ウォルターの発言はそれなりの根拠を持っていたらしい。
再起動するレーザー障壁を前に、思わず感嘆のため息を吐いた。ドーザーの集団であるRaDにはそれほど期待できないと思っていたのだが、まったくもって、見る目がなかったようだ。
広域回線につなぎ、素直に称賛した。
「……すごいわね……動力炉を完全に破壊していたんでしょう? 本当、よく、たった三日で……」
《レーザーの射出装置や制御システムは生きてたからね。あとは動力を補填すればいい。そう難しい話じゃないさ》
飄々と笑うのは、オーバーシアーの一員たるRaD頭目だ。
とても簡単な話だとは思えない。炉を修理するのではなくコーラル動力を利用したと言うが、エネルギーの性質から出力の違いの変換、回路の再構成、レーザー下への動力伝達の延伸に至るまで、とんでもない話であるはずだ。素人でもその卓越した能力は理解できる。感服だった。
「謙遜にもほどがあるわね。次に面白い武器を考えるときは、ぜひ聞いて貰いたいわ」
《ふうん? まあ手は空いちゃいないが……面白そうな話なら聞いてやらなくもない。喋るだけ喋ってみな》
「……いいの? ちょっと、投げても戻ってくる武器が欲しいと思っていて。質量武器なら、なお良いんだけど」
《詳しく》
「投擲したあと自動操縦で回収できる武器が欲しいの。投擲前も近接武器として使えることが前提として、戻ってくるタイミングを任意にできれば最高」
《へえ……面白いじゃないか。ENより質量なんだね? アンタの腕、そこまで重量を盛れそうにないが》
「ただの勘で全然根拠はないんだけど……質量武器の方が察知されにくい感じがするの」
《その勘の相手、V.Ⅰだろう? いいねえ、面白そうじゃないか!》
うきうきとした声に笑みを返す。すっかり沈んでいた気分が、引き上げられたようだった。
「開発してもらえるなら対価はちゃんと払うわ。耳を揃えて請求して。期待してる」
《そのクソ真面目なところは、ウォルターの影響かねえ。……まったく、ビジターとはえらい違いだ》
その「ビジター」が、イグアスであったということは聞いている。
エアのこととイグアスのことは、既にカーラも聞いているはずだ。彼女はイグアスを気に入り、なんだかんだ便利に使っていたとのことで、それなり以上の交流があったようだった。
少しばかり、苦い笑みを浮かべた。
「……あの二人、どんな感じだった?」
《どんなって言われても、こっちにはビジターの声しか聞こえなかったからね。まあ……そうだね。青臭い感じではあったか……》
「青臭い?」
《じれったい感じっていうのかねぇ。しょっちゅう口喧嘩をしているくせに……なんて言うんだろうね、妙に息が合っているというか、いまいち距離をはかりかねて、モジモジしてるとでもいうか……十代のガキみたいだったよ。言いたいことをまともに言えもしないクソガキの口ぶりだ》
くつくつと笑う声は、親愛を滲ませたものだった。
子どものような言い合いをする二人を思い浮かべて少し笑う。それは、失われてしまった――自分がこの手で引きちぎったものではあるが――きっと、この星ではそうそう見られることのない、綺麗な恋の形をしていた。
カーラが大きく息を吐いて、先に感情を振り払う。
《……あいつは死んだ。だったら、後は、覚えておいてやれるのはあたしらぐらいさ。……覚えておいてやりな、レイヴン。そして、もし“片割れ”とまた対峙することがあれば……躊躇わないよう、腹を括っておくんだ》
懸念を素直に受け取って、頷いた。
「……ええ。まだ、殺される気はないから」
《だったらいいがね。……他にはないかい?》
「焼却実験の方はどう?」
《……正直、厳しいね。思った以上に自己増殖が進んでる。一進一退ってところだ。……何か違うアプローチがいるね》
「そう。……今後も色々相談させて貰いたいわ。直接連絡を取れるアドレスを教えて欲しい。……貴方が嫌でなければ、だけど」
《妙な遠慮をするね。構わないよ》
言葉と同時に送られてきたアドレスに、感謝を込めて応信した。
技術的な知見を与えてくれる相手は貴重だ。できることとできないこと、その境界線を広げることが出来る。
すっかり話し込んでしまったせいか、639――
