621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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“天使も踏むを怖れるところ、愚か者は飛び込む”

あるいは戦闘狂貫徹ルートです。イグエアのifと同じ道筋のクライマックス。
レイヴンがこうなれるのは結構限定的だと思っていて、少なくとも
・ファクトリーの存在を知らずに不和がない
・フロイトがコーラルリリースを目的としない
・自分以外の何をも背負わない
が条件となるんじゃないかなと。性格的になかなか難しい。
レイヴンに対する感情もそれぞれ本編とは違います。

あといつもより更に戦闘がトンデモです。曲芸かな?(ネタが尽きた)





Fools rush in

 

 

 焦がれていた。

 心の底から、焦がれきっていた。

 

 全面戦争に突入した解放戦線とアーキバスの戦いは熾烈さを増すばかりで、日に日に消耗戦の様相を呈していた。地力では圧倒的にアーキバスが有利であるはずだったが、驚いたことに、アーキバスにとってはいくつかの()()()が立て続けに重なった。撤退を決めたベイラムが搬入していた武器や弾薬等の物資を回収せず解放戦線への支援へ回し、アーキバス傘下であったシュナイダーが反旗を翻す、中立的な武器商人を演じていたBAWSが積極的妨害行為(サボタージュ)に出るなど次々と対決姿勢を強めたことなどから、状況は拮抗し、後はお互いの実働戦力を磨り潰す戦いとなっていた。

 

 要は、スネイルの策略にフラットウェルが的確に対応した結果、次から次へと湧いて出るMTだのLCだのHCだのを長時間にわたって片っ端から片付けさせられるような戦場が多かったのだ。

 

 数が多ければ被弾も嵩むし消耗する。少しずつ着実に磨り減っていく自陣営に空気も重くなる。かかるストレスも多くなる。

 

 だからこそ――本当に、だからこそ。

 実に二ヶ月ぶりに相まみえたロックスミスの姿に、とんでもない胸の高鳴りを覚えた。

 

「フロイト……!」

《やっとだ。やっと会えたな、レイヴン!》

 

 まるで睦言のようだった。

 ここにいるとは思わない、そんな戦場だった。場所はバートラム旧宇宙港。お互いの指揮官は頭を抱えていただろう。どちらもが、極力遭遇させないよう手を回していたはずだ。

 こうなることが、わかりきっていたからだ。

 積もり積もった鬱憤を晴らすかのように銃口を向け合う。会話などというもどかしいものは必要なかった。

 作戦も何も関係ない。制止の声が聞こえたとしても止まらなかっただろう。

 夢に見るほど戦いたかった相手が、眼の前にいるのに、これ以上我慢などできるはずがない。

 

 相手の動きを読みながら、射るようにリニアライフルを差し込む。フロイトは対照的で、ばらまくようにリズムよく弾を放っていた。

 マニュアル照準だからこその感覚に息を飲む。――癖で動くだけで避けられるものではない。

 興奮を隠せない声が通信に乗ってくる。

 

《ああ、これだ、この感じだ! ……たまらないな、これを待っていた!》

「本当に……!」

 

 踏み込んで捕まえる。満を持して放ったレーザーキャノンは、驚くような反応で避けられた。

 単なる横移動ではない。一瞬で視界から逃げられて、クイックターンとともに距離を取った。

 レーザーブレードが触れる直前にバックラーを展開、弾き飛ばしながら背後へ。

 笑うようにフロイトが吠えた。

 

《めずらしいじゃないか、お前が(バックラー)なんて!》

「貴方は相変わらずね?」

《ああ。それでも、退屈させたりはしないさ……!》

「知ってるわ!」

 

 パルスブレードを打ち込む。

 追撃は思い切って諦め、拡散バズーカの射線を切った。放たれず、代わりにライフルの弾が行く手を阻む。

 

《まったく――お前が敵に回ったのは、本当に正解だったな。これ以上のものなんてない。最上級のラブレターだ》

「そうでしょう? 我慢させられただけ、楽しまなくちゃ嘘だわ」

 

