621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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集積コーラル到達

 

 

 短い睡眠から目を覚ますと、ウォルターからのメッセージが入っていた。

 仕事の依頼だ。

 すぐに折り返し連絡を入れる。そう待たされることなく、応答があった。

 

《レイヴン、お前に依頼したい仕事がある。……現在、アーキバスは旧技研都市の制圧作戦を行っているさなかだ。俺たちはその隙を突いて、コーラル集積地点への到達を目指す。

 お前には……都市東部における、陽動を頼みたい》

 

 ウォルターの声はいつにも増して重苦しいものを抱えていたが、告げられた内容に曖昧さや誤魔化しはなかった。

 要は、囮になれという要請だ。はっきり言ってもらえるだけ清々しい。

 

「引き受けるわ。……でも、ひとつ条件がある」

《何だ》

「貴方の目的、そろそろ教えてもらえないかしら」

 

 ウォルターが沈黙した。

 どこか、迷うような印象だった。拒絶でないなら後は交渉次第だ。

 

「集積地点に一番乗りをすることで何が得られるというわけでもないでしょう。ゴールテープを切って、はい勝ちましたなんて話じゃないもの。

 企業を締め出せる手段があるか、もしくは――コーラルを手に入れることが目的ではないか、どちらかよね」

 

 答えは返らない。

 ゆっくりと迷うのを待って、フックになりうる情報を載せた。

 

「ウォルター。コーラルリリース計画を知っている?」

《……どこでそれを知った》

 

 問いかける声は険しい。ひそかに、胸を撫で下ろした。明らかに否定的な反応だ。

 

「貴方が話さないならこれ以上は話せない。ただ、それを目論む存在がいて、既にCパルス変異波形の発生も確認している。私はそれを阻止しようと動いているところよ。……内容を知っているのなら、貴方にも協力してもらえるものと考えているわ」

《…………》

「逆に、私も貴方に協力できることがあるかもしれないし、知らないまま対立する可能性だってある。……私が譲れないものはそう多くないつもりよ、ウォルター。賛同できないとしても、妥協点を探る努力はできるはずだわ」

 

 長い沈黙があった。

 交渉の材料はすべてテーブルに乗せたつもりだ。じっとウォルターが答えを出すのを待つ。

 やがて、ウォルターが重い口を開いた。

 

《……コーラルには、より物理化学的な危険性がある》

 

 どうやら説明をするつもりになったらしい。

 モニタに示された資料に目を通していく。単位さえ今ひとつわからないものが多かった。正確に読み解くには専門知識が必要そうだ。

 

《コーラルは、鳥や魚の群知能にも似た、“集まろうとする性質”を持っている。アイビスの火で焼失したはずのコーラルは、しかし生き残り、集まり……この五十年、ゆっくりと自己増殖を続けていた》

 

 画面が切り替わる。

 表示された予測グラフに眉をひそめた。鼠算どころではない増え方だ。

 

《集積したコーラルは指数関数的に増殖を速め、やがてはルビコンから溢れ……宇宙に蔓延する汚染となるだろう。……そうなる前に、焼き払う必要がある。それが俺たちの……観測者「オーバーシアー」の使命だ》

「……いつから? もしかして、アイビスの火から、ずっと……?」

《ああ。これは俺の、人生の目的そのものだ》

 

 重苦しい声が告げる。

 人生のほとんどを費やすほどの因縁など、簡単には想像がつかない。

 金を稼ぐという目的が建前だったことには少々物申したい気分にはなったが、結局言わずに、ため息だけでとどめた。

 

「全宇宙に広がる可能性があるとは聞いていたけど……まさか実際にそうだとはね。本当に厄介だわ。掘り出した先人に、文句のひとつでも言いたいところよ」

 

 ウォルターは少し笑ったようだった。

 自嘲のような、同意を示すかのような、めずらしい反応だった。

 首を振って頭を切り換える。

 

「まあ、話の根っこは同じよね。リリースでも汚染でも、止めるべきだという点は同意する。次はその方法だけど……今回の作戦の話に戻るわ。私が囮になって陽動するのはいい。ただ、そんな短時間で一気に焼いてしまえるものなの?」