この三日間は、アーキバスの襲撃を迎撃しつつ訓練の相手をしていた。ヴェスパーの――フロイトの動きは多少なりと叩き込めたはずだ。提供した山のような戦闘データを熱心に見ているようだった。
まだ心を許されたとは感じられないものの、「ウォルターの敵ではない」程度の信用くらいは得られただろう。
ふと思いついて、たわむれに問いかけた。
「K9。オールマインドから連絡があったら?」
《むしする。ウォルターにつなぐ》
「よし、良い子ね。不安になったらとりあえずウォルターに連絡して。その場でウォルターに繋がらなければ、私でも、カーラでもいいわ。オールマインドの言葉は信用に値しない。とにかく、相手にしないようにね」
《わかった》
素直で助かった。聞いていたウォルターも異存はないようで、そのまま命令が生きることになる。
この三日間で、教えられるだけのすべては教えたつもりだ。
それでも、戦場を生き抜くのに足りる経験値だとはとても思えない。くすぶる不安が、余計な言葉を口にさせた。
「……危ないと思ったら、呼んで。時間はかかるけど駆けつける。もしフロイトがきたら、ウォルターとカーラを生存させることを最優先に、その上で自分も逃げることを考えなさい。……経験の差は、貴方が思っているほど小さなものではないわ」
《わかった。……おしえてくれて、ありがとう、レイヴン》
目を瞬いた。まさか、そんなことをこの後輩が口にするとは思わなかったのだ。
「……ありがとうなんて、言ってくれるのは初めてね」
《レイヴンは、よくいっている》
「私のは口癖みたいなものだけど……真似てくれたのね。嬉しいわ」
《うん》
「貴方の才能は本物よ。死なないで、とにかく生き延びて。きっと、それがウォルターの切り札になる」
《――わかった》
強い同意に、少し胸を撫で下ろした。
本当は、時間が許すならば、もう少し鍛えてやりたかった。この猟犬の強さは恐るべき「マニュアル」の強さだ。一般的には否定的なニュアンスで語られるそれを、いっそ完全な部分まで突き詰めている。正しい試行を重ねれば重ねるほどに伸びるのだから、教えていて面白いほどだった。
強い武器で正しい動きをして制圧する。限りなく正統な戦い方だ。一つ一つはお手本通りといった感じだが、目の良さと予測の鋭さ、正確無比な操作が、AIとは異なる人間の強さを形作っている。
目立つ隙はあらかた、自分との模擬戦で潰せたはずだ。フロイト以外のヴェスパーとの交戦で後れを取ることはないだろう。
きっとこの先、二年ほども生き残れば、恐ろしいほどに化ける。フロイトがそれを感じ取れないはずがない。面白いと思わせれば、殺さずに捕えようとするだろう。
そのときは嫉妬しておくべきなのかと考えて、少し苦笑した。
《……レイヴン?》
「ああ、気にしないで。大したことじゃないの。……しつこいようだけど、甘く見ないようにね。相手がフロイトなら武装の傾向さえ読めない。シミュレーションは参考にならないわ。殺されると感じたら、その直感が正しいと思った方が良い。そのときは、迷いなく逃げなさい。生き延びるのが最善手よ」
《わかった》
淡々と素直に頷くのだが、今回はどうにも手応えがないように感じてしまった。
返事だけはしっかりしているのだが、いざとなったらあっさり真逆の行動を取りそうな――と思って、気付いた。フロイトの生返事がこんな感じだ。
苦笑いが浮かぶ。これはどうも、つける薬がなさそうだ。
「……ウォルター。この子、意外と気ままだわ。しっかり手綱を握っていて」
《……心がけよう》
多少の後ろ髪を引かれる思いを抱きながら、ベースヘリと合流して地上を目指した。
連絡を取ったフラットウェルは一も二もなく歓迎を示した。事ここに至っては、過去の諍いを取り沙汰する余裕もないのだろう。
指定ポイントに到着したのは翌日だった。
解放戦線の前線キャンプのようだ。MTや輸送トラック、ヘリなどがテントの合間合間に雑然と立っている。うかつに近づきすぎないようにしながら連絡を入れたが、あっけなく受け入れられた。
ベースヘリから降りると、貫禄のある男が出迎えた。
ミドル・フラットウェルだ。傍らにはしっかり武装した護衛がついている。
「レイヴン、よく来てくれた。我々への助力、心から感謝する」