 リニアライフルを立て続けに撃った。

 相手の射撃をうまくバックラーで受けながら、一発目は行く手に、二発目は回避先に、さらに上空へ避けたそこへと。

 お互い、癖も何もかも知り尽くしている相手だ。

 それなのに、まだ底が知れない。

 どうしようもなく胸が高鳴る。

 これは戦場だからか、全身全霊をかけた命のやり取りだからか。だとしたら本当に、敵対した自分を褒めてやりたい。

 

《いいぞ、そうだ……もっと食らいついてこい、もっとだ!》

 

 立ち並ぶコンテナの影に滑り込んでスキャン、距離と方向を把握して飛び出す。

 アラームが鳴る。撃ち下ろされた拡散バズーカを避け、破壊された燃料タンクを掴んで放り投げると同時にブーストを入れた。

 パルスブレードをチャージに切り替える。

 二段構えの奇襲攻撃は、だが、目を瞠るような対応で往なされた。

 飛び来る質量物をパルスアーマーで半ばぶつかるように受け流す。後退したロックスミスを追いかけたところへ、迎えるように蹴りを放ってきた。

 アーマーは減衰したはずだ。速度も出ているから押し負けない。構わずその脚を狙ってブレードを叩き込み――上空から差した影に気づいて、とっさにバックラーへと切り替えた。

 

 半ば破壊されたタンクが降ってくる。展開したバックラーが破壊された。

 直前で反射的にACSを解除し、機体を滑らせるように回避した。レーザーブレードの青い軌跡が目に焼き付く。無茶な制動にかかったGより、心臓を揺さぶられるような衝撃の方が大きかった。

 

《相変わらずふざけた動きだな! 最っ高だ、ゾクゾクする!》

「っ……! そっちこそ! 信じられない、狙ったの!?」

《いつかやってやろうと思っていたんだ、お前は手癖が悪いからな》

「最高よ、惚れ直すわ……!」

《もっと言え。……ああ、楽しいな、よすぎる。ずっとこうしていたい気分だ……!》

 

 まったくだ、と熱の篭もった息を吐いた。

 囲うようなレーザードローンの射撃とライフルの弾を避けながら、どうにか体勢を立て直す。

 リペアはあと2回。――まだ、もっと、楽しめる。

 

 RF-024 TURNER(普及型アサルトライフル)なんて自分で使うと退屈なリズムしか刻まないのに、この男が使うと、どうしてこうも的確で着実で、心地よいくらいの脅威なのだろう。

 

 背後からの射撃を避け、反射的に打ち返す。

 青いレーザー光のとおりドローンだ。うまく破壊できたものの、視線を外してしまった。

 横合いから迫るブレードをかろうじて避ける。ブレードが物見台めいた建造物の支柱を破壊し、分断され衝撃で引き抜かれた鉄骨が落ちてくる。

 くの字状に折れ曲がった鉄骨を拾って投げ放つ。下へと避けたところに潜り込む――読まれていた。拡散バズーカの迎撃を受ける。

 そしてまた、妙な場所にドローンが待ち構えていた。

 

「まさか……個別に手動(マニュアル)で捕捉してるの? この高速戦闘下で!」

 

 情報処理に特化した改造を受けている強化人間(じぶん)でも、全体制御の割り込みがせいぜいだ。

 それを、まさかマニュアルで、個別に動かすだなどという芸当、とても真人間のものではない。静止状態ならまだしも、激しい機体の制御を行いながらやってのけているのだ。

 

《思ったより気付くのが遅かったな》

「できると思わないでしょう、呆れるわ……!」

 

 ロックスミスが間近に迫る。警戒した通りの蹴りの動作――だがしかし、通常の蹴りではなかった。()()()()()()()

