813 クマさん、森の中に入る
リボンは道しるべ。
「それに、リボンは冒険者にとって命綱でもあるわ。迷った場合、奇跡的に見つけられることができれば、帰り道が分かる」
「でも、そこまでして、森の深くまで入る必要あるの?」
「普通はないわね。でも、未知の場所はある種の冒険者にとって心を満たすものでもあるわ。自分が生きていることを感じるために。新しいものを誰よりも見たい者。強い魔物を討伐して名を上げたい者。わたしのように珍しい薬草を見つけたい人。いろいろな思いが、このリボンには込められているわ」
そう考えると、ただの道しるべとは思えなくなってくるね。
この先で、目標を達成した人。断念して帰った者。そして、中には帰ることもできなかった人もいたかもしれない。
「だから、このリボンを外す者はいない」
「……」
「まあ、さっきも言ったけど、中には悪い心を持つ者もいるから、リボンを鵜呑みにするのは危険だということは忘れてはいけないわ」
全ての人間が善人でないことは知っている。
いろいろな思いがあるリボンの中に悪意があるリボンがあると思うと、なんとも言えなくなるね。
「だから、深い森に入る冒険者ならリボンのことは知っていると思ったんだけど」
マーネさんが目を細めながら、わたしを見る。
「知らなかったけど。わたしには不要だからね」
「不要?」
「この子たちがいるからね」
わたしがくまゆるとくまきゅうに目を向ける。
「くまゆるとくまきゅうがいれば、通った場所なら把握してくれるから、目印は必要はないよ」
クマの地図のスキルを持っているから通った場所なら分かる。それはくまゆるとくまきゅうも同様だ。一度通った場所なら、くまゆるとくまきゅうも把握している。
だから、行ったことがある場所なら、くまゆるとくまゆうの背中で寝ていても目的地まで向かってくれる。
「それって、つまり、迷うこともなく、ここに戻って来られるってこと?」
「くまゆるとくまきゅうがいれば可能だよ」
マーネさんは大きく開いた目でくまゆるとくまきゅうを見る。
「本当に凄いクマなのね。場所を把握しているだけでなく、魔物の位置が分かるし、強いし、速いし、小さくなれるし、柔らかいし」
最後の柔らかいは、凄いとは関係ないような気がするけど、マーネさんにとっては凄いことらしい。
「もしかしたら、ユナが用意していたリボンが足らなくなったらと思って、わたしのほうでも用意しておいたけど、無駄だったみたいだね」
深い森だ。どれほどの数を使うか分からない。
昨日は仕事の片付けるだけではなく、出かけるための準備もしていたみたいだ。
それじゃ、出発してすぐに眠ってしまっても仕方ない。
「リボンのことは分かったけど、例の薬草を見た冒険者はどこから森の入ったか分からないと意味がないよね?」
森の中に入った冒険者の数だけ、リボンがあるってことだ。
「冒険者から聞いた話だと、始まりのリボンから森の中に入ったそうよ」
「始まりのリボン?」
「一番、初めに目がつく、このリボンのことよ。初めは一つのリボンから始まり、徐々に分岐していくわ」
わたしの脳裏にトーナメント表が浮かぶ。
トーナメント表を逆さまにした感じだろう。
「それじゃ、目的地は無数にあるってこと?」
「同じ道を進んだ冒険者もいれば、違う道を選んだ冒険者もいる。冒険者の選んだ道だけ、目的地があるわ。それがわたしたちのように薬草なのか、魔物の討伐のためなのか。未知の探検だったのか、様々」
確かにそうだ。
さらに細かいことを言えば、目指している薬草が違うなら、目的地は違う。魔物だってそう、違う魔物なら、方向は違う。
「それじゃ、このリボンの先を辿っていけばいいの?」
「残念だけど、途中までしか、分からないわ。探索中に魔物の群れに遭遇して、迂回したり、色々と移動していたら、偶然にたどり着いただけ。帰りも、偶然に他の冒険者が残したリボンを見つけて帰ってこられたと言っていたわ」
「それじゃ、冒険者が帰ってきたリボンをたどっていくの?」
冒険者が進んだ道を辿ることができないなら、帰ってきた道を辿ればいい。
「始まりの道しるべに戻ってきたと言っていから、どっちにしても、ここから入ることになるわ」
