621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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意識の在処

 

 沈痛、というには困惑の色濃い沈黙が漂っていた。

 話を聞いたきり、オキーフは黙りこくっている。それはこちらも同じことだ。

 少なくとも、頭を抱えたい気分だというのは共通していただろう。しばらく声もなく色々考え込んでいたが、オキーフが先に口を開いた。

 

「……よりにもよって……フロイトを選ぶとは……」

「心底から、同意します……一体何を考えて……」

 

 苦り切ったため息が同時に落ちる。

 想定外もいいところだ。スネイルでさえ管理できなかったフロイトが、AIによる管理社会の実現に荷担しようというのだから――あまりにあり得ない話だった。わけがわからない。

 

「整理……整理しようがないくらい困惑しているんですが……もう、どこから手をつければ……」

「……わかるところから押さえていくしかない。まず、フロイトが旧世代型の強化手術を受けたというのが、事実かどうかだ」

 

 言われてみれば、状況証拠でしかない。あの確信はほとんどただの勘だ。

 口元に手をやって会話を思い返した。

 

「……機体構成には目新しさがないのに、『まだ慣れていない』と言っていました。あとは戦っていて、G5と同じような感覚があったので、強化手術を受けたものと考えたんですが……」

「感覚、か。信憑性は高いが確証にはならんな。アーキバスで行ったものとも思えん……オールマインドが手配したか……? だが、自前で用意できるなら、なぜ今まで動かなかった……?」

「確認できる手段はなさそうですね……。とりあえずは保留で。……ですが、アーキバスが既にオールマインドの影響下にあるのであれば、フロイトの利用価値はAC乗りという点だけのはずです。やはり共振役として白羽の矢が立ったと考えるのが妥当では」

「確定的ではないが、それを前提として考えた方がいいだろうな」

 

 ふう、と息を吐く。

 フロイトが強化手術を受けたというのは、まあいい。元々気が向けば受けると言っていたことだ。違和感こそあるが、本人には大して抵抗感もなかっただろう。

 問題はその次だった。

 

「フロイトがオールマインドに協力しているというのは、発言から確かです」

「そこが一番の驚きだな。……アーキバスへの影響力を伸ばしていたとはいえ、掌握されているわけでもない。正直、盲点だった」

「オールマインドは、フロイトを御せるつもりで、いる、わけ、ですよね……」

「……どんな根拠でそう判断したのかはわからんが、それができたら、俺はオールマインドを大いに見直す」

 

 頷いた。

 まず無理だろう。確実にどこかで破綻する。むしろフロイトがオールマインドの目的を正確に把握しているのなら、自分の目的達成ついでに破綻させる気満々で協力しているに違いない。

 問題は、その「破綻」のさせ方がどんなものになるかという点だ。

 

「……阻止だけならわざわざこんな手段を取る必要がない。ならば、目的の乗っ取りを企んでいると考えるのが自然だ」

「コーラルリリースで達成できる……目的、ですか……」

 

 これがもう、本当にわからない。

 V.Ⅰフロイトは、ACに乗って戦えればそれでいいという種類の戦闘狂だ。

 確かに現状のアーキバスは彼にとって満足できる揺り籠ではなくなっているだろう。だが、全人類規模の思想統制で何を達成できるというのか。

 そもそもスケール感がおかしい。マッチの火をゲリラ豪雨で消すようなレベルだ。

 

「……スネイルがいなくなってやることが増えて、上層部にも色々とストレスは溜まっているでしょうけど……そもそも、フロイトにとって理想の世界って、どんなものなんでしょう」

「何にも煩わされずACで戦えること、か……?」

「それを可能にする思考誘導……いえ、統制……? だったら、人類が皆フロイトと同じ行動原理をもつ、とか」

 

 思わず顔を見合わせた。

 なんだその闘争に次ぐ闘争しか見えない未来。宇宙規模でそんなことになってはたまらない。

 

「いえ、でも、やっぱり少し違和感があります。あの人、他人がどんな考えをしていようと興味ないでしょう、基本的に」

「……いや……例外もある。おそらくお前には同じものを求めるはずだ」

「えぇ……? わざわざコントロールしなくても、ここに関しては同じだと思うんですが」

「だが、お前は今あいつの隣にはいない」

 

 困惑してオキーフを見た。

 思考に沈むその顔に冗談の色は見られない。眉間に皺を寄せたまま、顎を撫でている。彼の中では何かが繋がったようだ。

 