 ACSを切ったのか。とっさにこちらも切り、スラストで軸だけ維持して両脚を振り上げるように一回転した。流石に吐きそうな制動だ。内臓の圧迫感を覚えながらブースターで地面を踏みしめるように着地して、低い姿勢から、チャージしていたリニアライフルを撃ち放った。

 至近距離からの一撃だというのに、おまけに真人間の癖をして無茶な制動をかけた直後だというのに――コアには当たらず、左腕を掠めただけだった。

 

「――これを避けるの!?」

《ははっ……お前ならそう来ると思っていた! 冗談みたいな動きだな、レイヴン!!》

「本当にどきどきさせてくれるわ。心臓がおかしくなりそう……!」

《俺も色々やばいな、視界が赤い。まあ――そんなことはどうでもいいさ、そうだろう?》

 

 ACSを切るということは電磁装甲を失うということでもある。何度目かの隙でバズーカをまともに受け、コンテナ群へ派手に叩きつけられた。頭部カメラを狙ってレーザーキャノンをお見舞いしていたのが功を奏したか、追撃こそなかったが、口の中に鉄の味が広がった。内臓を痛めたようだ。

 ACSを再起動し、リペアを使いながら撃ち合う。

 ああ、もうあと残り1回だ。

 フロイトが笑う気配がした。

 

《――わかっていないな、スネイル。遊ぶなら本気でないと意味がない、本気で遊べる相手なんてこいつしかいない》

「同感よ。私だって同じ。もっと、まだ足りない、まだ……!」

《ああそうだ! 今は他の何もかもがどうでもいい、お前もそうだろう、レイヴン!!》

 

 背後に回り込んで、ブレードを展開する腕の関節部へとブレードを叩きつける。装甲が持ちこたえたが、間髪を入れず横からコアを蹴り飛ばした。

 ロックスミスがこちらへ拡散バズーカを向ける。十分に待って横へ避け、破壊された施設から崩れ落ちてくる建築材を投擲物にする。

 ばらばらと降る鉄骨やコンクリートの中、ロックスミスが距離を詰めてくる。さすがに多用しすぎたか。レーザーキャノンで威嚇して距離を取り――横からの悪寒とアラートに息を詰めた。

 バックラーを展開。ドローンの射撃を受け、ACSがフリーズした。

 アンラヴルが手放した鉄骨をロックスミスが掴み取る。そのまま迷いなく突き刺してきた。

 

 回避が間に合わない。コアの側部を削られ、腹部に熱が走った。

 一瞬、意識が飛んだ。モニタに赤い警告が出て、ひっきりなしに耳障りなアラートが鳴っている。コクピット装甲に穴が空いたようだ。

 距離を取りながらリニアライフルを撃つ。

 

「やってくれる……! 本当に、器用、ね」

《残念だな。もう降参か?》

「冗談でしょう? まだここからよ……!」

《そうこなくてはな!》

 

 強襲艦が上空を取っていた。主砲がこちらに向けられているのがわかる。動きを止めれば撃ってくる。

 戦闘を開始して20分。おそらくはスネイルの指示だ。そして、おそらくはフラットウェルも動きはじめている。

 確信しているのだ。

 エースのご機嫌を著しく損なったとしても、ここでレイヴンを/フロイトを排除することができれば、戦況を大きく動かすと。

 それを邪魔だとは思わない。介入も戦闘のうちだ。お互い、相手が存在に気付いているとわかっている。――止め(じゃま)に入るのでなければ構わない。

 

 だが、これ見よがしに強襲艦を展開するのは奇妙だ。

 他に何か、と考えたとき、COMが情報を上げてきた。

 

「高エネルギー反応……まさか、オーバードレールキャノン……!?」

 

 RaD(カーラ)の手による、馬鹿げた威力の固定砲台。アイスワームとの戦いで破損していたはずだ。用途の限られる固定砲台をわざわざ修理していたのか。

 方位や仰角を合わせるだけでも相当難しそうなものなのだが、この至近距離で撃ち込めば、強襲艦の比ではない威力を発揮することができるだろう。

 いつくるか、いっそ隙を作って誘うべきかもしれない。

 激しく撃ち合いながら考えを巡らせる。データで把握している初速を考えると、撃たれたと同時に回避する必要がある。――戦闘エリアを死角に移すべきか。

 