どうやら、簡単には目的地には、たどり着けないみたいだ。
わたしたちは森の中に入る。
くまゆるの背にはわたしが、くまきゅうの背にはマーネさんが乗る。
まずは、リボンが示していた方向に進む。
今までに多くの冒険者が通ったのか獣道のように続く。
くまゆるとくまきゅうの背の上からだと、目線が高くなるので、遠くが見やすい。
「楽でいいわね。クマに乗って移動するって聞いたときは、少し不安だったけど。快適さを知ると、もう馬には乗れないわね」
「やっぱり、違う?」
「違うわよ。まず、安定感が違うわね。寝てても、落ちないし、気持ちいいリズム感でよく寝れたわ。何より、柔らかくて気持ちいい」
喜んでくれたならよかった。
乗りたくないと言われるよりもいいからね。
「でも、ここからは気をつけて進まないといけないわね。魔物との遭遇率も高くなると思うし、凶暴な魔物だっていると思う」
「魔物が近くにいれば、くまゆるとくまきゅうが教えてくれるから、いきなり襲われることはないと思うよ」
物凄く移動速度が速い魔物だったら、回避することもできず、戦闘になるかもしれないけど。
「本当に凄いクマね。ユナ、あらためて言うけど。わたし、弱いから、戦闘面では役に立たないからね」
まあ、そのための護衛だ。
マーネさんはハーフエルフだけど弱いらしい。
少し前にウルフと遭遇したとき「引きこもりの研究者が強いと思う?」と言われてしまった。
まあ、確かにエルフが魔法が得意で魔物と戦えると思うのは偏見だ。
エルフなら誰しもが風魔法を得意と思ってしまう。
ドワーフなら鍛治職人ってイメージがあるけど、全員が鍛治職人ではない。ドワーフの商人だって、料理人だっている。
「何があっても守るよ」
最悪、クマの転移門という逃げ技がある。
「頼もしいわね。でも、クマの格好で言われると、なんとも言えないわね」
マーネさんは緊張がほぐれたみたいで笑い、周囲を見る余裕が出てきたみたいだ。
しばらく進んでいると、マーネさんが声を上げる。
「ちょっと待って」
くまゆるとくまきゅうは止まる。
「どうしたの?」
近くに魔物の反応はない。
「くまきゅう、降ろして」
くまきゅうが腰を下ろすとマーネさんはくまきゅうから降りる。
そして、近くの草が生えているところに移動するとしゃがむ。
わたしもくまゆるから降りて、マーネさんのところに行く。
マーネさんは生えている葉を取っていた。
「それは?」
「中級の体力回復の薬を作るときに必要な薬草よ」
「珍しいの?」
「手に入りにくいのは確かね。その周りの土の力って言うのかしら? 周囲の土の力を得て育つの。これを調べた研究家がいたんだけど。魔物が死んで、その力で育つとも言われているわ。実際、魔物を埋めて育てた人がいたけど、実験は成功したと本に書かれていたわ」
つまり、ここで魔物が死んだ可能性があるってことだ。
「最終的には魔石が影響していることが分かったの。だから、栽培には適していないし、栽培しようとしたらコストがかかるわ」
魔石の数によるけど、必要数によってはコストがかかり、栽培はできないかもしれない。
「とりあえず、採取したいから、少しいいかしら?」
「いいよ。周囲は見張っているから」
「ありがとう」
マーネさんは採った葉を小さい布袋にしまっていく。
そして、魔物に襲われることもなく、薬草の採取が終わる。
「終わったわ」
マーネさんは薬草が採れて嬉しそうだ。
わたしたちは、移動を再開する。
進んでも、景色は変わらない。
木々が続く。
クマの地図のスキルがなかったら、確実に迷子になっていた。
進むなら、リボンのような目印は必要だ。
そして、1時間ほど進むとリボンが見えた。
ちゃんと次のリボンにたどり着けてよかった。
「リボンが増えているね」
木の枝には3つの赤いリボンがある。
いきなり分岐点だ。
「どっちに行く? ちなみに、あっちに行くと魔物がいるよ」
クマペットが差す方向にはウルフの反応が6体ある。
「できれば、魔物とは遭遇したくないわね。くまきゅう、リボンに近づいてもらえる」
くまきゅうはマーネさんの指示に従い、リボンに近づく。
マーネさんはくまきゅうの上に立ち上がり、リボンを確認する。