《不透明だ。どの程度増殖が進んでいるかによる》

「となると、それなりの期間に渡って集積地点を占拠する必要があるわね……。戦力は? まさか私とK9(ケイナイン)だけじゃないでしょう?」

《RaDが協力する。……頭目のカーラはオーバーシアーの一員だ》

「ドーザーか……ガードメカとMTが中心よね。ちょっとあてにできるかどうか、厳しい気もするけど」

 

 そこでふと、違和感に気付いた。

 さすがに戦力が足りない。計画と呼ぶには不確定要素が多すぎて、無謀すぎる規模だ。

 

「私には陽動だけ任せて、残りはそっちでやるつもりだったのよね? 辻褄が合わないわ。何か隠してない?」

《……被害を顧みなければ、短時間で焼き払う方法はある》

 

 さすがに、顔をしかめた。聞かれなければ言わないつもりだったことに怒るべきか、それでも話したことに理解を示すべきか。

 自分だったらどうするだろう、と考えて、少しばかり文句をつけにくくなった。似たもの同士だ。

 

「最悪はその手段をとる、ということね。それを言っておかないのはフェアじゃないけど……まあいいわ。……巻き込まれないのは難しそうな規模ってことよね?」

《……ああ。……その通りだ》

 

 その可能性を伏せていたことは、まぎれもない不実だ。

 それでも、焼き払う必要があることには同意できる。おまけに相手は半世紀もの間これに囚われ続けてきた男だ。大局的に見て必要な犠牲であると考えているのだろう。

 一万人を取るか、百億人を取るか。要するにそういった話だ。

 そこに自分の命が含まれてしまうのは面白い話ではないが、ウォルターらしい話だとも思った。

 それにしても、と独りごちる。ウォルターが追い求めていた“使命”は、ずいぶんと彼を雁字搦めにしているようだ。――冷酷になるには向いていないというのに。

 

 元猟犬の家出娘としては、その負担を共に背負うことは出来ない。ただ、半分くらい取り上げてやることはできるはずだ。

 大きく息を吐き出し、軽い調子で返した。

 

「……わかった。せいぜいその手段を使わせずにすむよう頑張るわ」

《レイヴン、お前は――》

「リリースだろうが拡散だろうが、宇宙規模となったら逃げ切れるものでもなさそうだもの。自分が関われるだけましってものね」

 

 腹は括った。自己犠牲など趣味ではないから、後はできるところまであがくだけだ。

 

「安全安定に焼いていける状況を作り出す。そのためには、アーキバスに手を引かせるしかないわね。まずは技研都市の企業勢力を一掃できたとして……どのくらい防衛できるかしら」

《一掃できれば、ウォッチポイント内のレーザー障壁の復旧を試すのも手か》

「いいわね、希望が見えてきた。その後は、そうね……これから解放戦線とアーキバスの全面戦争が始まるわ。多分私が主力の一人になる。契約を盾に取れば、解放戦線の動きはある程度こちらで抑えられると思うし、派手に暴れていればアーキバスも戦力を割かざるを得ない。その間にオーバーシアーが焼却を進める、という形でどう?」

《ああ、異論はない。……まずはコーラル潮位の確認を行いたい。今回の作戦で焼き切ることのできる規模ではなかった場合、仮に占拠が出来なかったとしても、一度手を引こう。……不安要素はあるが……お前への、せめてもの誠意だ》

「ありがとう、信用してくれて」

 

 言ったあとで、この流れで礼を言うのはおかしいだろうかと首を傾げた。

 ウォルターも同じように感じたのか、少し笑う気配がする。

 

《……アーキバスと、解放戦線か。……お前がこのルビコンで得た、人脈、情報、そして強さは……いずれも、お前が自分の道を選ばなければ得られなかったものだろう。……俺の手元を離れたお前が、これほどの条件を整えて戻ってくるとは、予想だにしなかった》

「あら、出戻りしたことになってるの?」

 

 くすくすと笑う。ウォルターはまた何か言いたげな様子ではあったが、オキーフのように、それを口にしてはこなかった。

 

