新しい携帯端末はアーキバスから支給してもらえるとのことだったが、丁重にお断りした。何を仕込まれるか分かったものではない。これは用心と言うよりもはや信頼だ。アーキバスというよりスネイルなら、絶対にやる。
同じく、機体の通信系修理も傭兵支援組織に依頼して、ようやくウォルターと連絡を取ることができた。
《6――! ……いや、気にするな。……無事だったようだな、レイヴン》
随分と心配してくれたようだ。前から思っていたが、ときどき番号が出ている。口癖のように呼んでいたためだろう。こちらは特にどう呼ばれても構わなかったが、本人がそうしたいなら任せるまでだ。
通信手段が全滅したことを報告し、携帯端末をどのルートで調達するか相談する。
少し考え、ウォルターが答えた。
《盗聴を危惧してのことなら、完全に防ぐことよりも、お前が聞かれても困らない相手を選ぶべきだろう。エルカノか、RaDだな。……俺が用意することもできるが》
「じゃあお願い」
《……もう少し慎重になれ、レイヴン》
「そうは言っても、アーキバスの機密情報を個人端末でやり取りはしないし……バックドアを仕込んでデータを取っても、ほとんどフロイトの独り言で埋め尽くされるんじゃないかしら」
《……そうか。仲良くやっているようだな》
あまりに父親めいた発言だったので、笑いを堪えるのに苦労した。
昔ボーイフレンドができたときの実父も、確か、こんな感じの口調をしていたような気がする。
すっかり気持ちが緩んでしまった。切り替えるために、ひとつ息を吐く。
「ところで、ウォルター。ウォッチポイントの件だけど、死にかけたわけだから一応聞いておくわ。……あの“事故”、予想はできなかったのよね?」
《……ウォッチポイントはその名の通り、観測と、せいぜいが流量管理を行う施設だった。コーラルを汲み出す性質のものではない。そう判断していたが……あれは、俺の計算誤りだ。すまない》
「ならいいわ。……目的のデータは手に入った?」
《ああ。よくやった》
「そう、なによりね」
それがどういったものなのか、ウォルターは話さない。こちらも、聞くつもりはなかった。
「それじゃ、また」
《……ああ。これから企業への働きかけを行う。しばらく仕事を頼む機会はないだろう。ゆっくり休め》
とはいえ、組織として動いてくるヴェスパーからの依頼がなければ暇なものである。地道に続けている日課の基礎訓練とフロイトとの(実戦まがいの)模擬戦くらいしかない。
そんな折、持ち込まれたのは、いささかおかしな依頼だった。
依頼主はずいぶんと胡乱な男だった。ドーザーの酩酊状態だと言われれば納得するし、素だと言われても納得する、そんな具合の男だ。
依頼内容はRaDを相手にした機密情報窃取武力援護。すでに相手施設へドローンを仕込んでいるという。ドーザー同士の小競り合いかと思えば、内容はなんともアンバランスな作戦だった。
なにしろ依頼主たるコヨーテスには武器製造能力がない。機密情報を手に入れたところで、金に換えるくらいしか使い道はないはずだ。
ともあれ依頼を受けてすぐ現場に急行したのだが――お粗末なことに、到着した時点で、折角仕込んだハッキングドローンはすべて壊されたあとだった。設置する時点から呼んでおいて欲しいものだ。
これでは何もすることがない。仕方なしに依頼主へ連絡を取ろうとしたとき、聞き覚えのある声が呼びかけてきた。
《誰かと思えば……アーキバスのクソ犬か!》
深緑の二脚機体――レッドガンG5、イグアスだった。何回目かの因縁だ。
ベイラムのAC部隊とドーザーが組んでいるとはめずらしい。独立傭兵に鞍替えでもしたのだろうか。
《ハッ。面倒を押し付けられたもんだと思ってたが……狂犬野郎、テメエを潰せるなら悪くねえ!》