「お迎えありがとう。……反発はなかった?」
「全くない、とは言いがたいところだ。だが問題はない。滅多なことはないだろうが……いずれにせよ、警戒は怠らないでもらいたい」
そのための出迎えということだろう。頷いて、スタッフの二人を紹介し、自分だけ彼の後に続いた。
信用していないわけではないが、最初から全員が陣中に入ってしまうのは不用心だろう。
ふと、見慣れないACに気付いた。真新しい二脚機体だ。
「あれは?」
「スティールヘイズ・オルトゥス……我々の切り札だ」
名前からして、搭乗者はラスティだろう。綺麗でバランスの取れた機体だった。
肩の狼からは口枷が外れている。
今の彼と戦ったら、どんな印象を受けるだろう。
「
「ロマンは必要だろう。それが希望の形となるなら、なおさらに」
そういうものなのだろうと納得し、キャンプの様子を眺めた。
思っていたより活気のある印象だった。こちらに向けられる目も、目立つような敵意はない。遠巻きに観察されているようだ。
キャンプと言ってもさすがにテントばかりではなく、進んでいるうちにプレハブのような建物が見えてきた。
「そういえば、ラスティはもう合流しているの?」
「ああ。……ちょうどいるな、あそこだ」
フラットウェルが指さした先は、何だか妙に、空気が浮ついているようだった。
ラスティの姿を見つける。解放戦線の兵士と何事か話し合っているだけで、別に女性に取り囲まれているわけではないのだが――何と言うのだろう。
注目を集めているというのか、いや、もっとしっくりくる言葉がある気がする。
少し考えて、手を打った。
「秋波を送られる」だ。生まれてこのかた使ったことのないような言葉だが、これほどふさわしい状況はない。
「もうこんな状態とは、人誑しにもほどが……」
「本人に自覚がないのが厄介なところだ」
「大丈夫? 血で血を洗う修羅場になったりしない?」
「その辺りはうまくやるだろう。アーキバスでもそうだったはずだ」
確かに、第4隊長が女に刺されたという話は聞かなかった。
――いや、よく考えてみたら、彼については醜聞自体を聞いた覚えがない。案外しっかりしているようだ。
それにしても、身元を疑われていたラスティは解放戦線相手の仕事をかなり回されていたし、何の容赦もなく仕事をこなしていたように思うのだが、禍根は残っていないのだろうか。フラットウェルが逐一揉み消していたにしても限界があるはずだ。
ラスティに限らず、自分も同様だ。誰かの仇である可能性は高いと、認識したうえで相応に振る舞うべきだろう。
「……フラットウェル、ラスティに伝言を頼める? 『しばらく近づいてこないで』って」
フラットウェルはなんとも言えない顔をして、こちらを見下ろしてきた。
「……意図は分かるが、もう少し言葉を付け加えてやってくれ。さすがに傷つくと思うぞ」
「そう?」
首を傾げて、言い換えを探した。
「『人間関係の構築に支障が出そうだから、しばらく話しかけないでくれると助かる』とか」
「……余計にひどくなったようだが」
「ええ……なんて言えばいいの? 要は、話しかけないで欲しいし近くに来ないで欲しいんだけど」
フラットウェルが額を押さえる。厳つい顔をした護衛が吹き出して、ごまかすように咳払いをした。
話が平行線になってきたところへ、一人の青年があわてた様子でやってきた。
「帥叔、お話し中申し訳ありません。ベリウスの本部から通信です」
「何? ……わかった。レイヴン、彼がアーシル……いつもの窓口係だ。アーシル、レイヴンの案内を頼む」
「はい、お任せください」
足早に去るフラットウェルと護衛を見送った後、アーシルがにこりと笑顔を浮かべる。
いかにも好青年といった印象の笑い方だった。
「お会いできて光栄です、レイヴン。お話はかねがね」
「……まさかとは思うけど、ラスティから?」
「ええ」
眉間を押さえた。「近づくな」「話しかけるな」の他に、「噂をするな」も付け加える必要がありそうだ。手遅れでないことを願いたい。
「……話し方は前と同じでいいわ。ところで、ツィイーは元気?」
純朴そうな顔に、照れくさそうな苦笑が浮かんだ。
「貴方はいつもそれだな」
「数少ない癒やしなのよね。気に障ったら謝るわ」