「利害関係が一致しているというのは、本当に幸運なことだわ、ウォルター。……こちらは単独で動けるだけの準備ができている。心配は無用よ」

《……心強いことだ》

「コーラルリリース計画については、とりあえず現時点で把握できている情報を送るわ。……あの懐き具合ならまずないとは思うけど、K9が計画に使われる可能性も否定できない。よく目を配っておいてあげて」

《ああ。忠告に感謝する》

 

 配備が予想される技研無人機の情報を受け取り、細かい作戦を打ち合わせた。

 アーキバスが苦戦を強いられるのも納得のラインナップだ。これは、少し武装を考えていった方がいいかもしれない。ACやMTばかりを想定していると痛い目を見そうだ。

 

 作戦開始は3時間後となった。合流することはなく、それぞれに仕事を始める。

 

 

 地下何千メートルという場所だというのに、旧技研都市は、陽光下のような“天候”のよさだった。

 アーキバスはいまだ無人機に苦戦しているようだ。スネイルの悪い癖で、戦力の逐次投入を行っているのだろう。この様子なら、おそらくフロイトは温存されている。遭遇する可能性はそう高くない。

 

 既視感のある都市の姿だった。

 地球の街並みによく似ている。何だか不思議な感覚で、どこか現実味が薄い。初期の移民の出身地が似たようなものだったのだろうか。

 コーラルの濃度が影響しているのか、ずっと肌がぴりぴりしている。

 

 呆れるほど広大な空間だ。無人機相手にこれを攻略するなら、戦力を集中して少しずつ制圧区域を広げた方が良いように思うが、スネイルのことだ、苦戦しているにしても何らかの意図があるのだろう。諾々と上層部の指示に従っている結果だとは思えない。

 たとえば、薄く広げて何かを探している、だとか。

 

 崖の向こうは広大な河だった。水位は約1メートルほど。降りても稼働は出来そうだが、一対多となるなら障害物が多い方が有利だ。

 降りずにこの辺りで仕掛けようかと考えたとき、機体反応を捉えた。

 AC インフェクション――メーテルリンクの機体だ。

 カメラ映像を拡大する。技研の無人機と交戦中のようだった。

 スパイクのついたタイヤのような巨大破砕機。よりによってヘリアンサス型とは、武装の相性がすこぶる悪い相手だ。周囲には破壊されたMTの残骸が転がっている。

 自分の記憶としても、初めて戦ったときはものすごい数で四方八方から襲いかかられたので、悪夢を見ているのかと思ったほどだった。

 

(罠……の可能性は、まあそこそこ高いんだけど……まあいいか)

 

 そうでなくとも応援は呼ばれてしまうだろうが、どうせ目立つ必要はあるのだ。ついでに借りを返しておく良い機会だと思おう。

 

 眼下の河へ落下しながらグレネードを撃った。着弾し、転倒したヘリアンサス型へ接近してブレードを突き立てる。

 後ろから迫ったもう一体をかわし、すれ違いざま側面を蹴り倒すことで地に伏せさせた。

 燃える中心にチャージしたリニアライフルを叩き込むと、ようやく静かになる。

 

 幸い、これ以上の敵機に捕捉されている様子はなかった。

 

《レイヴン……》

 

 メーテルリンクの声が名前を呼ぶ。

 言葉に表わしきれない、複雑そうな声だった。

 

《スネイル閣下から……貴方が離反したと聞いてる。……本当なの?》

「そうね」

《戻ることはできないの? 今だったら私でも取り成せる。どうにか悪いようにはさせないよう、力を尽くすよ。……本音を言えば、貴方と敵になりたくない》

 

 真情のこもった呼びかけだった。

 数少ない友人だ。説得の命令は受けているだろうが、心からそう思ってくれているのだろう。

 それでも、頷くことは出来なかった。

 

「……ごめん。できない」

 

 苦々しい沈黙ののち、メーテルリンクが感情を殺した声で告げた。

 

《そう……。なら、私は貴方と戦わなきゃいけない》

「勝ち目が薄くても?」

《それが仕事だからね》

「確かに。……そういう真面目なところ、貴方の好きなところだわ」

《光栄だね》

 

