旧技研都市のもっとも“大きな”遺産――地中埋蔵コーラル吸上機構、バスキュラープラント。
カーラはそれをアーキバスに改修させると言っていたが、正直、ここまでの巨大建造物になるとは思っていなかった。
巨大、という言葉ですら足りないほどだ。一度軌道上まで持ち出して建造した上で下ろしてきたわけだが、それにしても頭のおかしい大きさだった。
なにしろ頂上が成層圏まで達している。自転に影響が起きないのか、はたまた自重で崩壊してしまわないのか、いっそ不思議になるほどだ。
「……ここまで大きいと、使い終えたあとに壊すのが大変そうね」
突入前に何気なくこぼすと、カーラが爆笑した。
《いいねえ! ははっ、そのときはひとつ派手にやろうじゃないか!》
《勘弁してくれ……今から頭が痛い》
フラットウェルがため息交じりに応じる。
ツィイーが可笑しげに合いの手を入れた。
《いっそのことさ、バラして売っちゃおうよ》
「なるほど。良いアイデアね」
《へへーん》
思わず同意すると、得意げな声が返ってきた。ラスティが吹き出すように笑う。
《気の早い話だ。心強いな》
《いやいや待て! これの所有権はどうなっている!? どう会計処理を行うつもりだ!》
《今さらだな……。まあ、確かに技術を欲しがる企業はいそうだ。その際は俺も渡りをつけよう。それなりに伝手はある》
《……諸行は無常なり、是れ生滅の法なり。生滅を滅して已わりて寂滅を楽となす。……忌み物たりとて、転じれば幸甚となる》
《これから金が必要になるのは確かだが……仕留めぬ熊の皮算用、だな。AC全機、そろそろ集中してくれ》
フラットウェルが締めくくり、作戦の開始を告げた。
《司令部より通達。これよりバスキュラープラント制圧作戦を開始する。作戦目標はコントロールセンター掌握。アーキバスの戦力を排除し、完全な占領下に置くことが達成条件だ。
ACは2機で組み、決して突出するな。
V.Ⅰとの交戦はレイヴンに一任する。他ACは戦闘を回避しろ。
――ここが正念場だ。必ず、生きて帰ってくれ》
あきれるほど広大な施設だ。入り口が多いだけに戦力も分散している。だが、こちらの突入には多少手間取った。
プロテクションドローンの数が多い。アサルトブーストで距離を詰めてパルスの膜を抜け、LCの脚を
手近なもう1機を蹴り飛ばし、バーストハンドガンでドローンを破壊する。体勢を崩したLCは、追いついてきたK9のAC、ドゥーリーがリニアライフルで仕留めた。
こちらが近接主体ということもあり、後衛に徹してくれるつもりのようだ。肩は相変わらずRaD謹製のSOUPだったが、両手はグレネードとリニアライフルに変わっている。
間断なくドローンを打ち落とし、斬りかかってきたLCのブレードを躱して頭部を刎ね飛ばす。
手首を返して回転方向をあわせ、返す刃でMTを打ち散らした。
その間にK9が逆サイドのドローンを片付けてくれていた。
プロテクションの庇護を失った敵機をまとめて捕捉し、ミサイルを放つ。そちらの後はK9に任せて、別の1機を斬り伏せた。
戦闘スタイルは違うものの、基礎を同じくしているからか、かなりやりやすかった。
入り口前の防衛戦力を殲滅し、隔壁を開けながら司令部のフラットウェルへ報告する。
「こちらレイヴン・K9。内部への侵攻に成功したわ」
《よし。そのまま内部の制圧に移行してくれ。長丁場になる。頃合いを見て補給シェルパを送ろう。状況に応じて要請してくれ》
「了解」
あちこちのスピーカーから、感情のない自動音声が響いていた。
“敵襲警報発令。敵襲警報発令。全戦闘員は第一級戦闘配備。非戦闘員はマニュアルに従い、最寄りのシェルターに避難を行ってください。繰り返します――”