 ばつん、と奇妙な音がした。

 

 一瞬、空気が収縮したかのような、奇妙な感覚があった。

 炸裂する光と共に、激しい轟音と爆風が叩きつけてくる。

 充填していたエネルギーが制御を失って暴発したのだ。なぜ、と思った瞬間に、答えが聞こえた。

 

《――電力供給を断ったか。いい手だ》

 

 強い爆風の中、ロックスミスが間近に迫っていた。

 上空では煽りを受けた強襲艦が接触事故を起こしている。

 墜ちゆく強襲艦の巨体をかいくぐりながら撃ち合う。負傷した腹部が疼き、バイタルに乱れが生じていた。

 そこへ、ここまで沈黙を守っていたフラットウェルの声が割って入った。

 

《V.Ⅱの死亡を確認した。……レイヴン、V.Ⅰとは必ず再戦の機会を設ける。お前の望む通り、最高の場を設けると約束しよう。今は、一度退け》

 

 負傷したことで判断を変えたのだろう。苦々しい思いでその声を無視した。

 コントロールを失った2隻の強襲艦が地に落ち、機関部に引火したか青い光を放って爆発する。息を詰めるような爆風が再び機体を叩きつけてきた。

 フラットウェルの呻く声が、懇願するような響きを帯びた。

 

《レイヴン、頼む。退いてくれ。お前をここで失うわけにはいかない……!》

《野暮だな。――行くのか》

 

 割って入った声に、笑みがこぼれた。

 荒くなる呼吸を抑える。

 

「まさか。言ったはずよ、殺されるなら貴方がいいって……!」

《俺も同じ気持ちだ、レイヴン。……決着をつけるなら、今、ここだ》

 

 スネイルが死んだ以上、アーキバスとヴェスパーに先はない。少なくともフロイトが好き勝手できる戦場はこれが最後だ。

 退く気などなかった。

 これ以上のものは、きっと、この先二度とない。

 被弾した装甲が削れていく。ロックスミスももう随分とぼろぼろだ。見ればメインカメラが潰れていて、その状態で戦っていたのかと感嘆する。視覚情報はかなり限定されていたはずだ。

 左足と左肩がスパークを放っていた。そこを狙ってリニアライフルをねじ込む。

 意識しないまま、譫言のようにささやいていた。

 

「愛してるわ。愛してる。きっと全部、このときのためだった……っ!」

《ははっ……まったく、ここが天国なのかと思ってしまうな!》

 

 レーザーブレードをバックラーで受ける。耐えきるか――無理だ、と判断した瞬間に解除して、ぶつかるように左脚へパルスブレードを突き込んだ。

 狙い通りに破損する。だが、体勢を崩すという予想は外れた。

 ブースターで上を取る。拡散バズーカが向いていることには気付いていたが、構わずレーザーキャノンを撃ち下ろした。

 

 機体に衝撃が走る。横合いからレーザードローンが追撃を狙っている。だが、こちらにはまだ大きな一手がある。

 チャージしていたリニアライフルをロックスミスに押し付けた。

 引き金を引くことを、躊躇いはしなかった。

 

 今このときだけが、すべてだった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 ――真っ暗闇の中、苦痛に意識が戻った。

 戦闘の最後辺りの記憶があやふやだ。まだ生きていることに、少し驚く。なかなかの損傷具合だ。体中が痛い。特に破損した装甲の破片が突き刺さっている脇腹はかなりの出血で、右足もたぶん潰れている。無茶をしたせいで血流もおかしくなっているし、目の奥がごろごろする。内蔵へのダメージも相当だ。

