ナイトフォールのライフルが連続して火を吹く。八発、九発、十発……。回避機動をとるハウンド5に重なりながらエアは、発射されるライフル弾を数えていた。あのライフルのマガジンは15発。それは既にデータベースから確認済みで、「レイヴン」が扱うそれも改造品の類ではない。
ならば、そろそろ仕掛けてくる。
十二発目を放った直後、ナイトフォールのグレネードから駆動音が鳴る。それを集音センサーと同調していたエアは、確かに聞いた。
『グレネード!』
エアの警告より僅かに遅れ、COMがアラートを鳴らす。その半秒にも満たない時間差を、
爆発的なクイックブースト。連続発射されるグレネードの間隙を縫ったハウンド5が肉薄し、パルスブレードの一閃がナイトフォールのコアを焼いた。でも。
――浅い!
稼働中のACSと、おそらくは搭乗者の機体操作。絶好の機で振るわれたパルスの光刃は、コア正面のもっとも厚い装甲に当たった。いや、
ならば、ナイトフォールの次の一手は――
『回避っ!』
があ、ん。
空撃ちしたパイルバンカーの鉄杭は、それでも怖気をふるうような音を宇宙港に響かせる。直前にハウンド5が蹴りで間合いを離していなければ、ダメージレースで負けていたのはこちらの方だ。それどころか撃破されていたかもしれない。
互いに仕切り直しとなった二機は、再び牽制のライフルとミサイルを放ちながら間合いを計り出した。
「レイヴン」と対峙する
戦闘機動に集中する
ブランチの面々からも、感嘆とも何ともつかない雑談が聞こえてきた。
「……急に動きが良くなったな、伊達にレイヴンを騙ってはいないか」
「腐ってもレイヴンはあっちも同じだったね。舐めてると足元すくわれるかも」
「それでも本物には敵いません。地に縛られたままでは限界がありますから」
――言っていれば良い!
波形を乱す怒りも集中に変えて、全ての波形でナイトフォールを見据える。
改めて敵機の武装を確認。腕部にアサルトライフルとパイルバンカー、肩部には連装グレネードと双対ミサイル。コア拡張機能はおそらくアサルトアーマー。中量級としてはかなりの重武装、攻撃型の機体と言える。中でも、最も警戒すべきは……。
撃鉄音。
『回避!』
アラートより一瞬ほど早く警告できた。突き出されたパイルバンカーはハウンド5の右肩を掠めて終わる。反撃に至近距離から四連ミサイルを放ち、その内の二発が敵機の装甲を僅かばかり削った。
そう、最も警戒するべきは左腕のパイルバンカー。新型HCをシールド諸共に一撃で破壊したあれに貫かれれば、装甲の薄いハウンド5がどうなるかなんて明白。
だが、しかし。
一つの武器だけを警戒してどうにかなるほど、あの「レイヴン」は易い相手ではなかった。
『……っ、レ』
放たれる双対ミサイル。大きく広がる軌道で射出された六発のミサイルは、距離をとれば回避が困難になる。だが接近すれば、そこにはパイルバンカーが。
故にエアは、どうすれば良いのか判断が遅れた。その一瞬を、悪辣な鴉は決して逃がさない。二発のグレネードがハウンド5を足元から炙り揺らし、蓄積された負荷に追撃のライフルが止めを刺す。
『ひ――』
絶望がエアの波形を止める。
硬直する機体を貫通する鉄杭。貫かれるコクピット。爆発するジェネレータ。大破。死。別れ。永遠の……。一瞬で波形を侵し尽くしたそれは、死の恐怖と何も違わない。
だからこそ、エアはその一手を打てた。青白い閃光が宇宙港の一角を照らす。
「レイヴン!?」
オペレータの悲鳴。今まさにパイルバンカーでハウンド5のコアを貫こうとしていたナイトフォールは、パルスの炎に焼かれて動きを止めていた。
何が起きたのか。自分が何をして、
アサルトアーマー。肉薄してきた相手に手痛い反撃を与えることもできる拡張機能は、だがスタッガー状態では使えないはずだ。
その安全装置を、他でもないエアが
あの瞬間、死に近いものを前にしたエアが咄嗟に行った
でも、その代償は軽くはなかった。
《危険
そもそもアサルトアーマーは機体への負荷が大きい拡張機能。だからこそ、充分に姿勢が安定している時にしか使えないよう安全装置が噛まされているのだ。それを無理矢理に使ってしまえばどうなるかは、今のハウンド5の様相が示している。
「621応答しろ! 生体反応は……」
滅多に聞けないウォルターの焦った声。彼からはハウンド5が爆散したように見えたのかもしれない。機体全体の装甲が焼けた今の状態は、大破とそう変わらない状態ではあったけれど。
――あぶな、かった……っ!
