368.アルトワールアンテナ島開局セレモニー 07
「やめないか!」
色々と状況がわからない内に事が始まってしまったが――ようやくアルコットは言うことができた。
「大声を出さないでください」
現場を見てしまった少女を後ろ手に拘束した茶髪の護衛が、非難げアルコットを睨む。
「くそ、どうする、どうする、どうするんだこれ」
と、ニアの首筋に短剣の刃を当てつつ、濃い金髪の護衛が動揺丸出しで現状打破の方法を考えている。
護衛二人は反射的に動いた。
目撃者は放ってはおけない。
お互い子供じゃなければ口封じに殺すことさえ考えたかもしれないが、さすがに子供の身で人を殺すのは抵抗感しかない。相手が子供で女の子なら猶のことだ。
「……で、何がどうしたの?」
そして、少なからず仕掛けた方が動揺している現状、いやに大人しく動揺一つしていない、人質のような状態になっている白髪の小さな淑女――ニア・リストンが、まっすぐアルコットを見詰める。
「脱出と言うからには、何かまずいことでも起こるの?」
「だ、黙れ!」
ぐっと短剣の刃を首に強く押し当てる金髪に、ニアはチラリと目をやる。
「しっかり脅したいなら、死なない上に目立たない場所を刺したり斬ったりしなさい。私が人質として、無傷であることは絶対条件ではないでしょう? 今はただ目撃者を黙らせることが目的なんでしょう?」
「え……」
まさかの反論だった。
まさかの「言うことを聞かない人質は痛い目にあわせてやれ」という助言だった。
――それも仕方ないだろう。仕掛けた彼らもまだ犯罪慣れしていない子供だ。そこまで思い切ったことはできないし、するつもりもない。
「やめろ。彼女を離せ」
アルコットは厳しい目を護衛たちに向けるが、護衛たちは聞き入れない。
「離してどうするんです。俺たちは見られた。聞かれた。この子を放置はできない」
「ほんとにどうすんだよこれ。まさか……連れて行くしかないのか?」
連れて行く。
ニアとしてはそれが一番良さそうだと思ったのだが――
「僕が残るから、君たちは行け」
アルコットは、強い決意を秘めた瞳で言い切った。
「どうせ僕は捨て駒だ。このまま本国に帰っても、後から責任を追及されて最終的には処刑される。そこまで計画に織り込まれていることくらい、子供の僕にだってわかってるよ。
そもそももうやってしまったことで、すでに取り返しがつかないんだよ。
どう転んでも僕は死ぬ。でも命令されただけの君たちまで死ぬことはない」
「お、おまえ……」
金髪の護衛には響いているようだが、
「信用できない、と言ったら?」
後ろの茶髪は、ここに及んでも冷静である。
「では自白しよう――僕はハーバルヘイム貴王国に伝わる秘法『神獣召喚』で、この島に水晶竜を呼んだ。
今夜……恐らくもうすぐ、水晶竜の群れがこの島を襲うことになる。だから僕らは脱出するつもりだったんだ。ここから飛行船まで転移し、国に帰る手筈だった」
――港で見た暗い表情の正体は、これだった。
「『神獣召喚』はハーバルヘイムの王族にしか使えない。今回この島に来た王族は僕だけだ。
だから、僕が犯人だ。
これからこの島が大打撃を受けて、各国の重要人物たちに死人も出ると思う。その責任は全て僕にある。僕が勝手にやったんだ。
――ほら、これでいいだろ? 彼女は僕の自白を聞いた証人だ、もう連れて行く理由はないだろ。彼女を離して、君たちは逃げろ。そしてあったままを報告するといい」
そう、これは決意である。
恐らくこの島に来た段階では固まっておらず……ここに来てようやく全ての覚悟を決めた、アルコットの強い決意である。
――十歳かそこらの子にさせるには、いささかつらすぎる覚悟だが。
要するに自爆テロと同じだ。
今回のことで運よく生き残っても、生き残りの証言から責任問題を追及されて、処刑はまず免れない。
そもそももう呼んでしまったらしいので、アルコットの人生はすでに終わっているということだ。
「行きなさい」
突然の自白に凍り付く護衛たちに、ニアは言った。
「死ぬ覚悟を決めてまであなたたちを逃がすと言っているのよ。無駄にしないで行きなさい」
「お、お……?」
まさかの進言だった。
まさかの「主犯の心意気を組んで共犯を逃がすから早く行け」という助言だった。
「――行こう」
と、茶髪の護衛がニアを解放し、バルコニーの隅の方へ行く。
それを追うようにして、茶髪もニアから離れた。
「アルコット殿下……俺はあなたに生かされた。恨んでくれていい」
「アル……すまねえ、すまねえ……!」
まっすぐアルコットを見詰める茶髪と、後悔と涙で顔を歪ませる金髪の二人の足元に、魔法陣が発生する。
「君たちとの最後の船旅、楽しかったよ。さようなら、――、――」
穏やかに微笑みなら、アルコットは声に出さず、二人の名を呼んで見送る。
そして――魔法陣が一際強く光ると、ふっと二人は消えてしまった。
くすぶるようにバルコニーに舞っていた魔法の粒子が空気に溶けると、そこにはもう、何も存在しない。
しかし、それでもアルコットはしばらくその場を動かず、二人が消えたその場所を見詰めていた。
大人の貴族も一緒に来ているはずだが、彼らもすでに撤収済みだろう。
こうしてハーバルヘイム貴王国の来賓は、アルコット王子だけを島に残して、帰国した。
「――というわけだ。迷惑を掛けたね。でもまだ間に合う、今すぐ全員を避難させれば被害は最小限になるから……」
やらかした本人がどの口で言うのか、と自嘲して笑うアルコットに、ニアは微塵も動こうとしない。
「誰にやらされたの?」
「え?」
「子供の独断でここまでのことはしない。自分の命を賭けてまで誰かを害そうなんて、普通なら大人だって思わない。
普通じゃない人に普通じゃないことをするよう命じられた、だからやった、でしょ?」
「……ううん、僕の独断だよ」
「それで済むと思う?」
「済むさ。自白してる。全て僕の責任だよ。そして……拷問を受けて全部しゃべる前に散るんだよ」
「そう」
恐らく自決用の毒も持たされているのだろう。
「子供を道具に使うのも不愉快だけど、更には使い捨てにするつもりっていうのもアレね。 なんというか、アレよね」
ニアはにっこり微笑んだ。
「――虫唾が走る話ね」
バルコニーの下から歓声が沸いた。
木剣で対するダンダロッサに、素手で応じたリントン・オーロンの見事な飛び蹴りが決まったのだ。
武術外交ここにあり。
武勇国ウーハイトンの名誉は守られたのだった。
そして、ハーバルヘイムの飛行船がひっそりと島を飛び立った直後――港にいるアンゼルは、飛来する水晶竜を発見した。