621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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耐久訓練

 

 バズーカの弾が広範囲に爆発を起こす。ロックスミスはその範囲すらするりとすり抜け、レーザーショットガンで応戦してきた。

 ――予想はしていたが、当たらないにもほどがある。

 動いた先を狙って放っているはずなのに、確かにそこにきたというのに、着弾したときにはいないのだ。弾速が遅すぎて、フロイト相手では見てから避けられてしまうのだろう。

 

 有効打を見出せないでいるうちに腕部が破損した。

 モニタに大きく真っ赤な撤退命令が表示される。思わず天を仰いで、お目付役(オペレーター)へ言った。

 

「……第13フェーズ終了。帰投するわ」

《了解。受け入れ準備に入ります》

 

 ハンガーに着くと、メカニックたちが迅速に損傷パーツの換装に入る。次のフェーズで使う武装の指示を出して、仮設の仮眠エリアに足を向けた。

 いつもと違うぴりぴりした光景は、これが個人の模擬戦ではなく、組織としての訓練だからだ。

 

 C兵器IA-02――通称「アイスワーム」という脅威を前に、アーキバスとベイラムは一時休戦協定を結んだ。惑星封鎖機構の動きも大人しく、解放戦線にも動きはない。奇妙な小康状態が生まれていた。

 その隙間に、フロイトが前例のない訓練計画をねじ込んだのだ。

 内容は耐久戦に近いものだった。この先の戦いでは十分な修理や補給が出来ない状況で連戦や転戦を行う可能性がある、それを想定して連日の戦闘訓練を行うというものだ。

 当然ながら戦闘要員はV.Ⅰ及びV.Ⅸ。戦闘時間は一日最大5時間、それを5日間続ける。1フェーズは30分の経過か、どちらかの機体が一箇所でも破損するまで。修理は行わず、すべて別のパーツへの換装でまかなう。

 勿論莫大な費用がかかるのだが、フロイトはそれを自らが負担することでスネイルを頷かせた。

 

 整備班や補給隊などあらゆる部署を巻き込んだ大がかりな訓練は、はたしてどのくらいがフロイトの「娯楽」だったのだろうか。

 

(さすがに一から十まで、全部ってことはないでしょうけど……)

 

 3日目ともなるときつくはなってきているが、有用性のある訓練だとも感じている。

 この先何かが起きたときでも、V.ⅠとV.Ⅸを戦い続けさせることさえできればなんとかなる、というスネイルの判断でもあるのだろう。実際にそれがどの程度続けられるものなのか、限度を知っておくのは悪くない。ACだけでは戦えないのだ。訓練を経て組織に経験が蓄積されれば、実際にその状況に陥った際の修正も準備しておける。

 

 仮眠エリアにたどりつき、簡易ベッドに身体を横たえた。

 戦闘の興奮状態が続いていて、自然に眠るのは難しい。あまり好きではないが、脳深部管理デバイスを使って強制的に意識を落とす。少しでも休息が必要だ。

 いつもなら一戦ごとに交わしていた感想戦がないことだけが、少しだけ、物足りなかった。

 

 20分強で準備完了の通信が入った。アーキバス整備班の本気がうかがえる所要時間だ。

 管理された睡眠は、眠りに落ちるときは嫌な感じだが、目を覚ますときのかっきりした感覚は悪くない。すぐに頭が動く。

 歩き始めながらあれこれ考える。

 前フェーズのバズーカは失敗だった。使うならもうちょっと絶対に当てられるような状況作りが必要だ。

 次に使うのは火炎放射器とレーザーライフルに、肩は最近お気に入りのレーザーキャノンとレーザードローン。おそらくフロイトは近接武器を使ってくる。炙りながらレーザーを突き刺していく感じで行きたい。

 

 フロイトとの戦闘もかなりの回数を経て、勝率はかなり上がってきていた。まだ五分とは行かないものの、最近だと四割くらいは勝ちを収められている。

 さきほどは不甲斐ない内容だったが、次は負けていられない。

 

 闘争心を燃やしているところに、フロイトからの通信が入った。思わず、きゅっと眉根をよせてしまう。

 諦めないかとしばらく放置していたものの、しつこく呼び出し音が鳴り続ける。

 根負けして応じた。

 

「……仮想敵対陣営とやりとりするのはよくないって、スネイルが言ってなかった?」

《そうは言うが、お前、さっきのはなかったぞ。正直つまらなかった》

 

 うぐ、と声を詰まらせる。

 悔しさと腹立たしさで乱れる感情を叩き伏せて、大きく息を吐いた。

 

「……失敗したとは思ってる! 次は絶対目にもの見せるわ」

《絶対だな? 期待するぞ?》

「ええどうぞ、次は勝たせてもらうんだから! ……もう切るわよ!」

 

 答えを待たずに通信を切った。

 これはなんとしても、次は絶対に負けられない。試験的な組み合わせではあるが、以前使ったものを再利用するよりはずっと勝ち目があるはずだ。

 むくれながら戻ってきた搭乗者にメカニックが何か言いたそうな顔をしたが、結局口を噤んで送り出した。

 ACに乗り込んで呼吸を整える。むきになっていては勝つものも勝てない。

 

