オキーフと情報共有を、とは思ったものの、内容が内容である。その辺で立ち話をするにはさすがにまずい。
考えたあげく、いささか怪しげなお誘いになった。
「オキーフ長官、例の件で報告が……あるんですが、ちょっと人目をはばかる内容で……そちらの部屋にうかがってもいいですか」
「やめてくれ。フロイトに俺を殺させる気か」
「それはないと思いますけど、やっぱりまずいですか。……でも実際、どこかいい場所があります?」
「……拠点内は厳しい、遠出するか……。お前も明日は作戦があるな? 終了後にポイントを決めて合流しよう」
「了解です」
オキーフが指定したポイントは、拠点から南方にある海辺だった。
今回はこちらの方が早かったようで、まだオキーフの姿はない。
夕陽の綺麗な時間帯だった。ACから降りて浜を歩く。波打ち際は砂よりも石が多く、歩きにくいが、見ているぶんにはこちらの方が変化に富んでいて楽しかった。
ふと、琥珀色の石が目に入った。
拾い上げて、夕陽にかざす。蜂蜜のような色だ。色合いが似ているわけではないのに、融けたような風合いが、どこかフロイトの目を思い出させた。
ブースト音が近づいてくる。オキーフのバレンフラワーが自分のアンラヴルの前に降りるのを見て、そちらに足を向けた。
「オキーフ長官、こちらです」
「すまん、待たせたか」
「いえ。それで、早速なんですが……」
先日の話をかいつまんで報告すると、それだけであまりに入り組んだ話になった。
オキーフは頭痛を堪えるような顔でそれを聞き、深くため息を吐いた。
「……これは……なかなか、とんでもないな……」
「ええ。まったくです」
「とりあえず分かっていることを整理しよう。まず、オールマインドがG5に、解放戦線総司令官ドルマヤンの殺害を
「はい。ただ、G5にとっては偶発的だったように思います。かなり動揺していました」
「次に、ドルマヤンはG5を“ルビコンの脅威”と見なして殺害しようとしていた」
「はい。……ですが、動機がいまひとつ、ふわっとしていませんか? 彼個人にそれほどの脅威があるとは思えないんです」
それは自分やフロイトであっても同じことだ。
組織を動かす立場にはなく、ただ腕が立つというだけの駒だ。それを一つ排除することにどれだけの影響があるのかと言われると、首を傾げざるを得ない。ましてや星ひとつに対する脅威など――いくらなんでも過剰評価だろう。
オキーフは苦々しい顔で顎を撫で、やがて首を振った。
「……心当たりはある。だが、まだ確信は持てない。口に出せる段階ではないな」
「できれば聞かせていただきたいですが」
「あまりに突拍子がない。俺自身がまだ半信半疑だ。……お前に予断を持たせることは避けたい」
不満ではあったが、情報を扱う立場としては経験に大きな差がある。その判断は尊重するべきだろう。
「……とりあえずは引き下がります。それから、以前G5を襲っていた不明機体ですが……やはり、オールマインドの方でしょうか」
「ああ、まず間違いない。お前にもデータを渡しているとおり、少なくとも製造元はオールマインドだ。それ以外の情報はまだ精査している段階だが……少なくとも解放戦線ではありえん。あの無人機体があるなら、こうまで後塵を拝しているものか」
「同感です。……だとしたら、別の問題が。
惑星封鎖機構、ということもないだろう。アーキバスやベイラムはもちろん、それ以外の企業とも考えられない。
仮にG5個人がルビコンにとっての脅威だったとして、それを実力で排除する必要性を持つ勢力が思い浮かばないのだ。利権とは逆の、ただのコストだ。得られるものなどないに等しい。
「……もしかして、G5は地球出身のやんごとない御曹司だったりするんでしょうか……」
「面白い冗談だな。一応調べてみたが、木星出身の元博徒のようだ。経歴に不明な部分こそあれ、不自然なところはなかった」
となると、いよいよわからない。
夕陽が沈み、気温が下がってきた。考えながら顎に手をあてる。
「オールマインド陣営はG5を排除しようとした。それに失敗して、今度は取り込もうと動いている……?」