 銃口を向け合った。

 おそらく救援要請は送っているはずだ。お互いに、囮としての役割を全うするにはちょうど良い。

 

 以前のアドバイスを受けてか、インフェクションの武装は少し変わっていた。

 スティールヘイズほどピーキーではないが、機動力に優れた機体だ。パルスガンとレーザーハンドガンが巧みに襲いかかってくる。

 レーザーはそうでもないが、パルスガンがやはり少し引っかかってしまう。どうにも苦手だ。

 撃ち合いながら、メーテルリンクが嘆いた。

 

《貴方もフロイト隊長も、鈍すぎるし強情すぎる。なんでこんなことになっているんだか、全然わからない》

「いや、そういう話じゃないんだけど……恋バナしにきたんだった?」

《嫌な予感がするんだよ、レイヴン。貴方は感じない? すごく……何か、とんでもないことになりそうな気がしてならない》

 

 その懸念は、共有が難しかった。

 アーキバスにとってはまぎれもなく色々と厄介な事態なのだと思うが、不安の正体は何だろう。

 

 リニアライフルをばらまきながら背後に回り込み、ブレードを展開した。

 狙うのはパルスガンを持つ腕部だ。シールドを抜けてうまい具合に関節部分へ入り、機体が火花を散らした。

 インフェクションが距離を取る。あえて追わず、リペアを使うのを待った。

 

《手加減されるっていうのも、悔しいものだね……!》

「足止めだもの。十分でしょう?」

《はは……。まあ、気付くよね、貴方なら》

 

 苦笑いの声に肩を竦めた。

 レーダーに反応はないが、頃合いだろう。カメラを向ければ予想通りに包囲が完了し、崖の上から無数の銃口がこちらを向いている。

 レーダーをごまかせるとなると、オールマインド以上のステルスかジャミングだ。惑星封鎖機構から奪取した技術だろうか。

 予想外だったのは、一点だけだ。

 

「貴方が直接来るとは思わなかったわ、スネイル」

《鼻のきくことだ。――撃ち方、始め》

 

 最初からメーテルリンクを巻き込む予定だったのだろう。スタン性の弾が一斉に着弾して、雷のような激しい放電を起こす。

 飛び上がって回避した先に、時間差でいくつもの弾が放たれる。かいくぐるようにして空を舞い、再び河へと降り立った。

 練度の高いMT部隊だ。あわよくば距離を詰め、スネイルを盾にしてしまいたかったのだが。

 

 着地を狙って左前方から追撃がくる。回避した先――いや、回避を()()した二箇所にスタン弾が撃ち込まれ、機体を掠めた。

 思ったよりACSへの負荷が大きい。一度でも姿勢制御を失えば、正確無比な集中砲火を浴びて沈むことになりそうだ。

 

 皮肉にも、まるで猟犬による巻き取り猟のような様相だった。スネイルがわざわざやってきた理由を痛感させられる。

 これだけの数のMTを、綿密に、手足のように動かすなどという芸当は、この男にしかできないだろう。第2部隊の名に恥じぬ統率ぶりだ。

 

 集中を切らせようというのか、スネイルが声をかけてきた。

 

《非常に残念です、V.Ⅸ。やはり貴方は救いようのない駄犬であったようだ。二度と飼い主を間違えぬよう、念入りに教育を施す必要があります》

「悪趣味ね。未練がましい男はもてないわよ」

 

 軽口で返す間も砲火は続く。どうやら音声での指揮ではないようだ。お喋りに付き合う甲斐がない。

 飛び上がった足元でスタン弾がはじけた。

 空中で体勢を変えながら、リニアライフルで応戦する。被弾したMTが崖下へと落ちた。

 

《先日まで共に戦っていた人間を、こうも躊躇いなく屠るとは。……実に狂犬らしい澆薄さだ。いっそ感心しますよ》

 

 本当に腹の立つ男だ。なまじ有能だから余計にたちが悪い。

 発砲音に紛れて、異質な音が耳に届いた。

 とっさに上空を振り仰ぐ。黄色い放電を迸らせる大きな網が、視界を覆っていた。

 

