エアコア・ドリーム   作:甲乙

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鴉、巨獣に追われる

 

「……へぇ、それがあんたの内緒話ってわけかい」

 

 秘匿回線の粗い音声の先で、声の主が愉快そうに笑う姿を621は幻視した。現にくつくつと喉で笑う声と、紙煙草に火を点ける音も聞こえてくる。

 

「結論から言ってやろう。――()()()

 

 まあ、そうだろうなと621は納得する。それだけ彼女の知識と技術は並外れたものであり、故にそれを借りるには相応の対価が必要なのだから。……だがさすがに、具体的な金額を告げられた時は比喩ではなく心拍が止まるかと思ったが。

 これ、(ゼロ)が一つ、いや二つほど多くないだろうか? 多くない? 左様で……。

 

『――ヴン!』

「で? こんな物を何に使おうってんだい? 教えてくれれば、少しぐらいまけてやっても良い」

 

 大変に魅力的な提案ではあったが、621は辞退した。信じてもらえるとは思えなかったし、あとは何かこう、嫌な予感もしたから。

 

『レ――ン返――して――』

「ふん? まあ約束だからね、ウォルターの奴にも秘密にしておいてやるよ。

 ……そういやビジター、ウォルターが言うにはあんたにも――」

 

 

 

『――をしてください! お願いですから! レイヴンっ!』

 

 は、と。

 621が覚醒してまず目についたのは、視界で煌く紅いコーラル。エアの輝き。

 

『レイヴン起きたのですね! 私が分かりますか!?』

 

 そして脳にわんわんと響く彼女の声。交信が強すぎたのか、目の前のモニターには「Raven」の文字が大量に誤入力されている。少しは落ち着いてほしい。

 それはそれとして、621はいったい何をしていたのだったか。戦闘モードのACに乗っているのだからきっと仕事中なのだろうが、そのACがなぜ横倒しなのか? とりあえず機体を起こそうとすると、エアが心配そうに声をかけてくる。

 

『あ! その、機体はもう限界ですから、動かすなら慎重に……』

 

 神経接続を再開した途端、なだれ込んでくる大量のアラート。621はまた脳を焼かれそうになり、更に限りなく大破に近いハウンド5の惨状に気が遠くなる。主に修理費で。

 衝撃(ショック)で脳を揺らされたせいか記憶も戻ってきた。本物の「レイヴン」とその仲間(ブランチ)との戦い。最後の最後で横槍のバズーカを食らい、機体との接続が切れて気絶していたのだった。

 そしてまた、件の「レイヴン」の機体もすぐ傍で横倒しになっている。いったい何がどうなったというのか。

 

「621……意識は戻ったようだな」

 

 安堵の息を湛えた声。それを聞いて621は特に根拠もなく安心した。機体はほぼスクラップだが、621もエアもウォルターも無事だ。ならば何とかなるだろうと、そういう安堵。

 安堵、だったのだが。

 

「起きたばかりで悪いが……()()()、助けが来たぞ」

 

 助けが来たのに構えろ? そもそも助けとは誰か? RaDの誰かなら分かるが、もっと時間がかかる筈だ。ならばミシガンを通じてレッドガンの誰かか? そう、考えた頃。

 宇宙港の外、地平線まで続く氷原の上、そこで白い雪塵が舞い上がっている。その先を走る巨大な影。

 

『あれがウォルターの呼んだ増援でしょうか? ACではないようですが……』

 

 反応からしてACよりも巨大、だが速度もACより上だ。まさかジャガーノートかとも思ったが、あいにく621もウォルターも解放戦線に助けを求められるほどの人脈(コネ)は持っていない。

 ならばアレは何だ?

 

『…………あ゛』

 

 かつて聞いたことのない声がエアの交信に乗る。まるでそう、絶対に見たくない物を目にしてしまったとでもいうような……。

 氷原を疾走する影が近付いてくる。ACの倍は大きく、シルエットは全体的に角ばっている。その形状はどこか、前時代的な戦車にも似ていた。

 ……ひどく、嫌な予感がする。

 

『レイヴン……彼が呼んだ助けというのは、まさか……』

《高エネルギー反応感知》

 

 

 

 

 

 

「排除だレイヴウゥゥン――――っ!」

 

《識別名 特務機体(AAS02)カタフラクト(CATAPHRACT)

 

 

 

『きゃああぁぁ――――っ!?』

【くぁwせdrftgyふじこlp】

 

 脳に響くエアの絶叫。だが叫びたいのは621も同じであり、代わりに意味不明なテキストが出力された。声帯が残っていれば叫んでいた。叫べば声帯が潰れただろうから結果は変わらないがそれは置いておいて!