警報が鳴り続ける中、一区画ずつ丁寧に潰し、階層ごとに短く切り分けられたリフトで順々に上階へと昇っていく。
3度目のリフトを使い、眉をひそめた。
「LCのレーダー反応が、妙に多いわね……K9、貴方は迂回して上から襲撃を」
《わかった》
突入準備を待って隔壁を開ける。
予想通りの重配備だ。集中攻撃を受けて一度通路に戻る。追ってきた二機を立て続けに円盤鋸で斬り伏せたところに、K9が上からミサイルを降らせた。
混乱に乗じて再突入する。
フロアには残り5機。さらに奥のステップに重装備型が2機。
思ったよりも正確な射撃と、タイミングのいい近接攻撃を仕掛けてくる。
妙な、違和感があった。それはK9も共有していたようで、ぼやくように言った。
《……レイヴン、これ、ふつうのLCじゃない。なにか、きもちわるい……》
同感だった。
射撃のタイミングや回避の方向といった、癖のようなものに、ひどく既視感がある。
どうやら、他のエリアでも同じような敵が存在しているようだ。カーラが全員に向けて通信を入れてきた。
《どうやらヴェスパーの番号付きのデッドコピーを量産したみたいだね。無人ACの発展形ってわけかい。まったく、趣味の悪い……。少し待て、手を打つ。全員なんとかもたせな!》
予想通りの言葉に顔をしかめて、LCのコアへ円盤鋸を突き込んだ。
フロイトのデータでLCを動かそうとしたところで、十全に生かせるわけがないだろう。データのミスマッチにもほどがある。
できのわるいコピーだ。本物には到底及ばない。だが、彷彿とさせる動きが、やけに気分を悪くさせた。
カーラの言葉通り、悪趣味で不愉快だ。
数をぶつければなんとかなるだなんて、アーキバスは――いや、オールマインドは、いつの間にベイラムの理念を習得したのだろう。
ちくちくと刺すような苛立ちを抱えながら、残るLCを叩き潰していった。“中身”がいないのならなおさら、遠慮する必要もない。ジェネレーターまで刃を届かせればいいだけのことだ。
区画を制圧した頃合いで、チャティから通信が入った。
《K9、レイヴン。ボスはデッドコピーをハッキングするため戦線を離脱した》
「ハッキング? ……オールマインドが動かしているということ?」
《不明だが、中央集中型のシステムだと予想している。一人で問題ないとのことだ。俺はそちらに合流しよう》
「了解。現在地点を送るわ」
合流して四つ目の貨物リフトを上がると、急に、視界が開けた。
駐機場だろうか。だだっ広い真っ直ぐな空間が広がり、抜けるような青い空を背景に、ACではない二足の機体がそこに立っていた。
風が吹き抜ける。地上とは異なる速度と強さで、雲と入り交じるコーラルが流れていく。
美しい光景だった。
心臓が冷たくなる。
固めていたはずの覚悟さえ容易に揺らいで、掛けようと思っていたはずの言葉を忘れた。
《いい景色だろう? ――待っていた、レイヴン》
鉛を飲み込んだような気分だった。
見知ったロックスミスではない。そのことが、どうしようもない隔絶を感じさせた。
色だけは見覚えのある、濃紺と水色。アイビスに似ているようで似ていない、まがまがしいフォルム。オパールのように複雑に揺らめく青い光が、とても綺麗で、とても、似合わないと感じた。
その光が、綠に転じる。
「フロイト。貴方を止めに来たわ。……引き返す気はある?」
《わざわざお喋りをしに来たわけでもないだろう? ……そんな面白そうなものを持ってきておいて、お預けとはいただけないな》
心底から楽しそうな声だった。
本当に、なにひとつ変わらない――いつも通りの声だった。
《さあ、始めようか》