「戦い続けられる環境の構築。代わりのない好敵手(お前)の確保……案外、他の要素はただの付随品に過ぎないのかもしれん」

「そんな馬鹿な。さすがにそこまで――」

「単純に考えてみろ。このアイデアを、奴が“面白い”と考えていたら、どうだ?」

 

 言葉に詰まり、とうとう、両手で顔を覆った。

 ――やる。絶対に。万難を排してとりあえず実現させてみようとする。オーバードウェポンしかり耐久訓練しかり、今まで散々見てきた光景だ。

 それが案外面白くなかったとしても、実際にそうなってからでは取り返しがつかないというのに。

 

「……いくらなんでも、もう少しましな目的であることを願います……。本当にそれだったら、もう、あまりにも、身勝手が過ぎる……!」

「身勝手はあれの専売特許だが、今回のこれは一段と度合いがすごいな……」

 

 そのとき、オキーフの端末に通信が入った。

 相手を見てちらりと眉を顰めたオキーフに、目で確認されたのでうなずく。――すでに離反は知られているはずだ。情報源からの連絡だろう。

 

《ああ、オキーフ。まだ無事でいるようで何よりだ》

「――博士、貴方から連絡を貰えるとは思わなかった。よほど深刻な状況なのだと思うが……何があった?」

《今資料を送る。これについて、V.Ⅰから意見を求められた》

 

 オキーフが怪訝な顔で端末を操作した。

 

《旧技研都市で発見された、「アイビスの火」以前の古い論文だ。なかなか興味深い内容だった》

「……難解だな。すまないが、要約を頼みたい」

《いわゆる量子脳理論を発展させたものだ。脳内の微小管で発生した量子効果、波動関数の収縮情報を、相変異を発生させたコーラルに統合することで、マクロ意識(クオリア)のデジタル化が可能になる、といった内容だな》

「クオリア?」

《生命発生以降の体験の集積データ、いわゆる“人格”あるいは“魂”と呼ばれるものだ》

 

 黙って聞きながら首を傾げる。話がオカルトめいてきた。

 考えを巡らせながら、端末を指で叩いたオキーフが、慎重に訊ねる。

 

「……結論から教えてもらえるか。この理論で、V.Ⅰは何を達成できる?」

《自らをACと一体化することだ。私はそう考えている》

 

 唖然として目を瞠り、思わず、オキーフと顔を見合わせた。

 信じがたい話だった。

 

「馬鹿な……そんなことが可能なのか……?」

《私は否定的な立場だ。この理論には問題点が多い。そもそも量子脳というもの自体が、ミステリアスな意識とミステリアスな量子力学の安易な結びつけだ。脳が活動するマクロの世界と、量子効果の現れるミクロの世界は大きく異なる。微小管の大きさ25nmに対し、量子的な最小単位であるプランク長は1.61×10-35m。桁にして26桁以上だ。デコヒーレンス時間の短さも無視できない。……だが、仮にそこにマクロ意識(クオリア)が存在しているとすれば――コーラルの情報導体パターンを利用したデジタル化の実現可能性は、一概には否定できない》

「……言ったのか」

《いいや? 私とてその危険性は理解できる。一貫して否定しておいたとも。……だが、残念ながら、おそらくは確信した。こうして情報を漏らすことにしたのは、そのためだ、オキーフ。V.Ⅰを止めろ。……肉体を捨てた生など、もはや人間としての生ではあるまいよ》

「……わかった。情報に感謝する」

 

 通信を終え、再び、重苦しい沈黙が落ちた。

 信じがたい話だった。

 人間にコーラルを統合させるどころか、コーラルに人間を統合させるなど、一体どこの人類が考えついて実行するというのか。

 オールマインドがこの情報をフロイトに提供したわけもない。発想としては真逆のものだ。下手をすると、フロイトが自分からオールマインドに接触した可能性すらある。

 ――オールマインドがそこに起死回生の目を見たのだとすれば、とんでもないレベルの迂闊さだ。

 

「……こちらの予想を、斜め上に上回ってきましたね……」

「ああ……。……あいつは本当に人類か……?」

 

 呻くような声でオキーフが応じた。険しい顔で眉間を強く押さえている。

 あまりにも突拍子のない話が続いたことで麻痺してしまったのか、かえって感情が平淡になっていた。怒りも失望もない。現実味のなさに、うまく受け止められないでいるのかもしれない。

 そっと息を吐いた。

 

「……フロイトは……永遠を、望んだんでしょうか」

 