「もしくはドルマヤンの排除をより優先とみたか、だな」
「憶測の域を出ませんね……」
そこでふと、妙なことを口走っていたことを思い出した。
「そういえば……G5は、誰かから、ドルマヤンと“同じ”だと言われたようでした」
「……同じ?」
「どんな意味なのかはわかりませんが……G5を殺そうとしていたのも、今回ドルマヤンを殺すことを依頼したのも同様にオールマインドなら……動機は同じものなのかもしれません」
「……なるほどな。その方向で調べてみよう」
オキーフがうなずく。この辺りで、情報は出し尽くしたようだった。
オールマインドの背後にいる存在が分からない今、これ以上話し合っても机上の空論だ。ただ、今後はあの傭兵支援システムを利用するのは最小限にしておいた方がいいかもしれない。
「それから、お前に頼まれていたRb23『レイヴン』の情報を渡しておく。……そちらもなかなか笑えない内容だ」
「いえ、大体予想は……、……すみません、甘かったです。……ええ? なんですかこの人たち……愉快犯……?」
「ああ、なるほど。それが一番的を射ているな」
「レイヴン」は、ブランチと名乗る傭兵集団の一員だったらしい。ハクティビストなどという言葉は初めて聞いたが、要は隠された情報をばらまくことを信条としている集団のようだ。たちが悪いのはその情報が最悪な事態を招くべく武力で誘導している部分で、企業がルビコンに進出しやすいよう、惑星封鎖機構の勢力を殺いでいたとしか思えない内容だった。
目的は不明のまま、ただ混乱だけが後に残っている。
「……いわくつきにしても、これはひどい……私が言えることじゃないとはいえ……」
「ライセンスを変えるならいつでも言え。新しいものを用意するのはそう難しいことじゃない」
「微妙に気に入ってるんですよね……。問題はお仲間がいるらしいってことですか……」
「番号だけ変えることもできなくはないが」
頭の痛い話だ。おまけにその「お仲間」は上位ランカーとくる。既にこちらの存在は把握しているはずだから、今まで接触がないのが不思議なくらいだ。
単独ならまだしも、組んで来られたらMT部隊を庇っての戦いは厄介そうだ。しばらくその手の任務はやめておいた方がいいかもしれない。
あまりに普通に考えていたせいで、その発想におかしなところがあるとは気付かなかった。
「とりあえずやめておきます。交戦したとき、私が囮になれると思うので」
「……お前が囮になるのか?」
何かおかしなことを言っただろうか。
首を傾げると、オキーフが苦笑いをこぼした。
「……MTは基本的にACの露払いと援護が任務だ。それを庇うというのは、本末転倒だろうな」
「そういうものですか」
これまでほとんど単独行動が基本だったせいで、その発想はなかった。
いる分には使うし、やられれるのは嫌だと思う。自分の手の届く範囲の「味方」は死なせたくないと思っていることに、いまさら気付いた。
「……思っていたより甘かったのかもしれません。でも、まあ、今のところやり方を変える必要はないかなと……」
「お前がそう思うならいいだろう。まあ、無理はするな」
「はい」
頷いて返した。素直な反応にか、オキーフがますます苦笑する。
「……本当に、育ちの良い娘さんだな」
「冗談にしても笑えないんですが。……単純に根っこが甘いだけでは」
顔をしかめて言うが、オキーフは笑うばかりだ。
「なあ、レイヴン。お前は強い。それこそ、フロイトと並ぶくらいにな。……だが、お前はフロイトとは違う。まともすぎるんだ」
「本気ですか? そんな評価、久々に聞きました」
「表層上はそうだな。同じくらいに頭がおかしい」
「……そちらのほうが素直に受け取れます」
「だが、よくいうだろう。豹は自分の斑点を変えられない。……お前もそうだ。お前の言う『根』は、お前が思っている以上に強く根付いている。……その差が、いずれは……」
いずれは、なんだと言うのだろう。
言葉を切ったことから分かりきっていたが、オキーフはその先を続けようとはしなかった。