 モニタは完全にブラックアウトしていた。動きの鈍い指でいくつか操作を試みるが、まったく反応がない。

 無茶をさせてしまった。直るだろうか。

 機体も、自分の身体も。

 

 は、と息を吐く。

 なかなか楽には死ねないものだ。どうにも止められずに苦笑を浮かべたとき、外から開扉操作が行われた。

 ハッチが開き、夕陽が差し込む。意識を失っていたのは、それほど長い時間ではなさそうだ。

 相手を確かめて、手にしていたハンドガンを下ろした。

 ラスティが開口部に手をかけ、低い声で問いかけてくる。

 

「……生きているか、レイヴン」

「どう、かしら……さすがに、死ぬかも」

「確かに、結構な状況だな」

 

 彼は惨状に顔をしかめて、手早く右足の止血を行った。慎重に抜いた足へ止血ベルトを巻いて締め上げる。苦痛に声が漏れた。腹のそれは輸血ができる状況まで抜かない方が良いだろう、という見立てに、脂汗をかきながら頷いた。

 死にたいわけではない。生き延びたいとは、あまり思っていないだけで。ただまあ、医療技術を考えると、ここで死なない以上は多分生き残ってしまうのだろう。

 鎮痛剤のスパイクを手に取るラスティに、ぼんやりと訊ねた。

 

「……フロイトは?」

 

 端正な顔がいやそうに歪んだ。耳元の通信機に触れ、舌打ちのような息を吐く。

 

「生きているようだ。君もあの男も、実に悪運が強い」

「……そう」

 

 お互い死に損なってしまったということか。

 旧宇宙港を解放戦線が占拠し、スネイルの排除を果たし、フロイトを確保したのであれば、この作戦は――この戦争は、解放戦線の勝利だ。勝ったのは自分でもフロイトでもなく、()()だった。

 おそらく嫌っている相手だというのに、元同僚の手当は実に親切丁寧だ。額に滲んだ汗を拭って、苦り切った声が言った。

 

「……私には、理解できない。君たちは――お互いを相手にしているときだけ、殺すことも、殺されることも、楽しんでいるようにさえ見える。……理解できないんだ。レイヴン。怖れないどころか、それを望む、君の気持ちが」

「そうよね……。自分でも、そう思うわ」

「君は元来、冷静な性質であるはずだ。それが、どうしてああも(たが)が外れる」

「……頭が、おかしいからじゃない……?」

「レイヴン」

 

 咎めるように名前を呼ばれる。少しずつ聞き始めた鎮痛剤でぼんやりとしながら、本音なんだけどな、と考えた。

 だって、ほかに、望みなどないのだ。

 

「生きていることは罪で、恋をすることも罪悪なら……死にたい方法で死ぬことくらい、べつに、いいじゃない」

「……未来を見ようとは思わないのか。この星の未来でなくてもいい、君自身でも、あの男との未来でも」

「おもえない、なぁ」

 

 苦笑した。

 積み上げてきた数え切れないほどの死と罪を、贖う方法なんて知らない。できるとも思わない。血の繋がった家族に決して知られてはいけないほど血塗られた今の生き方を、どうやって終わらせるのか――生き残ってしまった今、正直なところ途方に暮れている。

 眠気に引かれながら目を伏せた。

 

「……私の存在に、必要がなくなれば、ちゃんと出て行く。……心配しないで」

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

「……どうやら生き残ったみたいだね。良かったじゃないか」

 

 古馴染みの声に、ウォルターは沈鬱な表情で顔を上げた。

 それだけで感情をあまねく把握したのだろう。違和感のある若々しい顔に、彼女は苦笑を浮かべた。

 

「まったく。どう育てたらああなるんだい?」

「育てた覚えはない。……だが……そうだな……俺はあいつに、歪んだものしか与えることができていなかったのだろう」

 

 だからああなったのかと言われれば、わからない、としか答えられない。

 生来、自我の強い小娘だった。目的意識をはっきりと持っており、それまでの安穏とした世界をすべてなげうって己の望みを叶えようとする苛烈さも持ち合わせていた。自分を見つけ出し、取引きを持ちかけたのは彼女で、応じたのは自分だった。

