とにもかくにも仕事である。ハウンド5の修理費は結構な額となってしまった為、
エアと二人、頭を悩ませているとウォルターから呼び出しがかかった。
「621、仕事だ。
さっそく封鎖機構の名前が出てきて人工臓器が痛くなってきた。エアからも長々とした溜め息が聞こえてくる。また特務上尉がカタフラクトで突撃してきたらどうしようか。
それでもやるしかない、独立傭兵も楽ではない。あらゆる意味で現実は厳しいのである。
「こちらV.Ⅷペイター。この度は依頼を受諾していただき感謝いたします、独立傭兵レイヴン。今回の作戦は――」
【
「……とのことですが、代理人の方」
「気にせず進めてくれ、今日の621は調子が悪いらしい」
「ではそのように」と、色々まとめてスルーされてしまった。621としては死活問題なので勘弁してほしいのだが。ところで通信に映るペイターの姿は何故か包帯だらけだった。彼もまたヴェスパー部隊員だというのだから、任務で負傷でもしたのだろうか?
ミッション内容はバートラム旧宇宙港の防衛。数日前に621がV.Ⅳラスティと協力して制圧した場所だ。幸いにも作戦は上手くいき、
その宇宙港を惑星封鎖機構が奪還に来る為、アーキバスのMT部隊と共に迎撃してほしいとのことだった。防衛任務はあまり得意ではないが、MTとはいえ味方もいるのだから多少はやりやすいだろうか。
【独立傭兵モンキー・ゴード、依頼を受諾する】
「ありがとうございます独立傭兵レイヴン、よろしくお願いします」
「ブリーフィングは終わりだ、仕事を始めるぞ621。
ちなみにお前はG7ハークラーでもないからな。G13の名前なら貰ったが」
ウォルターにまでスルーされた。おそらく彼にとって621はあくまで「621」であり、
『変えるならせめてトーマスにしましょう。私のあなたの名前が猿ではさすがにちょっと……』
故に、「レイヴン」の名に特に思い入れは無いのだ。少なくとも621には。
▼△▼△
現着した時にはもう日が暮れていた。戦いが長引けば夜間戦闘もあり得るだろうか。夜に封鎖機構を相手にするとなると、どうしてもエアと出会ったあの日を思い出す。
そんな感傷と共に宇宙港を走っていた時。621自身も違和感を覚え始めると共に、通信と交信が同時に届いた。
「ミッション開……いや待て、様子がおかしい」
『戦闘が、既に終わっている……?』
静かすぎた。
戦闘が始まる前ならアーキバスのMT達が、終わった後ならば勝者の機体たちが慌ただしくしている筈だ。戦闘中ならば言わずもがな。そのどちらもが無い。
まるでそう、勝者も敗者もいないかのように。
「……このままでは帰れん。621、状況を確認しろ」
『どうか気を付けて、嫌な予感がします』
返事の代わりに機体を奥に走らせる。赤い夕焼け空に照らされた宇宙港は、その全てが返り血に染まって見えた。
残骸。残骸。残骸。
道標のように点々と転がっていた残骸が徐々に数を増やしていく。ライフル弾らしい弾痕をいくつも刻まれたアーキバスのMT、ミサイルかグレネードに内側から食い破られた封鎖機構のMT、機体全体が融解しているLC機体はアサルトアーマーに焼かれたのだろうか。
「これは、ACにやられたのか? いや、しかし」
621もウォルターと同意見だった。残骸の状態から相手はACである可能性が高く、だがそれにしては一方的に過ぎる。例え相当数のAC部隊と交戦したとして、そのACの残骸どころか装甲の破片すら見当たらないとはどういう事だろうか?
『レイヴン、これを』
エアから送信されてきたマーカー位置にハウンド5を向ける。そういえば、結局エアは621の事をレイヴンと呼ぶことにしたらしい。あるいはもう、そのような事を忘れるほど緊張しているのか。
そこにあったのは、一際に大きく、そして綺麗な残骸だった。封鎖機構のLCより二回りほど重厚な装甲を纏い、大型のブレード発振機と実盾を装備した機体。その姿は以前エアから見せられた、遠い過去の重装騎士を思わせた。
「新型HCまでか、しかもこれは……」
その残骸――
621はもちろん、ウォルターとエアすらも言葉を失くしている。完全な静寂と化した宇宙港をただ走る。目指すその先に、いくつもの黒煙と大きな影があった。
巨大な墓標にも見えた影は、信じがたいことに封鎖機構の強襲艦だった。空から真っ逆さまに墜落した艦体が、ひどく上手い具合に突き刺さってしまったらしい。あれを解体するにせよ撤去するにせよ手間がかかるのだろうなと、他人事のように621は考える。
だがそんな思考も長くは続かない。何故ならば。
「――
突き刺さった強襲艦の根本。そこに佇む、一機の影。
「目標を確認したわ。あれが、
影――ACがゆっくりと振り返る。
中量級二脚型。ひどく見覚えのある、鉄色の装甲と形状。
右腕部に握る長銃身のアサルトライフル。左腕部に装備されていたのは、見慣れない兵装。
そして、両肩に背負う――ジャンク品でいっぱいの大型コンテナ。
「……あれは、ドーザーか……?」
困惑しきったウォルターの声。エアからは声にならないような気配だけが交信を通じて脳内に響く。そしてそれは621も同感だ。
つまりは「なんだアレ」と。
「……レイヴン、通信は聞こえてる?」
再び開放無線に乗る女の声。ついさっきと同じ言葉をかけられたACは周囲を見回し、何かを見つけるとガショガショ歩き出す。その際にハウンド5の近くも通ったが、まるで見向きもしない。そしてそのまま、転がる残骸を吟味するかのように漁り始めた。その様はまるで。
「ドーザーだな」
『ドーザーですね』
「ドーザーではありませんが!?」
ドーザーではないのか。じゃあ、アレは何だ?