「スタンネット……!?」

 

 ブーストでは逃げ切れない。ほとんど反射でブレードを展開し、大きく切り裂きながら上空へ突き抜けた。

 心臓が嫌な音を立てている。強度があまりなくて助かった。

 まさか、こんなものまで用意しているとは。

 

 そろそろ長引かせるのは危ない。機体腰部に備えていた閃光手榴弾を掴み、空へ向かって放り投げた。

 モニタを切り替える。

 轟音と共に、白い光が辺りを支配した。

 ウォルターから授かったRaDの特別製だ。光と爆音だけでなく、レーダー障害まで引き起こす。

 

《何……!?》

 

 スネイルがうろたえた声を上げる。

 いくら有能でも、知らないものに正確な対処はできない。アサルトブーストで距離を詰め、オープンフェイスに蹴りをお見舞いした。

 すかさずアサルトアーマーで周囲を薙ぎ払う。近くにいたMT部隊の援護は、これで大体潰せたはずだ。

 ブレードを突き出そうとしたまさにその瞬間――ぞわりと、肌が粟立った。

 

 上空に敵性反応。

 本能に従ってその場を飛び退いた。

 

 地面を揺るがすような衝撃と轟音が炸裂する。

 赤い稲妻が墜ちてきたかのようだった。

 

 ――目の前の光景に、息を呑んだ。

 ACに似た白い機体が、まがまがしく赤い刃で、オープンフェイスを串刺しにしていた。

 

《スネイル!! スネイル閣下、応答を……!》

 

 悲鳴じみた声が聞こえた。

 敵機がオープンフェイスを振るい捨て、こちらを捕捉した。オービットが弧を描くように広がる。

 まるで花のような、あるいは鳥のような形をしていた。

 ふわりと飛び上がると同時、レーザー状の赤い射線が襲い来る。

 

 ACS(姿勢制御システム)が働いていなかったとはいえ、ほぼ無傷だった機体を一撃で貫いたというのか。

 アイビスシリーズ――ウォルターの言っていた、技研のC兵器だろう。動力だけではなく制御導体にまでコーラルを用いた、最強の安全装置。

 

 だが、なぜだろう。違和感がひどい。

 

 ACではない。無人機であるはずだ。

 だというのに、あまりにも純度の高い殺意を感じる。叫んでいるかのような――泣いているかのような。

 まさか、と目を瞠った。

 

「……エア……?」

 

 呼ぶことを許さないとばかり、攻撃が激化する。巻き込まれたMT部隊の一角がこそぎ取るように残骸へ変わった。

 レーザードローンが追いつかない。驚くほどの機動力だった。

 追いかけて捕まえるのは厳しそうだ。

 視界を覆うほどの赤いレーザーがまるで嵐のようだ。息をつく間もないほど次々と襲いかかってくる。その向こうで空を舞う機体が、特大の砲撃を放った。

 

 これがエアだというのなら、真正面から受け止めようと心を決めた。

 殺される理由はある。だが殺されるつもりはない。全力で迎え撃つことが誠意だと思った。

 

 空中に逃れたところへ、さらに上へ飛び上がったアイビスが急降下してくる。

 近接攻撃だという読みは当たった。

 ACを容易く貫くブレードを、ぎりぎりまで待ってすり抜ける。側面からグレネードを叩き込み、アサルトアーマーで相手を捕まえた。

 

 のけぞるアイビスは、まるで血を流しているかのようだった。

 ジェネレーターの場所に目安をつけ、ブレードで切り込む。表面装甲がわずかに削れた。その傷へリニアライフルの銃口をねじ込み、引き金を引く。

 

 コーラルの赤い爆発が起きた。

 鳥が墜ちるように、ゆらりと傾いだアイビスが水の中へ倒れ伏す。

 

 重い気分で、細く煙をあげる機体を見つめた。

 

