動物を取り巻く身近な問題の中で、人と人とのトラブルを招きやすいのが「野良猫」と「地域猫」の問題です。改めて整理しておくと、野良猫とは、屋外で生活している特定の飼い主のない猫です。飼い猫が捨てられて野良化したり、捨て猫が繁殖して野良猫になります。このように、野良猫が存在する元々の原因は、人間の無責任な行動にあります。
そして地域猫とは、このような野良猫が、これ以上繁殖して増えないようにTNR(TRAP 捕獲・Neuter 不妊去勢手術・Return 返還)し、その後、元いた場所で特定のボランティアにより管理されている猫です。不妊・去勢手術を終えた地域猫は、その印として、耳先にVカットなどの印を入れています。カットされた耳が桜の花びらに形が似ていることから、これを「さくらねこ」や「さくらみみ」と呼ぶこともあります。
地域猫の管理者は、給餌給水や糞尿の掃除をして、一代かぎりの猫のお世話をします。この活動を「地域猫活動」と言い、地域の住民に糞尿などの被害が及ばないよう努め、人と猫との共生を目指します。ボランティアの多くは、この活動の元々のスタートは、「猫の殺処分を減らしたい」「飼い主のない猫の過酷な屋外での生活を助けたい」「可哀想な野良猫をゼロにしたい」という気持ちからだと思います。けれど、この活動の素晴らしさは、猫の命に対する配慮だけでなく、時間は多少かかりますが、野良猫による被害を解決できる、というところにあります。すなわち、地域の環境保全に寄与できることです。
ただし、この「地域猫活動」にはルールがあります。
給餌の後始末と、許可を得た場所でのトイレの設置です。猫の給餌を決まった時間と場所で行うことで、個体管理もしやすく、給餌の後片付けもスムーズにできます。管理者以外の人が勝手に餌やりしてしまうと、餌場に来ないことで管理しづらくなります。また、勝手な餌やりをする人の多くは、汚しても後片付けをしないことが多く、地域猫は町を汚す迷惑なもの、と誤解されてしまいます。そうなれば、「地域猫活動」への理解が進まないどころか、活動に敵対心や反感を持たれ、猫も悪者扱いされてしまいます。最悪の場合は猫に危害が及ぶこともあり、きちんと適正な管理をしているボランティアは、これを一番恐れています。
また、地域猫にするためには、不妊・去勢手術をしなければなりません。その際、捕獲するために捕獲器を仕掛けます。けれど、勝手な餌やりによりお腹が満たされてしまうと、捕獲器の中に置いた餌に興味を示さなくなり、捕獲に支障を来たします。
飼い主のない猫を不憫に思う気持ちは痛いほどよくわかりますが、責任を持てない勝手な餌やりは、結局は猫のためにならないので、やってはいけないことを知っていただきたいです。このように、適正な「地域猫活動」がどういうものか、正しく活動を理解してもらい、責任を持って行えば、人と人とのトラブルも起こらないと思うのですが、まだまだ誤解している人が多いと感じます。
環境省も推奨するこの「地域猫活動」は、取り組み方の温度に高低差はありますが、全国の各自治体でも取り組んでいる事業です。
「地域猫活動」は、地域に密着した活動で、その地域に暮らす住民のボランティアと、その町内会、そして自治体と連携して行います。給餌は、毎日継続的に行うものなので、できる時だけ遠くから来て行うというものではなく、その地域の人々に理解を得て、地域の人々が地域の問題として、共に取り組むという意識と姿勢が必要です。
自治体では、地域猫の管理者であるボランティアを数名のチームで登録してもらい、自治体が管理者を把握することで、何か問題がある時には連携して解決に努めることができます。このように、理想とする「地域猫活動」になるまでには、多くのハードルを越えなければならないので、残念ながら、その前に挫折してしまい、地域に認知されて堂々と活動するに至らないケースもあります。
では、どうして挫折してしまうのか、、、。
その最も高いハードルが、地域住民や町内会からの理解と協力です。これ無しには、自治体へのボランティア登録もできませんし、捕獲器を仕掛けることも困難になってしまうことがあります。
たとえば、住民に理解を得る前から、多くは給餌や捕獲を始めているケースが多いのですが、その過程で、野良猫被害の有無に関係なく、快く思っていない住民から激しく罵倒されるというケースもあります。ボランティアは、時間を費やせる年配の女性も多いことから、男性からそのように圧力をかけられると、大抵は怖くて何も言い返せないと思います。冷静に説明をしたいと思っても、まったく聞く耳を持ってくれないこともあるでしょう。それでも諦めず、自治体の職員や動物愛護推進員の力を借り、「地域猫活動」を説明し、同時にどんな被害があるのか問題を把握し、どのように解決に向けて取り組むかを話し合えれば、上手くいく可能性が高まると思います。
しかし、あくまでも、この活動の主体は毎日給餌するボランティアなので、理解を得るために、どこまで正面から粘り強く取り組むか、という覚悟が必要になります。もちろん、地域猫活動の進み具合は、どんな人がその地域に暮らしているかにも左右されると思います。なので、自分さえ良ければという自己中心的で、良心を持たない、理由なく猫嫌いな住人がいないことを願うばかりです。
また、地域猫活動に理解のない声には、「餌やりするなら連れて帰ればいい!」というものもあるようです。連れて帰れるなら、みんなそうすると思います。なぜなら、本来は飼い猫として安全な場所で暮らすべき存在だからです。地域猫として守ることは最終手段であり、外で暮らしている猫は交通事故や虐待被害に合うことも多く、常に危険と隣り合わせだからです。すべての猫に安全で温かな受け皿があれば、連れて行きたいのは当然のこと。けれど、給餌するボランティアにもキャパシティがあり、当然ですがすべてを受け入れることは到底できません。