「……もう手遅れみたいだから帰るところだったんだけど。やるの? 別に良いけど」
《そのスカした態度が気に食わねえんだよ!!》
「言ってくれるわね」
そんなつもりはなかったので、ちょっと傷ついた。言い方がまずかったのだろうか。
ともあれ、新しく組んだ機体の試しには、レッドガンの番号付きは格別の相手だ。盾持ちだからそうそうにやられてしまいはしないだろう。
少し距離があったので、始まりは流動的だった。小手調べにハンドミサイルを放ちながら、背後に回り込む。
《……うるっせえ、んなもん見りゃわかる! ――おい、肩のやつは何だ!?》
脈絡のない叫びに、少しばかり困惑した。
専用回線のオペレーターと喧嘩でもしているのだろうか。広域通信で叫ばないで欲しい。
《オービットか。クソ、めんっどくせえ……!》
盛大にぼやきながらも、イグアスの動きがランスを警戒するようなものに変わった。
こちらの戦略をすぐに把握したらしい。
気分が盛り上がってきた。先日戦ったときとはまるで別人だ。あのときは、噛みついてくる割に腰の引けた戦い方だと思っていたのに、今は、警戒しながらも喉笛を食い破ろうとする気配を感じる。
《つーかテメエ、毎回コロコロ武器変えてんじゃねえよ!! 頭おかしいんじゃねえか!?》
「え、色々試してみたいじゃない」
《普通じゃねえっつってんだよクソが!!》
フロイトに比べれば変更頻度は低いはずだが――今回の兵装は、たしかにいつにも増して趣が異なっていた。
ハンドミサイルに実弾オービット、ダブルグレネード。そして、目玉はレーザーランスだ。
相手のマガジンが空になるタイミングでミサイルを放った。ランスをチャージののち、距離を保つ敵機に狙いを定める。引っ張られるような激しい牽引力に無理やり制動をかけ、武器固有のブーストを馴らすように――全力で、“振り払った”。
《――ハア!?》
そう、これがやりたかったのだ。
人間用の武器の話だが、槍というのは振り回す方が強いと聞いたことがある。同じようなことができないかと思いついてユーザーであるスネイルに相談すると、それはもう、ものすごい顔をされた。
なにしろランスは武器自体に内蔵ブースターがついている。本来のコンセプトとしては、刺突に特化した突進兵器だ。だが、無理をすれば狙いを物理的に動かせないものではない。
こちらの制御にかなり細かい操作が必要になるがための、ハンドミサイルだ。そちらを当てるのは誘導に任せ、ランスの操作に集中する。
そんなお楽しみの最初の相手になったイグアスは、声でこそ困惑しきった反応をしていたものの、こちらの攻撃を掠るにとどめた。
やはり、反応が速い。ぞくぞくする面白さを感じた。
「そこのオペレーターさん、かなり優秀なんじゃない? うちに欲しいわ」
《ふざっけんなよ、この野郎……!》
苛立ちに染まった声が憎々しげに言う。シールドで被弾を抑えているとは言え、相手の兵装は少し火力不足だ。このまま押し切ろうと思えば押し切れてしまうだろう。けれど、それは――勿体ない。
そのとき不意に、耳鳴りがした。
違和感に眉をひそめる。旧世代型ではよくある症状だと聞いているが、少なくとも今まで、自分の身には起きていなかったのだ。コーラルに呑まれた後遺症だろうか。
威嚇するようなライフルをミサイルの弾幕でいなしつつ、距離をはかった。
ミサイルとオービットでかなり気を散らせているはずなのに、なかなか隙がない。時折射るように挟んでくるリニアライフルが危険だった。小憎たらしいタイミングで差し込まれてくる。
ブーストで一気に距離を詰め、今度は頭上からランスを振り下ろした。盾が限界を迎える。すかさず肩のバズーカを打ち込んだ。直撃したのは一発目だけだ。動きが良い。
