621がV.Ⅸになるifルートの話   作:ikos

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ベルグレイブ要塞奪還

 

 対惑星封鎖機構への大規模反攻作戦の緒戦として、アーキバスは中央氷原ベルグレイブ要塞の奪還作戦を決行した。

 同時侵攻を行うには補給路が必要だ。立地と堅牢さの両方から、この要塞の存在は非常に重要なものとなっていた。

 とはいえ、ここを重要拠点と見ているのは惑星封鎖機構も同じことだ。相応の防衛力が備えられている。

 

 だからこそ、スネイルはこれまで渋りに渋っていたV.Ⅰ及びV.Ⅸの同時投入に踏み切った。

 惑星封鎖機構が再び築こうとした封鎖網。そこへ、再び風穴が開けられようとしていた。

 

 

 

 

 

 要塞の奪還戦は泥沼の様相を呈していた。

 独立傭兵部隊とMT部隊が敵防衛線を切り開こうとするものの、あまりに相手の数が多く、性能差から一撃が重い。作戦通りだろうが何だろうが、じりじりと磨り減っていく自陣営の数値を見るのは、あまり良い気分ではなかった。

 やはり、他人に露払いをさせるのは趣味ではない。

 要塞前広場の侵攻度は現在40パーセント弱。ヴェスパー本隊を含む第二陣は広場の制圧後に投入される予定だったが、このままだと、第一陣は壊滅に近い打撃を受けるだろう。

 

 落ち着かない気持ちで息を吐いたとき、通信が入った。フロイトだ。

 

《なあ、そろそろ焦れてこないか?》

「……かなりね」

《敵前線から外壁までの距離が800メートルを切った。俺は行けると思うんだが》

 

 目を瞬いた。モニタで示された作戦をざっと確認して、口角を上げる。

 明確な命令違反なのだが、より上位からの命令ということにしてしまおう。責任はフロイトに丸投げだ。

 こちらもスネイルとの通信回線をこっそり切りながら、応じる。

 

「面白いとは思うけど、本気?」

《さすがに一人だったらもう少し待つが、お前がいるからな。行けるだろう?》

「……いいわね、乗った。後で仲良く始末書を書きましょう」

《俺は遠慮しておく。左を頼んだ》

 

 フロイトが部下のMT部隊へ作戦変更を告げる。彼らがあわてた様子もなく、慣れたこととばかり苦笑いで応じるのを背に、障壁の向こうへと飛び込んだ。

 

 まず正面の敵を一掃する。左右の敵をそれぞれに対応しながら要塞へと接近した。

 撃ち漏らしは続くMT部隊に任せる。ロックスミスと距離が離れすぎないようにだけ意識して、手早く弾を撃ち込んだ。

 

《AC2機! 近づかせるな、射線を集中しろ!!》

 

 速度を落とさず、集中する射撃を素早く回避する。予想通り降り注いだミサイルをくぐり抜けて外壁に到達した。

 

《……馬鹿な、当たらな――》

 

 砲台やMTを手近から破壊しながら、さらに上へ。こちらもミサイルをばらまいて、敵の狙いを分散させた。

 

 ここまではうまくいった。問題はこの先だ。

 屋上と内壁に据えられた無数のレーザー砲がたった2機に集中する。威力は外壁砲台の比ではない。一発でも当たれば、体勢を崩して集中砲火を浴び、そのままスクラップだ。

 

 しつこく鳴り続けるアラートが鬱陶しいくらいだった。

 回避しては破壊し、すぐに動いて次に向かう。息を詰めそうな緊張感の中で、冷静さと呼吸を保つことを意識しながら、永遠にも思えるほどの死の予感を味わった。

 フロイトのいる方向だけは意識から外していいのでなければ、さすがにもたなかっただろう。

 

 最後の1台を破壊するまでは、約8分。

 どっと疲れたが、まだ仕事は終わっていない。

 大きく息を吐き出して、強張った手の緊張をほどくために軽口を叩いた。

 

「……さすがエースオブエース。じっくり見ていられなかったのが残念なくらい」

《同じだけ片付けておいてよく言う。……無茶が無茶でなくなるというのはいいな。またやりたい》

「無茶ではあったと思うわよ。スネイルが怒りそう。

 ……さてと、本番はここからよね。おうちを返して貰わないと」

 

 もう一度深く息を吐いて、感覚を取り戻した手で操縦桿を握った。

 