通信の女性――おそらくオペレータがあげる悲鳴のような声が聞こえていないのか無視しているのか、謎のACは残骸漁りに夢中のようだ。どこでも見かけるBAWS製MTの残骸はポイポイと投げ捨て、LC機体の残骸や武装を優先的にコンテナへと詰め込んでいる。ひどく手際が良い。きっと慣れているのだろう。
……そういえば、RaDの面々も封鎖機構の機体は高く売れると言っていたか。エクドロモイも非常に良い値段がついた。今もまた、すぐそこに状態の良いLC機体が転がっているのだが、これは持って帰っても良いだろうか。
「621、自分で撃破したならともかく、それは違うだろう」
『レイヴンいけません! 泥棒は嘘つきの始まりですよ!』
「レイヴン! いつまでドーザーまがいの事をしてるの! 恥ずかしいからやめてっ!」
怒られてしまった。621としてはどれも同じ残骸だが、ウォルターには明確な線引きがあるらしい。口惜しいが、引っ張り出したLC機体は元に戻しておく。目敏くそれに気付いたACがいそいそと残骸を回収していく様を歯噛みしながら見ていると、その残骸を一発の銃弾が撃ち抜いた。
『え!?』
「新手だ!」
すぐさまクイックブーストで距離をとる。間髪いれずウォルターの警告が響き、マーカー情報が送られてきた。その数は、二。
「レイヴン……毎度のことだが、お前という奴は……」
「だから言ったでしょ、キング。あの馬鹿は見てないと馬鹿なことばかりするって」
呆れ果てたような声が二人分。男と女。また別の強襲艦の上に並ぶ、二機のAC。
『敵機を確認しました……ですが、これは……っ!』
エアの戦慄したような声と共に送信されるデータ。ウォルターも確認したのか、唸るような声だけが聞こえてくる。
・ランク05/A シャルトルーズ
・ランク03/S キング
いずれも独立傭兵。そして上位ランク。
特に青い四脚AC――アスタークラウンを駆るキングは「特例上位ランカー」とまで呼ばれるAC乗りであり、その実力は企業の最高戦力と同等。つまりは最強の独立傭兵と言って良い。
ACが三機。謎の一機はまだ分からないが、あとの二機は間違いなく手練れ。明らかに分は悪く、逃げるなら今だろうか。報酬も出ないことだし、タダ働きは御免なのである。
だがそんな621の考えはお見通しだったか、ハウンド5の足元を一条のレーザーが焼いた。ジロリとこちらを見下ろす、琥珀色のタンクAC――アンバーオックス。
「まだ用は終わってないよ
互いにライフルを突きつけ合いながらも、発砲には至らない。だがその均衡もいつまで続くものか。先ほどからこの四人の目的が読めない。明確な敵意こそ感じるが、ならば何故さっさと襲ってこないのか。三機がかりなら容易に決着はつく筈だが。
あるいはその原因は、味方に撃ち抜かれたジャンク品を手にプルプル震えているそこのACなのかもしれない。哀れなものだ、お宝を前にして換金もさせてもらえないとは。
それを裏付けるように、三人分の溜め息が宇宙港に響く。
「レイヴン、ゴミ漁りは後にしろ。お前はもう少し、力ある者の振る舞いというものを……」
「あんたの偉そうな態度もどうかと思うけどね。あいつが筋金入りのケチなのは知ってるでしょ」
「――レイヴン」
ひちゃりと、這い寄るようなオペレータの声にACが凍りついた。
「レイヴン、あぁレイヴン? ねえお願いだから私の前で恥ずかしい真似をしないで。
通信は聞こえてる? ね え レ イ ヴ ン ?」
瞬間、ACが背負ったコンテナを勢いよくパージすると間髪入れずブーストキック。蹴り飛ばされたコンテナは宇宙港の外まで飛んで行った。後で拾いに行こうと心に決め『駄目です』はい。
更にどこかに置いてあったらしい連装グレネードとミサイルポッドを装備すると、重装備の二脚ACが完成した。そしてこれ見よがしに「びしっ!」と、621と戦う姿勢を見せる。
「えぇ、それで良いの。やっぱりあなたは分かってくれる。だって私のレイヴンなのだから……!」
どろりどろりと粘りつくオペレータの声にACがカタカタ震えている。その様に、なんだか621は親近感が湧いてきてしま『どういう意味ですかレイヴン?』名前まで同じときた!