 第14フェーズ。フロイトは初めて戦ったときと同じ武装だった。

 放たれた拡散バズーカをかいくぐりながら炎を浴びせる。粘性のある発火剤が空間を塗り潰すように広がった。視界を塞ぐことで、レーザーキャノンも当たりやすくなるはずだ。

 

 まあ、大人しく炙られていてくれるはずもない。激しく位置を入れ替えながら応酬が続いた。

 ブーストを細かく調整して距離を保つ。お互い展開したレーザードローンが空間を切り刻むように青い線を引いた。

 

 ブレードが肩を掠めた。頭上を取ったロックスミスがバズーカの弾を降らせる。

 ひとつ当たった。合間にレーザーを撃ちながら、なおも炎を押し付けていく。

 

 それなら、という声が聞こえた気がした。

 ブレードを主体にすることにしたのか、明らかにロックスミスの動きが変わる。

 

 右下から振り上げられる。その次は横薙ぎに。コアを引っかけられて衝撃がかかった。

 刀身の長いブレードは火炎放射器の間合いをほぼ収めている。距離を取るのではなく、動きを見て避けるしかないが、炎が視界を塞ぐことでこちらも見えにくくなっている。

 

 炎の中から飛び出てきた蹴りを、ほとんど勘で避けた。

 アサルトブーストの使い方が巧い。まさか肉薄してくるとは思わなかった。

 張り付いたまま背後へと回るが、ロックスミスも同時に動いている。突き込むように切り上げたブレードは、大きく後退することでなんとか逃れた。アサルトブーストで一息に距離を詰め、お返しとばかり蹴りを打ち込む。

 ――めずらしく当たった。笑みが浮かんでしまうほど良い感じだ。

 

 じりじりと焼き付けていく。耐熱限界まであと少しだ。ロックスミスが振り下ろしたブレードが火炎放射器を打った。どうにか衝撃をいなし、距離を取らせずに追いかけていく。

 炎の隙間からブレードのチャージ動作が見えた。そろそろACS負荷限界も狙えるはずだ。仕掛けるために、慎重に間合いを計った。

 青い閃光が炎の壁を薙ぎ払う。一撃目を避けてレーザーを撃ち、追撃は軸をずらしてくぐり抜けた。

 狙い通り、レーザーキャノンがロックスミスに直撃する。

 

 フロイトの側に撤退命令が表示された。やった、と思わず両手を握る。

 回避もかなりうまく行った。会心のできだ。まさかこれをつまらなかったとは言うまい。

 

 続く第15フェーズで、盛り上がりに盛り上がったフロイトにかなりぼこぼこにされることになるのだが――このときは存分に、勝利の味を噛み締めていたのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 5日間の訓練は、どちらかが途中で負傷することもなく、整備班が全滅して継続不可能になることも、フロイトがパーツ代で破産することもなく、なんとか無事に全行程が終了した。

 特に「どちらも大きな負傷をしなかった」という事実がスネイルにはかなりの驚きだったようだ。普段からそうできないものかと苦言を呈されたが、多分こんなレギュレーションでもなければ難しいと思う。

 

 体力勝負ということできっちり三食睡眠プラス仮眠を取って乗り切りはしたのだが、さすがに疲労が溜まった。

 当然ながらこれは関係各部署の面々も同様で、このタイミングで惑星封鎖機構が本拠地の襲撃にでも来ていたら、かなり大変なことになっていただろう。

 

 明くる日の食堂で、フロイトがいつにないにこやかさで言った。

 

「それにしても楽しかったな! またやりたい」

 

 言葉どおり、かなり満足した様子だった。大金をはたいた甲斐があったということだろう。

 戦闘内容についてあれこれ話していた流れで、めずらしく食事を共にしていた。今日はレーションではなく、調理された食事の日だ。疲労を考慮してのことだろう。

 背後を通りかかった整備班らしき青年が、勘弁してくれ、と言いたげな顔をフロイトに向けている。

 具だくさんのポトフを口にしながら、苦笑して返した。

 

「確かに楽しかったわね。いい経験になったわ」

「次やれそうなのは、コーラルを見つけたあとあたりか?」

「そう何回も大金を払ってたら、そのうち破産するわよ」

「金は使いどころでしっかり使うものだろう。溜め込んでも意味がない」

「なるほど。……一理あるかも」

 

 通貨は価値を維持している必要性がある。不透明な価値に縋らないよう分散が必要だとは思っていた。使うか増やすかで発想は異なれど、塩漬けにしないという意味では同じだ。

 今回の訓練や、自分との契約は、フロイトにとっての「使いどころ」だったのだろう。ありがたい話だ。

 

「自分へのプレゼントってことね」

「ああ。いい誕生日になった」

 

 スプーンを落としそうになった。

 愕然として、上機嫌なフロイトの顔を見る。

 

「……誕生日だったの!?」

「まあ日付上はな。どうした?」

「どうしたも何も、言ってくれればよかったのに」

「大した意味はない。ルビコンだと一日の時間が違うだろう、正確には日付も違う」

 