フロイトとはまた違ったタイプだ。捕まえるのに手を焼く動きだった。おまけに、段々とオービットの射程圏内を良い具合に避けてきている。
きっとここで落としてしまうより、続きがある方が絶対に面白くなる。煽るだけ煽っておけばきっとさらに効果的だ。どうにか殺さないよう無力化したい。
敵機のミサイルを回避したとき、通信が入った。依頼主だ。
《ああ、ご友人。……おや失礼、ダンスの途中でしたか?》
「到着時点で作戦は失敗していたわ。ご要望は?」
《なんということでしょう。残念だ……健気に働いていたハッキングドローンたち。私に贈り物は届かない……貴方に支払える報酬は、泡沫の彼方に消えてしまったようです。悲しいことです。本当に、とても、残念だ……》
「……ちょっと待って。びた一文払わないつもり?」
《次はもっとうまく貴方と踊れるよう、私も心に留め置きます。新しいご友人、どうか貴方も、その日まで私のことを覚えておいてくだされば……それはとても、素敵なことだ……》
一方的にポエムを垂れ流し、通信が切られる。
広域回線でのたまってくれたおかげで、辺りに事情が筒抜けだった。
《ハッ!! いいざまだな、狂犬野郎!!》
芸のない煽りがいらっとする。
八つ当たりを始めそうな気持ちになったが、それをぶつけるよりも、妙な横やりが入る方が早かった。
遠距離からの青い狙撃が、一秒前までいた場所を射貫く。
覚えはある。もはや馴染みさえある。いずれも、所属は相変わらずの「不明」だ。
《なんだア、こいつら……!? 次から次へと、何が起きてやがる!!》
「とりあえず不明機体を倒すわ。続きはあとね」
《クソッ……お前が決めんじゃねえ!!》
射線を頼りにアサルトブーストで接近し、狙撃機体を2体片付ける。
違和感があったのは、狙いがこちらではなく、イグアスに向けられていたことだ。
案外、巻き込まれたのはこちらなのかもしれない。どちらにしろ誤差だ。
近接2体は動きを見たくて少し距離を取ったのだが、さすがにこの状況では遊びすぎだろう。適当にハンドミサイルを放っているうちにイグアスが仕留めた。
立っているのが2体になれば、続きを始めざるを得ない。
お互いにそれを理解していたからこそ、銃口を向け合う。
まるで鞭のようにしなる声が、その場に割って入った。
《待ちな。――まったく、相変わらずのクズさだねえ、あの男。
まあいい。あんたもよく分かっただろう? 次から、組む相手はよく考えるのを勧めるよ》
先ほどの依頼主と同じく、広域回線での通信だ。
いかにもマフィアもどきのボスといった印象の、気怠げでありながら剣呑な女性の声だった。
こちらにだけではなく、施設内の部下に聞かせるためのものでもあるのだろう。
ここで引いても、追撃はしない、と示すための。
《ここから先を続けても、喜ぶのはあの変態だけさ。あんたがそれを望んでるなら、こっちとしても続けるしかないが……あんたには1コームも入らないだろうね。それとも、クソみたいな義理で無駄玉を垂れ流す趣味でもあるのかい?》
少し考えて、銃口を降ろした。
「……義理はないわね。たしかに、潮時だわ」
《そいつは賢明だ。……あんたとやりあうのは骨が折れそうだからね。ビジターと続きを楽しみたいなら、うちと関係のない場所で頼みたいもんだ》
少し驚いた。イグアスとの戦闘に多少の未練があったことを、この短時間で見抜いたらしい。
《おい! 勝手に――》
《ビジター、あんたもだ。うちの依頼や、あんたの会社からの指令は、こいつとの戦闘じゃなかったはずだろ? こいつが手を引くと言った以上、うちは追加報酬なんざ払わないよ。それでもいいなら好きにしな!》
内容と言うよりは、迫力に押されたのだろう。イグアスも渋々といった様子で銃口を降ろした。
少しばかりの残念さを覚えながら、呼びかけた。