「つまりは、お前のライセンスの本来の持ち主ということか」
ウォルターの仮説に異論は無い。これだけ「レイヴン」と連呼されていれば621にでも察しはつくというものだ。
あの時にライセンスを抜き取ったACの残骸。搭乗者も死亡しているものだとばかり思っていたが、実際は生きていたのだ。ならば、こうして621を待ち伏せするような真似をした目的も予想できる。
「強化人間C4-621、レイヴンの名を返せとは言いません」
だが意外にもオペレータはそう告げた。それでもその声からは底知れない敵意を感じる。
「ただ――」
AC――レイヴンの機体が一歩、前に出る。左目に集中した三つのアイセンサー全てが、まっすぐ621を見据えていた。
「あなたにその資格があるか……見極めさせてもらいます」
【いや返すが?】
621がメッセージを送った途端、また宇宙港に沈黙が戻った。
びゅう、と風が吹き抜け、MTの残骸がカラカラと転がる。何処にいたのか野良ミールワームがのそのそ這っていった。
こほん、とオペレータが咳払いを一つ。
「強化人間C4-621、レイヴンの名を返せとは」
【返すが?】
「……」
要するに「レイヴン」というコールサインを返せば良いのだ。Rb23のライセンスはさすがに返せないが、そもそも621が拾った時点ではFランクで残金もゼロだった。そこから現在のCランクまで昇格してきたのは621の働きによるものなのだし、ライセンスはもう621の物といって良いだろう。あとは621がトーマスかモンキーを名乗ればすべては丸く収まる。
それで良いだろう、ウォルター?
「まあ、重要なのは登録番号の方だな。コールサイン自体は簡単に変えられる」
『トーマス! せめてトーマスにしてくださいトーマス!』
やはりウォルターは621の偽名にあまり関心が無いらしい。エアは謎のトーマス推しだが、反対はしていない。
そして当の「レイヴン」はというと……。
『レ……トーマス!』
エアの警告。
眼前にはいつの間にか、レイヴンのACがいた。まるで反応できない速さ。いやこれは「速さ」だったのか?
どちらにせよ、レイヴンはその手をハウンド5に向けて――
『……え?』
ハウンド5に向けて、そっと何かを差し出していた。見ればそれは、新型HCの残骸だ。それもひどく状態の良い、ほぼ無傷と言って良いほどの。
餞別……という事だろうか。
「……奴が良いと言うなら構わんぞ。これでは報酬も無いことだしな」
ウォルターからも許しが出た。有難く餞別を受け取ると、なるべく傷をつけないよう慎重に運ぶ。そんな621に、レイヴンは器用に機体の親指を立てて見せた。
『良かったですねレ……トーマス! あなたへの報酬が増えるのは私としても嬉しいです!』
上機嫌なエアにつられて621もいつになく気分が良い。この新型はいったいいくらで売れるだろうか。弾薬費も修理費もかからなかったのだから、今回は純粋に黒字だ。
それに何より、これでもう封鎖機構から怒られずに済む。もうカタフラクトに怯えなくて良いのである!
そう安堵し、ハウンド5の踵を返す。
その、瞬間に。
ばき、いいぃん。
金属が金属を抉り尽くす音が、赤い空に木霊した。
▼△▼△
「……チ、やはり、あいつのやり方は好かんな」
「そう? あいつのこういうゲスなところ、私はそんなに嫌いじゃないけど」
キングとシャルトルーズの声を聞き流しながら、ずるりと左腕を引く。
その腕に直接マウントされた近接武装――
「あぁ、レイヴン……なんて容赦のない……!」
恍惚としたオペレータの声。それにレイヴンは答えない。応えない。彼女の言う通り、容赦など無い。
ここは戦場、死人に口なし。背中を刺される方が悪い。だまして悪いが、仕事なのだ。
「……でも、これは運が良かったのかしら?」
ガラガラと、HCの残骸が崩れ落ちていく。その装甲ごしに刺し貫いた
《敵性ACを確認 識別名ハウンド5》
二機分の装甲を貫いた確信はあった。その感触を機体ごしにレイヴンは感じていた。だがそれでも、眼前のACは機能も戦意も失ってはいない。
視線を下ろせば、不自然に
赤々とした単眼がレイヴンを射貫く。そこに在るのは怒りと、何より純粋な殺意。
そう、殺意だ。
「――――」
久しぶりに口を開いた気がする。もう長い付き合いの
「“勝負だ