 日付を把握していたのは、アーキバスへの報告や管理システムにあちらの標準時が併記されているからだろう。一日と少しが誕生日、というのも、確かに違和感のある話だ。

 言われてみればそうなのだが、かつての価値観のせいか、なんだかとても悪いことをしてしまったような気分になる。

 こんなご時世でのんきなことをと自分でも思うものの、そもそも誕生日を聞こうという発想すらなかったことに気付いて、顔を覆いたくなった。

 

「……ええと、とりあえず、おめでとうございます……」

「なんで敬語なんだ」

「……お肉一切れいる?」

「もらっておく」

 

 フロイトのプレートに合成肉のソテーを移し、どうにも落ち着かない気分で指先を擦り合わせた。

 みやげを強請るような性格なのに、誕生日プレゼントは自前で用意してしまうのか。よくわからない。

 今回の訓練の費用をいくらか持とうかと思ったが、それも少し違うような気がする。こんな環境ではあげられるものも少なくて、良いアイデアは出てこなかった。

 悩み始めてしまったことが面白かったのか、フロイトが喉で笑う。

 

「律儀だな」

「それはまあ……聞いてしまったんだし……。なにかないかな……模擬戦はたくさんやったあとだし、お酒も煙草も特に好きじゃないっていうし……パーツでも買う? ……あ、メーテルリンクに教わってケーキでも焼いたりとか」

「あいつが作った方が美味いんじゃないか」

「そのとおりだけど言うべき発言じゃないわね!」

 

 いつも通りの無神経さに憤慨して、とりあえず食事を再開した。

 ポトフは冷め始めてしまっていたが、それでもレーションよりは美味しい。ゆっくりと噛み締めながら、また考えを巡らせる。

 

「うーん……今まで貰ったもので、一番嬉しかったのって何だった?」

「最初のACだな」

「でしょうね」

 

 即答だった。納得の内容だが、プレゼントの参考にはならない。

 というよりも、企業所属のACの所有権はどうなっているのだろう。貸与と買い取りがあるのだろうか。

 

「他には? 昔だったら」

「昔か。そうだな……図鑑は覚えてる」

「図鑑? ACの?」

「いや、恐竜図鑑だ」

 

 目を瞬いた。

 子どもの好きそうなものではあるが、親が子どもに図鑑を買い与える家庭環境となると、意外と平穏な場所の生まれだったのだろうか。

 

「恐竜か……私も子どもの頃は好きだったわ。スピノサウルスとか、トリケラトプスとか」

「定番だな」

「皆が好きだから定番って言うのよ。マイナーなのだったら、エピデクシプテリクスとかは覚えてる」

「尾羽のあれか。いい趣味だ」

「そういう貴方は?」

「ボレアロペルタ」

「え、意外。鎧竜よね?」

「化石が綺麗だったんだよな。骨だけじゃなくて、原型をほぼ留めていた」

「どんなのだっけ……あとで調べてみるわ。それにしても、案外覚えてるものね」

「さすがに属名だの科名だのは抜けてる。子どものあの記憶力って何なんだろうな」

「今だとAC絡みの情報ならすらすら挙げられそうね。変わってないんじゃない?」

 

 すっかり恐竜談義になってしまった。脱線に気付いて話を戻す。

 

「恐竜は置いておいて、他に喜びそうなもの……ケーキとかの消え物じゃないなら、ロックスミスの模型とか……?」

 

 フロイトが目を輝かせた。

 

「いいな。でも誰が作るんだ?」

「武器開発局なら3Dデータを持ってそうじゃない? その辺でこう、お願いを」

「なんだ、お前が作るとでも言い出すのかと思った」

「できると思う?」

「スノーマンであれだ、無理だろうな」

 

 きっぱりと言い切られてしまう。確かに、自分でもそう思うのだが。

 模型でなくマスコットでも、多分二足のよくわからない何かにしかならない。裁縫自体はできるももの、美術系のセンスが圧倒的に足りないのだ。

 

「わかってるなら言わないで欲しい。ケーキよりも格段にハードルが高いわ」

「やけにケーキにこだわるな。食べたいなら作ればいい」

「ケーキというか……誕生日プレゼントって感じのものをあげたいの。折角だから」

 

 とはいえ、仮に依頼を受けてもらえたとしても、すぐに用意できるようなものではないだろう。

 とりあえず聞いてみるだけ聞いてみようかなと考えていると、フロイトが言った。

 

「まあ、くれるというなら後でもらう」

「え? それはまあ、後にはなると思うけど……まだ作ってもらえるかどうかわからないわよ」

「それじゃない方の話だ」

 

 それでなければどれの話だというのだろう。首を傾げた。

 聞いていた周囲の方が察していたたまれない空気になっていることを、本人だけがわかっていなかった。

 

 

 

 後日、スネイルあてに複数の「後生ですから食堂でいちゃつかせないでください」「独身が聞くにはつらい」「爆発しろ」という苦情が入り、疲労による頭痛にとどめを刺したとか刺さないとか。

 

 

 

 

 


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