 恐怖のカタフラクトが突撃してくる。撃ち上げられた大量のミサイルで宇宙港の防壁を吹き飛ばし、その残骸に履帯をかけての大ジャンプ。機体そのものを砲弾と化し、こちらに向けて飛来してきた。

 

「封鎖機構だと、まだ残っていたのか!?」

「しかもカタフラクトって、あいつまさか!」

「レイヴン! レイヴン起きて! 敵よ!」

 

 突然の特務機体はブランチの面々も予想外だったのか、機体を素早く振り向かせて迎撃態勢をとる。ナイトフォールだけは寝たままだったが。

 そして着弾もとい着地したカタフラクトが豪快に滑走路を抉り飛ばしながら旋回。赤々と戦意を滾らせたアイセンサーでこの場の全員を睨みつけ、開放無線から怒りに満ちた大音声が鳴り響いた。

 

「“例の鴉がいる”と通報があって来てみれば……まさかレイヴン一味がいようとはなッ!」

 

 聞きたくなかった声は、信じたくないことにあの特務上尉の声だった。もう621は今すぐアサルトブーストしたい気持でいっぱいだが、幸いだったのは彼の声と視線が621以外に向けられていたということか。

 レイヴン一味と、そう呼ばれたブランチ達は忌々しげに警戒態勢をとる。

 

「くそっ、この声はやはりあの男か!」

「おいレイヴン! あんたの客だよ、ほら例の特務上尉(とっつぁん)!」

 

 アスタークラウンが全ての武装をカタフラクトに向け、アンバーオックスが倒れたままの機体をバズーカでどつく。それでようやく動き出したナイトフォールは「え? なに?」とでも言うように周囲を見回していた。

 なんだかよく分からないが、ブランチもひどく警戒している。これはどう考えても。

 

『レイヴン、レイヴン……! 今の内です、こっそり逃げましょう!』

 

 必要もないのに小声になったエアの提案を却下する理由はない。大賛成である。カタフラクトの死角を伝いながら、ゆっくりゆっくりと機体を歩かせ――

 

「おい、どこに行く。そこの正体不明AC」

 

 ぎくりと621の動揺が機体にまで伝わる。頭部をカタフラクトの方へ向けようとすると、関節部がぎぎぎと軋んだ。

 特務上尉の声はどこか笑いを含んでおり、だがそれは決して親しげなものではない。怒りが裏返った末の笑いというものだ。

 

「貴様はレイヴンではないと言っていたが……なら改めて聞こう。()()()()()()()()()?」

 

 こいつですっ! →

←こいつですっ!

 びしりと向き合うマニピュレータ。

 ハウンド5で指を向ける先、ナイトフォールはあろう事かこちらを指さしていた。しかもいつの間にいったい何をどうやったのか、特注品の頭部をハウンド5と同じパーツ(FINDER-EYE)に変えてまでいる。

 いや本当にお前ふざけるな!

 

『最低ですねこの人!? もう、もう本当に……最っ低! 最低です!』

「621もういい帰るぞ。そいつを囮にしてやれ容赦するな」

「レイヴンおまえ誇りは無いのか!? ……くそ、付き合っていられん! 俺は降りるぞ!」

「うわぁ……それは私もさすがに引くわ……」

「レイヴン……? あなたレイヴンの名前を捨てるの? 違うわ私のレイヴンはそんなことしないわ嘘よ嘘にきまってるそれともあなたは偽物なのそんなわけないわよねレイヴンあぁレイヴン返事をして私の声が聞こえないのレイヴン通信は聞こえてる?」

 

「ごちゃごちゃとやかましい! この不法進駐者どもが! 全員排除だ――――ッ!」

 

 雪塵と瓦礫を巻き上げながら突進し始めるカタフラクト。ブランチの二機はすぐさま散開し、取り残されたのは取っ組み合い中のハウンド5とナイトフォールであった。

 こら放せしつこいお前が轢かれろひとりで!

 

『レイヴン!』

「レイヴン!」

 

 エアとオペレータの声で我に返り、正面から迫ってくるカタフラクトに二機がミサイルを同時発射。あの特務機体は何故だか正面からの被弾を想定していない。制御用のコアMTを狙い撃てば容易に動きを止めることができる。

 その筈だった。

 

『え!?』

「そんな!」

 

 十を超えるミサイルが着弾し、だが黒煙を引き裂いて現れたカタフラクトはその速度を一切緩めていない。爛々とアイセンサーを光らせるコアMT。そして、その全体を覆う()()()()

 

「ふはははは無駄だ無駄だ!