《基地内部に危険因子の侵入を検出。脅威レベル8、防衛フェーズ3.0。

 ――対象を排除します》

 

 AC寄りも二回りほど大きな機体。情報通り、惑星封鎖機構の無人機、「エンフォーサー」だ。

 エンフォーサーが形態を変化させ、ACと同じ二足歩行になって武器を構える。なかなか心をくすぐる佇まいだ。今まで見た惑星封鎖機構の機体の中では、一番格好いいかもしれない。

 

 MT部隊もぞろぞろと姿を見せている。おそらくはこちらも無人機だ。惑星封鎖機構で無人機を中心にした構成はめずらしいように思ったが、LCやHCは見えず、数も10機程度だった。やはり運用が難しいのだろう。

 

「私がMTからやる?」

《ああ、任せる》

「了解。楽しんで」

 

 笑い声が聞こえた。

 こちらも笑みを返して、散開するMTへ向かう。アサルトブーストで先行したロックスミスが拡散バズーカを放った。周囲のMTを巻き込みながら派手に目を引くと、左手武器をレーザースライサーへと持ち替え、真正面から切り込んでいく。引きつけるつもりだろう。

 こちらもMTの射撃をステップで躱しては弾を撃ち込み、エンフォーサーを視界に留めながら着実に片付けていく。

 大きく振り回されたブレードに巻き込まれないよう回避しながら、さらにもう2機。

 

 敵機がロックスミスを追いかけるようにパルスガンを放った。ロックスミスはまるで踊るようにそれを躱し、背後に滑り込んで弾を撃ち込んでいく。ミサイルのひとつさえ当たる気配がない。

 逆方向へ移動するロックスミスをパルスガンの弾が追うが、右へ左へと、まるで振り回されているかのようだ。懐に潜るようにパルスガンを避け、蹴りを放って硬直させる。流れるようにレーザースライサーの青が閃いた。

 

 うっかり見惚れてしまうほど、無駄がなく、流麗な動きだった。あの内装でよくあんな動きができるものだ。

 こちらも円軌道で回避しながらMTを破壊していく。残り3機。

 

 エンフォーサーが特大のレーザー砲を放った。距離があったので避けられたが、至近距離で叩き込まれたらと思うと冷や汗の出る威力だ。味方のMTまで巻き込んでいる。

 残る1機のMTにリニアライフルを撃ち込んだとき、無機質な音声が告げた。

 

《フェーズ3.5、パターンE。出力リミッター解除――各部アクチュエータ駆動コストおよび上限値再設定。侵入者を排除します》

 

 行動パターンが変わる。ランスともブレードとも言えない近接武器にエネルギーが充填されるのを見て、とっさに頭上を取った。

 地面に叩きつけられたエネルギーが広範囲にレーザー衝撃を放つ。軽く浮いて着地したロックスミスへ刺突せんとする追撃が迫るが、クイックブーストも使わずに回避していた。

 

 MTも片付いたので加勢したいのだが、この行動パターンの読み具合を見ると、かえって邪魔になるだろうか。

 相手がAIだからこその迷いだ。1機だけを相手にしている方が、おそらく単純な動きをする。不確定要素を増やすことになるかもしれない。

 

《――なんだ、見物か?》

 

 見透かしたようなタイミングで通信が入る。からかいまじりの口調だった。

 

「邪魔になるかと思って。……じゃあ、お言葉に甘えるわ」

《ああ。その方が面白そうだ》

 

 余裕ぶりに笑みがこぼれる。この上でまだ楽しみたいというのだから、大概だ。

 射撃で援護するより好きにやったほうがよさそうだ。肩に乗せていたレーザーダガーへと持ち替えながら、パルスガンを散乱させるエンフォーサーへとミサイルを放った。

 

 レーザーを回避しながらアサルトブーストで接近し、蹴りを放つ。良い具合に入った。ダガーを立て続けに打ち込んでから背後へ回ると、こちらへターゲットを変えた敵機がミサイルを向けてきた。

 距離を取るその向こう、ロックスミスが横合いからレーザースライサーで切り刻む。

 ターゲットが移るかと思ったが、エンフォーサーは向きを変えずこちらへ突進してきた。

 ――さっきより速い。空中で繰り出された刺突を逆に足元へ飛び込んで避ける。真下からリニアライフルを撃って、ミサイルを放ちながらそのまま背後へ滑り出た。

 