羽のようなブーストでふわりと機体が浮いた。まるで息を吸うような構えの時間を置いて、突き刺すようなレーザーが立て続けに突き刺さってくる。滑るように避けながら、追いかけてくるレーザーの動きを目で追った。正確にこちらを追跡してくる。
オールマインドの声が聞こえてきた。どこか得意げな響きで。
《強化人間C4-621、レイヴン。貴方は我々の計画における、最大の阻害要因です。今ここで、確実な処理を行わなければならない……》
「それ、本当に私? もっと大きな計算違いがあるんじゃない?」
《――対処を、フロイト》
ハンドガンで応戦しながらレーザーの連射の秒数を数え、そのリロードの短さに顔をしかめた。
この感覚、やはり、アイビスに似ている。
きつく操縦桿を握った。
「K9、チャティ! 先に行って!」
了解の声を聞きながら弾を撃ち込む。
射撃武器を持ち替えるのが見えた。目映いブーストと共に飛び込んできた機体が、まるで波のような青い刃を薙ぎ払う。
――間合いが広い。慎重に取ったつもりの距離はぎりぎりだった。
流れるようにブーストで転回し、再びブレードを振りかざしてくる。
動きの癖だけは、彼をフロイトだと認識させた。
追撃を避け、ミサイルをばらまきながら踏み込んで、唸り声を上げる円盤鋸を滑らせた。
力任せに叩きつけるのではなく、回転方向に押し付ける。
ヘリアンサスにも似た形状の刃がガリガリと装甲を削った。すぐに敵機が距離を取り、ダメージを最小限に抑える。
《……なるほど、いい強度のいい武器だ。うずうずするな……!》
「自分でも使いたかったら、言うことを聞いてくれると嬉しいわ!」
追撃を加えるために追いかけたところで、上空に違和感を覚えた。
とっさに距離を取る。アラートは後から追ってきた。降り注いだ赤いレーザーに装甲が軋む。
白い機体が、刃を突き立てるように降り立った。かろうじて躱したが、既視感のある殺意に、ひやりと背中が冷たくなった。
「アイビス……エアなの……!?」
《邪魔だとは言ったんだが、確実を期したいと聞かなくてな。まあ、この程度なら賑やかしの範囲だろう?》
アイビスを賑やかしとは、言ってくれるものだ。
着地したアイビスが手を広げるようにレーザーを放つ。味方のことなどまったく気にしていない動きだったが、フロイトは驚く様子もなく、当たり前のようにそれを回避していた。
赤い雨の中を青いレーザーが突き刺してくる。横に跳んで避け、ミサイルとハンドガンで応じた。
チャティからの通信が入った。
《レイヴン、予定変更だ。手を貸す。アイビスは俺とK9で引き受けよう》
「助かるわ。……それにしても、フロイト。エアにずいぶん嫌われていない?」
《自覚はある。これはこれで面白い》
平然とそんなことを言うのだから、やはりオールマインドの判断は間違っていたとしか思えない。一体何を言って嫌われたのだろう。心当たりが多すぎる。
アイビスの射撃レンジは異様な広さだ。二人が引きつけてくれるにしても、流れ弾が厄介そうだった。
ブレードをくぐり抜けて円盤鋸を下から振り上げ、アラートに従って追撃を諦める。
アイビス――エアは、こちらから狙いを変えていないようだ。だがそのせいで、K9とチャティの攻撃を満足に避けることができていない。
《はやい……。……チャティ》
《ああ、大丈夫だ。わかっている、K9》
嵐のようなミサイルに晒されながら、なおもアイビスが迫ってくる。鎌鼬のような赤い刃をすり抜け、機体を蹴り飛ばしてすぐに距離を取った。
「今!」
《ああ》
リニアライフルのチャージ弾がアイビスの背中を直撃する。それを確認する暇もなく、青いブレードを躱した。背後でグレネードの爆発音が響いている。