 息が漏れるような声になった。

 口にして、案外それが真実なのかもしれないと感じた。

 苦笑が浮かぶ。

 

「……ばかだなあ。きっと、大して気に入りませんよ。ACに乗って戦うんじゃなくて、ACになって戦うなんて。操作してる感じがしないってぼやいていそう」

 

 それとも、別のステージの戦いとして普通に楽しむのだろうか。

 想像することしかできない。少しもわからない。あまりにも、遠い。

 どこまで行ってもあの男の最優先は、ACなのだ。

 自分では変えることができなかった。それでもまさか、ここまで馬鹿げた規模の話になるとは思ってもみなかったのだが。

 視線が落ちた。冷たくずっしりと重い何かが、喉に詰まっているようだった。

 

「全人類を巻き込む我が儘ぶりも、理解できませけど。……フロイトにとって私の価値は、結局、そこだけなんですよね。戦えればそれでいい」

「……レイヴン」

「それがいやだというわけじゃないんですけど、何ていうのか……ちょっと、さすがに……落ち込むなあって……」

 

 緩く手を握った。

 この手も、目も、いるかと言うなら全部いる、なんて言っていたくせに。

 やっぱりいらないんじゃないかと苦笑してしまう。

 ――少しだけ、寂しかった。

 わかっていたことでも、やっぱり少し、傷ついた。

 

 オキーフの痛ましげな視線が決まり悪い。

 あーあ、と、できるだけ軽く聞こえるように口にした。

 

「がっかりです。もし私が絶世の美女だったりしたら、何かもう少し違っていたのかな」

「あいつが面の皮一枚に心を動かすと思うか?」

「わかりませんよ、案外――」

「相手の問題ではなく、やり方の問題だろう」

「……突き刺しますね」

 

 結局のところ、まともな愛の言葉一つ口にできなかった自分が言えることではないのだ。

 オキーフが口元を押さえていた。とっさに出てしまった辺り、本音だったのだろう。

 苦笑いを返して話を切り替えた。

 

「すみません、ただの愚痴です。……ともかく、コーラルの相変異、つまりはコーラルリリースを阻止できればいいということに変わりはありませんから。やること自体は同じです。焼きましょう、早急に」

「……ああ」

 

 まだ少し複雑そうな顔をしたオキーフが、とりあえずと言った様子で頷いた。

 

「それにあたって、少しご相談が。オーバーシアーの目的とコーラルリリースの件、つまりはコーラルを焼くことについてですね。――解放戦線と共有したいんです」

「……何?」

「筋道は見えてきたと思うんです。カーラが説得に応じるか、フラットウェルにコーラルを諦めさせることができるか、意見をうかがいたくて」

「……どうにも、難しいように思うが……余りにも利害関係が対立している。妥協点を見いだせるか?」

「そこを一緒に考えていただきたいんです。……正直なところ、間に入って立ち回るのが厳しくなってきていて……。頭脳労働は得意じゃないので、今でも判断材料が増えすぎていっぱいいっぱいなんです。どこかで失敗しそう。もういっそ、碩学二人で直接話し合って欲しいなと」

「そううまく行くか? ……まあ、筋道とやらを聞こう」

 

 まったく取引き材料がないわけではない状況だと思うのだ。

 一通り説明を行うと、オキーフは顎を撫でながら頷いた。

 

「……なるほど……」

「どうでしょう、いけそうですか?」

「……そうだな、無理だとまでは思わん。……オーバーシアーを先に説得するべきだな。それができてからの話だが、フラットウェルの方は、ラスティを同席させておけ。あいつの方がその辺りの思い切りがいい」

「え、そうですか?」

「目的の前の犠牲に対して無関心なところがある。説得に動くだろう」

「……なるほど、了解です。貴方にも同席してもらえればありがたいんですが」

「乗りかかった船だ。協力しよう」

 

 快諾に、胸を撫で下ろした。さすがに一人でやるには厳しい。相手は二人とも頭が良くて使命感が強く、口の回るタイプだ。

 ふと、オキーフが目を細めた。

 

「……お前から、未来の話が出てくるとはな」

「意外ですか?」

「ああ。……悪い意味ではない。その調子で顔を上げておけ」

 

 穏やかなその言葉に、少しだけ違和感を覚えた。

 とりあえずはうなずいたが、自分自身に違和感を覚える。

 戦後に自分の役割を持つということは、そういうことになるのだろう。

 ずっと思い描けないでいた未来に、足を踏み入れたことは確かだった。

 