 すれ違いざま、青い閃光が目に入る。

 追撃のバズーカ音を聞きながら、機体を反転させて爆炎の中へ飛び込んだ。

 

 体勢を崩したエンフォーサーへ繰り返しダガーをぶつけ、左へと回避する。追いかけてきたパルスガンが機体を掠めた。フロイトは完全に躱していたので、少しばかり悔しい気持ちになる。

 

 繋いだままの回線でその空気が伝わったのだろう。戦闘中だというのに、フロイトが笑う気配があった。

 

「……余裕ね!」

《お前もな》

 

 噛みつくのをいなされて、八つ当たり気味にエンフォーサーを睨む。

 だいぶダメージが蓄積してきたようで、もう一息といったところだ。機体は破損が進み、先ほどからシールドの展開が頻繁になっている。2機がかりなのでほとんど意味をなしていないのだが、高度なAIにしては間の抜けた話だ。

 

 エンフォーサーが範囲攻撃の動作を見せる。その隙を見逃す手はなかった。

 空中に浮き、リニアライフルを撃ちながら距離を詰める。全力のレーザーダガーを構えると、ロックスミスがちょうど向こう側で、レーザースライサーを構えていた。

 スライサーの名にふさわしい切り刻むような剣筋と、素早さを重視したダガーの光が重なる。

 

 エンフォーサーの中心部が爆発を起こした。炎を上げ、さらに派手に爆発する。

 再起動する様子はなかった。

 完全に沈黙したことを確認し、フロイトが広域回線で告げる。

 

《こちらV.Ⅰ。惑星封鎖機構の「エンフォーサー」を撃破した。掃討戦に移れ》

 

 回線の向こうで歓声が上がった。それから敵勢力の動揺と、スネイルのなんとも言えない声も。

 このあとは内部と外部からの挟撃だ。趨勢は決したといっていい。

 

「南北に入り口があるわね。二手に分かれる?」

《いや。敵勢力はほとんどが正面に回っているようだ。今回くらいはこのまま最後まで一緒にやってもいいんじゃないか》

「ふふ。なんだか、デートみたいね?」

《まあデートだな》

 

 フロイトが冗談に乗ってくる。硝煙臭いデートもあったものだ。

 

 

 制圧戦はそれから30分少々で終わった。

 取り返して再利用する要塞自体への損害は少なく、褒められていい戦果だった。――結果だけを見るならば。

 

 

 とはいえ、結果だけですべてが許されるわけではない。

 

 

 帰投するなり当然のように始末書を書かされたのはともかく、査問と称して延々スネイルの小言に付き合わされたのはさすがに辟易した。やれ命令違反をするな、通信を切るな、フロイトの酔狂に付き合うな、という至極真っ当な内容のことを、ありとあらゆる嫌味をまぶしてかさ増ししてぶつけてくる。よくまあそんなに喋ることがあるものだなあと、途中から嫌味のバリエーションを数え上げていた。

 あ、また新作、などと思いながら聞いていると、「聞いているのですか、V.Ⅸ!」と声を張り上げられた。心外だ。こんなにちゃんと聞いているというのに。

 

 当然ながらフロイトは早々に逃げていたので、聞かされるのは自分だけだった。

 その辺りはまあ、予想していたので構わない。むしろフロイトがいたらスネイルをさらにヒートアップさせる失言をこぼしそうだ。いないほうがいい。

 

 独壇場は30分以上続いた。言いたいだけ言ってある程度気が済んだのだろう。いくぶんすっきりした顔のスネイルから解放されると、待ち構えていたらしい第1部隊の面々が、祝杯と称してワインの大きなパックを手渡してくれた。

 

「え……いいの? こんなもの」

 

 どう考えても高価な星外からの搬入品なのだが、貰って良いものだろうか。

 困惑して見返すと、満面の笑みで頷かれた。

 

「当然ですよ! ぜひフロイト隊長と一緒に楽しんでください」

「命令違反ではありますが、俺たちのほとんどが生き残れたのはお二人の力あってのことです。誇らしい気分なんですよ、貰ってください」

 

 こんなに真正面から褒め称えられることなど滅多にない。スネイルの後だからこそ、なおさら照れくさい気持ちになりながらお礼を言った。

 スネイルの作戦通りにしていれば、ヴェスパーのMT部隊も相当な損害を受けていたのだろう。それでも目的は達成できただろうが――むしろ、その方が確実性は高かったのだと思うが――身勝手さを喜ばれるのは、なんだかくすぐったい気分だった。

