先日、最高裁が優生保護法で断種された人らの提訴を受け、憲法違反だと判断した。 確かに現在の価値観と経済状態では障害者が出産しても支える国力があるから、現在も法律で断種を認めるのは違憲という考えはわかる。しかし、この法律が成立した時代背景を忘れてはいかんぞ!そこで歴史を解説する。 まず、「断種」と「中絶」という価値観が日本で初めて法制化されたのは1940年だった。 当時の日本はナチスを模範として、さまざまなナチスの法制度を日本に導入した。 源泉徴収、厚生年金、そして中絶じゃ。このとき、「中絶」という単語がつくられた。 明治時代に成立した刑法では、胎児を自然分娩期より先に母体より分離する行為を「堕胎」といい、 刑法212条から216条で厳しく犯罪だと定義した。この定義は令和6年の現在も同じじゃ。 でも刑法には、35条で正当行為というのがあり、 別の法律で認められた行為は刑法に反しても処罰しない決まりがある。 警察官や自衛官や麻薬取締官が銃を携帯するのが合法である理由じゃな。 こうして、堕胎(違法)に対する「違法性阻却事由」として、「中絶」(合法)という言葉が出来た。 アメリカは、「堕胎を違法とする刑法が違憲」という立場だったから「堕胎」(アボーション)という言葉しない。 日本は、堕胎が違法であることは合憲だが、中絶なら良い、ということじゃな。 さて、1940年に成立した国民優生法は、実はあまり運用されなかった。 日本も戦時下で忙しく、とりあえずナチスを真似して法律作ってみました、ということじゃな。 毎年100万人以上の赤ちゃんを掻き出して殺処分する中絶が本格化したのは、1947年の優生保護法からじゃ。 実は、日本が戦争に負けると主権を失った。 主権がなければ刑法を外国人に適用することは出来ない。 つまり、外国人や異民族による日本人女性への強姦が事実上自由化された。 こうして大規模に大量の強制妊娠が発生し、日本政府は「無料堕胎施設」を建設して毎日、堕胎手術をしていたが、問題が起きた。 国民優生法は、あくまで特定の精神病などを理由にした中絶しか認めておらず、普通の一般女性への中絶を認める規定がなかった。 つまり、超法規的に堕胎をしまくった。でも、堕胎しないと、異民族の血を継ぐ子どもだらけになってしまう。 そこで優生保護法をつくり、性被害者への堕胎手術にあたり医師に法的根拠を与えたわけじゃな。 こうして毎年100万人を中絶して、今の日本があるわけじゃ。 ひどいのになると妊娠8ヶ月で中絶して、オギャアと生まれたのをゴミ箱に入れ、80時間生きていたのに放置して殺害した事案でも殺人罪は適用されなかった。 優生保護法は1994年に国連から文句を言われて母体保護法に改称され、中絶は経済的理由に一元化され、今日にいたる。 でも、この経済的理由は悪用され、海外旅行やブランドバッグを買うお金はあるが、子育てする金はないという人や、 どぶさらい医師が胎児の父の承諾がないのに違法に堕胎をすることが令和にも起きている。 いまは毎年14万人の赤ちゃんを日本では殺処分しているぞ。 憲法で人権を保障しても、誰が人権を持つのかは法律が決めるからな。法律で「胎児は人権ないから殺していいよ!」と決めている。 でもなあ、胎児は科学的にホモサピエンスだよな? でも法学的には人権ないわけじゃ。 ワシは、中絶と断種はもう原則必要ないと思う。経口避妊薬も受精前のアフターピルもある。 胎児に罪はない。わしは、保守主義者として中絶に反対じゃ! 当時は仕方なかった! でもいまは状況が違うよな! はっきりいってナチスがユダヤ人を殺したのは600万人だが、中絶はこれまで4000万人以上やっとるぞ、日本で。 倫理観を取り戻してな! 写真は、ワシの赤ちゃんじゃ。(無事生まれたぞ!) こんな可愛いシルエットに、金属器具を突っ込んで吸引してひきだし、ピクピク動いているのをステンレス皿に氷を詰めて赤ちゃんをぶちこみ殺すわけじゃ。これ、マジだからな。