドの隅に、毛布にくるまった人間が身体を丸く縮こめていた。

 

「体調はいかがです、V.Ⅰ」

「……ただの風邪よ……ほうっておいて」

「それを判断するのは医者の仕事です。我が儘も大概になさい」

 

 いかにも気怠げな様子で、彼女が身を起こした。

 隊服のまま寝ていたことにまた頭痛を覚える。医師が診断を行っている間に、クローゼットからスウェットを引き出し、ベッドの上に放った。明らかに男物だったが構うものか。

 診断結果は過労と風邪だった。概ね予想通りだ。「だから言ったのに」と不満そうな彼女は、大人しく注射を受け、のそのそと着替えて再びベッドに丸まった。

 ベッドサイドには医師が栄養ゼリーと水、薬などを丁寧に並べている。親切なことだ。

 

「定期的に通信を入れます。応答がない場合は訪問させますので、そのつもりで」

 

 わかった、という声は毛布の向こうでくぐもっていた。

 返事をしたならそのようにするだろう。医師を促して寝室を出ようとしたとき、呼び止められて、振り返った。

 

「……拠点を、移すのよね。旧技研都市に」

 

 何を言いたいのかがわかった。今の拠点を――この部屋を離れるのか、という問いかけだ。

 眼鏡を押さえ、感情を込めずに返す。

 

「極力そのまま、環境が変わらないよう努めます」

「……ううん。いい」

 

 もういい、という言葉は、何を示していたのだろうか。

 やめるというのなら、止めるのであれば――おそらくは、このときが最後の機会だった。

 

 

 

 

 


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