「いや。……もしよければ、後で紹介させてほしい。彼女もAC乗りなんだ。……貴方のアドバイスを欲しがると思う。生き残る確率が少しでも上がるよう、力になってやって欲しい」
眉をひそめたとき、甲高い声が飛び込んできた。
「アーシル! 何やってんのさ、もう! 探した!!」
「ツィイー」
そう言って彼の腕を捕まえたのは、驚くほど小柄な少女だった。
ますます眉をひそめてしまう。
嫉妬をあらわにした態度に、ではない。彼女の幼さにだ。
自然と表情が険しくなり、かぶりを振った。
「……さっきの話だけど、死なせたくないならACになんて乗せるものじゃないわ。子どもは前線じゃなく、後方に置いておくべきだと思う」
「それは……」
アーシルが言葉を濁す。
ただでさえご立腹だった少女が、わかりやすく沸騰した。
「子ども扱いするな! もう19だ!」
「そうなの? ……ごめんなさい、それは失礼なことを言ったわ。東洋系って本当に若く見えるわね」
ローティーンかと思ったことは言わないでおく。あらためて眺めても、まるで小動物みたいだった。きゃんきゃん騒ぐところが仔犬を思わせる。
素直に謝ったのが功を奏したのか、ツィイーは唇を曲げて、返答に迷うような顔をしていた。
「でも、そうね……意見は変わらないわ。生き残るかどうかなんて運みたいなものよ。戦場にいる時間が長ければ長くなるほど、死ぬ確率は上がる。彼女が死んでから悔やんでも戻らない。……いらないお世話だとは思うけど、ちょっと最近、いろいろ……しんどいことが続いてて」
「レイヴン……」
「レイヴン? ……え!? この人が“レイヴン”なの!?」
ツィイーがこぼれ落ちそうなほど目を丸くして、二人を交互に見やった。
「嘘、だってあのV.Ⅰと同じくらい強いんでしょ? 化け物だって噂だよ!? 女の人、だったの……!?」
「まさかそこを勘違いされるとは思わなかったわ。どんな感じだと思ってた?」
「ええ? うーん……そうだなあ、すっごい筋肉ですっごい強そうな、眼帯のオッサンって感じだったかも……」
随分と具体的で、思わず笑ってしまった。眼帯要素はどこから出てきたのだろう。
「筋肉が好みなの?」
「うん」
「……あら」
思わずアーシルを見てしまった。頭からつま先まで。
お世辞にもがっしりしているとは言えない体躯の青年は、苦笑いを浮かべるばかりだ。悪いことをしてしまったかもしれない。
「あ、アーシルは別枠」
「別枠……なるほど」
「うん。アーシルはアーシル」
「なるほど……」
「ツィイー、その辺にしておこう。レイヴンは楽しそうだけど、そろそろ僕の羞恥心がひどい」
本当に仲が良いことだ。笑みを押さえられなくなって肩を揺らしたとき、嫌な予感がした。
目をやれば、ラスティと思い切り目があった。まずい。そんなに目を輝かせないで欲しい。
「アーシル、ツィイーを借りるわ。貴方はあの人を押さえて」
「え? ……ラスティを? なぜ」
「至急で伝言をお願い。『しばらく近づいてこないで』って」
「えっ」
「詳細はフラットウェルに言ってある。よろしく」
困惑するアーシルを置いて、ツィイーの腕を引っ張っていく。
理由を察したのか、けらけらとした笑い声が後ろから聞こえた。
「あーあ、かっわいそ! 気持ちはわかるけどさあ」
「状況を読んで欲しいわよね……。来て早々に敵を作るのはごめんだわ」
「もう遅いって。あのレイヴンが来るって聞いて、めっちゃ楽しみにしてたもん。その相手が女ってわかったら無理無理」
本気で頭が痛い。お互いまったくもって恋愛感情などないはずだが、外野はそうは思わないのだ。
「……ここは私も、貴方たちを見習うべきかしら……」
「へ?」
「惚気。引き裂かれた恋人を一途に思っていますって感じのアピールをしたら、敵認定を解除できるかなと……」
「うっわ、なにそれ! めちゃくちゃ聞きたい!」
「微妙に嘘ではあるけどね」
ちゃんとした恋人同士とは言いがたいし、引き裂かれたわけではなく勝手に出てきただけなのだが。それでも、自分にとっての唯一だ。
苦笑を浮かべたところ、ツィイーが腕をほどいて前に回り込んできた。
まじまじと見上げてくるので、首を傾げる。幼げな顔が、楽しそうににっこりと笑った。
「うん、その顔なら行けると思う」
「……どんな顔?」