その次にきた大きな踏み込みに、ひゅっと息を詰めた。
チャージも加速も、あまりにも速い。レーザーブレードを優にしのぐ幅の攻撃を避けられたのは、ほとんど運だった。
振り払った隙を逃すことなく――アイビスの姿を視界の端に捕えながら、射線上に敵機を置いて円盤鋸を押し付けた。
装甲を少し削っただけで逃げられる。すぐにブーストを入れた。二機がいた場所を、ビームの大きな赤い帯が焼き払っていく。
その奥から、青いレーザーが次々と放たれてきた。
――さすがにきつい。けれどどうにか、持ち堪えるしかなさそうだ。
《面白い動きだ。急造とは思えないほど息が合っているな。猟犬同士、通じ合うものでもあるのか?》
「私を猟犬じゃなくしたの、誰だった?」
《ああ、そうだったな。ただの褒め言葉だ》
敵機がブレードで踏み込んでくる。跳ね上げるようにその頭上を取って、落ちながら円盤鋸を突き立てた。左腕を掠めただけで回避される。返す刃で胴体を削った。
使うなら、このときだった。
再び手首を返して刃のロックを外し、距離を取ろうとする敵機へ投擲する。避けるには距離が足りないはずだったが、間髪入れずレーザーを集中して撃ち落とされた。
驚くような喜びの気配があった。
《……やっぱりか! なんて頭の悪さだ、最高だな!!》
「本当にね……! いいでしょう!」
次の刃をセットし、ミサイルを放ちながら冷却時間を数えた。
予測されていたとはいえ、初撃から撃ち落とされたのは予想外だった。やはり一筋縄ではいかない。
投げた刃の通信反応は生きている。壊れていたとしても、100kg弱の重量物が27.78m/sで飛んでくるだけで十分な衝撃を与えられるはずだ。あとは、そのタイミングだった。
横合いから降るアイビスの赤い乱射を躱しながら、声が笑った。
《本当に、楽しませてくれる。こちらも手は全部披露しなければ失礼だ。そうだろう?》
敵機が構えるブレードの、色と形状が変わった。青から緑の三叉へ。
リミッターを外したのか、更に動きが加速する。まるで機体が砲弾になったかのような踏み込みだった。
出力が大きいのか、振りかぶる度に音が響く。左へ一回、右へ二回――隙とみて踏み込んだ先へ、再び切り上げてきた。
「っ……!」
息を呑んで退避したが、肩へ引っかけられる。レーザーキャノンで威嚇しながらリペアを起動した。
冷却はどうなっているのか、攻撃頻度が高い。アイビス以上だ。
水平に割くような攻撃をハンドガンで迎え撃ち、追撃をぎりぎりで躱して後ろを取る。
こちらへ旋回するその背中へ、推進装置で加速した刃が直撃した。
視野外からきた衝撃に気を取らせるつもりだったが、さすがと言うべきか、驚きながらもこちらから意識が逸れない。ただ、一瞬だけ足を止めた。
円盤鋸を左関節部に押し当てる。返す刃で挟み込むように削りきり、斬り落とした。
ロックスミスならパルスアーマーを使っていたタイミングだ。癖が判断を鈍らせたのかもしれない。
《――やるな。しくじった》
「ロックスミスの方が強いんじゃない?」
《違いない》
片腕を失ってもなお、楽しげな様子は変わらなかった。
水を差すように、オールマインドが呼びかけてくる。
《……フロイト。危険です。この機体は、もうもたない。この場は一度離脱を。ご安心ください、替えは、まだいくらでも――》
《冗談だろう? ここからが面白いところだ》
その言葉どおりの呑気さで、けれどこの上なく楽しげに、フロイトが声を上げた。
《――来い、ロックスミス!》
いつだったか、言っていた。
ピンチに呼んだら来るACはロマンの固まりだと。
一緒に聞いていたスネイルと一緒に、「乗る前に攻撃されて終わり」だと、呆れて返したのを覚えている。