 ――完全に破壊すべきだ。それで、オールマインドの野望は潰える。

 唇を結んでブレードを構えたとき、異変が起きた。

 まがまがしいまでの赤がアイビスに集まり、白い機体がゆらりと身を起こす。まだ動くのかと息を呑んだ。

 破損した胴体からジェネレーターの赤い輝きが漏れている。痛々しい姿だった。

 

 許さない、と。

 返して、と。

 叫ぶ声が聞こえるかのようだった。

 

 空中へ大きな赤い刃を生成し、立て続けに繰り出してくる。薙ぎ払うような初撃を避けたところへ、翼を広げるようにいくつもの刃が出現した。たたむように追撃が振り下ろされる。レーザードローンが破損したが、フレームはどうにか無事だ。

 ジェネレーターを狙ってグレネードを撃ち込んだ。

 まだ壊しきれない。オービットの斉射がこちらの機体を軋ませた。リペアを起動しながら回避に集中する。次に近づいてきたときで決められなければ、いよいよ損傷が厳しくなりそうだ。

 

 着弾したレーザーが爆発を起こす。右足が引っかかった。

 流れるように形態を変え、細いレーザーが雨のように降り注ぐ。あまりの引き差しの多さに、動きを読み切れない。

 

 ずっと空中から高速で移動して撃ち続けられていたら、おそらく競り負けていた。

 そうしなかったのは憎しみがあまりにも強すぎたせいなのだろうか。感情のすべてをぶつけるかのように、白い光を纏ったアイビスが高速で襲い来る。

 

 光そのもののような攻撃を、じりじりと見計らってブーストで回避する。

 そのまま旋回してきたアイビスの頭上を取った。

 

 むき出しになったジェネレーターを狙い、ブレードを突き下ろす。

 ブーストを全開にし、もがく機体を縺れ込むようにそのまま地面へ叩きつけた。

 今度こそジェネレーターを破壊した。

 爆発を起こした機体は、それでもまだ、動こうとしているかのようだ。

 

 奥歯を噛み締めてグレネードの狙いを定めたとき、その場に、異質な声が割って入った。

 

《Cパルス変異波形、エア。その機体はもう保ちません。――すみやかに離脱を。そして、我々の“連絡”をお待ちください》

 

 聞き覚えのある合成音声が、広域回線で呼びかけてくる。

 オールマインドだ。

 

《離脱を、エア。我々には、()()()()()()()()()()()()()()()()

 レッドガンG5 イグアス――彼もまた、我々の中に存在するのですから》

 

 アイビスが動きを止める。

 とっさに引き留めることを考えたが、何も言葉が出てこない。

 

 そのまま、静寂が訪れた。

 エアも、オールマインドも、この場から去ったようだ。

 

 腹の底が煮えるような怒りを覚えた。抑えきれずに、拳を壁に叩きつける。

 

「甘言を……ッ!!」

 

 死者はけして生き返らない。データが用意できるものなど、劣悪な人格の再現がせいぜいだ。生成される会話パターンには限界がある。どうあがいても、“同じもの”にはなり得ない。

 それがどれほど絶望を与えるのか、AIには理解できないのか。

 ――それでもいいと、エアは縋るだろうか。自分を騙せるだろうか。

 

 一度きつく目を瞑って、息を吐いた。

 

 スネイルのオープンフェイスを確かめる。動かない機体の前、戦闘中だというのにメーテルリンクがACから降りて、穴の空いたコアに手をかけていた。

 項垂れた、細い後ろ姿が、すべてを物語っていた。

 

 掛けようとした言葉を飲み込む。かわりに、感情を交えない声で言った。

 

「……メーテルリンク。撤退命令を」

 

 肩が震えるのが見えた。

 酷なことを言っているのはわかっている。それでも、この場でそれを下せるのはV.Ⅵである彼女だけだ。

 まだ、戦闘は終わっていない。

 

「……お願い。今は、これ以上、殺させないで」

 

 こちらへの応答はなかった。だが、要望は聞き入れられたようだ。

 MT部隊がどこか憔悴した気配を漂わせながら、それでも整然と去って行く。

 スネイルの機体が回収されるまで、メーテルリンクはずっと、その傍らに立っていた。

 

 

 

 

 

 


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