「でも、こんなにリボンがあったら、結んだ本人たちも分からなくなるんじゃない?」
もし、ここに100本のリボンがあったら、自分のリボンが分からない。
「ユナは、本当に知らないのね」
マーネさんはくまきゅうに乗り直すと、アイテム袋からリボンを取り出す。
「このリボンの先には魔法陣が縫い込まれているわ。魔力を一度通すと、その人しか反応しなくなる」
マーネさんがリボンの先に触れると、魔法陣が浮かび上がり、光る。
「これで、自分たちのリボンかどうかは分かるわ」
分かるけど。100本もあったら、確認作業は、それはそれで大変そうだ。
「ちなみに、これも魔法省で作ったものよ。普通のリボンより、価格が高いけど、売れているわよ」
研究だけではお金は入らない。
マーネさんたち研究家を雇うにしてもお金が必要だ。
一般的に役に立つものが売られて、お金を稼いでいるのかもしれない。
「でも、それじゃ、他の冒険者は確認できないから、困らない?」
「このリボンが購入できないなら、森深くに潜らなければいいだけじゃない?」
マーネさんは簡単に答える。
「この目印のリボンを購入できないほど、お金がないなら冒険者として稼げていないってことでしょう。そんな冒険者が、森深くに入るなんて、死に行くようなものよ」
確かに、元の世界だったら地図と方位磁石を持たずに森の中に入るものだ。
今だったら、携帯やGPSとかで居場所が分かるけど。
マーネさんは一本のリボンを選び、その方向へ進むことになった。
冒険者から、魔物と遭遇する数本先まで聞いているのことだ。
まずは体力回復薬に必要な薬草をゲット。
※申し訳ありません。
文庫版11巻、コミカライズ12巻、原作21巻、まとめて、確認作業があるため、
しばらく投稿を日曜日だけにさせていただきます。
コミカライズ12巻は2024/8/2予定です。
※投稿日は水曜日、日曜日の0時になります。
休みをいただく場合はあとがきに、急遽、投稿ができない場合は活動報告やX(旧Twitter)で連絡させていただきます。
【書籍発売予定】
書籍20.5巻 2024年5月2日発売しました。(次巻、21巻予定、作業中)
コミカライズ11巻 2023年12月1日に発売しました。(12巻8月2日発売予定、準備中)
コミカライズ外伝 2巻 2024年3月5日発売しました。
文庫版10巻 2024年5月2日発売しました。(表紙のユナとサーニャのBIGアクリルスタンドプレゼントキャンペーン応募締め切り2024年8月20日、抽選で20名様にプレゼント)(次巻、11巻作業中)
※誤字を報告をしてくださっている皆様、いつも、ありがとうございます。
一部の漢字の修正については、書籍に合わせさせていただいていますので、修正していないところがありますが、ご了承ください。
平凡な若手商社員である一宮信吾二十五歳は、明日も仕事だと思いながらベッドに入る。だが、目が覚めるとそこは自宅マンションの寝室ではなくて……。僻地に領地を持つ貧乏//
突然路上で通り魔に刺されて死んでしまった、37歳のナイスガイ。意識が戻って自分の身体を確かめたら、スライムになっていた! え?…え?何でスライムなんだよ!!!な//
2020.3.8 web版完結しました! ◆カドカワBOOKSより、書籍版29巻+EX2巻+特装巻、コミカライズ版17巻+EX巻+デスマ幸腹曲2巻+アンソロジー//
放課後の学校に残っていた人がまとめて異世界に転移することになった。 呼び出されたのは王宮で、魔王を倒してほしいと言われる。転移の際に1人1つギフトを貰い勇者//
あらゆる魔法を極め、幾度も人類を災禍から救い、世界中から『賢者』と呼ばれる老人に拾われた、前世の記憶を持つ少年シン。 世俗を離れ隠居生活を送っていた賢者に孫//
VRRPG『ソード・アンド・ソーサリス』をプレイしていた大迫聡は、そのゲーム内に封印されていた邪神を倒してしまい、呪詛を受けて死亡する。 そんな彼が目覚めた//
★アニメ化決定★ 2023年春放映予定 詳しくは公式をご確認ください。 ◆◇ノベルス6巻 & コミック、外伝、アンソロジー 発売中です◇◆ 通り魔から幼馴染//