この上なく馬鹿げた事態だというのに、笑うことができなかった。
ロックスミスがその場に降り立つ。
主人の呼びかけに歓ぶように、そして主人の操作を覚えているかのように、鳥が降り立つような静けさで。
機体が搭乗者を迎えて光を灯す。
もう、本当に――取り返しがつかないところまで行ってしまったのだと、突きつけられた。
泣きたい気分で唇を結ぶ。
無機質なオールマインドの声が、動揺をあらわにしていた。
《馬鹿な……ありえない。こんなことが……!》
《この程度でか? もう少し面白い物を考えておいてくれ》
片腕を失った機体が力を失う。
同時に、アイビスも動きを止めていた。K9の追撃にも微動だにしない。
青い空を背景に、たった1機残るロックスミスの姿は、明らかに異様だった。
どこか現実味がない。まるで、神話画のようだ。
《――さて、続けようか》
謳うような口調だった。
困惑するK9とチャティへ向けて、声を押し出す。
「二人とも、ありがとう。今度こそ先に行って。……私は、彼と話がある」
《……わかった》
《了解だ、レイヴン》
揺さぶられる感情を必死に押さえた。こちらに銃口を向けたロックスミスは、初めて戦ったときと同じ武装だ。
《ありえない。なぜ……。取り込むべきではなかった……イレギュラー……》
困惑の声に苦笑してしまう。
きっとこれが、彼の望みだった。
わかっていても、到底受け入れられない。
アイビスは旧技研の作り出した無人機だ。それをベースにしたあの機体もまた。
そして今、フロイトは物理的な移動をなしに、機体を乗り換えてみせた。
――その意味するところは明らかだ。
「もう、戻れないところへ……行ったのね……」
《ああ、そうだな》
「どうして、そんなに……そんなものを、面白いだなんて理由で……!」
わからなかった。どうして肉体を捨ててしまえるのか。人間であることを捨ててしまえるのか。
少しもわからなかったし、わかりたくはなかった。
――だって、まだ覚えている。
その手の触れ方も、祈るようにあわせた額の温度も、抱きしめる腕の強さも、鼓動の確かさも。
焦がれるすべてを切り捨ててしまえる選択が、どうしても、わからない。
《今が面白くないなら、面白くするまでだ。その努力ができるのが人間だろう?》
「どんな努力なの。どうせ、全部面倒になっただけでしょう!?」
レーザードローンの攻撃を飛び退けながら返す。
みっともなく詰った声に、心外だな、と平淡な声が応じた。
どこかものやわらかに、あたたかみさえ込めた温度で。
《少し違う。もっと前向きだ》
「前向き……?」
《ああ》
TURNERの弾が放たれる。
先ほどまでの圧倒的な威力とはかけ離れた、堅実で細やかな実弾の攻撃は、どこか喜びに満ちあふれているようだった。
《以前の俺は、とんでもなく退屈していた。世界はもっと楽しかったはずなのに、現実は大して楽しくなくて、どうしようもなく飽いていた。どうにか面白そうなものを拾っては、期待して、がっかりして。そんな繰り返しの中を生きていた》
レーザードローンの青い光線が瞬くように展開していく。
《だが、お前が現れた。――たったそれだけで、死んだようだった世界が色づいた》
気怠げだった声が変わった。万感の想いを込めるかのように。
踏み込んでくる。
レーザーブレードの青が空を切る。飛び退けた勢いで背後を取った。
泣き出したい気分になりながら、ミサイルを放った。
《お前が俺を変えた。そんな奇蹟があるんだと知った。俺はもう、諦めることはやめたんだ。
欲しいものは手に入れる。造り出す。取りに行く。すべて諦めずに追いかける》
噛み締めるような響きだった。