他にも、野良猫をまるで野生動物と混同しているような声もあります。飼い猫となるイエネコは、人に依存して生きる猫ですから、たとえ外で暮らしていても、間接的に人に依存せざるを得ないのです。そんな猫を、野生動物と同じように放っておけ、という無知な声にも困ったものです。
ちなみに、もし「目ざわりな野良猫を殺してしまえ」なんていう人がいたら、これは犯罪です。また、駆除目的で捕獲し保健所に持ち込まれた猫を、原則、行政が引き取ることはありません。もし、これを引き取り処分していれば大問題です。地域猫活動をしているボランティアの人々は、身銭を切って不妊・去勢手術を行い、フードを購入して、貴重な時間を費やし給餌を行います。善意でしかない、とても尊い行いに本当に頭が下がります。
昨年、そんな人々の努力が報われるような朗報がありました。私が暮らす京都市は、地域猫活動の効果検証を行い、多くの人々に共有してほしいとの思いから、今年ホームページをリニューアルしています。京都市の地域猫活動支援事業である「京都市まちねこ活動支援事業」は、平成22年度から開始されました。
以下は、これまで10年間の取組検証です。
・市内の野良猫が減った
・まちねこ活動を5年継続すると地域の猫は半減する
・野良猫の寿命は4~5年であるため、活動4年目から顕著に地域の猫が減少する
活動地域数や手術頭数が増えていくにつれて、動物愛護センターに収容される所有者不明猫の頭数と路上で死亡した猫の頭数が減少しているそうです。動物愛護センターに収容される所有者不明猫の多くは、生まれたばかりで自活できない子猫です。「まちねこ活動」の広がりによって新たに生まれる野良猫が減少したことが、収容数(44%減)と路上死亡数(28%減)の減少につながった一因と推測されています。
毎年、一定数の新規の活動地域があるようですが、活動中の地域数はここ3年横ばいとなっていて、これは、昔から活動していた地域が、猫がいなくなった等の理由により、「まちねこ活動」を終了している場合もあるため、ということです。活動1~2年目では、新たに野良猫の存在を把握するなど、頭数が増加した地域もみられるようですが、3年目になると猫が減少した地域が増えるそうです。
そして、活動6年目以降では猫が減少した地域は100%となっていて、一定期間、活動を継続することが地域の野良猫の減少につながることが分かりました。活動期間が長い地域ほど、一地域当たりの猫の減少頭数が多くなる傾向がみられます。活動期間が3年目を超えるあたりから、猫の頭数が減少し始め、5年目以降になると大きく減少するそうです。
不妊・去勢手術の実施率を高く保ち、活動を長く継続させることが、野良猫の減少に大きな効果があると推測されます。
野良猫の寿命は約3~5年程度と言われていて、地域で管理されている野良猫達が活動期間中に寿命をむかえ、徐々に減っていると思われます。
このように「地域猫活動」は開始してすぐに目に見える効果があるものではありませんが、長期間継続していくことで効果のある活動であることが分かりました。この検証結果は、今後の「地域猫活動」において、とても重要な報告です。京都市の「まちねこ活動」をしておられる方々だけでなく、全国の皆さんに知っていただければと思います。
「まちねこ活動支援事業」に企画立案段階から関わってきた京都市の職員は、この効果検証ができたときは、いろんな人のこれまでの「がんばり」をあらためて感じ感無量だとおっしゃっていました。動物行政を担当する職員と、現場で日々活動される善意の市民の努力、そして、地域の理解がこの素晴らしい結果を生んでいます。
もちろん、野良猫の減少は、この「まちねこ活動支援事業」だけではなく、TNR活動や屋内飼養などの適正飼養、終生飼養など様々な人の「がんばり」の積み重ねの結果です。けれど、「まちねこ支援事業」が、野良猫の減少に大きく寄与したことは事実で、この検証結果は、全国の「地域猫活動」の今後の大きな希望に繋がります。
この事業の10年間を振り返り、効果検証をしっかりしたうえで、その結果を周知用のチラシにも掲載している京都市の取り組みを見ていると、京都市の「まちねこ支援事業」をさらに前向きに進めていこうという意志を感じます。
「地域猫活動」の支援は、いまや多くの自治体で行われていますが、地域の理解を得るまでには並々ならぬ苦労があります。
この効果検証を全国の皆さんにも共有していただき、活動を始めようとしている方は、町内や町内会への資料として活用していただければと思います。詳しい資料は、京都市のホームページからご覧ください。
⇒ まちねこ活動支援事業の10年間の事業評価
⇒「まちねこ活動」を始めませんか!~京都市まちねこ活動支援事業~
これをきっかけに、「地域猫活動」のことがもっと浸透すれば、今よりも町内への周知や町内会への理解が得られやすくなるはずです。まだまだ自治体により、その取り組みへの意欲に差はありますが、全国の自治体にも是非、この素晴らしい検証結果を共有していただき、さらに「地域猫活動支援」に取り組んでほしいと思います。
そして現在、地域の野良猫の問題で困っている方がおられたら、ぜひ「地域猫活動」の実施を検討してみてください。(杉本彩)
※Eva公式ホームページやYoutubeのEvaチャンネルでも、さまざまな動物の話題を紹介しています。
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杉本彩さんと動物環境・福祉協会Evaのスタッフによるコラム。犬や猫などペットを巡る環境に加え、展示動物や産業動物などの問題に迫ります。動物福祉の視点から人と動物が幸せに共生できる社会の実現について考えます。