 それがどれほど血塗られた道か、彼女は知っていた。不思議なほどに。

 

 生きたい、と彼女は言った。

 ただ生きのびるだけではなく、自分の身体を取り戻すのだと。そのためなら他者を踏み躙りさえしてみせると。

 

 だが、まさか、戦うこと自体を楽しめるようになるとは――思っていなかったのだ。

 どれだけ感情が希薄になろうと、その感情を再び取り戻そうと、そして磨り減らしていったとしても。愛情に満ちた世界にいた記憶が、彼女を苛み、引き止めるだろうと考えていた。

 

 だが、彼女は変わった。手元を離れ、そして自らの道を歩み始めた。

 すべてはあの男に出会ったが故だ。

 ああも()()存在になるとは、思わなかった。そして、変わってなお、手元に戻ってくるなどとは。

 

 その目的がどんなに理解しがたいものであったかは、今まさに思い知らされているところだ。

 煙草を吹かしながら、カーラが笑った。

 

「まあ、ガキじゃないんだ。全部が全部あんたのせいってわけでもないだろうさ」

「……だが、俺があいつを拾わなければ、こうはなっていなかったはずだ」

「それもまた選択だろう? 後悔はあんたの癖みたいなもんだが、あれほどの戦力が他にあるものか。――目的を遂げるには、あいつくらい頭のおかしい奴が必要だったんだろうさ。腹を括りな、ウォルター。これから、忙しくなる」

 

 アーキバスと解放戦線の戦いは収束へ向かいつつある。

 その先に待つのは、コーラルの取り扱いを巡るオーバーシアーとの対立だ。

 

 レイヴンはこちらにつくだろう。

 その先に流れる血と漂う硝煙が、はっきりと脳裏にあった。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 虜囚の身であっても、戦況は、エアが各部隊のカメラをハッキングすることで把握できていた。

 情報を得るという目的ではなく、少なくともイグアスにとっては、ほとんどただの時間つぶしだった。大体が、見逃されているだけだとわかっている。

 何をできるというわけでもないのだ。

 何を、したいというわけでもない。

 だが、それを差し引いても――この戦いは、あまりにも異質だった。

 

《……頭の、おかしい人たちです……》

 

 呆然としたようにエアが言った。まったくもって、全面的に同感だった。

 戦場のど真ん中で殺しあいながら平気で愛を叫ぶ奴らの頭の中など、理解できるはずがない。したいとも思わない。

 あまりに受け入れがたかったのだろう。エアは困惑し、迷うような様子を見せている。

 以前の彼女なら「これが人における愛の一形態なのですね」などと納得してあわてさせただろうと思うと、大いなる変化で成長だ。

 

《……私には、理解が及びません。皮相的な攻撃的行動や衝動についてはデータがありますが……キュートアグレッションとの類似性を見るには、あまりにも根本を異としているように思います。これは、一体……》

「小難しい言い方してんじゃねえよ。あと、理解しようとするな。お前までおかしくなったらたまらねえ」

《ですが、イグアス、彼らは……強いのです》

「ああそうだな、あいつらは、強い」

 

 不思議と、素直に頷いた。

 以前の自分なら認めなかっただろう。あれくらいなら俺にもできると、大したことはないと、虚勢を張り続けただろう。

 だが、あの頭のおかしい熾烈な戦闘が、そんな虚勢をすっかり吹き飛ばしていた。

 

「何の意味もねえ強さだ。ただただ理不尽に、あいつらはあいつらのためだけに強くなった。そういう強さだ」

《意味……ですか》

「……まあ、どれだけ意味を抱えたところで……負けちまったら、意味がねえが」

《いいえ》

 

 エアが固い声で言った。

 むずかるような、もどかしさのある声だった。

 