《――そこにお前がいるなら、これ以上のことはない》
この上ない愛の言葉を、なんて最悪な文脈で使うんだろう。
拡散バズーカの弾を躱して懐に飛び込む。
届かなかった刃が、どうしようもなく遠く感じた。
浅くなる呼吸に、熱くなる目の奥に苛立ちながら、声を絞り出す。
「……私は、貴方よりもう少しだけ、人間を愛してる。……人間の営みと喜びも、私自身が人であることも」
《ああ、知っている》
「私は、……貴方と同じにはなれない」
《知っているさ。だから、前に言ったとおりだ。戦って決めればいい。どちらが世界を選ぶのかを》
気負いのない口振りに、投げ出すような息を吐いた。
どちらでもいいと、本心からそう思っているのだろう。
にじみ出た涙が一粒だけ溢れた。乱雑に手の甲で拭う。
「ひどい言い方をするわよね。……負けられなくなる」
《お前が負けるつもりで戦っていたことなんかあるか?》
「ないわ。……だけど、平気なんかじゃない……!」
バズーカの爆炎が視界を塞ぐ。ロックスミスが間近に迫った。
コアを蹴り飛ばされ、衝撃に奥歯を噛み締める。アサルトアーマーで押し返して、背後に回った。
円盤鋸で装甲を撫で付け、振り払った先でロックを解除する。
すぐに引き寄せた。まだ生きていた回転がロックスミスの装甲を更に削るが、パルスアーマーに阻まれる。刃の残りは2枚だ。
《ははっ……!》
レーザーブレードが右腕を打った。躱せない――撥ねのけるように腕を払った。
チャージを終えたキャノンを叩き込む。
青い光が視界を覆う中、表面装甲の一部が剥がれて跳ね飛んだ。怯むことなく突き込んできた追撃が、こちらの右腕を破損させる。とっさに、ハンドガンを落とした。
《最高だ、レイヴン! やっぱり、お前だけが、俺の……!!》
唇を結んだ。声を出すことができなかった。
自分に言い聞かせる。
――揺れるな。泣くな、まだ。
心を凍つかせて、踏みしめて、踏み固めて――その場所にまだ立っていなければ、背負ったものを守れない。
引き寄せた刃をロックスミスが躱す。
そろそろ対応する頃だと思っていた。加速を止め、壊れた右腕を叩きつけるように振り払い、笑う気配を感じながらアサルトブーストで近づく。
円盤鋸の回転音が悲鳴のようだった。身に馴染んだ動きの通り、滑らせるように押し込んで切り払う。
ロックスミスは半身ずらして削り込みを緩和させ、レーザーブレードで切り上げてきた。
狙いは機体ではない。こちらの近接武器だ。衝撃を受けながら、とっさに距離を取ろうとするところへ、切り返したブレードが迫る。構造上弱い刃の固定部分――その場所へ、的確にねじ込んできた。
ありえない芸当だった。けれどこれくらい、やってもおかしくはない相手だ。
素早くモニタを確認し、機体を滑らせる。
追いかけてきたロックスミスにミサイルとキャノンで応戦しながら、距離を詰めたタイミングでアサルトアーマーを展開した。
手早く操作して近接武器を切り離す。
床面に手を突き、その場に落ちていた――パージしておいたバーストハンドガンを拾った。
コアの損傷が見えた。躊躇いを踏み切り、引き金を引く。
弾かれず、装甲の隙間へ撃ち込まれた弾が、火花と爆発を起こす。相手の反応を待たずにブーストを全開にして、機体を正面からぶつけた。
レーザーブレードが背中からコアを打つ。リペアを使っておいた装甲はぎりぎり持ち堪えた。
リロードが終わる。
破損部へ銃口を押し当てて、もう一度、引き金を引いた。
警報がうるさく耳を突く。ロックスミスのジェネレーターが破損し、誘爆するのを確かめた。
距離を取り、肩で荒い呼吸をしながらレーザーキャノンをチャージする。