「なんですか、途中で。続けてください」
「いや……おい、足を踏むな」
「オキーフ長官が悪いんだと思います。逃げないでください。いずれは、なんですか?」
苦笑いのままのオキーフが、両手を挙げて距離を取った。
「……フロイトはお前と出会って変わった。それだけだ」
「嘘ですよね。蹴りますよ」
「……わかった。前言を撤回する。少なくとも良いとこのお嬢さんではないな」
「ご理解いただけて何よりです。それで?」
逃げを打とうとする男を睨みつける。本気で力尽くになれば勝ち目はないだろうが、今日は誤魔化されてやる気分にはなれなかった。
オキーフが確かめるようにこちらを見下ろしてくる。負けじと見据えた。
「……人間の感情ってやつは厄介だ。自分と同じだと思っていたものが違うと知れば、どうしても落胆する。近しい存在だと思っていればいるほどにな」
「……それを心配してくださってるんですか」
「ありていに言えば、そうだ。おそらくお前はフロイトと同じにはなれない。……いずれは道を分かつだろう」
薄々、察していた内容ではあった。
ずっとわかっていたはずだ。それに備えて準備さえしてきた。
それなのに、他人からもそう見えていたという事実が、思っていたよりも胸を軋ませた。
「そう、ですよね」
冷たい海風が吹き付けてくる。手が冷えているのは、きっとそのせいだ。
「……すみません。ありがとうございます。……まあ、そうですよね。今がずっと続くわけじゃない。わかっていたことです」
「……だからなのか。お前が、フロイトの変化をやたらと否定するのは」
「いえ、それは普通にそう思ったからですけど」
笑ったが、うまく笑えている自信はなかった。
「大丈夫です。依存しているつもりはありません。ちゃんと、自分で立てますから、心配しないでください」
「……一応言っておくが、さっきの発言は嘘じゃない。フロイトは変わった。飢えが満たされて、明らかに安定した。お前の影響だ。それは間違いない」
ただ、その「影響」が、根本を変えるようなものではないということなのだろう。
自嘲めいた笑みが浮かんだ。
「たぶん、私がACに乗れなくなったら、フロイトにとっての価値はほとんどなくなると思うんです」
「……おい、さすがにそれは――」
「もし女として傍に置くとしても、それは今と同じじゃない。……たぶんそれが、私は……」
続ける言葉が見つからなくて、唇を結んだ。
――だめだ、うまく感情がまとまらない。
その変化を怖れているのか、それとも、その状態で縋るのがいやなのか、返らない愛を請うのがいやなのか、だから自分から愛してしまわないようにしているのか。だとしたら、なんて臆病なのだろう。
そもそも、愛がどんなものだったのかも、よくわからなくなっている。
冷えた指先を握りしめた。
「……こんなことを言うのは、柄じゃないんだが……年寄の
オキーフらしからぬ前置きに、顔を上げた。そこでようやく、自分がうつむいていたことに気付いた。
「無理に蓋をするのはやめておけ。たとえ終わりがあろうが、愛せるうちに愛しておいた方が、おそらく後悔が少なくてすむ」
「……経験談ですか」
「さあな。……話は終わりだ。そろそろ戻るか」
すっかりと日の沈んだ海辺は、どこかもの寂しげな湿度を漂わせている。
ACに向かう背中を眺め、聞いてみたくて訊ねた。
「どんなひとでした?」
苦笑する気配があった。ため息のような声が応える。
「弱いくせに懐の深い、いい女だったよ」
拠点に戻り、夕食を終えてから、フロイトの部屋を訪れた。
あんな話をした後なのに顔が見たくなったのは、オキーフに感化されたためだったのだろうか。フロイトは特にこちらを構うわけでもなく、いつも通りの平然さで訪問を迎えた。
ソファで端末を弄るフロイトの前に立って、手短に告げる。
「手を出して。左右どっちでもいいわ」
「ん」
「これ、おみやげ」
差し出された大きな手のひらに石を転がすと、フロイトがようやく端末から視線を動かして、目を丸くした。
その顔がにやりとしたものに変わる。
「やっとか」