 ――未来、だ。

 それをきちんと見据えることができているのか、自分ではわからなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「――随分とまあ、笑えることを言うもんだね、レイヴン」

 

 猛獣が牙を剥くような笑い方だった。

 まあそんな反応になるだろうなと、煙草の煙越しにカーラを見つめる。

 

「こちとら失敗は許されないんだ。放っておけば皆死ぬ。ルビコンの未来もクソもないんだよ。……解放戦線(ルビコニアン)の生命線はコーラルだ。それを奪われることを、連中が許容するとでも思っているのかい? くだらない。リスクにリターンが見合っていないね。お話にならないよ」

「それでも、目的をきちんと遂げようとするなら、時間が必要になると思うからよ。そのためには、解放戦線――ルビコニアンの協力が必要になる」

 

 怒濤のようにぶつけられた言葉を受け止め、かろうじて口を挟んだ。

 不信をありありと浮かべて、カーラがこちらを睨め上げてくる。

 その苛立ちを宥められるように、静かに続けた。

 

「コーラル集積地点はアーキバスによって占拠された。取り戻すためには、解放戦線の力を借りないわけにはいかない」

「そうかねえ? できないとは思わないが」

「V.Ⅰを退けるには、少なくとも、私と同程度の戦力が必要でしょう。貴方たちだけで賄える?」

 

 ち、と舌打ちが聞こえた。

 オキーフの見立て通り、やはり彼らは戦力が少ない。K9(ケイナイン)が治療のため離脱した今、頼ることの出来る存在は少ないはずだ。

 

「誤解しないで。私は今でもコーラルの焼却が最優先だと思ってる。……その上で、協力者を裏切らない方法を探っているだけよ。戦いの途中で暴露されて、動揺を誘われるのも厄介でしょう。今のうちに動いておいた方が良い」

「……だったら、聞かせて貰おうか。どう言って奴らを納得させるつもりだい?」

「集積地点のコーラルを完全に焼却できたところで、この星にはまだ相当量のコーラルが残っている。……カーマン・ラインに滞留するコーラル……それを完全に焼却するには、その機能を持った人工衛星か何かの打ち上げが必要となるはずだわ。そして、その低密度ながら広範囲に及ぶコーラルの()()()()()には、年単位の時間が必要となる」

 

 カーラは答えなかった。それが肯定の証だ。

 様子を見計らいながら、慎重に言葉を繋ぐ。

 

「そして、それこそが、ルビコンを不毛の地に落としている原因ね。……大気圏ぎりぎりに滞留するコーラルが太陽光の熱を吸収し、寒冷化をもたらしている。アイスランドだって短い夏場で農業を営んでいられるのに、ルビコンではそれすらできない。汚染された土壌よりも、そちらの方がより根本的な不毛の原因だわ。……そして、オーバーシアーはその滞留コーラルを焼却する必要性がある。ここに至れば、目的は合致するはずよ」

 

 貫くようなカーラの視線を受け止める。

 そして、ここから先は、オキーフに任せることにした。

 一つ頷いて、発言を譲る。彼が用意した資料を提示した。

 

「何も全員から理解を得る必要はない。物理化学的危険性と量子物理学的危険性の両面で、フラットウェルに、()()()()()()()()()()。そのためには最低限の代替案が必要だ。……当面は現状と同じく、大量に出る不活性コーラルを使えば、食料プラントの燃料も、ミールワームの飼料も、どうにか賄えるだろう。エネルギー効率は落ちるが、計算上不可能ではない。その後は、完全にコーラルを排除し、惑星封鎖機構の封鎖を解除し、生きた土壌の搬入と農業の再興で産業の健全化を目指してもらう」

「ご大層なプランだ。時間と金が足りるかね。あいつは戦後のプランとして、コーラルの輸出を考えていたはずだ」

 

 オキーフがこちらを見る。再び話を引き受けた。

 

「足りない部分は出稼ぎが必要になるわね。ACを持つ傭兵の費用と報酬は桁がおかしいから、私をはじめとする数人だけでも十分な助力になるはずよ。幸か不幸か、現在のルビコンの人口は少ない。豊かではなくても、危険性と飢えのない経済構造を確立できる可能性は十分ある。……そう考えてる」

 

 カーラが煙草を携帯灰皿に押し付け、再び新しいものに火をつける。

 ふう、と吐き出された息は、どうにも苦々しさを帯びていた。

 