《……動け、ロックスミス……! まだだ、これからもっと……面白く……!》
それが、最後の言葉だった。
炎上するロックスミスが、頽れて動かなくなる。
強い風が吹き抜け、その炎も、やがて消えた。あとには静寂だけが残った。
冷たさが末端まで満ちて、ゆるく曲がる指先が重くなっていく。右手で喉の下をぐっと押さえた。それでも、たえきることができなかった。
ぱたぱたと、あふれたものがコンソールに落ちていく。
押し殺した声が狭いコクピットに響いた。
覚悟なんて、出来てはいなかったのだと、ばかみたいに溢れてくる涙で思い知った。
戦うのが楽しかったのは、どこかで死んでも良いと思っていたからだ。
その場に放り込まれるまで気付かなかったなんて、どれだけ間抜けなんだろう。自分以外を背負ってしまったそのときから、死ねなくなってしまったその瞬間から、楽しめなくなることは決まっていたのに。
なにもかも、遅すぎる。
残される側になるなんて思っていなかった。
私を殺すのは貴方がいい。いつか言ったあの言葉は紛れもなく本心で、その逆を口にしなかったのは、身を切るようなこの苦痛を望まなかったからだ。
死ぬわけにはいかないと、殺さなければならないのだと、自分に言い聞かせた日々ですら、どこかでそれが現実になると思えないでいた。
何をどこで間違えたのだろう。どうしていれば良かったのだろう。
重ねた罪がそうさせたのか、それとも、信じられなかった弱さのせいなのか。
もっと、ちゃんと、愛せていたら。
あなたをあいしていると言うことができていたら。くだらない矜持でごまかさないで、物わかりの良いふりで諦めてしまわないで、頭が痛いほど救いがたい所業を、真正面から糾弾して反論されて喧嘩をして。ただの人間として、ただの人間である貴方を、誰よりも何よりも、いとおしく思っていると、そう、言うことができていたのなら。何かが、変わっていたのだろうか。
なにひとつ、届かなかった。
私の唯一。ただひとり。他の何かと比べようもないもの。
それでも、自分の中に根付いたものが、それを世界のすべてと引き替えにするほど馬鹿にはさせてくれなかった。
もう、いいかな、と――どこかで声がした。
指先に力が入らない。丸まった背が伸ばせない。呼吸が苦しくて、思考に靄がかかったままだ。
もう、十分頑張った。最低限のなすべき仕事はしたはずだ。
きっと、ここで自分を終わりにしても、あとは誰かがなんとかするだろう。
投げ出すような昏い誘惑が脳裏にちらつく。
駄目だとわかっているのに、楽になりたくて仕方が無かった。
唇を噛み締めたとき、チャティから通信が入った。
《レイヴン、こちらはウォルターと交戦中だ。どうやら洗脳状態にある。すまないが、救援を頼みたい》
淀んで奥底へ沈むようだった思考を、無理矢理に引っ張り上げられた。
チャティの回線越しに、K9が必死に呼びかけている声が聞こえる。
ゆっくりと、呼吸を繰り返す。手放しそうだったものをかき集めて、ぐいと目元を拭った。
回線を繋ぐ。
「……フラットウェル、K9の交戦エリア手前に補給シェルパをお願い。私の
《……承知した》
「すぐ行くわ、チャティ。K9が取り乱しているようなら無理矢理にでも下がらせて」
《わかった。急いでくれ》
遠慮のない催促は、切羽詰まった状況の現れだろう。
右腕は破損した状態だ。左腕一本で、それも殺さずに無力化するとなるとどうするか。無意識のうちに頭が動いて、最適解を導き出す。
まともに泣いている暇もないのだから、本当に儘ならない。けれど、今はその必要性がありがたかった。
まだ、死ねない。
ああ、まったく、本当に。
――自分が抱えるには、愛なんて、大概ろくでもないものだ。