「前メーテルリンクにあげたとき、ずるいのずるくないのって大騒ぎだったものね」
「覚えてるぞ。お前、『じゃあ土壌サンプルを分けてもらってくる』だの言ってたよな」
「だって、貴方に花なんてあげてもしょうがないじゃない」
「花はいらんがみやげはいる」
フロイトは上機嫌で、蜂蜜色の石を部屋の明かりにかざした。
「きれいだな。悪くない」
そんな言葉をフロイトの口から聞いたのは、初めてかもしれない。
なんとなく持ってきてはみたものの、ただの石だ。喜んでくれるのは嬉しい――けれど、と思ったところで、気付いた。
けれどって何だ。どうして憎まれ口で返そうとしたのだ。
「あ」
「ん?」
「あー……! ……これかぁぁ……!」
たまらず顔を押さえて、その場にしゃがみ込んだ。
ものすごく腑に落ちた。恥ずかしくて仕方がない。とんでもない迷走をしていたことに、ようやく気付いた。
嬉しいと思った気持ちをわざわざ抑えて、苦しくなることはない。いちいち色々考えて、今をないがしろにすることはないのだと。オキーフが言いたかったのはきっとこれだ。
「なんだ一体、悪いものでも食ったか?」
膝を抱えて腕に顔を伏せる。きっと今、真っ赤だ。こんな状況を他人に見透かされていたなんて、素直になれない思春期の女の子でもあるまいに、恥ずかしすぎる。
全部がそうではないけれど、海を越えた辺りからは、明らかに比重が偏っていた。
いつか終わりがくるなんて、どんな関係だって同じだ。向けられた好意をはぐらかさないで、ちゃんと受け取って、返していく方がずっといい。
――まったく、年長者の言うことは聞くものだ。
フロイトの手が髪をぐしゃぐしゃにしていく。それでも顔を上げられない。
どうしよう、と思った。
事ここに至っては認めるしかない。終わりの後を考えているくせに、離れていく算段を立てているわりに、結局のところ――この男は自分にとっての「ただひとり」なのだ。
ひたすら身もだえしていると、フロイトがおもむろに両手で頭を掴んだ。力尽くで顔を上げさせようとしてくる。
「……今までにない顔をしてないか? 見せろ」
「い、や、だ……っ! 紳士じゃないわよ……!」
「どこの星の単語だ、紳士とか」
しばらく拮抗していたが、痺れを切らしたフロイトが身体ごとこちらを抱え上げてきた。
そのままソファに落とされ、顔を隠そうとした腕を掴まれる。
「よくわからない奴だな。何に照れたんだ?」
「照れたというか、思い返して羞恥心で死にそうになってたというか……ああもう」
諦めて、抵抗をやめた。ままならないにもほどがある。
「……オキーフ長官が」
「ここで別の男の名前を出す度胸は褒めてやる」
「いつだか言ってたのよ、望む死に方を考えておけ、って」
フロイトが首を傾げた。
「俺ならACで最高に面白い戦いをして、そのまま死にたいな。降りているときに死ぬのが一番最悪だ。お前も似たようなものだろう」
そんな気もするし、そうではない気もする。
こんな稼業だ。きっとろくな死に方をしない。そしてきっと、戦場にあり続ける以上、それはそう遠い話ではないだろう。ものすごく苦しんで死ぬことになるかもしれないし、あっけなく死ぬことになるかもしれない。そして、これだけ殺してきたのだから、死後があるなら確実に地獄行きだ。
それでも、その上で、死に方を望むのだとしたら――確かに、それは悪くない選択肢だった。
「……まだ、よくわからないけど……私を殺すのは、貴方だったら良いなとは、思ってる」
「俺も同じだ。……ただまあ、簡単に殺されてくれるなよ」
フロイトが両手で頬を包んで、額をあわせてくる。殺伐とした言葉とは裏腹に、押し当てるよりそっとふれる感触は、まるで祈るような、繊細な何かを含んでいた。
言葉が見つからないまま、自分も目蓋を下ろす。
もしかしたらそれは、知らないところで何かに殺されないで欲しいという、願いだったのかもしれない。
――永遠なんて望まない。きっとそんなものはどこにもない。
ただ、いつかくる終わりが、彼の手の届かない場所になければいいと、そう思った。