もしエアに体があれば冷や汗で脱水か、過呼吸で肺が破れていたかもしれない。そんな恐怖と安堵。それが徐々に落ち着いてくれば今度は、あの「レイヴン」への畏怖と苛立ち。
ナイトフォールは接近戦主体の構成かと思えば、きっとそうではない。あのACは中距離での撃ち合いでも充分な火力を持っていて、パイルバンカーを警戒して距離を離せば銃火器に削り墜とされる。かといって近付けば、そこはパイルバンカーの間合い。搭乗者の性根が形を成した、悪辣な機体構成だ。今思えば、あの初撃も「印象づけ」だったのか。なんて性格の悪い。
「厄介な……。だが危険でも、飛び込むしかないぞ」
ウォルターの言う通りだ。ハウンド5とナイトフォールのフレームはほぼ同じで、火力はあちらが圧倒的に上。脚部の積載量をほぼ武装に費やしている以上、機動力はこちらが勝っているが回避能力が低いわけではない。
ここに来てハウンド5の軽装備が裏目に出た。リニアライフルとミサイルで中距離戦に徹しようとも、「レイヴン」は攻撃の大部分を避けてしまう。もしかしたら、あのオペレータもエアと似たようなサポートを行っているのかもしれない。火力の密度が足りないのだ。
「意外と上手に飛べるようですが……そろそろ終わりにしましょう」
「レイヴン」の言葉を代弁したのか本人の言葉か、オペレータが苛立ちを抑えたような声を投げてくる。同時にナイトフォールが左腕を引き、あからさまにパイルバンカーを構えてみせた。
……あんな真似をしていても、肩のグレネードはこちらに砲身を向けたまま。この相手の言う事もやる事も、何ひとつ信用できない。
それでも
『レイヴン……っ』
だがエアにはそれが蛮勇としか思えない。そうするしかない事は分かっている、でも他にもっと何か無いのか? 勝算らしい勝算もないまま、一か八かで突撃する。
考える時間は無くて、時間は待ってくれなくて、そしてもう時間切れだった。
ありったけのミサイルを撃ち放ち、リニアライフルをチャージしながらハウンド5が前進する。パルスブレードも、いつでも全開出力で起動させられる状態。相手が何をしてきても全力で食らいつく、そんな動き。
対してナイトフォールは動かない。動かないまま、パイルバンカーを含めて全ての武装をこちらに向けて待つ。相手が何をしてきても容易くあしらい、打ち負かす。そんな動き。
時間がゆっくりと流れていく。
AC同士の高速戦闘は一秒を切り刻みながら進行する。そして二機が互いの間合いに入るまであと二秒もない。
刹那の中でエアは思考する。変異波形であるエアは存在そのものが脳と言っても良い。その思考速度は人間の比ではなく、それでもなお答えは出せずにいた。
何か無いのか。何かある筈。周囲の環境、今までの戦闘、これからの戦闘、相手の武装、内装、フレーム、二機のブランチ、ウォルターの策、何でも良い、何か、何でも良いのに!
残り時間は一秒もない。
さあ! さあ! さあ!
――…………!