 

 上機嫌でフロイトの部屋を訪れると、待ちくたびれたような顔をされた。理不尽だ。

 

「遅かったな。まさか全部律儀に付き合ってきたのか?」

「報告書とお小言のことなら、まあそうね」

「適当に放っておけばそのうち諦めるぞ、あれ」

「……さすがにそれはちょっと、スネイルに同情するわ……」

 

 せめて始末書くらいは書いてもいいだろうに、その程度の手間さえ面倒がるとは。これがヴェスパーのトップなのだから、スネイルの胃が痛めつけられるわけだ。

 抱えたパックに気付いてか、フロイトが首を傾げた。

 

「それは?」

「第1部隊のみんなから贈り物。ワインなんて久しぶりよ、嬉しい」

「……なんでお前に渡すんだ?」

 

 言われてみればそうだ。彼らはフロイトの部下だし、もっとも戦果を挙げたのはフロイトである。

 同じく首を傾げて考えた。

 

「……私が説教されている間に飲み尽くしちゃうと思ったんじゃない? さすが、気が利くわね」

「さすがにしない」

「どうかしら。うっかりやらない自信がある?」

「……たぶんしないと思うが」

 

 確実度が下がった。くすくす笑いながら、棚からカップを取り出す。ワイングラスなんて洒落たものはないが、これでも十分だ。

 

「白だから冷やしたいけど、とりあえず一杯だけ。貴方も飲むでしょ?」

「ああ」

 

 乾杯とカップをぶつけて、口をつけた。

 ワインは少し甘口で、深みはなくとも癖のない味わいだった。これ単独でも飲めそうな味なのは、つまみがない状況ではありがたい。

 ほう、と熱の籠もった息を吐いた。

 

「……しあわせの味がする……」

「意外だな」

「こんな場面で貴方と飲めるなんて、なんだか、いいなあって」

 

 作戦は成功した。祝杯には違いない。

 上機嫌で素直に言うと、フロイトが首を捻った。

 

「そんなに好きなら、スネイルを突き上げて補給物資に入れさせたらどうだ」

「たまに飲むから嬉しいのよ。……それに、補給物資に入れるなら卵液とバターが先! メーテルリンク様のお菓子が絶対にまた化けるわ!」

「もう酔ってないか?」

「酔ってない。……あ、これメーテルリンクにも飲ませたいな……呼んでいい?」

 

 めずらしく、いやそうな顔をされた。なんだか悲しい気持ちになる。

 

「……だめ?」

「……お前、絶対酔ってるだろう」

「酔ってないわよ、まだ200mlも飲んでないのに」

「酔ってない人間は普通mlで酒を換算しない」

「だってアルコール摂取量の計算なら」

「わかった。呼んでいい」

 

 何に対して分かったのかは知らないが、喜んでメーテルリンクにメッセージを送った。美味しいものは分かち合いたい。

 メーテルリンクは当初こそ渋ったが、重ねて誘うと、渋々といった感じで了承を返してきた。

 

「来るって」

「来させたというのが正解じゃないか」

「なによ、意地悪ね」

 

 頬を膨らませると、無言のまま顔を片手で押しつぶされた。よく分からない反応だ。

 メーテルリンク用のカップを改めて洗って用意していると、訪問音が鳴った。ぱたぱたと足音を立ててそちらに向かう。

 

「いらっしゃい!」

「えっ!? ……ちょ、ちょっとレイヴン……? 酔ってない?」

「酔ってない」

 

 ぎゅうぎゅうと抱きすくめていると、襟の後ろを掴んで引きはがされた。フロイトだ。

 

「見ての通りだ」

「……これは……まさかですね……」

「ああ。……まあ、上がれ。相手をさせるために呼んだからな。この状態のこいつはどうにも面倒くさい」

「お邪魔します……」

 

 

 

 のちにメーテルリンクは語る。レイヴンに酒を与えるなら十分な準備が必要だ、と。

 しっかり撮られていた証拠映像にレイヴンがのたうち回り、禁酒を決意し、何がどう気を変えたのかフロイトがスネイルにごり押しして酒類諸々の搬入を決めさせた。

 

 実に平和な反攻作戦の一幕だった。

 

 

 

 


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