《いいえ、違います。貴方の戦いには、すべて意味があった》

「……どこがだ」

《私にとって、意味があった。本当です。……どうか信じてください、イグアス》

 

 それでも、負けてしまっては意味がない。

 コーラルリリースの道は断たれたも同然だ。生温い虜囚として生かされてはいるが、それも、いつ気が変わるとは知れない。

 生かされているのは奴らがコーラルリリースを――エアを野放しにすることを最も警戒しているからで、そこに共犯者たるオールマインドがつけ込めるだけの隙はない。ふざけたことに、あのRaDの女頭目は、AIを遙かに上回る情報処理能力を持っているようなのだ。

 何を企んでいるのかは知らないが、今まで散々使い倒した義理はかろうじて覚えているらしい。今のところ、かなりの好待遇だ。

 

 大きく息を吐いた。

 

「……うまいこと解放されたら、独立傭兵でもやるか」

《独立傭兵、ですか? レイヴンのような?》

「面倒事が多いんで気はすすまねえが、まあ、その辺はお前がうまくやるだろ」

 

 ぱっと花咲くような気配があった。

 頼られるのが嬉しいのだと、既にちゃんと納得している。

 

《……はい! お任せください、しっかり勉強しておきます! まずは経理と調達ですね!》

「おう。任せる」

 

 笑いながら考えた。

 あるかはわからない。だが本当に、そんな未来があれば良いと。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 麻酔が切れたのか、痛みで目が覚めた。

 見覚えのないテントの天井にぼんやりと視線を巡らせる。深夜なのか、無人だった。

 右腕に点滴が刺さっている。それを抜いてしまわないよう身を起こした。吊り下げられた点滴キットにキャスターがついていることを確かめて、杖代わりに掴んで体重を預ける。そこでようやく、ベッドサイドに立てかけられた松葉杖に気付いた。

 少し考えたが、両方持っていくことにした。

 外に出ると、冷たい風が吹き込んだ。見張りも立っていないのは信用か、それとも警戒か。

 なんとなく、で収容区画に向かった。こちらはさすがにテントではなく、頑丈なコンテナだ。

 立っていた見張りがぎょっとした顔でこちらを見る。申し訳ないな、と思いながら無理を言って通してもらった。

 

 鉄格子の向こう側、眠っている姿があった。

 全身包帯だらけで同じく点滴に繋がれているが、たぶんこれは、解放戦線にとって最上級の治療だ。利用価値を重視してのものか、それとも“レイヴン”のご機嫌取りなのかは知らないが、素直に有り難かった。

 ひどく、疲れていた。

 格子に背中を押し当てて、ずるりと床に頽れる。

 規則正しい呼吸の音に、なぜだか泣きたくなった。

 

「……生き残っちゃったわね」

 

 途方に暮れていた。

 どうやって終わらせたらいいのか、どんな選択肢があるのか、わからなくなっていた。

 

「ラスティが……ああ、名前を覚えていないかな。V.Ⅳがね、言うのよ。……未来を見る気はないのかって。私には難しかったけど、あなただったら、どうだったんだろう。……一度考えたら、気になってしまって」

 

 無理に動かしてきた右足に心臓があるみたいだ。ずくずくと痛みを訴える部分に、まだ生きているのだなあと苦笑する。

 

「起きたら、聞くわ。……うまく死ぬことって、できないものね」

 

 おやすみなさい、と呟いて目を伏せる。

 夢は見ずにすみそうだった。

 

 

 

 

 

 







このあとイグアスとエアの「そして、明るんでいく空を」に続きます。

あとこの後の展開はコメントでいただいたこれがあまりに想像ついてしまったのでこうなります。オーバーシアーvs解放戦線。

Ⅸ「別にどっちでも良いけど、とりあえずウォルターにつく」
Ⅰ「レイヴンがあっちなら俺はこっち」
Ⅳ「こっち来んな」

……来んなて! いや気持ちはわかるけども!
狂犬2匹の戦いはまだこれからだ!


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