 RaDの協力で生まれ変わったこのフルアーマー・カタフラクトに弱点など一切ないわぁッ!」

『名前が重複していませんかそれ!?』*1

 

 よく見れば、というかよく見なくても正面の追加装甲にはRaDのエンブレムがでかでかと描かれていた。あの頭目(ボス)が腹を抱えて爆笑している姿が脳裏に過るが、まったく何ひとつとして笑えない。なんという事をしてくれたのか。

「フルアーマーじゃない自覚があったの!?」「最初から覆っておけ!」というブランチ達の指摘(つっこみ)を聞き流しながら、ガトリングとミサイルの雨に耐え凌ぐ。現実問題として、今のカタフラクトは恐るべき兵器であった。何せどこを撃ってもダメージを与えられないのだから。

 

「落ち着け。あれがカーラの設計だというなら、必ずどこかに弱点がある筈だ」

 

 ウォルター曰く、「殺しの道具だからこそ笑える必要がある」「笑えないものは、それだけで良い兵器ではあり得ない」等と謎のこだわりを見せるカーラである。無敵に見えるフルアーマー・カタフラクトとやらにも必ず、何か「笑える」弱点が仕込まれているはずだと。それはそれでどうなのだ。

 なんとか突破口を見出そうと足掻く621をよそに、特務上尉は更にその戦意を滾らせていた。

 

「心配するなこのレイヴン共! 排除した後は全員まとめてPCA再教育センター行きだ! 出所した暁にはどこに出しても恥ずかしくない善良な宇宙市民にしてやる!」

 

 そう叫んでアイセンサーを輝かせるカタフラクト。正確には、追加装甲に設けられた()()()からアイセンサーを覗かせるカタフラクト。

 621達――おそらく「レイヴン」達も――は、内心で確信した。

「あの機体、もしかして前が見えていないのでは?」……と。

 

『レイヴン! 私に良い考えがあります! 聞いてください!』

「難儀な機体だ……。621、どうすれば良いかは分かるな」

「レイヴン、繋がれた獣に私たちは捕らえられないと教えてあげましょう」

 

 ハウンド5とナイトフォールが同時に動く。カタフラクトの前方を上下左右に動き回る交差機動(シザーズ)。互いに連携を意図した訳でもないが、同じフレームの二機が動き回ればどちらがどの機体かは判別が難しいだろう。

 案の定、カタフラクトは二機をまとめて捉えようと全兵装で攻撃してくる。

 

センター(あそこ)は良いぞ! 三食寝床つきで教育まで受けられる! 早寝早起き健康生活! 健全な精神は健全な肉体にこそ宿るからな!」

 

 ガトリング、グレネード、ミサイル、そしてレーザーキャノン。単一の兵器が搭載するには明らかに過剰な火力が二機のACに襲い掛かる。それはまさに暴力の嵐、並のACであれば残骸も残らず消し炭となっていた。

 並のACであれば。

 

「技能訓練も盛りだくさんだ! 商業工業自営業! どの星系でも通用する社会マナーから体力トレーニングまで! お前達に適した堅気の職を必ず見つけ出してやる!」

 

 朦々と立ち込める粉塵と雪塵と硝煙。ゆっくりと流れ薄れていくそれらのベールに浮きあがる機影が二つ。

 ハウンド5とナイトフォール。二人のレイヴンが駆るACは満身創痍になりながらも、二本の脚部で地を踏みしめていた。

 対してカタフラクトからの火線が途絶える。満載した兵装を一斉に放ったことにより、リロードと冷却が重なったのだ。だがそれでも、この巨獣にはまだ最大の武器が残っている。

 

「そして綺麗な身になって故郷(ほし)に帰るんだな! お前達にも家族がいるだろう!」

 

 巨大な履帯が唸りを上げ、高出力のブースタが炎を噴き荒す。AC以上の大質量がAC以上の速度を以て突進するカタフラクトは、機体そのものが巨大な砲弾だった。

 それはともかく、封鎖機構の再教育センターとやらに少しだけ興味が湧いてきた。再手術したら通っても良いかもしれない。だがそれも、全てが終わった後だ。

 

「コード15! 排除執行――――ッ!」

 

 巨獣が獲物を轢き潰す刹那。

 ばさりと、舞う黒羽を幻視するような、そんな羽ばたき(マニューバ)で。

 二羽の鴉が、宙に翔んだ。

 

「は――」

 

 ならばその瞬間、特務上尉の狭い視界に映ったものとは。

 地に突き立った強襲艦。その残骸しか無かっただろう。

 

 ご、か、ああぁん。

 

 その場に生身で立っていれば、確実に聴覚を破壊されていた。そんな金属音が、赤い空へと木霊した。

 

*1
カタフラクトは「完全装甲」という意味だビジター。用件はそれだけだ、じゃあな


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