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Conversation

小西康陽さんの「妥協や打算の産物である作品、才能の浪費としか思えぬ作品、ただ凡庸であることを確認するためだけにある作品に対しても過剰に愛を注ぎ続けるタフな精神と肉体を維持することが出来るものだけが、現代の音楽マニアとして生き残るのだ」という話に膝を打つ(樋口康雄CM WORKS寄稿より)