「次を楽しみにしてるわ」
《テメエは、絶対に、次で、潰す……!!》
すっかり嫌われてしまったらしい。この上ないほどの片想いだった。
耳鳴りは、いつの間にか止んでいた。
予定外に仕事が早く終わってしまったので、ぽっかりと時間が空いた。
アーキバス進駐拠点の屋上で、今日の実戦を踏まえてアセンブリを調整する。ジェネレーター選びに改善の余地がありそうだった。
今日もなかなか良い天気だ。通り抜けていく風が心地よい。
「またここにいたのか」
かけられた声に顔を上げると、フライトジャケット姿のフロイトが階段を上ってきた。あちらも仕事が終わったらしい。
開いた扉口にもたれたまま、業務用のパネルを相手にも見えるように動かした。
「ここが一番集中できるのよ」
「眩しくないか?」
「眩しいくらいがいいの」
隣に立ったフロイトが当たり前のように腰を抱いてくる。表面上あまり変わらなかった関係性の、ささやかな変化だったが、第1部隊の面々は初めて目撃したとき揃って絶句していた。
とうとう、という悲鳴が何を意味していたのかはわからない。こちらとしては予想外の変化だったのだが、性別が男女だというだけでそう見られるものなのだろうか。
しかしてそのうち周囲も慣れた。どう見てもいちゃついている構図なのだが、その状態で交わされる会話がまったく変わっていないせいだろう。人前でそれ以外の接触はしてこなかったため、目に余るほどのものでもない。
「あれ、何だと思う?」と、あるときメーテルリンクに相談したところ、「さあ……縄張りの主張とか?」と一緒に首を傾げられた。
独占欲、手癖、牽制。どれも今ひとつしっくりこない説だ。
パネルを覗き込んだフロイトが、ふと意外そうに首を傾げた。
「ん? ……機体名を変えたのか」
目ざとい。
今回の組み立てを考えた際に機体のフレームを一新して、予定通り派手なペイントもした。メカニックに丸投げしたらまさかの
ついでに、いい機会なので、きちんと機体名をつけたのだ。
AC
フロイトもそれに気づいたらしい。まじまじとこちらを見てくる。
なんとはない居心地の悪さに顔を背けた。
とたんに、笑い声が弾ける。
「……はははははははっ! お前、可っ愛いなあ!!」
「わっ!?」
まるで大型犬を撫で回すような勢いで、両手でぐしゃぐしゃと髪を掻きまぜられる。
まさか喜ぶとは思っていなかった。ACに関することだから、テンションが5割増しなのかもしれない。それだけでは感情を発散しきれなかったようで、そのままぎゅうぎゅうと抱きすくめてきた。
頭に乗った顎が少々痛い。
「はー、笑った。こんな笑ったの久々だ」
「……良かったわね。笑うのは健康に良いっていうわよ」
「元病人が言うと重みがあるな」
「でしょう?」
少し日が傾いてきた。
空が黄味を帯び始めている。まばらな羊雲が黄金に染まっていて、やっぱり、ここから見る景色が一番好きだと思った。
「このあと時間はあるんだろう? 一戦やろう」
「いいわよ。今日はちょっと驚いて欲しいのよね……うまく行くといいんだけど」
「言ったな。期待させてくれよ」
何事もなかったかのように抱擁をといて、フロイトが階段を降りていく。
すっかりぼさぼさになってしまった髪を手櫛で直す。急かす声に笑いながら、屋上を後にした。
……だって、思いついてしまったんだ! 生真面目委員長タイプとチンピラ系不良、ラブコメの王道じゃないかってッ!!(ごめんなさい)
カーラがイグアスに手を貸したのは単純に気に入ったから、止めに入ったのは621のことを存在自体は知っていたからです。
あとブルートゥの言い回しが難しくて仕方ないですほんと、誰か添削して欲しい…
ACに名前がつきました。他にももう一つ、重要な意味があります。