34歳職歴無し住所不定無職童貞のニートは、ある日家を追い出され、人生を後悔している間にトラックに轢かれて死んでしまう。目覚めた時、彼は赤ん坊になっていた。どうや//
本が好きで、司書資格を取り、大学図書館への就職が決まっていたのに、大学卒業直後に死んでしまった麗乃。転生したのは、識字率が低くて本が少ない世界の兵士の娘。いく//
薬草を取りに出かけたら、後宮の女官狩りに遭いました。 花街で薬師をやっていた猫猫は、そんなわけで雅なる場所で下女などやっている。現状に不満を抱きつつも、奉公が//
事故で家族を失った18歳の少女、山野光波(やまのみつは)は、ある日崖から転落し中世~近世ヨーロッパ程度の文明レベルである異世界へと転移した。 そして狼との死//
クラスごと異世界に召喚され、他のクラスメイトがチートなスペックと“天職”を有する中、一人平凡を地で行く主人公南雲ハジメ。彼の“天職”は“錬成師”、言い換えればた//
【web版と書籍版は途中からストーリーが分岐します】 2023年10月4日アニメ2期放送開始! 3DアニメーションRPG『陰の実力者になりたくて!マスタ//
●TVアニメ、シーズン1、2ともに配信中です! ●シリーズ累計450万部突破! ●書籍1~15巻、ホビージャパン様のHJノベルスより発売中です。 ●コミカライズ//
仮想空間に構築された世界の一つ。鑑(かがみ)は、その世界で九賢者という術士の最高位に座していた。 ある日、徹夜の疲れから仮想空間の中で眠ってしまう。そして目を覚//
長瀬香(ながせかおる)は、会社からの帰りに謎の現象に巻き込まれて死亡した。その原因となった高次生命体がデグレードモードであるのをいいことにうまく言いくるめ、『思//
山田健一は35歳のサラリーマンだ。やり込み好きで普段からゲームに熱中していたが、昨今のヌルゲー仕様の時代の流れに嘆いた。 そんな中、『やり込み好きのあなたへ』と//
働き過ぎて気付けばトラックにひかれてしまう主人公、伊中雄二。 「あー、こんなに働くんじゃなかった。次はのんびり田舎で暮らすんだ……」そんな雄二の願いが通じたのか//
勇者と魔王が争い続ける世界。勇者と魔王の壮絶な魔法は、世界を超えてとある高校の教室で爆発してしまう。その爆発で死んでしまった生徒たちは、異世界で転生することにな//
★㊗アニメ2期決定!★ ❖❖❖オーバーラップノベルス様より書籍14巻まで発売中! 本編コミックは9巻まで、外伝コミック「スイの大冒険」は7巻まで発売中です!❖❖//
二十代のOL、小鳥遊 聖は【聖女召喚の儀】により異世界に召喚された。 だがしかし、彼女は【聖女】とは認識されなかった。 召喚された部屋に現れた第一王子は、聖と一//
地球の運命神と異世界ガルダルディアの主神が、ある日、賭け事をした。 運命神は賭けに負け、十の凡庸な魂を見繕い、異世界ガルダルディアの主神へ渡した。 その凡庸な魂//
東北の田舎町に住んでいた佐伯玲二は夏休み中に事故によりその命を散らす。……だが、気が付くと白い世界に存在しており、目の前には得体の知れない光球が。その光球は異世//
応援ありがとうございます! アニメ7月6日より放映開始となります。 「すまない、ダリヤ。婚約を破棄させてほしい」 結婚前日、目の前の婚約者はそう言った。 前世は//
気付いたら異世界でした。そして剣になっていました……って、なんでだよ! 目覚めた場所は、魔獣ひしめく大平原。装備してくれる相手(できれば女性。イケメン勇者はお断//
●KADOKAWA/エンターブレイン様より書籍化されました。 異世界のんびり農家【書籍十七巻 2024/06/28 発売予定!】 ●コミックウォーカー様、ド//
本条楓は、友人である白峯理沙に誘われてVRMMOをプレイすることになる。 ゲームは嫌いでは無いけれど痛いのはちょっと…いや、かなり、かなーり大嫌い。 えっ…防御//
アスカム子爵家長女、アデル・フォン・アスカムは、10歳になったある日、強烈な頭痛と共に全てを思い出した。 自分が以前、栗原海里(くりはらみさと)という名の18//