『レイヴン――!』
交信が言葉として届いていたかは分からない。それだけの時間があったのかも。確かなのは、
チャージしていたリニアライフルを捨てる。撃つわけでも投げつけるわけでもなく、ただパージした。土壇場で主兵装を捨てるという奇行にナイトフォールが一瞬だけ固まる。
ならばもうハウンド5は肉薄するしかない。ブレードかキックかアサルトアーマーか、どれにせよ接近することは明白。
ナイトフォールの選択肢もまた無くなった。更に身軽になったハウンド5を振りほどくには自機が重武装すぎる。そのまま迎え撃つことが最適解。
パルスブレードとパイルバンカー。間合いと速さは前者が上だろうが、威力は比べるべくもない。そしてナイトフォールにはまだ、ブレードの一撃程度は耐えられるだけの余力がある。あとはただ貫けば良い。
故に、皆が勝敗を確信していただろう。ウォルターも通信で叫んでいるが、もうそれに答えるだけの時間は無い。
ハウンド5がブレードを抜き、ナイトフォールがパイルバンカーの撃鉄を弾く。
があぁ、ん。
鈍い金属音が、鉄色の機体を穿った。
「……惜しかったね。あんたの勝ちで良いと思うよ、
苦々しい称賛の声が通信から聞こえる。それをエアは、横倒しになったハウンド5と重なりながら聞いていた。
「っ、おまえ……、何のつもりだ!?」
割れ響くキングの怒声。まるで敵に向けるかのような糾弾と共に、彼の機体も隣のタンクACへと銃口を向けていた。
それを景色のように流し見て、エアは視線を戻す。滑走路の上、夕日を背に立つナイトフォール。そのコア正面には、装甲を焼き熔かされた痕が深々と残っている。
それでもなお、「レイヴン」は倒れていなかった。
あの瞬間、先に動いたのはナイトフォールだった。正確には、
撃ちだされるパイルバンカー。強力な弦と炸薬を用いて射出される鉄杭の威力は桁外れで、その力は防ぐことも逸らすこともまず不可能だ。
ナイトフォールとハウンド5のフレームはほぼ同じ。腕部もそうだ。ならばその
撃ち出される杭ではなく、それを握る腕部を逸らす。
AC同士の戦いで敢行した「
それが、あの土壇場でエアが導き出し、
その後に残ったのは、空振りしたパイルバンカーであり、ナイトフォールの左腕をがっちりと掴んだハウンド5であり、コアに突きつけられたブレードだった。
最大出力で成されたパルスの刃は探査機の装甲を易々と焼き熔かし、ジェネレータを貫く。
その筈、だった……。
「シャルトルーズ、説明を……。何故こんな、レイヴンの戦いを穢すようなっ!」
「答えろ。場合によっては、お前を撃たねばならん……!」
殺意すら籠った糾弾がタンクACの搭乗者――シャルトルーズへと向けられている。彼女の乗機であるアンバーオックスが握るバズーカから立ち上る硝煙。決着の瞬間に放たれた横槍を認識することは誰にもできなかった。それを実行した彼女以外には誰も……いや。
「言っておくけど、頼んできたのは
ざわ、と皆が驚愕に息を飲んだ気配。ひび割れた空気の中で、当の「レイヴン」だけが悠々と機体を歩かせる。
それを機体の頭部で追いながらシャルトルーズは、溜め息まじりに言葉を続けた。
「キングもあんたもさ、レイヴンレイヴン言うなら、もっと本人の事も見てやりなよ。あいつは正真正銘のゲスだけど、傭兵としては何も間違ってない。
……言ってたでしょ? “レイヴンなんて、そもそも―ー」
▼△▼△
今のは危なかった。
久方ぶりに感じた死の恐怖に、コクピットの中でレイヴンは細く息を吐く。保険としてシャルトルーズに援護を依頼していなければ、負けていたのは自分の方だろう。今回の報酬は弾んでおこうと心に決める。彼女はいらないと言っていたが、お互い傭兵なのだから仕事には対価が必要だ。守銭奴のレイヴンであっても、それとこれとは別の話である。
《敵機 沈黙しました》
滑走路に転がる敵機――ハウンド5に機体を近付ける。だがまだ何か隠しているかもしれない。油断せず距離はとった上で、コアへとライフルを向けた。
強かった。聞き及ぶ以上の実力だった。
ここは戦場、死人に口なし。そして戦場とは、どんな手を使おうと最後に立っていた者の勝ちなのだから。
「
その名前に夢を見ることは自由だが、みんな忘れてはいないだろうか?
不吉を運ぶ黒い鳥。
金と死の臭いに群がる、薄汚い
「レイヴン」とはそもそも――蔑称だ。
ハウンド5の赤い単眼がこちらを見ている。スパークとは別の紅い光もチカチカと纏わりつきながら。そこにあるのは怒りか失望か。まあ、どちらでも良い。
――仮にも「レイヴン」を名乗るなら、もっと「レイヴン」らしくあるべきだった
声もなく教訓を説きながら、レイヴンは最後の引き金を弾いた。
▼△▼△
ドン、とまず一発の砲弾が着弾する。
それはライフルを構えたナイトフォールを爆風で吹き飛ばし、倒れたままのハウンド5へと激突させた。
「……は?」
「……何?」
「レイヴン!?」
故にその攻撃は、決着をつけようとしていた二機のものではなく、そして未だ口論を続けるブランチ二機のものでもない。
それを上空のドローンで確認しながらウォルターは、ようやく安堵の息を吐いた。
「間に合ったか……」
目を落とした先の広域レーダーでは既に、先に打っておいた手が実を結んだことが示されている。この宇宙港に急接近してくる一機の反応。これで621の危機はひとまず回避できたと言って良いだろう。
だが。
「だがアレは……
氷原の上、大量の雪塵を巻き上げながら迫る影。アレはRaDの者なのか、それとも……。
影は未だ遠い為に判別はつかず、ウォルターは一筋だけ冷や汗を流したのだった。