「連中が諦めなかった場合は、どうするつもりだい? こっちとは完全に敵対することになるよ。フラットウェルがこのことを公にすれば、解放戦線の全員を敵に回すことになるだろう。結構な人数になる」

「説得は重ねるし、理解は得られると思っているわ。でも、どうしても敵対することになれば――私が始末をつける」

「できるのかい、あんたに」

「やるわ。オキーフが協力を約束してくれた。解放戦線に分断工作を仕掛けて、ラスティを祭り上げる」

「……気は進まないがな。被害も状況の厄介さも大きくなる。だが、いずれにせよ、このままでは敵対は避けられない。秘密裏に進められる状況はもはや過ぎているはずだ。……賭けに出ろ、オーバーシアー。今このときが、決断できる最後のタイミングだ」

 

 カーラは頬杖を突き、目を伏せた。

 煙草の煙が漂う。

 

「……決断を急がせるのは詐欺師の常套手段さ。……数日待ちな。駒が足りない。……K9の予後は良いようだからね。とりあえず、話はそいつが戻ってからだ。……それまでの間、じっくりと考えさせてもらうさ」

 

 

 

***

 

 

 

 K9が戻ってきたのは5日後だった。

 彼だけではなく、脳内にデバイスを埋め込まれた捕虜はいずれも外科手術が必要となっていたので、ここのところルビコンの脳外科医と臨床心理士は死ぬほど多忙になっていただろう。そんな名前で仕事をしているのかどうかはわからないが。

 惑星封鎖機構の捕虜には手をつけず、アーキバスの施術や洗脳マニュアルといった資料をつけて引き渡した。とんでもないレベルの憤りが伝わってきたが、それはできればルビコンという現場ではなく、アーキバスという星外企業に向けてもらいたい。

 

 カーラが折れ、解放戦線の指導者であるフラットウェルとの話し合いが持たれた。

 内容はカーラに話したものと同じだ。論点をルビコンの未来に切り替えて、コーラルの危険性を訴え、復興の道筋を語る方向性に持って行ったに過ぎない。短期的な不利益――そこで失われる命も含め――を呑んで、長期的な利益をとることはフラットウェルを苦悩させたが、ラスティはオキーフの予想通りに、こちらのプランへ賛同した。

 

 おそらくは、この時点で趨勢が決まっていた。

 

 フラットウェルは口に出すようなことはしなかったが、合意に至らなかった場合、解放戦線を割られることには気付いていただろう。

 苦渋の様相ではあったが、決断を持ち越すことなく、その場で同意した。

 

 場の緊張がようやく解かれたあと、カーラ側で同席していたK9がちょこちょこと寄ってきた。

 相変わらず包帯だらけだし傷だらけで、発声には喉元の器械が必要だったが、顔色は悪くない。精神的にも安定しているようだ。

 

《レイヴン、おしえてほしい》

 

 K9は、チャティのACを模した小さな機械を抱えていた。なにこれ可愛い、という気持ちを抑え、膝を折って目線をあわせる。

 

「いいわよ。何を?」

《コーラルは、わるものなのか》

 

 予想外の言葉に、目を丸くした。

 率直な質問に視線が集まる。コーラルが生命として意思を獲得しており、人格があるとわかった以上、ごく自然な問いかけではあった。

 あくまで移住者でしかないルビコニアンと違い、太古の昔からこの星に存在していた“生物”だ。彼らからすれば、人類は侵略者であり虐殺者ということになるだろう。

 少し考えて、真面目に答えた。

 

「……そうね。コーラル自身は、何も悪くないわ。ただそういう性質を持っているというだけだもの。人間にとって都合がよすぎて、人類にとって都合が悪すぎる、そういう性質を持っているだけ。そして、悪い性質を引き出してしまったのは、まぎれもなく掘り出した人間たちのせいね。……それでも、放っておけば人間が生きていけなくなってしまう」

《……むずかしい……》

「ごめん、なかなか簡単な言い方が……。ええと、何て言うかな……」

 

 K9が首を振った。

 

《わかる。でも、むずかしい》

「うん?」

《レイヴン、K9は発言の意味を理解している。問題は、その分類や判断にあるようだ》

 

 小さなサーカスからチャティの声がしたので、驚いて目をやった。

 モノアイがちかちかと明滅を繰り返す。

 思わずカーラを振り返ってしまう。ひらひらと手を振られた。

 

