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極楽荘立退き物語(その8)
極楽荘、最後の1人はお婆ちゃんだった。
女手ひとつで息子二人を育て上げた肝っ玉母ちゃん、生活保護を受けていたが、しおらしくなることもなく、いつも元気ハツラツに見えた。
フラダンスをして、茶飲み友達と旅行に行き、部屋には息子達の賞状や孫の絵、会う度に息子と孫の自慢をした。
何度も呼びつけられ、立退き、引越し先について文句を言われたものの、割とスムーズに引越し先まで決まった。
何より、お婆ち…
極楽荘立退き物語(その7)
201号室にはアル中が住んでいた、常にションベン臭を撒き散らす彼は、アルコールに取り憑かれた男、アルちゃんと呼ばせて貰おう。写真はアルちゃんが潰した部屋で、その後は他の部屋に住んでいた。贅沢なヤツだ。
アルちゃんは良いヤツだった。愛嬌もあるしお喋りで、発泡酒を差し入れれば極楽荘の住人の人となりを包み隠さず教えてくれた。出掛ける時間帯、買い物場所、好み、性格、誰と誰が仲が悪い等々、これは戦略面で…
極楽荘立退き物語(その6)
206号室、そこに住んでるのはダンブルドア先生から魔法と知性と気力と前歯を抜いたような老人だった(常にボロを着て、ルンペン同様だったのでルンさんと呼ぶ)
極楽荘最高齢の80オーバー、私が1番好きだった住人でもある。
この人w
ルンさんは寡黙でシャイ、シケモクをふかし、畳や布団には何箇所も焦げ跡があった。シンプルに危ない。足が悪かった。昔は市場で働いていたそうだが、足を怪我して働けなくなった…
極楽荘立退き物語(その5)
それは極楽荘の決済中のことだった。私が取得後は立退きして更地にしますと言うと、売主のお婆ちゃんがポツリと呟いた。
101号室はキチ○イだけど大丈夫かい?
時が止まった、呆気にとられた、そんな話は聞いていない。すぐさま仲介さんを見る、目を瞑っているがその顔は笑っていた、しかし口角が上がっているだけ、開いたその目は笑っていなかった。
知ってたな!
しかし、私はそのことで仲介さんを責めない、と…
極楽荘立退き物語(その4)
最初の退去者は、ヤンチャ老人田中(仮名)さん102号室。アパートの立退きにおいて、どれだけ早く最初の1人を出せるか、ここが短期決戦で終わらせるポイントになる。1人立退けばアパート全体に、「あっ、ホントに出ていかなきゃ行けないんだ」という雰囲気が生まれる。
私が最初のターゲットに選んだのが、田中さん(60後半)だ。彼は喧嘩っ早く、昔から酒を飲んでは他の賃借人と取っ組み合いの喧嘩をする、若者だろう…
極楽荘立退き物語(その3)
仕事は段取りという言葉がある、立退きもまた然り、というか、立退きは段取りで決まる。
ハイ皆さん出て行って下さいね〜!私から発せられるこの一声が試合開始のゴングだ、いざ始まれば、最後の1人を立ち退かせるまでこの闘いは終わらないし、止まらない。まさにノンストップアドベンチャー!
こちらから始められるという利点を最大限に生かし、ゴングを鳴らす前にどこまで入念に準備が出来るか、ここが立退きの成否を分…
極楽荘立退き物語(その2)
極楽荘の決済翌日、私は早速現地に向かった。真っ白のワイシャツに紺の無地ネクタイ、黒に近いグレーのスーツを着て、いかにも真面目です、誠実ですってスタイル、交渉は第一印象が非常に重要だ。
午前10時に極楽荘に着いた、深呼吸をひとつ、あらためて見る、とんでもねぇボロアパートだ、長方形の排気口(というより穴)には、豆腐の空きパックが詰められている、いったいどんなDIYだ!
鬼が出るか蛇が出るか、最初…
極楽荘立退き物語(その1)
発展めざましい北千住から歩いて約10分、駅前から続くアーケードを抜けて、日光街道を渡り、幅1.8m、いわゆる一間道路の迷路の先、そのどんつきに極楽荘はあった。築50年をとうに経過し、床は落ち、天井はたわみ、ねずみが巣食う、どこに出しても恥ずかしくないおんぼろアパート、木造二階建、六畳一間、風呂はなく、6戸/12戸が賃貸中(内2人については契約書がなかった)、そして入居者全員が高齢者の一人暮らし、…
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