「ああ、なるほど。……うん、難しいわね。確かに“エア”たちコーラルからすれば、許しがたいことだと思う。これは人間の都合よ。そして、私たちは人間だから、生き抜くために、共存ではなく排除を選んだ」

 

 硝子玉のような目に感情は映らない。

 ぼんやりとした、だが真っ直ぐに向けられた目を、きちんと見つめ返す。

 

「それがたとえ、他の種族を滅ぼすことを意味するとしても、私はそれを選ぶ。人間以外のことも守ろうというのは、人間に余裕がなければできないわ。……ウォルターや私たちは、人間を取ることに決めたの。わかる?」

 

 K9は頷いた。

 ウォルターの名前を出せば、頷くとわかっていて言った。

 気持ちは理解できる。それは優しさという種類のものだろう。だが、今それを大切にすることはできなかった。

 頭を撫でてやりたい気分になったが、さすがにそれは距離感がおかしいだろう。ぐっと掌を握って、立ち上がった。

 

「長い話しあいで疲れたでしょう。少し休んだ方が良いわ」

《わかった》

 

 素直に応じ、ミニチャティを抱えたままカーラの元へ向かう。

 おそらく自走機能はついているだろうから、抱えているのはきっと別の理由だ。どうにも可愛らしい。

 目で追っていると、ラスティがおかしげに笑った。

 

「懐かれているな。君は、子どもが好きなんだろうか」

「どうかしら……扱いに慣れていないだけかも。守られるべきものだとは思っているけど」

「……ああ。そうだな。守るべき未来だ。……君と共にそれを守れることを、嬉しく思うよ」

 

 噛み締めるような声に、首を傾げた。

 不思議だった。どうしてここまで信頼してくれるのだろうかと。今回などいよいよ不穏な気配があったはずなのに、向けられる信頼が余りに揺るぎない。

 その疑問は結局声にならず、そうね、とだけ呟いた。

 

 ようやく肩の荷が降りたが、ここのところ、色々と考えることが多すぎた。気が抜けたせいか頭が重い。

 司令部を出ると、冷たい風が吹き付けた。

 少し気分がすっきりする。比較的天気が良くて、明るい日だった。

 

 ぼんやりしながらキャンプの中を歩いていると、ふと、歌が聞こえた。

 なんとなくそちらへ足を向ける。

 音源は、顔見知りの四脚MTパイロットだった。MT乗りとしてはかなり強いので、顔を覚えている。

 これは子守歌だろう。彼が歌っているわけではなく、端末から響いている声だ。

 足音に気付いて、相手が振り返る。厳つい顔に浮かぶのは穏やかな表情だった。

 

「きれいな歌ね」

「……ああ」

 

 特に拒まれなかったので、そっと画面を覗き込むと、腕に抱えられた赤ん坊の姿があった。

 抱いているのはきっと細君だろう。ビデオレターのようだ。ゆらゆらと揺らしながら、あかるく、ひくく、たゆたうように、歌っている。

 愛情をたっぷり込めた声だ。

 だが、聞いていると、そのうち歌詞がずいぶん物騒だと気付いて、笑ってしまった。

 男が顔を上げる。

 

「ごめん、違うの。歌詞がね」

「ああ」

「お子さんと、奥さんでしょう? すごく歌が上手ね」

「……ああ」

 

 少し頬が緩んでいる。彼は相槌しか返さなかったが、これを世界で一番綺麗な音だと思っているのだろう。

 これが、彼にとっての未来だ。

 愛するもの、守るべきもの、そして戦う理由。

 

 穏やかな気持ちでその横顔を眺めた。

 ――敵対することにならなくて、本当に良かった。

 

「……頑張らないといけないわね」

「ああ」

 

 この小さな生き物が、幸せに、何の心配もなく生きていける未来があればいい。

 傷つけられることなく、脅かされることなく、飢えることなく。

 

 平穏で美しい家族の形貌を、じっと目に焼き付けた。

 そのためにしなければならない選択を、見失わないように。

 

 

 

 

 





色々ツッコミどころは多いと思うんですが結局コーラルの良くわからんパワーに頼る理論を細かく説明してもしょうがないし、いっそ2023年時点では不確定なあれこれを定義された概念として扱っちゃうかあという雰囲気的なあれです。
端々言葉を端折ってしまっていますが、まあめちゃくちゃおかしなことにはなっていない、はず。

子守歌はこちらをイメージしています。日本語訳ですが、メロディがすごくイメージ通り。
https://www.youtube.com/watch?v=fzBKdjDwaUw&t=51s




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